てんちゃんのビックリ箱

~ 想いを沈め、それを掘り起こし、それを磨き、あらためて気づき驚く ブログってビックリ箱です ~ 

虫狂いの頃

2017-10-10 21:09:12 | 昔話・思い出


 私は、日本海側の田舎で生まれた。
 自然がいっぱいのところで、夏になると虫取りに走り回った。夏休みの課題は、昆虫採集が当たり前だった。確か、1年生から4年正まで毎年採集標本を出していた気がする。


 1年生のときは、ともかくは採ったものを並べた。
 採って並べるというプロセス自体が、楽しかったのだ・・・・ 友達同士でワイワイやりながら、田んぼの中、山の中、野原を走りまわった。
 セミ、トンボ、チョウ カナブン  ありふれたたくさんの虫たち・・・・


 2年生、休み中の登校日で均衡が崩れた。
 誰かが、カブトムシのメスを持ってきたのだ。その時まで、本では見たことがあったけれども実物は見たことがなかった。

 とても大きかった。
 彼の机の周りに集まり、「触らせて。」 「どこで採ったの。」。 誇らしげな彼がいた。 それから競争が始まった。
 みんなで虫取りに行ったときは、大きさを比べたり・・・ 抜けがけで珍しい虫がいるという所に、少数でいったり・・・・
 結局 夏の終わりまで、2匹目のカブトムシは誰も捕らえることができなかった。


 父はその地域には珍しいサラリーマンで、ほとんど家にいず、子供に干渉することはその頃まではなかったし、あまり話したこともなかった。
 しかし、夕食のとき、いわば虫狂いになっているという話を聞きつけた。

「山の中に、カブトムシがいる木があるんだよ。だけど小さい子供じゃいけないな。」
「うわぁー、だけど採りに行きたい。」
「だめだめ、 じゃあ 採ってきてあげよう。」
 命令形ではない話し方は、多分この時が初めてだったかも・・・・


 次の日起きると、枕元に虫籠が置かれ、カブトムシのメスがごそごそと音をたてていた。
 魔法みたいだった。


 標本のど真ん中にそれを飾り、夏休み明けに持っていった。
 やはりみんなが集まってきて、「いいなぁ。」 「どこでとったの。」。 とっても誇らしかったのだけど説明できないし、ずるしたんじゃないかなと自分が恥ずかしかった。


 3年。2年のこともあり、餓鬼どもは虫とりに力が入った。
 この年は、大きなオニヤンマを採ることが出来た。
 標本にしたときシッポが折れないように、本を調べて松葉の芯を入れた。またピンセットで、ムシの足をきれいに整えるといったこだわりも覚えた。

 この年の最大の目玉も、結局父が採ってきた。

 タマムシである。
 この虹色に輝く虫には、びっくりした。昆虫図鑑の写真よりもはるかに美しい。
 見る角度や距離で、色や輝きが変わってくる。なぜこのように見えるのか、一生懸命眺めまわし、図鑑もいろいろ調べたけれども載ってなかった。
<この原理を知ったのは、就職してかなり立ってから。長年の課題がわかってとても嬉しかった。>


 母も、見るのは初めてだった。同様に美しさにびっくりしていた。
 同じものを一緒に、きれいだねって言い合うことがうれしかった。標本が返却された後は、母にそれをプレゼントした。

 母は、歴史の図鑑に載っていた玉虫の厨子を指し示し、「昔の人もこの美しさにあこがれていたんだよ。」と、とっても喜んだ。
そして、それを小さなガラスの小瓶に入れ、かなり長いこと小ダンスの上に置いていた。


 4年生では、大きなアゲハが目玉。これは自分で採ることが出来た。
 多分この頃からみんな虫狂いから卒業したのだろう。


 きっと父はあの時カブトムシのオスだって採れたに違いない。だけどメスでいいと判断したのだ・・・そんな気がする。
 なにはともあれ、あの時、そして次の年、父は本当に魔法使いだった。私は自分の子供に対しては、残念ながら魔法使いには、なれなかった。


 そして美しいものは美しいと言い、それにこだわるのは当然と教えてくれた母・・・


  あの頃は野山に、虫も子供の喚声もあふれていました。

  法事等で田舎に帰ってもほとんど子供の姿を見ないのが、悲しい。





コメント (4)
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