月のカケラと君の声

大好きな役者さん吉岡秀隆さんのこと、
日々の出来事などを綴っています。

吉岡刑事物語 その11

2008年11月27日 | もしものコーナー 吉岡刑事物語


息苦しさで意識が戻った。
気付くと周りは一面の暗闇で、
不気味なほどに静まり返っていた。
自分の置かれた状況が、
吉岡にはすぐに理解できなかった。

何が起こったんだろう?
自分は今どこにいるんだ?

記憶は壊れたビデオテープのように、
切れ切れな映像を再生するだけで
全く要領を得ない。
それより呼吸が苦しかった。
体全体が四方から圧迫されて息が上手く吸えない。
しかしその惨めな状況が、
吉岡の意識を無慈悲に現実へと引き戻した。

そうだ、
雪崩にやられたんだ。

マチャトンくんは?!

咄嗟にマチャトンの安否のことが脳裏をよぎった。

彼は無事なのか?

吉岡はマチャトンの名前を呼ぼうとしたが、
しかし思うように声が出せない。
体を動かそうにも、そこに寝袋がピッタリと
糊をつけたように張り付いていて、
僅かな隙間の空間に位置した右腕すら
全く動かすことが出来なかった。 
懸命にもがけばもがこうとする分、雪の重みは
じわりじわりと吉岡を圧し潰しにかかってくる。
恐怖が吉岡を襲ってきた。

ここから出なければ。

雪崩に埋もれたら、最初の20分で
その生死の行方は決まってしまう。

早くここから出なくちゃ・・・ 
出ないと・・・
でもどうやって? 
それより、
息が、
息が出来ない。
誰か・・
誰か、
助けて・・・

意識まで暗闇の中に引き込まれそうになったその時、
一気に酸素が吉岡の肺に入ってきた。

マ: 吉岡君っ!!!

頭上に雪の切れ目が開いていた。
マチャトンの顔がその先に見える。

マ: 今助ける! もう少しの辛抱だ!!

マチャトンが必死になって雪を掻き分けてくれたお陰で
吉岡の体に感じていた雪の圧迫感は次第に軽くなっていった。
やがて雪穴を大きくこじ開けたマチャトンは、
中に埋もれていた吉岡を両手で掴んで外に引き出した。
吉岡はその場で何度も大きく息を吸い込み、
乾いた空気が喉につかえてゴホゴホと咳こんだ。

マ: 大丈夫か、吉岡君?!

吉: うん・・。 大丈夫・・。

マ: 危機一髪のところだったよ。ちょうど僕が紅茶を作ろうと
テントの外に雪を取りに行ったときに雪崩が起きたんだ。
僕は上手く流れに乗って泳げたから遭難を逃れたけど、
君はあっという間に埋まってしまって・・・。
ほんとにあっという間だった。。。
小規模の雪崩だったのが不幸中の幸いだったよ。

吉: ありがとう、マチャトンくん。

咳で乱れた呼吸を整えながら吉岡は礼を言った。

吉: 君のお陰で命拾いした。ありがとう。

マ: ・・・よ、よせやい、吉岡君。。。

吉: 本当だよ。もし君がいてくれなかったら、
僕は絶対助かってなかった・・・。

マ: ・・・・。

吉: 本当にありがとう、マチャトン君。

マ: ・・・・。

吉: (ニコ。)

マ: ・・・・。

吉: (ニッコリ。)

マ: ややややいゆえよ~~し~お~~か~くぅ~~~~んっ!!! 
あ、

バタ。

吉: あっ、いきなり倒れちゃってどうしたの、マチャトン君っ?!
一気に疲れが出ちゃったの? 

マ: 違うよ! 助かった喜びを分かち合おうと思って君に両手を広げて
駆け寄ったのに、君が急に立ち上がっちゃったから僕はここにバタって
なっちゃったんだ。こういうシチュエーションの時は普通、
「おぉ~!」とか言って互いの肩を叩き合って抱き合いながら
喜んだりするものなのじゃないのかい? ドラマとか映画だったら絶対そうするよ。
基本だと思うんだよね。だから僕はその基本にのっとってだね、ねぇ、吉岡くん、
聞いてる?

吉: え、何が?

マ: また芳一なのかっ?! 

吉: ごめん。モジモジしながら話をしてるからトイレに行きたいのかな~
と思って。。。 ところで芳一って誰?

マ: ・・・もういいよ・・。それよりそこで何をしてるんだい? 

吉: 埋まったザックを探してるんだ。一刻も早くテントを張らないと、
僕たちまた寒さでやられちゃうから。

マ: ・・・そうだった・・。 僕も手伝うよ。 

しかし彼らのテントは雪崩によって下方に流されてしまっていた。
仕方なく、僅かに二人が座れるような広さの岩棚を見つけ、
そこで一晩ビヴァークすることにした。
壁にピトンを打ち込んで固定し、そこにザイルを回して
自分たちの体を岩棚に固定する。簡単に言えば、
崖に僅かにせり出た平らの場所に座り、壁に張り付きながら、
二人並んで腰をかけている状態だ。
かなり窮屈できつい体勢だが、一晩我慢すればいい。
雪の中から唯一掘り出せたマチャトンのザックの中から
ツェルトを取り出し、それを二人で頭から被って風除けにする。
それが長い長い夜の始まりだった。


身を切るような寒さとともに吉岡は目を覚ました。
いつのまにかうとうとしていたらしい。

どのくらいの間眠っていたんだろう?
1時間か・・、いや、もしかしたら
たったの5分くらいだったかもしれない。

隣を見ると、窮屈そうな格好のまま
微かな寝息をたてているマチャトンがいる。

墨をこぼしたような暗黒の空には星一つなく、
あれほど荒れ狂っていた吹雪は、
いつの間にか姿を消していた。

霧のヴェールを纏った月だけが夜空に浮かび、
仄かにくすんだ青白い光をその周囲に滲ませていた。

静かだった。

とても静かで、
そして恐ろしく寒くて長い、
冷酷な夜だった。

マ: うわぁああっ!!!

突然、さっきまで横で寝ていたマチャトンが叫び声を上げた。

吉: どうしたの、マチャトンくん?!

マ: 今そこにっ、そこに変な生き物が・・

幻覚だ。

吉岡は咄嗟にそう思った。
こういった極限状況で幻覚を見てしまうのは、
山では決して珍しいことじゃない。

吉: 悪い夢を見ていたんだよ。もう大丈夫だから、安心して。

マ: いや、悪い夢なんかじゃない。確かにこの目で・・・、ほらっ、
すぐそこにいるじゃないか、わぁあっ!

まるで暗闇に怯えている子供のようにマチャトンは震えている。

吉: 大丈夫だよ。もう消えちゃったよ。

マチャトンを安心させようと、吉岡も彼と同じ方向に目線を移した。
そこには、

吉: 何してるんですか、ゴリさん?

ゴ: 見てわからんのか、ばかもん。木枯らしに吹かれているんだ。

吉: 人知の理解範囲を超えています。なんで
ミノムシの格好をしているんです? 

ゴ: それじゃ~お前は、俺が
チクワの格好をしてたら納得するというんだな?

吉: そういう問題じゃないんですよ。第一、
一体どこからぶらさがっているんですか? ここは標高
3000m上ですよ?

ゴ: 自分の理解しうることだけがこの世の全てではないだろう?
わかるか、雪見大福三号よ。隣にいるホームランアイスの様態はどうだ?

吉: まず最初の質問の答えですが、はい、それは僕もゴリさんと
同じ意見です。そして次に答える質問ですが、まとめて言いますと、
僕は雪見大福三号ではなく、マチャトンくんもホームランアイスでは
ありませんし、様態は疲労はしていますがさほど悪くはありません。

ゴ: おい、雪見大福一号二号は誰だか聞かなくていいのか?

吉: いいえ、結構です。

ゴ: そうか、なら教えてやるよ。一号は吉岡、二号は秀隆、三号がお前だ。

吉: 全部僕じゃないですか?!

ゴ: 四号はヒデちゃんとなるかもしれないがそれはどうかな。
それにしてもさすがの洞察力だな、吉岡。さてはお前、
さしずめインテリだな? 

吉: そんなんじゃありません。ただ真っ当な受け答えをしただけです。
それより一体ここで何をしているんですか? そんな格好でぶら下がっていたら、
普通の人間だったらとっくに瞬間冷凍されていますよ。

ゴ: そんなに褒めるなよ、照れるじゃないか。いいか、
氷点下で薔薇の花はバリバリに凍ってしまうが、
モービルオイルのゴリは凍らないんだ。金槌がなかったら
バナナで釘を打てよ。おい、寝るなよ、吉岡。

吉: 急に疲れが襲ってきたんです。

ゴ: いいか、吉岡、俺はな、大事な部下を助ける為に、
越冬つばめにも負けないくらいの我慢強さでもって、
ここで木枯らしに吹かれているんだぞ。涙ぐましいだろ?
哀愁の中間管理職なんだよ、俺は。ほら、これを受け取れ。

吉: ゴリさん、これは・・・・?

ゴ: ん? あ、それはバトンだった。
そっちじゃなくてこっちを受け取ってくれ。

吉: ・・・これは?

ゴ: ミトンだ。さっきの雪崩れで失くしちまったんだろう?
ミトンがなかったら凍傷になっちまうだろうが。とっとけ。

吉: ゴリさん・・・これを渡す為にわざわざ・・

ゴ: うむ。それは俺にとっては思い出の手袋なんだ。大事にしろよ。

マ: どんな思い出があるんですか?

ゴ: おわっ、なんだよマチャトン、急に出てくるなよ。
作者が急にお前のことを思い出したみたいな出方じゃないか。

マ: 作者ってなんのことですか?

ゴ: 細かいことは気にするな。とにかく、
これがお前達に渡せる最後の手袋だからな。失くすなよ。

吉: ありがとうございます。大切に預かります。

ゴ: あぁ、そうしてくれ。なんてたってこれはな、俺の母さんが・・・

マ: え、ゴリさんのお母さんが?

ゴ: 母さんが夜なべして。。。。

吉: そんな大事な手袋を・・・

ゴ: 鍋を焦がしちゃったんだ。 寝不足でお肌も荒れちゃったらしい。

マ:: 退場してください、ゴリさん。

ゴ: なんだよ~、俺だけ仲間外れにして~。先生に言いつけるぞー! 
いいかお前ら、これだけははっきりと言っておくがな、
俺の血液型はA型だ。

吉&マ: だからなんだっていうんですかっ?!

ゴ: いちいちハモるなと言っておるだろうが。
由紀さおり&安田祥子 男性バージョンなのかい、お前達?
それよりいいかお前ら、山をなめるなよ。
お腹が痛くなっちゃうからね~。なんせ土はバイキンだらけだしぃ。

吉: そういう意味で山をなめる人なんて誰もいませんよ。
 
ゴ: どうしてそうはっきりと言い切れるんだ、え? いいだろう、
一つ話をしてやる。俺はな、その昔、ラという相棒とコンビを組んでいたんだ。
いい刑事だったよ、ラは。その頃の俺たちは文字通り二人で一人前だった。
出前は二人分とったがな。悪どいホシたちを捕まえる為に、二人で毎日、
昼夜かまわず都内を走り回ってたんだ。そしてある時ラはな・・・ラは・・・
あ、帰る時間だ。さよなら~。

マ: 話の途中で帰らないでください! 気になるじゃないですかっ!!

ゴ: 気になるなら続きは山を降りてから聞きに来い。じゃ~な!

吉: あっ、ちょっと待ってください、ゴリさんっ!
ミノムシのままどこへっ?!

ゴ: 家に帰って炬燵に入るんだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ~~~~

マ: ・・・降りていってしまったよ。スルスル~っと。。。

吉: ・・・幻覚だったのかな、今のは?

マ: いや、ゴリさんだったよ、確かに。

吉: でも、

マ: 深く考えちゃダメだ、吉岡君。特にゴリさんのことに関しては。
今は無事に下へ降りることだけ考えよう。

吉: ・・そうだね。体調の方はどう?

マ: 良いとはいえないけど、最悪ってほどでもないよ。大丈夫だ。

吉: そう、それならよかった。それじゃ、日が昇る前に降り始めようか?

マ: ああ、そうだな。雪質が悪くなる前に出発したほうがいい。行こう。


夜明け前、二人は再び下降し始めた。
吉岡が先頭に立ち、マチャトンをリードしていく。
二人の体は互いにザイルで繋がっていた。
風はなく、朝焼けの紫が東の空を染め始めている。

よかった。
今日は晴れる。

天候に恵まれさえすれば、このまま一気に
ベースキャンプまで戻れるだろう。

吉岡は兆しの良い空を一瞥した後、
再び全神経を自分の両足に集中させた。
二人の履くアイゼンの爪が、
硬く締まった雪面に食い込んでいく。
ガシッガシッと雪を蹴る音が、
やがて一定のリズムになっていく。
と、ふいにそのリズムの片方が、
ふっつりと途切れた。
不思議に思った吉岡が後方を振り返る間もなく、
マチャトンが真横をまっさかままに落下していった。
吉岡は急いでザイルを掴んで滑落を止めようとしたが、
マチャトンの落下のスピードに足元を取られて、
自分もバランスを崩してしまった。

一瞬の後に二人は斜面を滑落していた。

それはほんの一瞬の出来事だった。

スピードはどんどん加速していき、二人の体は上下左右、
コマのように回転しながら滑り落ちていく。
ただ重力に身を任せて落ちていくこと以外
他にどうするすべもなかった。
体が雪面の所々から飛び出ている岩にぶつかっていく。
二人の体はまだザイルで繋がっていた。
どちらかが止まれれば、滑落はストップできるはずだ。

吉: 何か掴むんだ!!!

前方を滑り落ちていくマチャトンに向かってそう叫びながら、
吉岡はピッケルで懸命に雪面を叩いた。

引っかかれ!
引っかかってくれ!

と吉岡は声に出して叫んだが、
しかし凍りきった雪面は無常に沈黙したままだ。
その時、背中に衝撃を感じてザイルがピンと張った。
滑落が突然止まったのだ。

気付くと、吉岡の体は雪面上に出た大きな岩に引っかかっていた。
背中に背負ったザックがクッションとなって、
激突時の衝撃を和らげてくれたのだろう、
多くの岩に当たりながら滑落したのに、
奇跡的に何の怪我もしていなかった。

吉: マチャトン君・・・?

搾り出すような声で吉岡はマチャトンに呼びかけた。

吉: マチャトン君、大丈夫か?

しん、と静まり返った斜面に、
風が雪煙を巻き上げながら吹き降りていく。

吉: マチャトン君?

吉岡は、引き伸ばされたザイルに
再び体を取られて二次滑落しないよう、
岩から突き出たこぶをしっかりと掴みながら、
慎重にゆっくりと岩の上に起き上がった。

その瞬間背筋が凍りついた。

マチャトンと互いに繋がっているはずのザイルの片端は、
まっすぐ二メートル程下方へと伸びていき、
そしてそのまま崖の下へと消えていた。

落下したんだ!

吉: マチャトン君っ!!!

吉岡は急いで伸びたザイルを両手で引っ張った。
生きていればそのサインとして、
マチャトンはザイルを引き返してくるはずだ。
しかし下からは何の反応も伝わってこなかった。

まさか・・・
まさかそんな・・・

最悪の事態が脳裏をよぎる。
パニックに陥りそうな気持ちを抑えながら、
吉岡はありったけの力を振り絞ってザイルを引き上げた。
ザイルに掛かった重みが苦痛と疲労を呼んで
腕全体の感覚を麻痺させたが、吉岡はかまわず
全神経を集中させてザイルを懸命に引き上げ続けた。

生きていてくれ、
マチャトン君。

やっとの思いで50㎝程手元にザイルを引き上げた吉岡は、
その緩んだ部分を素早く岩のこぶに括りつけてしっかりと固定した。
そして自分の腰からザイルを外す。 
慎重に這うようにして崖の縁へと進んでいき下を見下ろすと、
50メートル下の空中にマチャトンがだらりとぶら下がっていた。
その光景に一瞬呼吸が止まりかけたが、しかしよく見ると
マチャトンはザイルを両手でしっかりと掴んでいた。

生きている!

吉: マチャトン君っ、大丈夫か?!

マ: ・・・・ああ・・。

力はないが、マチャトンはゆっくりと反応を返してきた。
安堵感が一気に吉岡の心に湧き上がってくる。
しかしそれは瞬時のことだった。
問題はここからだ。
マチャトンを救出しなければ。
絶壁にたった一本のザイルで繋がっている
マチャトンの命を。

マ: 切ってくれ。

その時マチャトンの声が崖下から聞こえてきた。

マ: ザイルを切ってくれ、吉岡君。

凍てついた突風がふいに吉岡の体を突き抜けていき、
吉岡は言葉を失くした。

マ: 僕のことはいい。ザイルを切ってくれ。

その声は谷間に冷静に響いた。

吉: ・・・・何を言って・・

喉元からやっと出てきた言葉をすかさずマチャトンが遮る。

マ: まさか僕を助けようなんて、そんなバカげたことを
考えているんじゃないだろうな、吉岡君?

吉: ・・・・

マ: このままここにいたら、自分自身だって
やがて疲労凍死してしまうことくらい
君ならわかりきっていることだろう?
こんな状況じゃ僕が助かることは不可能だ。
助けようなんてしたら、君まで一緒に3,000m真下に
落ちて行ってしまうんだぜ。二重遭難は免れない。
そうだろ? 切ってくれよ。今すぐザイルを切ってくれ。

吉: マチャトンく・・

マ: 切れよ。

吉: ・・・

マ: 切るんだ。

吉: 僕は、

マ: 切れって言っているんだ!!!

叫び声が澄みきった空気を揺り動かしていった。
碧空はどこまでも高く、そして凍てついている。
二人は完璧に下界から隔絶されていた。
人の息吹や温もりは、ここには一切届いてこない。
ただあるのは、
永遠の空間に入り込んだような、
静寂。
それだけだ。

吉: そんなこと出来るわけないだろう?

やがて吉岡の声が静かに響いた。

吉: そんなこと出来るわけないじゃないか。

吉岡の静かな言葉が辺りに響き渡っていく。

吉: 僕はこれからも生きていきたい。やりたいことが沢山あるんだ。
行ってみたい場所や、読みたい本や、これから出会うだろう人たちを、
僕は諦めたくはないんだよ。みっともなくても、格好悪くてもいいんだ。
生きていくことが大切なんだと思う。僕はここでは死にたくない。
山を降りるんだ。でもそれは僕一人でじゃない。君と一緒に降りるんだ。
だから僕は君を助ける。

崖下はひっそりと静まり返っている。
しかし引っ張られたザイルは小刻みに揺れていた。
マチャトンが、泣いているのかもしれなかった。

吉岡は、用心深く立ち上がると、
ザイルの端を括りつけてある小岩まで戻った。
ザックの中からハーケンを取り出し、
それをハンマーでしっかりと岩に打ち込んだ。
そうしてから打ち込まれたハーケンの穴にカラビナをかけ、
そこに予備のザイルを結んで自分の体を固定する。

絶壁へと降りていく。

そのことに恐怖心がないとは言い切れなかった。
些細なミスを起こせば、それで自分の体は一瞬にして
3000mまっさかさまに落下していき、たぶん、
誰にも見つけられることなく、その亡骸は、
氷河の中を永遠に孤独に彷徨うのだろう。しかし、

行かないわけにはいかない。

吉岡は両手でザイルを掴んで、
そのまま一気に崖を下降していった。

迅速に、しかし最大限の注意を払いながら
吉岡は崖を懸垂下降していった。
マチャトンは下降してくる吉岡を見上げることなく、
ただだらりとその場に力なくぶら下がっているだけだった。
一下降毎に、彼との距離が縮まっていく。

あと10メートルで辿り着けるだろう。
もうすぐだ。

近づいてみて初めて気付いたが、
マチャトンがぶら下がっている脇の壁に、
僅かながらだが岩棚が出っ張っているのが見えた。

足場がある!

あそこに立つことができれば、
マチャトンの疲労も少しは和らぐだろう。
救助処置も少しはしやすくなるはずだ。

吉: マチャトン君、横に岩棚がある! 
頑張ってそこに足を乗せるんだ!

そうマチャトンに向かって叫んだ時、
カラン、と頭上で乾いた音がした。

吉: 落石だ! マチャトン君、避けて!!!

間髪いれずにピンポン玉ほどの大きさに砕けた砕石が
霰のように吉岡の頭上に降り落ちてきた。

吉: 壁に寄るんだっ、マチャトンくん!!!

下方に向かって叫びながら、吉岡は自分の体も壁に押し付けた。
その瞬間、拳大ほどの岩石が額の上を掠めていった。
石は急速なスピードを伴いながら奈落の底に落ちていく。
あんな石が頭を直撃していたら、そのまま僕も・・・
そう思った瞬間、恐怖が津波のように押し寄せてきた。

落ち着いて。

落ち着くんだ。

吉岡は懸命に自分に言い聞かせた。
呼吸を整えながらその数を数えることに意識を集中させる。
しばらくそのままの姿勢で落石がおさまるのを待った。
下方を確かめると、幸いマチャトンも落石を逃れたようだった。
岩棚の上にかろうじて立っている姿が確認できた。

行くぞ。

完全に落石が終わったのを確かめてから、
吉岡は再び下降を開始した。

何ピッチか降りた後、マチャトンの立っている岩棚まで
なんとか無事に辿り着くことが出来た。 
二人とも無言のままだった。
吉岡は、素早く的確にマチャトンを固定ザイルに確保し、
そして彼を背中に背負った。

マ: 僕なんかの為に・・・ばかだな、吉岡君・・・

吉岡の背中で力なく呟くマチャトンの声が聞こえてきた。

吉: いいんだ、それでも。

そう言いながら、一瞬ふっと吉岡の顔に微笑みがもれた。
こんな状況下においても笑える自分に驚いた。

大丈夫だ、
行ける。

岩の切れ目にハーケンを力強く打ち込み、
吉岡は再び上へと登っていった。



再び登りきった崖の上に立った時、
柔らかな西日が二人を包んだ。

水をたくさん含んだ水彩絵の具の筆で、
さっと一塗りしたような橙色や緑色が、
暮れ行く一日の終わりの空を美しく彩っている。

マ: これだけのことをした僕達には、
一体これから何が必要だっていうんだろう?

マチャトンが、隣に立っている吉岡に
そう問いかけてきた。
吉岡は眼下の雪田に灯るベースキャンプの灯りを
ずっと静かに見つめていた。
それは、
人の温度だった。
人の温める、日々の生活の温かさだ。

吉: 毎日の生活なんじゃないかな。

マ: え?

吉: それが一番大切で、何より幸せなことだと思うんだ。

そう言うと、吉岡はそっと微笑んだ。


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吉岡刑事物語 その10

2008年11月21日 | もしものコーナー 吉岡刑事物語



頂上に辿り着いた時、
不思議と何の感慨も湧かなかった。

この地球上で、
人間がその足で立つことのできる最頂点、
エベレストの頂き。

かつては聖域と呼ばれていた場所だ。

吉岡は、酸素不足で弱ってしまった体を
ピッケルでかろうじて支えながら、
ぼんやりとした思いでそこに立っていた。
かたわらには、ここに来ることを許された者達が
記念に残していった様々の色の国旗や祈祷旗、
そして空の酸素ボンベたちが、
雪の中に突き刺さっている。

よほど疲れきっていたのかもしれない。
吉岡は倒れこむようにして、
その場に座りこんだ。

何か、思うことが、あるのではないか?

霧のように霞んでしまった思考を、
吉岡は必死に手繰り寄せようとしたが、
しかしいくら懸命に考えようとしても、
頭の中にはただ空洞が、ぽっかりと
そこに深い穴を開けているだけだった。
頂上に登りつめた達成感や、満足感も、
何も心には浮かんでこない。
いや、もう、物を考えること自体、
どうでもよくなってしまっているようだった。

疲れているんだ、すごく。

そうぼんやりと心の中で呟きながら四方を見回した。
雪面の所々から砕けた岩が突き出ている。
眼下は厚い雲層に覆われていて何も見えない。
風はほどんど感じなかった。
顔を上げると、怖いくらいに澄み切った藍色の空が、
見渡す限りの視界一面に広がっていた。

そこは下界から完全に隔絶された世界だった。
静寂と、
孤独だけに支配されている、
真空の世界。

他には何もない。
何もなかった。
いや、

何かある。

何かがそこに・・・・
目の前に・・・
何かが・・・・、
何だろうこれは・・・?


マ: 吉岡く~ん・・・。

吉: あ、

マ: あ、って言ったのかい、今?

吉: いや・・・

マ: もしかしたら僕のことをまた忘れてたんじゃないだろうね?

吉: え?

マ: そんなことはないだろう? 

吉: ・・・。

マ: ないだろう?

吉: ・・・いや・・

マ: ないよねっ?!

吉: ・・・・あの・・

マ: ハッ! 
8848m上まできて君を疑ってしまった。。。
ごめん、君を疑ってしまうなんて・・どうして僕はいつもこうなんだ・・・。
自分で自分が嫌になるよ。いっそのこと僕なんてここでっ・・・

吉: あっ、ナイフを取り出してどうするんだ、マチャトンくんっ?!

マ: 髭を剃らないと。写真撮影の前に。ツーショットだしね♪

吉: ・・・。

マ: よし、これで身だしなみオッケーだ。それじゃ、吉岡君、
登頂記念写真を撮ろうか?

吉: ・・そうだね。

吉岡は疲労で重くなった体をやっと持ち上げて立ち上がり、
防寒ヤッケのポケットからインスタントカメラを取り出した。
共にレンズに収まるように距離を図って右腕を伸ばし、
二人の正面にカメラを構える。

吉: そうだ、せっかくだから肩を組もうか?

マ: え?

吉岡は左腕をマチャトンの肩の上に回した。

吉: いい? ハイ、チー・・

マ: クェ、

吉: ん?

マ: いや、何でもない。

吉: ハイ、チー・・

マ: クェッ、

吉: ?

マ: いや、大丈夫だ。

吉: あ、この角度じゃフレームに入りきらないかもしれないよね。
もっと君に寄って肩を組むね。ハイ、チー・・

マ: クェ~~~ッ

吉: ?!

マ: クェッ クゥェ~ チョコボ~~ル~ チョコボ~ル♪

吉: ?!?!

マ: あ、いや・・・。ツルだった頃の癖がつい・・・。
軽い高度障害のせいだよ、気にしないでくれ。しかし寸でのところで
エベレストの頂上から舞い上がってしまうところだった、はははは。
本当に僕という奴はいつもこうなんだ。咄嗟の時に緊張してしまって
失敗をしてしまうことが多いんだ、まいっちゃうよ。ところで、
森永チョコボールのおもちゃの缶詰ってもらったことある?
金と銀のエンゼルマークなんて僕はお目にかかったこともないよ。
僕の周りの友達も当たった奴なんていなかったしさ。あれはねきっと、
チョコボール都市伝説だったんだと僕は推理しているんだ。あれ、吉岡君、
何してるの?

吉: あ、ごめん。捜査のことを思い出して。。。

マ: そうだった・・。ここには任務で来たんだったよな。。。

吉: 今そこで見つけたんだけど、これがゴリさんが
僕たちに頂上で探せと言っていたアルミ缶だと思うんだ。
この酸素ボンベの横に埋まってたから掘り出してみた。

マ: 中に何かの極秘情報のメモが入っているんだったよな? 
どうする、開けてみるか?

吉: そうだね、開けてみたほうがいいと思う。
「開けてみろ」って書いた紙が蓋の上に貼ってあるし。 
いい、開けるよ?

マ: ああ。うわぁあああっ、伏せろっ、吉岡君っ!!

吉: まだ開けてないよ。

マ: は? ・・すまん、驚かせて。実は僕は
「蓋開けてビックリしちゃうかも浦島太郎症候群」なんだ。
やたらと長い病名なんだが、治療法はないらしい。

吉: 大丈夫? 僕一人で向こう側に行って開けてようか?

マ: いや、大丈夫だ。君がいてくれるならね。言っちゃったぁ!

吉: え、なに?

マ: 聞いてなかったのっ?! どうして君は時々僕に対して
耳なし芳一になっちゃうんだ? 吉岡くん、聞いてる?

吉: え、何が?

マ: もういいよーっ! 一旦捜査に入ると君はいつもこうなんだ・・・。
捜査のことしか頭にないんだよ・・。いいよ、どうせ僕のことなんて・・
だって吉岡君は・・・ 

カパ。

マ: あ、蓋開けちゃったの?

吉: うん。あ、

マ: ・・・これはっ?!

吉: ・・・・・。

マ: ・・・・・吉岡君、このメモは・・・?

吉: 「家に帰るまでが遠足だ。」って書いてある・・・

マ: ・・・・何かの暗号だろうか? そう思いたいんだけど。

吉: いやただの伝言だと思う。。。

その瞬間、ドサッとマチャトンは地面に座り込んでしまった。

マ: もうだめだ・・・吉岡君、僕は力尽きてしまった・・。

その言葉が、吉岡の疲労しきった脳に光を射した。
思考の曇りが鮮やかに晴れていく。
そしてその速度に合わせるかのように、
マチャトンの肩越しに見えている日本の国旗に
吉岡の視線の焦点が合っていく。
それは、ひらひらと風に力なく揺れていた。

風が出てきたんだ。

吉岡は素早く下方に目を転ずると、
厚く煙った雲が渦巻きながら急速に上昇してくる様子が
目に入った。

山が荒れる前触れだ。

吉: 今すぐ下山しよう。嵐がくる。

しかしマチャトンは座り込んだまま動こうとしない。

吉: 降りよう、マチャトンくん。
 
マ: 駄目だ。もう歩けない。僕はあとからいくよ。
君は先に行ってくれ。

そう言うとマチャトンは、
だらりと深くうな垂れてしまった。
そうしてしまうマチャトンの気持ちは、
吉岡にはよくわかった。
自分自身だって限界に近いくらい疲労している。

高度が上がれば上がるほど、それにつれて、
空気は薄くなっていく。
薄まった酸素の中で行動するのは、
非情に困難なことだ。
たった15メートルの距離を登るのさえ、
時と場合によっては、2時間3時間も
かかってしまうことさえある。
一歩踏み出しては休み、
一歩踏み出しては休みして、
やがて休む時間の間隔が、足を運ぶ間隔より
どんどん長くなっていくからだ。

そして何も辛いのは体力的なことだけではない。
薄い酸素は、その脳細胞を、精神力を、
じわじわと蝕んでいく。
思考力が極端に衰えてしまうのだ。
だから通常では考えられないような
簡単なミスを起こして、それが原因となり、
いくつもの命が山では消えていってしまう。

ましてやここは、
世界最高峰のエベレストの頂上。
酸素の濃度は地表の三分の一。

しかも二人はアタックキャンプからここまでくるのに、
述べ8時間も休みなしで登り続けてきていた。
だからマチャトンがもう一歩も動けないという状態は、
いわば普通の人間が起こす、正常な高度障害といっても
過言ではない。
しかし、
今ここで彼を一人置いて自分だけ先に下りて行ったら、
間違いなくマチャトンは、もう下界には戻ってこられない。

吉岡は右手をマチャトンの目の前に差し出した。

吉: 行こう。

マチャトンは茫洋とした表情で力なくその手を眺めている。

吉: 二人で一緒に登ってきたんだから、
二人で一緒に降りるんだ。わかるよね?

吉岡は力なく座り込んでしまっているマチャトンの腕を掴み、
一気に地面から引き起こした。
そして万が一マチャトンが滑落した時にそれを食い止められるよう、
ザイルを素早くしっかりと互いの体に確保する。

吉: 帰ろう。

吉岡はマチャトンに笑顔で言った。


夕暮れの残り日が、
マッチの火をそっと吹き消したかように
山裾の向こう側へと消えていき、
そして夜が辺りを支配した。

キン、と凍てついた月が、
青白い光を放ちながら、
雪面を静かに見下ろしている。

吉岡はマチャトンの体を支えながら、
一歩一歩、慎重に下降していった。
疲労はピークに達していたが、
もし自分がここで倒れてしまえば、
おそらく二人ともそれで終わりだろう。
もう二度と立ち上がることは出来ずに、
ここで疲労凍死してしまう。

歩くんだ。

消え入りそうな気力を呼び起こして、
また一歩、吉岡は足を前に出す。

どれくらい歩いたのか、いつのまにか月は姿を消し、
代わりに厚い雲が夜空全体を覆い尽くしていた。
強風が雪煙を巻き上げ、
二人を斜面から振るい落とそうと直撃してくる。
寒さが、防寒具を着ている体の芯の奥まで
切り込んできた。

僕がしっかりしなければ。

吉岡は、一瞬でも気を抜くとうずくまりそうになる
自分の体を叱咤し、マチャトンを抱えながら、
全力を振り絞って前へと進み続けた。

マ: 吉岡君・・・・どうして・・・僕たちは・・・・
こんなことを・・しているんだろう・・?
一体・・何のために・・・

荒れ狂う吹雪が、マチャトンの言葉をも吹き飛ばしていく。
吉岡は崩れ落ちそうになるマチャトンを脇に抱えなおした。

吉: どうしてかは、わからない・・。でも、
行けと・・いわれて、それに・・応えたのは・・
僕ら自身なんだ・・。それに応えなくちゃと、
そう自分たちで決めたから・・だから、登ったんだ・・
だから・・登れたんだよ。

マ: 僕には・・無意味なことに・・思えるよ。
こんなことは、全て・・・全て・・・無意味だ・・。

そこでマチャトンは再び地面にへたりと座り込んでしまった。
凍りついた強風と荒れ狂う雪が、立ち止まった二人の体温を
瞬時にして奪い去っていく。

吉: 頑張るんだ。

吉岡はマチャトンを雪面から引き起こす。

吉: 帰るんだ・・帰れる場所に・・帰るんだよ。それは・・
決して無意味なことなんかじゃないよ・・

横殴りの風が、顔面を打ちのめすように当たってくる。
吉岡はよろめくマチャトンを抱え、引き上げ、励まし、
そしてひたすら歩いた。
そうすることだけが今は彼の全てだった。
そうすることで弱ってしまった自分自身をも支えていた。

あともう少しだ。
あと、ほんの、もう少し。

何度もそう自分に言い聞かせる。

雪原の中央に見えている岩場の横まで行けば、
そこでキャンプが張れるはずだ。
そこまで行けば、
とりあえず横になることができる。

あそこまで行けば、
あと100㍍さえ歩けば、
二人とも助かるんだ。

暴風が行く手を阻み、視界がきかなくなっていた。
砕け散った硝子の破片のような吹雪は、
顔に、体に、そして意志に、叩きのめすかのように吹き当たってくる。
巨大な迷路を永遠に彷徨っているような感覚だ。
吉岡は、自分たちがきちんと前へ進んでいるのか、
そんな感覚すらも今では全くわからなくなっていた。

崩れてしまえば楽だ。

ここで歩みを止めてしまえれば、
今抱えている苦しみはそこで終わる。
それはどんなにか楽なことだろう・・。
苦しみの替わりに、底のない無限の深淵へと、
命を落としていくだけだ。
後は無になるだけ。
それだけだ。
その思いは抗しがたい誘惑となって、
衰えきった吉岡の意志を支配し始める。

グラッ、
と傍らでマチャトンの足が大きくもつれるのを感じた。
猛吹雪の中で、体勢を立て直しながら、
懸命に立ち上がろうとしている彼の姿が目に入る。

そうだ、

歩くんだ。

歩かなくちゃ。


僅かに残された意志を奮い起こしてマチャトンを抱え直し、
吉岡は猛吹雪の中を推し進んでいった。


どのくらいの時間がかかったのだろう、
やっとの思いで目的地の岩場に辿り着いた時には、
辺りはすっかり闇に包まれていた。
吹雪が猛烈な唸りをあげている。
その時点で吉岡の疲労は既に極限状態まできており、
思考力は完全にストップしていた。

機械仕掛けの人形のように体を動かして
岩場の横に簡易テントを張り、
寝袋の中にマチャトンを寝かせ、
コッヘルに雪を溶かして水を作り、
頭痛を訴えるマチャトンにアスピリンを飲ませた後、
残った水を飲み干し、そして崩れるようにして
自分も寝袋の中に潜り込んだ。

ただ眠りたかった。
ただただ眠っていたかった。
そして、
すぐに深い眠りの淵に落ちていった。


正確にはその時、果たして自分が
眠っていたのかどうか吉岡にはわからなかった。
体だけが深い眠りに落ちていて、
しかし意識は浅い眠りと覚醒のはざまを、
行ったり来たりと漂っていたのかもしれない。

遠い意識のどこかで、
闇の底から湧き上がってくるような
地響きを聞いたのはそんな時だ。

雪崩だ!

と、気付いた時には、
全ては暗闇の中にのみ込まれていた。



つづく。
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電車にて

2008年11月17日 | たびたび旅篇



都心から郊外へと向かう電車の窓の向こう側、
流れるように後方へと去っていく東京の町並みを眺めていたら、ふと、
数年前にアメリカ西部を車で旅したときのことを思い出したです。

二匹の愛犬たちを供に約一ヶ月間、
カリフォルニア - ネバダ- ユタ - ワイオミング - 
コロラド - ニューメキシコ -アリゾナ といった順に、
荷物を詰め込んだ車で旅して回ったのが、もうかれこれ三年前。
四駆に乗った旅がらす一家でごぜいやした。

道すがら、犬も宿泊できるモーテルに泊まりながら、
しかし一日の大半は(時には12時間ぶっ通しで)、
ドライブしていたのですが、
それは旅して回った土地が広かったからではなく、
「バカデカい大地だった」
からであります。

見渡す限りの大平原の中、真っ直ぐ一本に突っ切る道を
一日かけてドライブした日に目にしたものは、
ごく稀に行き交う長距離トラックや乗用車以外は、
牛だけであった。
モォ~びっくり。
などという日はざらであり、またある時には、
だだっぴろ~い大地に一面灰色の奇岩群だけが立ち並ぶという、
円谷プロの撮影セットのような中をひたすら走り続けた日もあり、
まるで田舎のおばあちゃんが唱える念仏のごとくに
延々と目の前に続く風景を見ていたら、
「あの岩の横でキングギドラが焚き火をしながらギターを弾いていても
“あ!”
ぐらいの驚きで済んでしまうかもしれない。」
という感覚麻痺に陥ってしまい、しかしそのいつ終わるともしれない
念仏風景にだらり~んと身を任せていると、突如、リスとかウサギとか
猪なのか八戒なのかわけわからん謎の生物が右手も挙げずに目の前を
唐突に横切ったりするので、
「どわぁーっ!」
と度肝を抜かれたりして油断ならないのでありましただ。
はぁ~くわばらくわばらなんまいだー。

それに較べると、東京の町並みはとても立体的に密集しており、
なんだか、とびたす絵本を見ているような視覚感覚であります。
いやでもそれはなにも町並みだけに限ったことではなく、
乗っている電車の中を見渡しても、人は密集しており、雑誌の中刷り広告が
垂れ幕のように所狭しとあちこちに下がっていたりして、
こうして改めて眺めてみると、当たり前なのかもしれないけれど、
とても立体的で、そして色とりどり。

なんてなことを思いあぐねながら、
頭上の週刊誌の中刷り広告を見上げてみると、
ん? 
朝青龍がどうしたって? 
またモンゴルの熱風を周囲に捲き散らしたのかしら、
あばれはっちゃく君だわね。
ってな噂話の密度もやはり濃い。

濃いといえば、
どうしてお相撲さんの名前はこうも濃いのだろう? 
画数がやたらと多くて書きづらいし、第一、
読めんっ! 
力士名とは聴覚でその名を把握するというより、視覚に
「寄り切り突き出し上手投げぇっ!」
と訴えてくる名前だと思う。(←?)

番付表にずらっと並んで書かれている名前を見ると、
「土佐の海」とか「木村山」とかなら素直に読めるし、またその名から、
「ほぅ、高知県や木村さんち出身なのだね。」ともわかるでがす。
しかし「魁皇」とか、「旭天鵬」となるとまるで、
水滸伝に出てくるような名前で覚えづらいったりゃありゃしない、
もっとシンプルにしてくれい、などと思いながら横に目を移すと
「朝赤龍」という名のお相撲さんが・・・いたりする。 これは・・・、
青がいるから赤なのだろうか? リトマス紙ですか? 
朝青龍はアルカリ性だったのね。。。それにしても
なんというシンプルな発想なのだろう。シンプル過ぎだと思う。
やがては「朝ピンク龍」とか「朝レインボー龍」とかいう名の力士が
土俵に登場するのではないだろうか。いやこの際、「朝仮面ライダー龍」とか
「朝おやっさん龍」とかもいいかもしれない。と思っていたら、
「把瑠都」というお相撲さんの名前を発見。一体、
何と読むのですかぁっ?! え、バルトと読むの?
バルト海地方出身だから、把瑠都でバルト・・・・なるほど・・・・
暴走族の当て字みたいずら。
これはもういつの日か相撲界に、関取虎舞竜とか 大関只今参上とか、
横綱なめ猫とかが出てきても驚かない時代が来るのかもしれないぞ。
時代は常に動いているのだ。

などと思いを巡らせていたら既に3駅くらい通過していたわ。
と気付くと、いつのまにか乗車していたらしい
若いカップル二人組みが私のすぐ近くに。
多分、大学生くらいなのかな~、二人で寄りそいながら、
ドアの脇にあるポールにもたれかかって楽しそうに話している様子は
なんとも微笑ましく、ういういしい。

別に耳をミスター・スポックサイズにしていたわけではないけれど、
なんせ彼らのすぐ近くに立っているから、どうしても
そのカップルの会話が耳に入ってきてしまう。

「それでね~、それがね、そうなったの~。」
「そうなんだ~。」
「そうなの~、ふふふ~。」
「そうだね~、あはは。」

なんてことだ。

これだけの言語で分り合えて、
しかも微笑み合えてしまうとは。
余りの驚きに口をポカンと開けてそのカップルを眺めるのは失礼なので
急いで窓の外に目線を移して改めて口をポカンと開けて驚いてしまった。 
驚きリフレイン。

それにしても何故だ? 
何故なのだろう?
何故に彼らの会話はすべて
“そ”
から始まるのだろう?
この“そ”とは、基礎の「礎」=「いしずえ」
ということなのだろうか?
もしそうだとすると先ほどの会話の内訳は、

「礎でね~、礎がね~、礎になったの~。」
「礎なんだ~。」
「礎なの~、ふふふ~。」
「礎だね~、あはは。」

↑こうなる。
深い。
もしや哲学なのか?
しかも哲学しながらきゃっきゃと笑い合えてしまえるなんて
深いのだろうか?
これは、「新・微笑み基そ会話」と呼ばれる
新種で斬新でナイスな会話法なのかもしれない。
「そんなことは全然知らなかった・・・。」
と純君なら言うだろう。

しかしそんな私の新学説には無論気付く様子もなく、
目の前の「“そ”」であるカップル=そっぷるさんたちは、
半径1m範囲内において彼ら独自のそっぷるワールドを
張りめぐらせているわけで、片方がくすっと笑えば、もう片方も
くすくす、なんて相手を反映するように笑っていたりしていて、
やっぱり微笑ましい~。

やはり人生のキーは微笑みなのだ。 

キャンディーズのスーちゃんだってその昔、
「微笑みがえし」と微笑みながら歌っていたからこそ、後年、
モルツのCMでビールを飲みながら、ふふふ~と
吉岡君から微笑み返してもらえたのに違いないのだ。
羨ましいぞぉっ、大家のスーちゃん!
因果応報ですな、何事も。

いやしかし、私だってジャイアンとお付き合いしだした頃は、
いつも微笑んでいたのだったわ、なぜならジャイアンが
何を言っているのか全くわからなかったから微笑んで
その場をごまかしていたのだった。 英語がわからなかったのだ。 
意味が全然違うぢゃーん!

ということですっかり忘れていたけど、
いたんだわ、ジャイアン。
隣に。
そうだこの際だから微笑んで彼の話に耳を傾けてみよう。

ジャ:「でね、よかったな~って思ったんだ。」

終わっちゃったよ!

まったくぅ~、せっかく話を聞いてあげようと思ったのにぃ~、プンプン!
あっ、いかんいかん、こういう時こそ、
「微笑がえしで吉岡くんゲッツ!キャンペーン」を実施しなければ。

私 :「(ニコ)何がよかったの~?」

ジャ:「えっ?! たった今話したばかりだよ?!」

私 :「(ニコ危うし)過去は水に流した方が世の為人の為なのだ。
新しい門出に乾杯。(ニコ復活) 」

ジャ:「なんか丸め込んでない?」

私 :「何も丸めて込めてなんかいないよ。お饅頭作ってるんじゃないんだから、
早く話を始めていただけないかしら?」

ジャ:「うん、だからね、僕も日本人の仲間入りを経験したんだよ。」

私 :「日本人の仲間入り? チョンマゲでも結える気?」

ジャ:「今時そんな日本人はスモウレスラーしかいないでしょ? そうじゃなくて、
昨日の夜ね、ゴンゴンに行ったんだ~。」

私 :「ゴンゴン?」

ジャ:「そう。ゴンゴン。」

私 :「ゴンゴン?」

ジャ:「ゴンゴン。」

私 :「ゴンゴン?」

ジャ:「ゴンゴン」

私 :「はじめ人間ゴゴンゴ~ン♪」

ジャ:「違うと思う。 なにそれ?」

私 :「ダーウィンの種の起源のテーマ曲じゃよ。で、なんなのその
ゴンゴンって?」

ジャ:「えっ、知らないのぉ? 困ったニホンジンだね~、君は~。
ゴンゴンっていうのはね、男の人と女の人が同人数集まってお酒を飲む・・」

私 :「合コンのこと?」

ジャ:「そうそう、それー! ゴウコンだよー。」

私 :「なぁ~んだぁ~、合コンかぁ~、合コンに行ったのね~、
ってなんで妻帯者のお主が合コンに行ったのだっ、え?!
と、私がやきもちを妬くととでも思ったのかい、そこのデカ造。
私はやき餅は正月にしか焼かないのだ、ふぉほっほっほ~。まいったか。」

ジャ:「別にまいらないけど、ただ友達のその友達から、
頭数が足りないから来てくれって頼まれたから行っただけだよ~。
でもゴウゴンって別に疚しいことじゃないでしょ? 
お酒を一緒に飲むだけだもん。」

私 :「そうですわよ。別に目くじらたてることではなくてよ。で、
女性チームはどんな人たちでしたの?」

ジャ:「あのね、JALのスチュワー・・」

私 :「なんじゃと?」

ジャ:「     」

私 :「スッチーたちと飲んだってぇ~のかい?」

ジャ:「・・さっきゴンゴンは大した事じゃないって・・」

私 :「相手がスッチーとなれば話は別じゃ!JALのスッチーではなく、
野村のサッチーとのゴンゴンなら許せるのよっ、ってほんとに
サッチー五人衆がその場にいたら怖いかも~。スッチーでよかったね~。
ってまんまと丸め込んだなっ、お主!」

ジャ:「そうじゃないよ~ちょっと落ち着いて~。
さっき自分でも言ってたでしょ、やきもちは正月にしか焼かないって~。」

私: 「“鵜呑み反対―!”と、鵜飼のカモ君たちは言っているのだ。
いいかい、君の頭上で行ったり来たりしている車内電光掲示板の文を見よ。
“車内警備強化しております。気がかりなことがありましたら、
何でも駅員にお申し出ください。”と書いてあるじゃろう?
でもだからといって、「あの、明日の天気が気がかりで・・・」と
車掌に言えるのかい、え? 文字、言葉には守備範囲があるのじゃ。
その範囲を広げるのも狭くせさるのもおのれの配慮次第なのでねぇかい?
更に言えばだね、例えば、いくら美味しいお店があると人から聞いても、
そのお店の名前が「フレンチ・コブラ」とか「寿司熱帯」とかだったら、
その店に入ろうとすらしないじゃろう? そういうことじゃよ、世の中とは。
はぁ~世知辛いねぇ~。やれやれ。」

ジャ:「あ、それじゃ~こういうことかな、ホラ、
僕はマフィンは余り好きじゃないけど、君のマフィントップは
別にいいと思う、とか?」

私 :「・・・・・・・なに言ってんの?」

ジャ:「ほらほら、これ~。この広告の写真見て。」

私 :「“はみ肉”って書いてあるよ。」

ジャ:「そうそう。」

私 :「ジーンズのウエスト上にはみ出た贅肉をつまんでるこの写真が
なんだっていうの?」

ジャ:「マフィントップでしょ?」

私 :「はみ肉だよ。」

ジャ:「それを英語で“マフィントップ”っていうんだよ~。ほら、
このはみ出た贅肉部分の形が、マフィンのトップ部分に似てるでしょ? 
君のウエストと同じ~。マフィントップと君のマフィントップ。 ね?」

私 :「・・・なにが、“ね?” なのだ?」

ジャ:「でも僕にとってのその二つのマフィントップは、
まるで存在意義が違うんだよ。」


*彼の思考を図解するとこうなるらしい。

普通のマフィントップはこう。↓




僕のマフィントップとは違う。↓



↑何故か舞っているらしい。。。


私 :「・・・・。」

ジャ:「ね?」

私 :「ね、なの?」

ジャ:「ね、だと思うよ。」

私 :「ね~なのかな~。」

ジャ:「ね~じゃないのかな~。」

私 :「・・・ね~かもね~。」

ジャ:「ね~でしょ~?」

私 :「着いたよ。降りよっか。」

ジャ:「うん。ラーメン食べたいね~。」

私 :「ねぇ~。」

なんか上手く丸め込まれたような気がしないでもないけど、
時にはこんな日があってもええでっしゃろ。

まっいっかぁ~、ね。

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飛んじゃう話

2008年11月07日 | 思うコト


どういうわけか、
私の友にはお酒の強い人が多いであります。

お酒が縁で友情が深まった人や、
人生の辛酸を肴に飲んでいたら
いつの間にか酒が強くなっていた
という人たちも中にはいるけれど、でも友の多くは、
「飲んでみたら酒が強かった。」
という、酒の大相撲部屋ナチュラル番付、
みたいな人たちばかりであり、
ちなみに幼馴染である親友の二人も
やはり酒が強い。

かくいう私もお酒は強いので、
従って日本に帰国している間は、
自然とお酒を飲む機会が増えるわけで。

学生の頃のメンバーと集まって飲むと、
決まって話題に上る話の種が、
今日書こうと思っている
「飛んじゃう話」であります。

「事実は小説より奇なり」
などという言葉をよく耳にいたしますが、
なるほどそれはよく言った言葉でありまして、
云われてみれば、実際に周りで起きている物事などを
よくよく観察、考察なぞしてみますと、確かに、
現実に起こっている話に比べてみれば、
所詮小説の話などというものはまったくもって、
やっぱり「奇」だと思う。 だって、

登山途中でめっけた河童の後をつけてみたら
いつのまにか河童王国へ入り込んじゃった。

とか、

朝起きたら自分の体がへんちくりんな
ムシムシ君になってたの。

とか、

手塩にかけて育てた娘が実は宇宙人だったんだけど、
そもそも竹から生まれてきた時点で変じゃないか、
気付けよっ、爺ちゃんっ!

とかですね、

こういった「ぶっとんだ話」の小説を挙げだしたら、
それはもう枚挙にいとまがないのでありまして、
でもまぁいってみれば小説とは、
その「ぶっとび度合い」もテーマの一つでありますだば、
それでいいのだ。
とバカボンのパパも鼻毛を伸ばして納得しているのだと思う。

現実の世界にはここまでの「ぶっとんじまう話」は
存在しないでございます。けれども、
「ぶっとんじゃう」とまではいかないけれど、
でもじゅうぶんに「飛んじまう話」、要するに、
「飛びます、飛びます、二郎さんチック」
な話というのは、別に要しなくても
結構巷に転がっているものでごぜいますだ。

ひっそりと、目立たずに、敢えて言えば、
動物園の敷地の一番奥に追いやられた
アルマジロのように暮らしてきた私の人生にさえ、
この「飛んじゃう話」というものは存在しているわけあり、
数少ないそれらのことを今思い返してみると、
「謎の転校生事件」とか、
「謎の発炎筒を消火せよ」とか、
「謎の吸血女危機一髪!」とか、
「謎のカーネルサンダースよどこへ行く?」とかって
書き切れないわ、
てんこ盛りずら。

しかしこうして過去に起こった出来事を
羅列してみて気付いたけど、
こういった出来事たちはどうしてみな
「謎シリーズ」になっているのかしら?

ハッ 

こ、これはもしやっ、もしやこりはっ
「私はミステリアスな女」
ということなのだろうか? とすると私は
ニッポンのミステリアスの鏡である
「萬田 久子のような女」であり、即ち
「私は久子ちゃん」だと? 
そうだったのか・・・知らなかった、
私はミステリアスな女・久子だったのだ、
アクエリアスならよく飲んでたけど
ミステリアスだったとは気分は既にアンニュイだわ、
しかしならばどうして友たちは私のことを
「無限大にわかり易い。」
って形容するのかしら? 

謎だわね。

ということで、(←なにが?)
前回の帰国の際に皆で寄って集まって飲んだ際にも、
この「飛んじゃう話」が持ち上がったわけで、
その手の話は集まるごとに新作の目白押しであり、
話題が切れることは決してないわけで、
ということはこの手の出来事は、
日々どこかで常に起こっている出来事なわけであって、
やはり「事実は小説より時にはプチ奇である(かもよ~)」
ということなのかもしれないですだの。

で、今日はこの「飛んじゃうシリーズ」の小噺集から
いくつかピックアップして書いてみたいと思うのですが、
まずは、「浜辺はサマーだ事件」。

これは、友その1が小学生六年生の時に行った臨海学校先で、
「お菓子持込禁止」という、花のプチギャルッ子達には
「鬼の規則じゃでぇ~」という状況下のもとに起こった
ある出来事であります。

夕食も終わり、その日の課題を済ませた後、
就寝時間までの自由時間に、
寝泊りしている畳敷きの大部屋に集まって
みんなでわいわい丸座になって話をしていると、

「あれ、○美ちゃんがいないよ?」

と、ふいに一人の子が発言。
皆で皆の顔を見回すと、そういえば
いつもはクラスの中で立っている存在の○美ちゃんの姿が
輪の中のどこにも見あたらない。

「ほんとだ、○美ちゃんどこいっちゃったんだろう?」

「トイレかもよ。」

「トイレはさっき部屋に入る前に行ってたよ。」

「どうしよう、○美ちゃんがいなくなっちゃったよ!」

「一人で家に帰っちゃったのかな?」

次々に放たれる言葉と共に、
不安分子はざわわ~~~っと一気に拡大急上昇。
先程誰かがしていた怪談話の名残にも再び火が点き、
「やっぱりトイレに行って・・・・きゃぁ~~!!!」
とその場はプチパニック状態に。
それを宥めるべく、さすがの学級委員だった子が、
「先生に言って来る!」
と部屋のドアに向かって踵を返したその先に、
○美ちゃんの丸まった背中が部屋の奥の片隅に、
ポツリ。

「○美ちゃんっ!?」

と一斉に皆が叫んだその言葉に
ビックリ仰天して振り向いた○美ちゃんは、

口一杯にキュウリを頬張っていた。

○美ちゃんは一体どこでそのキュウリを手に入れたのか?

という謎は未だに謎のままらしく。

という前菜話付きでありますだ。
で、本話なのですが、
こっちの話はその「キュウリビックリ事件」の
次の日に起こったことらしく、
海辺での自由遊泳時間でのこと。

海なし県で育った人ならわかっていただけると思うのですが、
山に囲まれた土地で生まれ育つ者の宿命として、
「海を見ると以上に興奮してしまう。」
という無条件反応がありまするだ。

これは、「海」という言葉を聞いただけでも、
血湧き肉踊ってしまって時には知恵熱まで出してしまう、
という悲しいサガであり、
実際に肉眼で海を目の前に見てしまったりすれば、
「うぉ~~~っ」と無闇に海に向かって走っていったり、
「青春のバカヤロー!」と水平線に向かって石を投げたり、
海中で逆立ちをして「犬神家の一族~~!」なんてしてみたり、
挙句の果てにその後40度の熱を出して、
「こんな時期には地元のもんでも泳がねぇ。」
と旅館のおやじさんに説教されてしまったりの4月の久米島、
となってしまったりですね、
「そんなバカはあんただけだ。」
と反論する人が大多数かもしれないですが、とにかく、
多少の差はあれ、海なし県人には誰でも皆、少なからずの、
「海への渇望習性」があるのは確かですたい。

だからこんな習性を持ったちびっこ達が
海辺に大集合となれば、そりゃ~もう
盆暮れ正月一気にきちゃった!
みたいな大騒ぎであり、まさに現場は
サマーふぇすてぃばる。
海もさぞかし満足したに違いない。

そんなてんやわんやの状態の中、
一人の男子生徒が浜辺で何か見たこともない
「石」のようなものを発見。
それはほぼ完璧なボール状の円を形作っており、
大きさは直径2㎝ほど。色は褪せたような茶色で、
よく見てみるとボール状になっていると思っていた
直線を結ぶ先に位置している二箇所が、
心なしか少し尖がっている。

「これなんだろう?」

と隣にいる友達に聞いても、それが何なのか、
その子もまるで見当がつかない。

「先生に聞いてみよう。」

担任の先生の所に行ってそれを見せてみると、
先生もそれが何なのか全くわからない。
なので今度はその担任の先生が
他のクラス担当の先生の所にいき、
「それ」を見せると、
理科専門であるはずの物知り先生も
それが何かまったくわからないという。

そうこうしている内に、その
「夏のなんだろうフェスティバル」は
次第に波状に広がっていき、
ついには校長先生を巻き込んでの大騒ぎ。
しかし校長先生もその「謎の物体X」が何であるのか
全くわからない。

「超小型隕石かもしれない。」

とついに校長先生は言った。

「こんなものは今まで一度も見たことがない。
これはもしかしたらすごい発見かもしれないぞ。」

という校長先生の言葉に、全生徒、教師たちは
鼻の穴をサブちゃんサイズにして色めき立ったらしい。
「校長先生がそう言うならそうに違いない。だって、
校長先生なんだから。」
と私の友もサブちゃん鼻でそう確信したらしく。

「標本にしてしかるべき所に提出しよう。」

と決定を下した校長先生は、しかし一応念のために、
近くの浜辺で何かの作業をしていた地元のおじいさんに
「超小型隕石に違いないもの」を見せた。

「これはなんでしょうか?」

と緊張の面持ちで質問した校長先生を筆頭に、
おじいさんににじり寄る教師たち&全学年生徒たち。

じっ、と「それ」を見つめるおじいさん。

固唾を呑む学校陣。

「これは・・・」

と、おじいさんは眉間の皺を更に深く刻みながら口を開き、

「梅干の種だで。」

の言葉に一同 

その瞬間、校長先生の姿が一気に縮んで見えて
友は何故だか無償に悲しくなってしまったという。。。


他にも、友その2の中学の時の同級生が、
18歳でめでたく車の免許を取り、晴れて念願であった
新車のスポーツカーを購入して、もう嬉しくて嬉しくて
う~れしくって嬉しさ余って車のエンジンを空吹かししすぎて

車を炎上させてしまった。

車が爆発しなかったのは不幸中の幸いだったけど、
しかし車は廃車されてしまい、
後には車のローンだけが残ったらしい。
五年間もの。

というまるで4こま漫画の実写版みたいな話しもあったりして、
やっぱり事実は小説と同じくらい奇なりかも。


でもこの手の話をすることって、やっぱり
「今だから話せるんだけど~」という、
「気持ちの仮釈放」が必須ですたいね。
もしもこの「目測を誤ってはならない時間の流れ」を
蔑ろにしてしまうと、それは色々な所にひび割れを
作ってしまうですば~い。
話の掟とは、重要な鉄則でごわすだす。んだんだ。

しかし物事には多面性があるものだから、
ちびっと目線を変えてみてみれば、それは
「時」というものは、
「事」ということを、
「緩和」させてくれる力を持っている、
「宝」なのだ、
ということであるのかもしれないですだば~。

頭を丸めて出家したくなってしまうようなことが起こっても、
たとえ茨に囲まれてしまっているような現在にいるとしても、
時はいつかきっとその棘の痛みを癒し、
やがてはその茨全体を「飛んじゃう」話へと
ゆっくりとではあるけれど変化させてくれるかもしれないですのぉ。

棘も、痛みも、傷口も、
いつかは必ず、どこか心の落ち着く場所へと行き着くんだね、
ということなのかもしれず、
焦らずに生きていくということは、
時という宝の恩寵を授かって生きていく、
ということなのかもしれないですだば。。。


どんなに急いで遠くへ行ったって、
見上げる空はみな同じだよ。


そんなことなのかもしれないっすね。

コメント (2)
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