21日の夜、打ち合わせの帰りに電車内で気分が悪くなり、次の駅で降りてベンチで休もうと思って立ち上がった途端に、立ちくらみがして気を失ってしまった。
倒れたときに頭をしたたかに打ったらしく、右後頭部にものすごく大きなタンコブができていた。
それだけじゃなくて、意識が混濁して、救急車のお世話になっていたのであった。運ばれたのは、江古田にある東京病院(旧・慈生会病院)。全然知らない病院だった。
細切れの記憶をたどると、CTを撮ったり、血液検査をしたり、点滴を打ってもらったりして、数時間過ごした。
そして、
「迎えに来てくれる人は家にいないの?」
「だれもいません(犬のほかは…心のつぶやき)」
という、看護師さんをちょっぴり哀しくさせるような会話をして(近くに住む妹はその晩、飲み会だと聞いていたので、車で迎えに来るのは初めから無理だと思っていた)、新聞屋さんが朝刊を配り始める頃、よろよろとタクシーで帰宅。
救急搬送されたときには、お金の持ち合わせがなくて(タクシー代を確保しておかなくては帰れなかったので、手付金(?)も打てなかったのだ)、病院に「ツケ」にしてもらい、薬指で拇印を押した念書を持たされて帰ったのだった。
ただでさえ悪い頭が、これ以上悪くなっちゃ困るし、頭がぐるんぐるんするので、改めて志木にある総合病院でCTの検査を受け、21日の代金を支払いに行ったついでに東京病院でMRIの検査と血液検査を受けたら、特に異常はなかった。よかった、よかった。
いやー、ホント、疲れていたのだと思う。
8月に入って、第1週は4日間連日取材、第2週も3日連チャンの取材、それから原稿書きと単行本の再校、念校と広報誌の校了が重なって、なかなか厳しい日々だった。
いつになくストレスフルだったし、長時間パソコンに向かっている仕事部屋にはエアコンもなく、熱中症になる要因も数多くあったし、かなり弱っていたのだと思う。
寝込んで仕事ができないと、即「おまんまの食いあげ」になってしまう稼業だし、もう若くないので、本当に気を付けようと思った。
日曜日、犬たちをシャンプーしてあげる予定がそれもできず、ここ数日はそろりそろりとうちの近所だけを歩く散歩しか、してあげていない。
ワンコたちのためにも、私はいつも健康体であらねば!と心底思った。
そして「病院に行くと病気になりそうだ」と改めて感じ、病院のお世話にならないようにしなくちゃ!と強く思ったのである。
最後に、あのとき駅でお世話をしてくださった見ず知らずの皆さん、本当にお世話になりました。