夜汽車

夜更けの妄想が車窓を過ぎる

賢いと自認している人ほど馬鹿だ

2019年06月11日 22時48分31秒 | 日記
ネットで立派なご意見を開陳される方々が多い。その一様な特徴は【神】を認めないことが【賢く思慮深い】ことの【証し】であると思い込んでいらっしゃるふしがある。特に政治情勢を説かれる方々は一様に【過去と未来の歴史古文書】である【聖書】を一読もしたことがないような感じがする。・・・それで知識人、教養人と言えるのかな?

古来、日本人は【神居ます】を前提条件に生きた。それが【神道】である。高貴の人の病平癒を願って加持祈祷とか、卑近な言葉ではお百度参りとか、あった。現代日本ほどこの【見えない存在】を脇へ追いやった時代もなかろう、特に【自分は指導的立場にある】と自認する人ほど。

中高年ひきこもり61万人、間もなく100万。老人の運転が幼児を殺す。子が親をいびる、殺す。親が子を殺す。国家の安寧に堂々と水を差す言動をする政治家なる不逞の輩、水際を冒す外国船、日本の領土を我が物と言う輩。そう言った輩に【外交常識】とか【周辺諸国とは波風立てまい】とかで【ニコヤカ】に握手の手を差し出す【秀才】・・・罰が当たっているんだよ!も一度言う『バチが当たっているんだよ』

最新の量子力学は【神】を【発見】した、百歩譲って【念力】を証明した筈じゃないか。日本有識者、反省しろ。屁理屈ばかりこねるキリスト教由来教養主義など日本から追放しろ。

これをどれほどの日本人が知って居るかな?

2019年06月11日 21時47分49秒 | 日記
純米・・・田舎ではあまり使わない言い方だったが・・・
純綿・・・あの当時は純綿のブラウスなんて貴重品だった。
粉食・・・パンのことだ。
MSA協定・・・アメリカの日本に対する食糧援助協定。
黄変米・・・昭和32年頃あった。正確に記憶していないが何らかの原因で黄色くなった米。
人造米・・・米粒を型押ししたでんぷん質の板のようなものを割って米粒にした米代替品。
ベンベルグ・・・化学繊維。
スフ・・・化学繊維、stable fiberの略。
米穀通帳・・・戦時中、米は配給だった。その名残は昭和35年辺りまであった。東京や大阪に遊学する際にはこれを持って行く事が必要だった。
仁丹・・・これは昭和40年代まであった。昔、処刑された人の肝を取って薬にしていたらしいが、多分この苦い小さな丸薬はその記憶を引きずったもの。人胆が起こりではないか?口内清涼剤として日本人はよく口に入れて噛みつぶした。それを見た外国人が『あれは多分精力剤だ、日本人がエネルギッシュなのはあのせいだ』なんて言ったとか言わなかったとか。
練炭火鉢・・・学生時代、この中鉢だけを取り出して畳に置いてすき焼きをやり、畳を焦がしてエライ目に逢った。
顔丹(ビンタン)・・・これは台湾在住国民が使った言葉、洗面器のこと。
教育二法案・・・昭和29年頃、国会で審議された教育に関する法案。
へっつい・・・かまどのこと
どもを見た・・・鹿児島方言、認知症のこと。
じぇんもん・・・肥前方言、乞食坊主、拡大して、欲の皮の突っ張った坊主。
(九州方言は【せ】を【しぇ】と言う。田舎では【せんせい】ではなく【しぇんしぇー】だった。台北育ちの父はそれに苛立った。だが、実はこちらの方が古語の言い方。九州は平安・鎌倉までの文化が化石化している)
樺美智子さん・・・全学連の安保反対デモで群衆に踏みつぶされて亡くなった最初の犠牲者、東大学生。
虫下しチョコレート・・・文字通り・・!
海人藻・・・こいつを大釜で煎じて煮汁を飲むと回虫が・・・うわあ、ヤメテクレー、言うな!
靴底のゴム、地下足袋のゴムなどを学校に持って行くと新しい月星ズックがもらえた。地方によってはネズミのシッポを持って行くと・・。またお茶の実を集めて持って行っても何かに替えてもらえた。
4月・・・麦刈り休暇3日ぐらい。6月・・・田植え休暇3日ぐらい。9月・・・稲刈り休暇3日ぐらい、あった。
誘蛾灯・・・田圃の虫よけ
つまぐろよこばい、せじろうんか・・・稲に着く虫
八反押し・・・他の草取りの機械
とうみ・・・稲モミからゴミを吹き飛ばす機械。
ばら・・・蚕を飼う平たく大きい(直系3,4尺)の竹製の浅い籠。
しょけ・・・ざる。
しゃりき・・・車力と書く。人が引く荷車。
十能・五徳・火消壺・・・いずれも火鉢に関わる道具。恐れ入る名前だな。
バンコ・・・長椅子。
ラーフル・・・黒板消し。
かば色・・・鹿児島県だけかもしれない、英語で言えば buff colour。
国防色・・・要は軍服などの用途に使った布の色。
てんがら・・・鹿児島県だけかもしれない、【賢い】の意。
分限者・・・金持ち。
【米の】供出・・・何だと思う?






クラシックギターの音

2019年06月11日 19時29分21秒 | 日記
それを持って、かなり弾けるようになったギターと印象の薄かったギターを想い出して見る、高名な製作家や高価なギターを何故売却してしまったかと考えて見るに、どうやら【音に拘りがなかった】。【いい音】と表現される音、ギターに就いて言えば、【遠達性】だとか【分離】だとかの表現で、【優れている】と評価される音が必ずしも【気に入った、こだわりの】音ではない。そこが難しい、製作家泣かせだろう。私の場合は細い芯の周りに倍音ではなくハスキーな雑音の混ざったような音が好きだ。

ドイツ系、国産のギターには余り見つからないように思う。スペインのギターにはある。現在持っている。多分、あのカンテ・フラメンコが理想とする声が【ラホ(ひび割れ)】のある声、と言われているそれと関係がありそうだ。