平家物語を追いかけていた頃に、歌舞伎の「足摺」を現地で公演すると聞いた。
まだ仕事中で諦めたものでした。
それから数年、阪急バスの鹿児島行の夜行便を見つけた。
夜遅くに梅田茶屋町を出て、朝には鹿児島に着く。船が9時ごろに出て、硫黄島に昼には着く。
その日の後半から島内巡り。
翌日午後3時ごろの船で鹿児島に戻り、バスの夜行便で大阪に帰ってくる。
今から思えば、何という無駄のない行程であることか。
宿泊した旅館の玄関に懸っていた額。当日の舞台で使った小道具などが展示してあった。
当blogでも紹介した東温泉のポスターがあった。湯船などの設備が完成した時のものらしい。
港で業務をする職員の背中。孔雀の羽根が付いている。
工事中の鹿児島中央駅。
帰りの夜行便バスまで、市内を散策。
市電が走っている。満員になった時、高校生達が皆席を譲っている。
「どうぞ」なんて言わない。黙って席を立つ。さすが「西郷どん」の末裔だと感じる。
繁華街の一隅で「俊寛之碑」に出会った。ここが昔の海岸線と言う。
「隼人」という食堂に入る。昼間は空いていた。
ヤマトタケルがまだ小碓命(オウスノミコト)と言っていた頃、
薩摩隼人(サツマハヤト)の祖「クマソタケル」を討った時の絵が壁にあった。
西郷隆盛の銅像は欠かせない鹿児島である。
まだ仕事中で諦めたものでした。
それから数年、阪急バスの鹿児島行の夜行便を見つけた。
夜遅くに梅田茶屋町を出て、朝には鹿児島に着く。船が9時ごろに出て、硫黄島に昼には着く。
その日の後半から島内巡り。
翌日午後3時ごろの船で鹿児島に戻り、バスの夜行便で大阪に帰ってくる。
今から思えば、何という無駄のない行程であることか。
宿泊した旅館の玄関に懸っていた額。当日の舞台で使った小道具などが展示してあった。
当blogでも紹介した東温泉のポスターがあった。湯船などの設備が完成した時のものらしい。
港で業務をする職員の背中。孔雀の羽根が付いている。
工事中の鹿児島中央駅。
帰りの夜行便バスまで、市内を散策。
市電が走っている。満員になった時、高校生達が皆席を譲っている。
「どうぞ」なんて言わない。黙って席を立つ。さすが「西郷どん」の末裔だと感じる。
繁華街の一隅で「俊寛之碑」に出会った。ここが昔の海岸線と言う。
「隼人」という食堂に入る。昼間は空いていた。
ヤマトタケルがまだ小碓命(オウスノミコト)と言っていた頃、
薩摩隼人(サツマハヤト)の祖「クマソタケル」を討った時の絵が壁にあった。
西郷隆盛の銅像は欠かせない鹿児島である。