夜汽車

夜更けの妄想が車窓を過ぎる

女性の視点

2019年06月15日 19時56分10秒 | 日記
職場での事だった。上司について、ある女性社員が言った・・『あの部長、力がないから嫌い』

件の部長は紳士で、凡そ部下を叱らない責めない、鷹揚な人で仕事振りもよかった。ただ、例えば組織や仕事の仕方をもっと合理的に改変する、等のことはなかった。

一方、私は『やかましい、静かにしろ』などと、女性社員を怒鳴りつけたり、図面や作業の仕方を変えさせたり『その仕事を俺に寄越せ、もっといいやり方をして見せる』と言ったりして迷惑がられたり物議を醸したりした。・・・どう見られていただろう?

【今までのやり方にしがみつくバカ】がどんな職場にも居る。今まで、自分が大将とばかりにある部門を牛耳っていた奴の古臭いやり方を強引にひっくり返した時は痛快だった。『こげなこまんか部署にLANなんか必要なかですよ、ピア・ツー・ピアでよかっですよ』・・・私はパソコンにまるっきり興味も関心もない上司にウソの予算を言って全員にパソコンを用意させてLANで繋いだ。効果は絶大!業務効率は飛躍的に上がった。

書店に行ってCADの手ほどきを買い、代金は会社に請求させた。下請けが描いて来た図面のデータを寄越せと取り上げ、自分で弄って要領を掴んだ。退社後にそれで仕事を始め、今ではある部門を他の誰も出来ないようにしてしまった。あの女性社員が独占していた部分を横取りするところまで来ている。・・・どう言われているかな?

もし、後輩社員の中に、私がやっている手法の意味と展望を洞察出来る者が居れば盗むだろう、盗むヤツが一人ぐらい居て欲しい、そうでないと日本の造船は先がない。あの女性社員には無理。

給料の為だけに会社に出ているなら人は伸びない。私のモットーは最新の仕事が最高の仕事。今まで知られていなかった新しい業務要領なり何なりを残して初めて【仕事】。

風景を忠実に写し取って【絵でございます】とは片腹痛い。そこから新しい、知られていなかった【美】を引っ張り出して見せて初めて【絵を描いた】と言える。今の世の中、やる人も見る人もそこがマルッキリ解っていない。

後悔

2019年06月15日 09時21分38秒 | 日記
私には息子二人居る。まだ彼らが中学高校の頃、2泊3日ぐらいの山歩きに連れて行こうと考えていて、実際は月末支払いや愚かな新興宗教で頭が一杯になっていて、ついに果たさなかった、それを今更のように後悔する。

緑川源流から登って向霧立を縦走して五木に下る、或は祖母・傾に、など考えていたが・・・。

後年、息子達は夫々、オートバイに野営用具一式を積んで出かけていた。後で聴くと、肝が冷えるような冒険をやっていて『よく無事であった』と思う。しかし男の子はこういう事を経なければ【オトコ】にはなれないと思う。

受験勉強、塾、部活、SNSだ、スマホだ、ゲームだ、なんて私の目には『何て貧しい不発の・・・自家中毒の青春』と映る。こういう背景から【ひきこもり】や【ニート】が出て来るのではないのか?

兄弟

2019年06月15日 09時07分52秒 | 日記
兄が弟の処に遊びに行った。ある日二人で長野だったか小諸だったかに出かけた。昼になったので食事処に入った。

弟は【ざるそば】を、兄は【カツカレー】を注文した。弟が言う『何でカツカレーなんか食うんだ、ここは信州だぞ、せっかく信州に来て蕎麦を食わないなんて!』・・・兄が答える『どこであろうと好きなものを食うのが一番いい!』

これを聴いて可笑しかった、笑いを堪えるのに苦労した。兄と弟の性格を実によく現わしていたから。因みに、自分だったらどうするだろう?と考えたが多分『ここは信州だぞ、信州なら蕎麦だ!』と考えただろう。

虎の巻

2019年06月15日 07時39分44秒 | 日記
昔々は小学館から小学●●年生とか少年クラブとかもっと古くは幼年クラブなんて言う月刊誌が出版されていた。それには毎月紙で作る工作キットなどが付録にあって【胸をときめかして】『早く寝なさい』と親に叱られるのを尻目に遅くまでやって結局失敗してガッカリした愉しい思い出がいっぱいある。

偶には国語宝典とか・・・こういうのなくなったなあ、最近、いつの間にか・・言うのもあった。この類で世間には【何やら虎の巻】と言うものもあった。造船所の設計部などにもそのものズバリ【虎】なる自作のデータ小冊子があって重宝したものである。

この【トラ】なる文言、どこから出て来たかと言うとヘブライ語の【トーラー】らしい。

ついでに書いて置く。その当時の連載もの・・・地球SOS、ポストくん、カバ大王様、アメンホテップ、ペンギンの化け物の異世界に落ち込んで出られない話、江戸川乱歩の何だったか・・。カバヤキャラメルはその頃出て来た、オマケと言うのが斬新だった、グリコはもっと前に出た。森永キャラメルは内箱の底に飛行機の切り紙細工用印刷があった。よく飛んだ!

今の子たちは【出来合いのモノ】を【買って】ただ【遊ぶ】。当時の少年たちは何でも作った、ピストルやナイフまで作った。私はグライダーと天体望遠鏡をいくつも作った。作っては壊し作っては壊し、満足できるまで何度も何度も、親に『またネ!?』と小言を言われながら・・・結局【満足】はなかった。多分その残滓が今のギター遍歴にある。これでもない、これでもない、ああ、俺の本当に欲しいのは何処にもない!と。

作るは創るであり、また造るである。それが愉しかった。学校の成績は【ぶんと屁】だったのがそういうのは上手かった。中学、高校に行くと鉱石ラジオ、普通にラジオなどを配線図を見ながら作った。大学に入ると自分用に車を造るのも居た。