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ブラジルのスピノサウルス類の再検討とスピノサウルス類の頭蓋の進化 (中)



Sales and Schultz (2017)によるスピノサウルス類の系統解析

イリタトルとアンガトゥラマの関係について、著者らはかなり字数を割いて考察している。イリタトルとアンガトゥラマは、吻以外の頭骨と吻の先端部であり、同じ地層(アラリペ盆地のRomualdo Formation)から発見されたことから、同一種あるいは、ひょっとすると同一個体とさえ考えられたことがある。今回イリタトルの上顎歯列が同定されたことで、最も前方の歯はm3と考えられた。アンガトゥラマの最後の歯もm3なので、この2つの標本はギリギリ重複しており、少なくとも同一個体でないことはわかる。しかし同一種の可能性はあり、そこはまだわからないという。重複しているm3を解析した結果、同種か別種かについて何か情報が得られたのかと期待したが、そこまではわからないようである。おそらくどちらもほとんど同じ形態をしていて、同種とも別種とも言えないのだろう。
 またアンガトゥラマの前上顎骨はバリオニクスと同じくらいの大きさなので、ホロタイプの復元頭骨はイリタトルよりも大きいだろうといっている。ホロタイプ自体はそうかもしれないが、種としては成長段階の違いや個体差もありうるし、これだけでは結論できないだろう。

系統解析は、Carrano et al. のテタヌラ類のデータに、今回ブラジル産スピノサウルス類から得られた新しいデータを含めて解析している。頭蓋と歯の情報に注目するため、頭骨がないイクチオヴェナトルやシギルマッササウルスは除外している。まず、すべてのスピノサウルス類を用いて解析すると、スピノサウルス科の部分は、すべてのスピノサウルス類がポリトミー(多分岐)をなしてしまった(図)。
 次に前上顎骨が保存されたスピノサウルス類を用いて、つまりイリタトルを除外して解析すると、バリオニクス、スコミムス、クリスタトゥサウルスと”スピノサウルス亜科”のクレードがポリトミーをなし、スピノサウルス亜科の中ではアンガトゥラマ、オクサライアが”スピノサウルス”に対して順次外群をなした。さらに、外鼻孔が保存されたスピノサウルス類を用いて、つまりアンガトゥラマ、オクサライアを除いて解析すると、バリオニクス、スコミムスと”スピノサウルス亜科”がポリトミーとなり、”スピノサウルス亜科”にイリタトルと”スピノサウルス”が含まれた。

前述のようにスピノサウルス科はバリオニクス亜科とスピノサウルス亜科に分けられてきた。バリオニクス亜科は、細かい鋸歯のある、よりカーブした歯冠をもち、前上顎骨の歯隙がはっきりしない。一方スピノサウルス亜科は、鋸歯がないまっすぐな円錐形の歯冠をもち、前上顎骨の一部にはっきりした歯隙がある。また外鼻孔の位置はバリオニクス亜科の方がスピノサウルス亜科よりも前方にある。さらに上顎骨の歯の数が、バリオニクス亜科ではスピノサウルス亜科の2倍近くある。
 著者らの2番目と3番目の解析結果では、バリオニクス亜科のメンバーが単系のクレードをなさなかった。実際、多くのバリオニクス亜科の特徴は、原始的な獣脚類の状態と派生的なスピノサウルス亜科の状態の中間段階に相当するものである。例えばスピノサウルス類の鋸歯の進化史を考えれば、獣脚類は最初、大きな鋸歯を持っていたが、次にバリオニクス亜科のような細かい鋸歯となり、ついにはスピノサウルス亜科のように鋸歯を失ったと考えられる。将来、バリオニクス亜科のメンバーはクレードであるスピノサウルス亜科に対して順次外群をなすようになるかもしれない。つまり多系群となるかもしれない。これは、非鳥型獣脚類全体のように原始形質をもつグループにはよくあることである。

今回得られた分岐パターンや頭蓋・歯の特徴の再解釈から、ある程度の進化のシナリオが予想される。獣脚類の前上顎骨の原始状態は、歯が5本以下であった。スピノサウルス科に進化する段階で、歯の数が7本に増加し、terminal rosette が形成された。その後スピノサウルス亜科の前上顎歯列には顕著な歯隙が現れた。おそらく原始状態ではスピノサウルス類の前上顎骨には、バリオニクス亜科とアンガトゥラマにあるような背側正中のとさかがあった。この特徴はその後、スピノサウルス亜科の中のある時点で失われたと考えられる。実際にアンガトゥラマはオクサライアと”スピノサウルス”よりも基盤的であり、オクサライアはどの形質についてもアフリカのスピノサウルス亜科と似ている。

上顎骨歯の大きさの変化パターンがバリオニクス亜科とスピノサウルス亜科で共通していることから、上顎歯列は前方の歯(m1からm4)については、スピノサウルス科の中で相同であると考えられる。しかしバリオニクス亜科の上顎骨歯はスピノサウルス亜科よりも数が多いことから、スピノサウルス類の進化史の中でいくつかの歯は失われたと思われる。つまりm4より後方の歯の相同性は疑わしい。Dal Sasso et al. (2005) は、スピノサウルス亜科では通常、上顎骨歯の間隔が1個の歯槽の大きさと同じくらいであり、このパターンはm4の直後から始まるといっている。つまりこの部分の歯は1個おきに失われた可能性がある。スコミムスの上顎骨歯は22本あり、m4より後方で1個おきに失われたとすれば13本と予測される。”スピノサウルス”MSNM V4047の上顎骨歯は12本あり、イリタトルでは11本である。微妙に一致しないが、”スピノサウルス”とイリタトルでは最後の上顎骨歯が前眼窩窓の前端のレベルにあるのに対して、スコミムスではもっと後方まで延びているという。よってスピノサウルス亜科の歯の減少においては、m4より後方で1個おきに失われたことに加えて、最も後方の歯が失われたことも関与しているかもしれない。

従来の考えと異なり、スピノサウルス科の中で外鼻孔がより前方にあることは、バリオニクス亜科とスピノサウルス亜科のうちのイリタトルに共通している。これらのスピノサウルス類では前上顎骨、上顎骨、鼻骨が外鼻孔を取り囲んでいる。スピノサウルス亜科で外鼻孔がもっと後方に移動する際には、次第に前上顎骨の関与は必要なくなり、ついには”スピノサウルス”のような状態に至ったと思われる。またスピノサウルス科の進化過程では、外鼻孔の大きさが小さくなる傾向がある。この点についてイリタトルは、バリオニクス亜科と”スピノサウルス”の中間の状態を示している。

全般に、アラリペ盆地のスピノサウルス類(イリタトルとアンガトゥラマ)の頭骨は、バリオニクス亜科とアフリカのスピノサウルス亜科の中間的な形質をもっている。一方オクサライアは、よりアフリカのスピノサウルス亜科に近縁である。アンガトゥラマとオクサライアについては、分岐図のように順次外群をなしていると思われる。つまりスピノサウルス亜科は、従来考えられていたよりも形態学的に多様であることがわかってきた。


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