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ブラジルのスピノサウルス類の再検討とスピノサウルス類の頭蓋の進化 (上)



スピノサウルス類の外鼻孔の位置の比較
Copyright 2017 Sales and Schultz

ブラジルのスピノサウルス類といえば、イリタトル、アンガトゥラマ、オクサライアで、これらはいずれも頭骨の一部である。その他に未命名の多数の歯や胴体の骨がある。これらは既に記載あるいは再記載されているが、特に頭骨については、まだ考察すべき点が残っていることがわかってきた。そこでSales and Schultz (2017) はイリタトル、アンガトゥラマ、オクサライアの標本を再検討し、新しい解釈を加えて頭蓋と歯の形質について新知見を得た。そしてそれに基づいて、スピノサウルス類全体の系統進化についても修正を加えている。

伝統的にはスピノサウルス科Spinosauridaeは、主に頭蓋や歯の形質に基づいて、バリオニクス亜科Baryonychinae(バリオニクス、スコミムス)とスピノサウルス亜科Spinosaurinae(スピノサウルス、イリタトル)に分けられてきた(→スコミムスの記事)。バリオニクス亜科では、まだ歯が微妙にカーブしていて鋸歯があるが、スピノサウルス亜科では真っすぐな円錐形で鋸歯がない。またバリオニクス亜科では外鼻孔の位置が比較的前方にあるが、スピノサウルス亜科ではもっと後方(眼窩の近く)に移動している、という話であった。
 今回著者らは、イリタトルの外鼻孔の位置は従来考えられていたよりも前方であり、バリオニクスやスコミムスに近いことを見出した。またいくつかの頭蓋・歯の特徴に関しては、ブラジルのスピノサウルス類はバリオニクス亜科とスピノサウルス亜科の中間の状態であることがわかった。系統解析の結果、バリオニクス亜科は単系でなく多系群である可能性もあるという。

そんなことをいわれても、イリタトルの頭骨は1996年に記載され、2002年に再記載されている。新しい頭骨が見つかったわけではない。なぜ今頃になって外鼻孔の位置が変わったりするのだろうか。

イリタトルの標本は詳細に記載および再記載されてきたが、頭蓋と歯の特徴について、これまで注目されていなかったことがある。イリタトルはスピノサウルス類の頭骨の中でも、最も多くの歯が本来の位置に保存されている標本である。しかし、吻の前端(前上顎骨と上顎骨の前端部)が欠けているため、Martill et al.(1996) も Sues et al.(2002) も、保存された上顎骨歯の正確な位置を同定していなかった。つまりこれらが歯列の中で何番目と何番目の歯か、ということである。
 歯の大きさをみると、左の上顎骨で1番目(保存された最も前方)の歯は2番目に大きく、次の2番目の歯が最も大きい。その後方の7本の歯は徐々に小さくなっている。
 上顎歯列が保存されているスピノサウルス類の標本では、最も大きい歯は3番目(m3)と4番目(m4) である。そしてm1 からm4までは大きくなり、 m4が一番大きく、その後は徐々に小さくなる傾向がある。この傾向はバリオニクス亜科のバリオニクス、スコミムスにも、スピノサウルス亜科のMSNM V4047(いわゆるDal Sassoの“スピノサウルス”)にも当てはまる。今のところイリタトルだけが異なるという理由はない。イリタトルの左の上顎骨にみられる状態はこのパターンと一致するので、保存された1番目と2番目の歯はm3 とm4であると考えられる。そうするとイリタトルの上顎骨には全部で11本の歯があることになる。Sues et al.(2002) も「少なくとも11本」といっているが、根拠を示していない。また、この数は“スピノサウルス” MSNM V4047の12本とほとんど同じである。

イリタトルの上顎歯列が同定されたことにより、その外鼻孔の位置についての解釈が変わってくる。Dal Sasso et al. (2005) は、外鼻孔が上顎歯列の中央部分にあると考えていた。つまり欠けている吻がもう少し長いと思っていたわけである。しかしイリタトルでは、外鼻孔の前端がm3とm4の間あたりにある。これは、バリオニクス(m2 とm3の間)やスコミムス(m3 とm4の間)と似た位置である。一方、“スピノサウルス” MSNM V4047では外鼻孔の前端がずっと後方のm9あたりにある。

イリタトルと“スピノサウルス”のもう一つの違いは、外鼻孔を取り囲む骨の位置関係である。イリタトルでは、前上顎骨が外鼻孔の腹側縁の前方部分に少し面している。それ以外の部分は鼻骨と上顎骨に囲まれている。“スピノサウルス”では、前上顎骨は完全に外鼻孔から離れている。バリオニクスとスコミムスでは、前上顎骨が外鼻孔の前縁に大きく面しているが、この2種の間では上顎骨の寄与が異なっている。バリオニクスでは、上顎骨が保存された腹側縁の後半部分をなす。スコミムスでは、上顎骨は腹側縁に少ししか面しておらず、前上顎骨と鼻骨の上顎骨突起に挟まれている。Dal Sasso et al. (2005) は、前上顎骨が外鼻孔から排除されていることをスピノサウルスの固有形質と考えた。スピノサウルス類の中でも、“スピノサウルス”は前上顎骨、上顎骨、鼻骨が1点で交わる点でユニークである。

外鼻孔の大きさにも重要な違いがある。イリタトルの外鼻孔は、絶対的にも相対的にも、バリオニクスやスコミムスよりも小さい。一方で、イリタトルの方が頭骨がはるかに小さいにもかかわらず、イリタトルの外鼻孔は“スピノサウルス”よりも絶対的に大きい。

確かに、m4の位置を合わせて並べた図を見ると、イリタトルはスピノサウルスとは全然違うことがわかる。むしろ、なぜこれまでスピノサウルスと同列に考えられていたのかが不思議である。鋸歯がないなどスピノサウルス亜科ということで、漠然と後方よりと思われていたのだろうか。


アンガトゥラマは吻の先端部しか見つかっていないので、イリタトルと比較できない。アンガトゥラマの前上顎骨は、最初の記載では1)吻が強く側扁していて、前上顎骨歯pm6の位置で最も細い、2)左右の幅がより広がっていない、3)背側正中にとさかが発達している、点で他のスピノサウルス類と区別されるとされていた。今回の改訂された特徴では3)だけが形を変えて残っている。バリオニクス、スコミムス、クリスタトゥサウルスの前上顎骨にも背側正中の縁があるので、このような構造自体はアンガトゥラマに限られたものではない。しかしアンガトゥラマでは、確かにとさかが顕著に発達しており、もっと重要なことは、とさかがバリオニクス亜科のものよりも前方に伸びていることである。

アンガトゥラマの吻部が左右に扁平であることについては、最初は死後の変形ではなく本来の形状と考えられた。Terminal rosetteと呼ばれる前上顎骨の拡がりが、他のスピノサウルス類ほど拡がっていないようにみえる。しかし、他のスピノサウルス類と比較して全体に幅が狭いとは考えられるものの、アンガトゥラマのホロタイプの側扁の程度は、元々の形状を反映していないかもしれないという。例えば前上顎骨の腹側縁は左右とも保存されておらず、いくつかの歯は側面が削れて断面がみえている。その分はrosetteの幅が狭くなっている。また、アンガトゥラマは他のスピノサウルス類と同様に二次口蓋を示すが、口蓋の左半分は右側よりも幅が狭いことから、ある程度の死後の圧縮はあったと考えられる。


参考文献
Sales MAF, Schultz CL (2017) Spinosaur taxonomy and evolution of craniodental features: Evidence from Brazil. PLoS ONE 12(11): e0187070.
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