てんちゃんのビックリ箱

~ 想いを沈め、それを掘り起こし、それを磨き、あらためて気づき驚く ブログってビックリ箱です ~ 

被人命救助

2017-10-13 07:23:48 | 昔話・思い出
 
 故郷には、私を人命救助したとして表彰を受けた人がいる。
 何歳のときだったかは完全に忘れてしまったが、小さい頃、小さな町の家並から少し離れた畑で友達と5人で遊んでいて、野井戸に落ちた。



<証言その1> 少年A

「昨日おかあちゃんの手伝いをして畑にきたとき、井戸のふたに乗ってみたら、テレビで見たトランポリンみたいにたわんでおもしろかったんだ。おかあちゃんはあぶないよっといったけど、面白いことを発見したとおもって、友達3人と妹をつれてその日は遊びにいったんだ。

 まず僕が乗ってふわふわやって、次に妹を乗せたけれども怖がって立つことはできずにずっと僕の手を持っていた。おもしろくないから、残りの3人をじゃんけんさせて、最初に勝ったのがてんちゃん。てんちゃんが井戸のふたの上に乗るのを見て、振り返って残りの2人を続けてじゃんけんさせようと、あいこで・・・といったんだ。
 そしたら、ガタン、ドボンって音がして、すぐ横を妹が泣きながら、走っていった。井戸のふたがなくなっていたけど、ともかく妹の面倒を見てくれっておかあちゃんにいわれていたから追いかけたんだ。

 ちゃんとした道まで出た時点で、妹に追いついたけど泣くばかりなので、一度家に帰ろうと2人でゆっくり歩き出した。自分の家までの途中、人には出会わなかった。
 家に帰って耳の悪いおばあちゃんに何度も話したけれどもあまりわかってもらえず、ともかくは激しく泣く妹を預けて、ばあちゃんが、おかあちゃんがいるといったところへ走っていった。



<証言その2> 少女B

 井戸のふたの上はゆらゆらしていて、とっても怖かった。やっと降ろしてもらえたとき、ふたに木が変に引っかかっていたので、ちょっと動かしたの。次にてんちゃんが乗って、四つんばいからお兄ちゃんのやったように立ち上がろうとしたとき、ふたがくるっとまわって、てんちゃんが消えちゃった。

 消える前のにこっと笑ったてんちゃんの顔が、急にがらっとなんともいえない顔になって、井戸に消えていくのが怖かった。なんだかわからなく泣き出して、家に帰りたいと走り出してしまったのよ。お兄ちゃんが追いついてきたけど、本当に怖くまた悲しくて早く家に帰りたかった。



<証言その3> 少年C

 じゃんけんでチョキを出して勝って、さあ次は僕だと思うと同時にガタッと音がして、兄妹が急に走り出した。つられて僕もそっちの方へ走って、それからなんだったんだろうと振り返ったそのとき、ばたんとこけて、ちょうど溝のところだったから、服はどろどろ、足はすりむき、いろんなところが痛くなったんだ。女の子も泣いているから僕も悲しくなって、泣きながら家まで走って帰った。

 かあちゃんは家の前にいてどろどろの僕にびっくりするとともに怒って、わいわいわめきながらもちゃんと服を脱がし傷口の手当てをしてくれた。僕は説明しようとしたけれど、かあちゃんの剣幕、また僕が泣いていてうまく話せなかったので、うるさいといって聞いてくれなかった。手当てが終わると、家でおとなしくしていなさいといって、まだ怒りながら家をでていった。



<証言その4> 少年D

 僕が順番を遅くするようにわざと遅くパーを出して負けたとき、ドボンって音がしたんだ。皆走り出したけれども、僕はちょっと中をのぞいた。そしたら井戸の奥に薄ぼんやりと白い服がみえたんだ。おかあさんに知らせなければとおもって、一生懸命走った。
 僕は道に出てから皆とは逆な方向で、家までの途中に2~3人会ったとおもう。1人どうしたんだと声をかけてきたけれども、先ずおかあさんに知らせることしか頭になく、他の人に話すなんておもいもよらなかったんだ。そして家に着いたけどおかあさんがいず、どうしていいかわからなかった。



<伝聞ではあるが、証言その5> おじさん E

いたずら4人組と女の子が畑の中へ分け入っていくのが2階の窓から見えた。女の子がいるから、今日のいたずらはきっとたいしたことないなと思って、暫く寝転がっていた。すると急に女の子が泣いているの聞こえた。窓から覗くと女の子が走っていて、次に男の子3人が走ってくる。男の子1人も泣いている。あれっ男の子が1人いない。

 どうしたんだと声をかけたけれども、聞こえないようで一生懸命家の横を走っていった。
 別の窓から、子供たちが遊びにいった先を見ると、先日来危ないよと畑の持ち主に言っていた井戸のふたが開いている。空耳かもしれないけれども、おーいという声が聞こえるようだ。
 ちょっと隣に声をかけて、梯子を持って見に行こう。





 僕はふたの上で立ち上がった後、身体が浮いた。次の場面は、井戸の底から上を見上げているところで、その間は記憶が飛んでいる。

 井戸の深さは自分の背の数倍、直径は手を広げて両側に手の平がついた。底に少し水がたまっていて膝ぐらい。それでも最初座り込んでいたので、立ち上がったときはお腹の辺りまで濡れていた。服は濡れてどろどろで所々に破れがあるが、身体に痛いところはない。

 見上げると青空がきれいな丸に区切られて見える。雲ひとつない青空。最初周りは真っ暗だったが、少しずつ眼が慣れ、周辺は石積みであることがわかった。やや濡れていて、所々にこけが生えている。ポトン・・ポトンと水が滴っているところがある。

 先ず大きな声で2度ほど「おーい」と呼んだが、何も反応がなかった。次に出っ張った石に足をかけ登ろうとしたが、当然簡単には登れるはずがない。上にいる友達たちがきっと誰かを呼ぶだろう、だけど来なくてもこれだけ凹凸があるのだから、テレビで見たみたいに、身体を横向けにして、足と腕で突っ張って登っていけるに違いないと、非常に楽観的に考えてしまった。

 そこで再度、周辺を見回した。小さなトカゲがじっとこちらの様子を伺っている。蜘蛛が巣をかけている。きらいなナメクジも這っている。水の中は濁っているからわからないけれども、さしあたって大きらいな蛇はいそうにない。ややかび臭い匂いだったけど慣れてしまった。

 そして水滴の音のみがきれいに響く静かな世界。僕が動く度に発生する音がうるさい。
 人から切り離されたこんな世界があるんだ。壁にもたれ耳をつけて地中の音を聞きたいなとおもった。


 いきなり、「おい大丈夫か」という声が、頭の上から降ってきた。「はい」というと、「梯子を下ろすから、そこをどきな」という声とともに梯子が下ろされ、人が降りてきた。そして「大丈夫です。」というのを聞かないかのように、僕を抱えあげ梯子を登っていった。
 梯子は井戸の口まで届いていず、上から引き上げられた。

 大人は3人いた。その後も大丈夫といったのに背負われて、家まで帰った。家並が続くあたりから、家の窓からまた道に出てきた人が、僕達の行進をみる。僕はとってもいやだったけど、背負っている人はきっと戦利品を担いでいるようで誇らしかったのだろう。

 ようやく家につき、母が大慌てで出てきて、何度もお礼をいいながら、僕をそのまま抱きかかえて家に入り、服を脱がせ、ざっと熱いタオルで怪我の状況をみつつ身体を拭き、新しい下着を着せた。連れてきた人が電話で往診を頼み、布団に寝かされた僕の枕元にそのまま居座った。 

 往診の先生は、途中で僕の落ちた井戸を実地検分してきたらしく、あんなに深い井戸でこの程度の擦り傷だけとはといって驚いた。連れてきた人は状況を一生懸命説明し、安全措置をするように交番や役場にも話に行くといって、やっと帰っていった。



 その後しばらくして、僕を井戸に連れて行った子の母親が玄関に来て、一生懸命謝っていた。いつもはおとなしい僕の母が、火の出るように怒っていたのでかわいそうだった。曰く、「一緒に行った子供たちは、誰も大人にすぐ連絡しなかった」。 その母親が帰ってゆくと、母は枕元に来て「落ち方が悪ければ死ぬところだったのよ。あんな子達とは遊んだらだめです。」と先ず言った。しかしその後「だけど近くの友達ってあんまりいないし、どうしようねえ」といって考え込んだ。
 祖父や親戚等いろいろ出入りがあり、枕元にきてしゃべるので、いやになって寝たいと思ったらちゃんと寝ることができた。寝ているときに3人の母親とその子供達が来たそうだが、どんな状況だったかは知らない。

 そこからこれに関する記憶が切れ、どうやって再びそれらの子供達と付き合うようになったかは記憶がないが、証言1~4は彼らのそれぞれから断片的に聞いたものである。どういった状況で聞き出したのかわからない。きっと彼ら自身も傷ついていていたのに、何か私は適切な言葉を言ってあげることができたのだろうか。

 ともかくその後、いろんな友達と遊んでおりその中には彼らも入っているのだが、影が薄い。彼らは幼馴染ではなくなったのだ。

 その時、私はそれまでと違う人の世界を感じ、また新しい自然への視点を得た。今回これについて書いてみると、現在の私に非常に大きな影響を与えていることが理解できた。あたかもあの井戸の中で生まれ変わったように。




私の父が亡くなった後、故郷の家を売ることで、その土地とは関係がほぼ切れてしまった。周辺に挨拶回りしていくと、あるおじいさんが町長発行の古い表彰状を出してきた。それが、私を井戸から救出したときの表彰状である。本当に人命救助と書かれている。
 それを示しながら、私がえらくなることを期待して今後もずーっと持っているつもりですよ、そして、何かで私の名前がでたら孫達に家宝だっていばってやるんですといった。
 4人には、残念ながら会うことができなかった。



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コメント (4)
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