湯西川日記

fbやツイッターで一年サボりましたが、やっぱりブログです。2016年から復活します。ツイッターの長い版みたいな感じです。

2011

2011-12-21 23:29:49 | 学習

2011年は、本当によく人に死ぬ年だ。ジョンイルが死んで、森田芳光も死んだ。父も死んだ。義母も死んだ。松田君も死んだ。そして大震災で大勢の人が死んだ。

これだけ多く人が亡くなると、その遺族は、死んだ人の数倍いるだろうから、日本の人口のかなりの割合で身内を亡くしたことになるのではないだろうか。日本中で例年になく多くの人の胸に悲しみが去来したのだろう。

ただ、うちのニョーボに言わせると、「残された遺族の涙は、遺族のエゴである。」らしい。故人の人生は、本人の中では完結したのだから、それをかわいそうだとか残念だとかいうのは、他人が決めることではないのだと。

もちろん、一概にそうは言えないのだろう。子を亡くした親の悲しみはエゴであるわけはないのだが。ただ、彼女の言うことも、あながち、むちゃくちゃとは思えない。現に彼女も母親を今年突然亡くしている。心の整理のしかたなのである。


ねっとのおかげ

2011-12-20 22:38:22 | 学習

昔、といっても、ほんの20年くらい前は、チケットなんか買うのが苦手で、どこで買ってよいかわからないし、チケットなんぞふつう買えないものくらいの認識でいた。

実際、たぶん、12~3年くらい前だと思うが、高槻に住んでいるころ、京都サンガの試合のチケットが買えなかった。梅田のぴあで勇気を振り絞って希望席をいったら売り切れていた。サンガの試合で、チケットが売り切れるなんて今では考えられないから、多分、うまく買いたいチケットが言えなかったんだと思う。

時代が流れて、今はネットでチケットが買える。難易度の高いチケットは抽選形式になったりして、意外と運がよければ手に入る。それと東京に住んでいると、武道館やドームが近いというのもある。ものすごく恵まれている。

現に、今年、阪神巨人のドームでの試合が2試合、阪神の席で見れた。そんなものテレビで見るものだと思い込んでいたのに。もっとすごいのは、目の前で矢沢永吉のライブを見たことだろう。ちょっと見づらかったが、まぎれもなく生の永ちゃんの歌が聴けた。これはすごいことである。来年も阪神巨人戦と永ちゃんは見たい。ついでに、サザンも見たいな。なんでも、本物がいいのだ。


親子

2011-12-19 22:31:11 | 学習

父親が死んでから、いろいろ実家に電話する。相続の話とか、片づけモノの話、家の修繕の話。母親も一人暮らしになるから、ワシが電話すると気が紛れていいみたい。

母親と話していると、いつのまにか親子の会話の関係が入れ替わっていることに気がついた。当然子供のときは、ワシが子供で、母親は母親でほめられたり、怒られたりしていたのに。

今は何だか逆なのである。「うん、わかった」とか。「ごめん、ごめん」とか。全部母親の発言なのだ。還暦を過ぎると、またゼロスタートしたみたい。母親が、中1の娘と同じくらいの感じ。

たぶん、独り暮らしになって心細いのだろう。そういえば、寡婦になってからの生活というのは、けっこう長いのが普通だ。親戚でも寡婦になったおばちゃんが数人いる。とりあえず、うちの母親にはつらい思いをさせないよう、来年はときどき和歌山に帰るつもり。


もう少しだったのに。無念

2011-12-18 21:30:41 | 学習

昨年の12月末に風邪をひいてから、一度も風邪を引かず、11月末まで来たのに、ここにきて風邪を引いてしまった。正確にいうと、12月10日の朝起きたときに、風邪を引いてしまったようだ。

風邪を引いてしまったといっても、熱が出て寝込んだわけではなく、鼻水が出る、咳が出るということだけなのだが、それでも腹立たしい。もう少しだったのに。もう少し頑張れば1年以上無風邪記録が達成できるはずだったのに。

逆にいうと、この11か月、全くそういうものさえなかった。風邪の症状がなかった、全く風邪と無縁の生活を送れたということなのだ。

風邪を引いた原因は、父の急死と、それに伴う葬儀の疲れであることは明白で、しかも、その直前北海道にいて、温暖な和歌山に行き、その後、また寒い東京に戻った気温の変化という気候の条件が重なった。本当に無念。


日本武道館

2011-12-17 23:36:22 | 学習

FC東京の試合をさぼって、日本武道館に矢沢永吉コンサートツアー2011を見に行った。むっちゃ元気出た。

席がよくなかったのが残念。次回は高い席にする。

矢沢タオル。味スタで投げるやつだが、初めて本物を見た。思えば、矢沢永吉コンサートに行くきっかけは、谷澤達也だったなあ。


明日は明日の風が吹く

2011-12-16 22:43:49 | 学習

よくないことが突然起きる。二人も予期せぬ形で家族を亡くしてしまった。いつどうなるかわからないのが人生だと思う。たやすくとんでもなく悪いことが起きる。

ただ、悪いことばかりが起きるわけもないはずだ。悪いこともいいことも繰り返して時間が経過してゆくのだろう。とりあえず、長い将来のことを憂いてもしかたがない。

どこまで先のことを考えて生きるべきか。1か月後か。1年後か、10年後か。どこまで考えるか。明日のこともわからなのだ。だったら、その日暮らしでよいと思う。

今日は今日で考えて、明日は明日の自分が考える。1日単位のパッケージで考えるのがよいような気がする。今日は今日で決着がついて、今日の自分はもうおしまいである。明日はまた新しい自分があるのだと思う。


くだらない本

2011-12-15 22:50:50 | 学習

ツタヤで、相続の本を立ち読みして、役に立ちそうなのを一冊買ったのだが、相続の本より多いのが、葬式のスピーチの仕方マニュアル。相続の本より多いのだ。

冊数が多いということは買う人も多いのだろう。どのタイミングで買うのだろうか。おそらく平常の用心で買う人はまずいないであろうから、死人が出てから、葬儀までの間に買うのだろう。

内容もくだらない。闘病の間の家族の苦労だの、個人がやさしかったことだの、そんなこと一般的な見本で書けるわけがないと思うのだ。個人にとっては一世一代のセレモニーだし、残された家族も大きな衝撃を受けているはずなのに、なぜそんな通り一遍のマニュアルのスピーチをするのだろうか。

思いのすべてを簡潔に自分の言葉で話せばよいだけだし、感極まってそれが話せないのなら、お礼だけ言えばいいのだ。こんな本を読んでそのままスピーチする人がいることを考えると本当に呆れてしまう。


ダウンでダウンするわい

2011-12-14 22:23:52 | 学習

ひさしぶりにダッフルコートを着て出勤した。20年以上前に買ったものだが、最近着ていなかった。今年の東京はあまりに寒いから、あったかくてちょうど良い。電車の中で汗が出たくらいだ。明日も着て行くつもり。

それにしても、最近は何かというとダウンで、ダウンさえ着れば事足れりという風で、何だか腹立たしい。わしゃ、ダウンが嫌いである。いくら高級なダウンであっても、所詮はダウンである。薄型布団にくるまっているようなもので、ファッショナブルなはずがない。

女性はそれでもよいが、男はやはりコートである。コットンの渋いトレンチコートもよいが、ワシの好きなのはウールのぶっといやつ。ツイードやダッフル。何だか、昔の映画スターのようである。文学の香りさえする。

だいたい、ダウンに頼り過ぎで、ダウン以外だと頼りないように感じてしまいがちだが、昔のグローバーオールのダッフルなんぞ、むちゃくちゃ暖かい。日本では着る場所もないほどだと思っていたが、今年の東京は寒い。色はキャメルである。


長命研究

2011-12-13 23:22:28 | 学習

どうせ長生きできないだろ、なんていっても、努力で少しでも延ばしたい。父は77歳で死んだが、あと10年生きていたら、孫も26歳。全然違う光景が見えていたはずだ。90、100はしんどいとしても、87歳はなんとかなるだろう。

ワシは煙草も、酒もしないから、この点はよい。あとは、血圧の上がることをやめる、くよくよ考えない、肥満しない。適度に運動する。このくらいだろうか。

食い物も大事だ。ものの本によると、肉中心の食生活はよくないらしい。大腸がんリスクが高まるからだ。よくわからないが、発酵食品中心の粗食生活がよいらしい。江戸~昭和初期くらいの日本人の食生活がよいようだ。いずれにしても、今後研究分野の一つだろう。

予防に主眼を置いて、病院に行きまくるという手もある。しかしながら、病院に行っても、薬を処方されるだけだから、かえって寿命を縮める可能性がある。現に父は、直前まで検査入院していたのに、家で倒れて死んだ。病院はあてにならない。


今年の漢字

2011-12-12 22:15:26 | 学習

今年の漢字は「死」だ。お義母さんと父を亡くし、ふたつの死体を見た。また、死体こそ見なかったが、ボランティアに出かけた被災地のがれきに供えられた花に、おびただしい死を見た。ものすごい数の「死」が、今年あちこちであった。日本でも、海外でも。

といって、死を忌み嫌ってばかりいるのではない。この一年、死を身近に感じて、いよいよ、死が実は「生」と一対であるという風に確信している。ペットの動物や金魚のように、人間とて例外ではない。思うよりも実はあっけなく、死はそこにある。そこら辺にある。そこらへんに転がっている。

死をいくら忌み嫌っても、それを逃れることはできない。だれでも死ぬ。死なない人間はいない。今年、くしくも夏に姪が生まれたが、生まれることも死ぬことも実は表裏一体なのではないか。適当に生まれて、寿命が来たら、死ぬ。ごく当たり前の自然現象なのである。健全な死生観というものがあるとしたら、そういうことなのだろう。

とりあえず、生きているうちが華という見方もできる。父が死んだのが77歳。伯父も伯母も77歳で死んだ。叔父は末期のがんで62歳で死んだ。祖父は69歳で死んだ。いずれにしても家系的に長命ではない。いま47歳だから、せいぜい30年くらいか。最後の数年は使い物にならない可能性が高いから、25年。そのうち活動しているのは15年くらい?もうあっというまである。せいぜいしっかり働いて、せいぜい遊ばせていただくことにする。

親逝きて、いよいよ己の未熟知る