今回は、部分的にはっきり思い出すことができる記憶。 やはり消滅したSNSで書いていた記事ですが、とても生意気な前文をつけていました。 それも合わせて復刻します。
机にむかい、眼を閉じる。
身体がくるりと丸くなり、そのまま漆黒の空間に浮遊する点へと、収縮していく。
静かに、身体中の目が開く。
いろんな思い出が浮遊している。
火のように燃え盛り、まだ触れることができない星雲、
私を吸い込み、悲しみや苦しみだけの世界へ連れ去ろうとするブラックホール、
すべてが溶けてしまうような、甘いドロップ、
キラキラ輝きつつ、私を傷つけるガラスのかけら。
今日は、この内宇宙を作ったビッグバン直後まで遡ってみよう。
無との地平線のこちら側に、雲母状の断片が、少しずつ濃度を増して広がっている。
そして、小さなこの塊が、私が時間と空間を定義できるもっとも古い記憶。
触ると、身体が吸い込まれていく。
そこは保育園の一室、隣の女の子と手をつないでいる5歳の僕がいる。
部屋の入口でおじさんと話している保育園の先生を、皆でじっと見ている。
外は大雨、だけど今までとっても面白い話をしてもらっていたのに。
帰ってきた先生が言った。
「今日は、早いけれどもすぐお昼寝の時間にしましょう。」
お道具箱のところへ行くときに、窓の外を見ると、広い園庭が、溝を越えた向こうの道まで一面に水に浸かっていた。
園の講堂にぎっしり敷き詰められた小さな布団。
眼をつむる。
布団が、いつの間にか半分に減った。
そっと立ち上がって外を見ようとした。隣に、先ほど手をつないでいた女の子がいた。
そして、寝ながらチョンと蹴ってにこっと笑った。
僕もチョンと蹴り返した。
手が差し伸べられたので、握り返してまた眼をつむる。
講堂には、もうそんなに布団はない。
遠くから母の声がした。「遅くなってごめんなさい。」
僕は立ち上がった。
「大丈夫?」
「うん」 だけど、ほっとした。
「さあ帰ろうね。」
手が、斜め上から差し伸べられた。
ああこの角度で手が伸ばされるほど、僕は小さかったんだ。
雨は小止みにはなっていたけれども、園庭はまだ冠水していた。そして溝との境がわかるように、縄が張ってあった。
なぜ、あの女の子と手をつなぎ、隣り合わせで寝ていたのだろう。
あの子は、僕が帰るときに、まだ残っていたのだろうか。
いったいあの子は小学校になった時、どの子になったのだっけ。
今日は、もう帰ろう、思い出を作リ過ぎてしまうから。
またここへ来た時、きっと何かが見えてくる。
塊から、すーっと抜け出す。
それは、まわりのかけらを集めて、やや大きくなったようだ。
身体中の目を閉じ、漆黒に身を委ねる。
そして顔を上げ、改めて眼を開ける。
少しだけ新しくなった世界が、ひろがっている。
そこに、少しだけ新しくなった僕が、座っている。
もともと、この町立保育園は低地にあったのですが、上流に大雨が降り、一気に水がついたとのこと。次の年に移転が決まりました。