生まれつきの茶色の髪の毛を黒髪に染めるように強要されること。これがいくら校則であろうと学校や一教師に認められるのだろうか。
三浦瑠璃氏はツイッターで
『支配への従順さを強要する態度。』
『染める行為に従順さを見出し満足するという教師として最低の態度。』であると全体主義の国にありがちな圧力を表現している。
かたや学校側は校則を厳格なまでに遵守することを指導しているに過ぎないとでもいいたげで判断を府に投げ出している。
この件に関して橋下氏は
『僕は学校生活くらいのことだったら、髪型も髪の色も、それこそ服装も自由にすればいいと思っている。でも現実の行政を預かるとそうは簡単に言えない事情が色々あることを知る。この現実に対する悩みをしっかりと考えて乗り越えた上で、結論を出すのがまさにこれからの時代に求められる問題解決能力なんだ。現実を顧みず頭の中での抽象論、きれいごとだけで結論を出すのは、問題解決にはクソの役にも立たない自称インテリの思考方法だね。』と判断を避けたものの学校側、つまり府側に立ったコメントで恐らく米山知事のことを批判している。
不思議であるこの軍隊や徴兵の無いこの国の中高等学校、あれだけ教え子を戦場に出さない、自衛隊を認めないと軍国主義を否定する日教組でありながら制服や頭髪は軍隊並みかそれ以上に厳しく厳格化しているからだ。
今回の黒髪強要は三浦氏が言う"支配"は尾崎豊ではあるまいし、かなりキツイ言葉ではあるものの多様性や個性を重視されるようになってきた反面、校則を厳格に遵守させることでしか教員の威厳を保てなくなっている教育現場に問題があるのだろう。
端的に言えば囚人と看守の関係にも似た状況を三浦氏は"支配"と見たのだろう。
臨機応変に対応出来ないのであればそれに対応しうる校則を新たに作るべきなのは言うまでも無い。