月のカケラと君の声

大好きな役者さん吉岡秀隆さんのこと、
日々の出来事などを綴っています。

吉岡刑事物語・その32 / 窓枠の青空・4

2009年10月25日 | 小説 吉岡刑事物語





その晩は仲間の小屋に泊まっていくというノブさんに別れを告げて、
萩原は吉岡と共に祭壇場を後にした。
日付を変えたばかりの公園内は暗闇にひっそりと寝静まり、
凍てついた夜気が尖った鋭いナイフのように冴え渡っていた。
肩を並べて公園出口へと向かう二人の足音は、一歩踏み出すごとに、
舗装されていない遊歩道の湿った土の中へと吸い取られていく。
カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、
と陶質な響きを持った接触音が、
吉岡の左肩に背負われたバッグパックの中から、
絶えず萩原の耳元に届いていた。
カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、
とその音は、
カタ、カタ、カタ、カタ、カタ、
と吉岡の歩み一歩ごとについてきて離れない。
一定のリズムで聞こえてくるその接触音を耳に受け止めながら、
萩原はベンチに座りながら交わしたノブさんとの会話を、
頭の中でゆっくりと反芻していた。

(亡くなっちゃった徳さんはね、ここの住人になる前は、
大きな建設会社の社長さんだったのよ。
外車を何台も持っていて、豪華ヨットまで持っていたんですって。
毎晩銀座に呑みに行って、暇があれば海外旅行に遊びに行って、
使っても使い切れないほどのお金があったんだっていってたわ。
それがバブルで一気にはじけちゃってね、気がついたときには、
手元には何も残っていなかったらしいの)

そういってノブさんは顔を斜め上にかしげて遠くを見やった。

(あの向こうに見えるビルがあるでしょ? あれね、
元は徳さんの会社が所有していたビルらしいのよ)

ノブさんの視線の先には、夜天を貫くようにして聳え建つ高層ビルが、
ぬっと無機質に地上を見下ろしていた。

(ほんとなんすか? すごい話ですよね)

半信半疑で聞き返した萩原にノブさんはつと真顔を向けて、

(嘘よ)

と答えて口元だけで少し笑った。

(嘘に決まってるじゃないの)

ノブさんは着ていたジャンパーの内ポケットからごそごそと
小さな巾着袋を取り出して、それを萩原の目の前にかざした。

(これね、徳さんの遺品なのよ。死んじゃうまえに徳さんがよくいってたの。
もし自分になにかあったら、今まで世話になったお礼に、
あたしに全財産を譲り渡すって。自分のほったて小屋の床下には、
実は何千万円っていうくらいの大金を隠してあるから、それをね、
全部あげるって言ってくれててね)

ノブさんは巾着袋の口を大きく開くと、それを自分の左手の上に逆さにした。
中からチャリンと、五百円玉が一つと、十円玉が三つこぼれ落ちてきた。
袋の中身はたったそれだけだった。

(みんな最初からもちろん知ってたのよ、そんな話は全部うそっぱちだって。
でもね、いいじゃないの、別にそんなこと。誰のことも傷つけていないんだし)

ノブさんは手のひらに乗った530円を巾着袋の中に戻すと、

(こんなところに長年住んでいるとね、そんなまやかしでもないと
耐えられなくなっちゃうのよ、生きていることに)

そう言って大事そうに巾着袋を胸の内ポケットにしまい込んだ。

(酔っ払うと、っていってもいつも酔っ払ってたんだけど、
徳さんがその話をしだすとね、ああまた徳さんのホラが始まったって、
みんな適当にあしらって聞き流していたんだけど、でもヒデちゃんは
違ってたのよね。何年間もずっと、それこそ耳にタコができるほど
聞かされていた話にね、いつもちゃんと真正面から向き合って、
心の真ん中から耳を傾けてあげていたのよ)

そこでちょっと黙った後、ノブさんは再び目線を上げて、
こちらをじっと見下ろしている高層ビルを眺め上げた。

(でもね、だからといってヒデちゃんは、そんな徳さんの話を
無理矢理に信じてあげようとか、そんな陳腐なことをしていたんじゃないわよ。
そんなんじゃなくてね、その話の向こう側にある、徳さんの心の裡を
きちんと受け止めてあげてたのよね・・・・。なんていったらいいのかしらねぇ、
人って絶対的に孤独な生き物じゃないの? 
互いに心底分かり合えるなんてことは幻想であって不可能なことなのよ、
そうじゃない? でもそうだからこそ人は人と寄り添い合えるのよね。
寄り添い合おうとする気持ちがその不可能なところから生まれてくるんだわ。
ヒデちゃんは、人間の中に巣食っている絶対的な孤独を、
きちんと自分の中に引き受けているんじゃないかしら。
納得して、引き受けて、そして決意してるっていうのかしらね、孤独に対して。
だからこそ心からやさしく寄り添うことが出来るんだと思うのよ、他人に対して。
でもそれは、どういったらいいのかしらねぇ、一方通行じゃないのよね。こう、
相手側に一方的に寄り添っていくんじゃなくて、相手に与えて、そして自分も
与えてもらっているっていうのかしらね、互いに寄り添い合う道すじを、
両側から開いてくれる感じなのよね)

ノブさんは思いを巡らせるような顔で、今度は夜空を高く見上げた。

(あの子は生を慈しむことが出来る子なんだと思うのよ。
それってものすごく単純なことなんだけど、でもものすごく単純なことなだけに、
日常生活の中では蔑ろにされやすいことなのよね、そうでしょう?)

そう言って問い正すような眼差しを萩原に向けた後、ノブさんはすいっと
正面に向き直ってからまた話を継いでいった。

(人間は様々な想いを抱えて一生懸命生きてるんだっていう
その思いのやさしさがね、ヒデちゃんの生活の中ではきちんと
言行一致しているっていうのかしらね、それとも心行一致してるっていったほうが
ぴったりくるかしら、とにかくそんな感じなのよね・・・。 
出来ちゃった傷口にただ絆創膏をぺたって貼ってあげるだけじゃなくて、
その傷の痛みを一緒に感じ取ってくれる子なのよね。
そういうことが当たり前に出来ちゃうのよ、ヒデちゃんって子は。
徳さんだってね、自分の話を信じてくれている人なんて誰もいないってことは
最初から百も承知だったのよ。だからこそヒデちゃんの気持ちが
嬉しかったんだと思うの、すごく。唯一の気持ちの拠り所だったんだと思うわ、
徳さんにとって・・・。生き別れになった自慢の息子が、別の人の姿になって
自分のもとに帰ってきてくれたみたいだって、そうよく言ってたもの)

(生き別れの息子がいるんですか、その人?)

(さぁねぇ・・・)

ノブさんは遠くを見つめていた目線を萩原に向け直し、

(キムタクは生き別れたあたしの息子なのよ)

といってちょっと寂しそうな含み笑いを浮かべた。

(とにかくね、そんなヒデちゃんにだから頼んだのよ、徳さん。
自分が死んだら、その遺灰を故郷に持って帰って欲しいって。
遺言だったのよ。ヒデちゃんにお願いしたいって、名指しで頼んだの。
ヒデちゃんじゃなくちゃダメだって・・・)


「お前じゃなくちゃダメなのか?」

不意に萩原は思いを口に出した。
隣を歩いている吉岡が、俯いていた顔をそっと上げた気配がした。
カタ、カタ、カタ、カタ、
とその肩先からあの音がついてくる。
萩原は、吉岡の左肩に乗ったバッグパックを横目で捕えながら言葉を続けた。

「別にヒデじゃなくたっていいじゃないか。
その亡くなった徳さんって人の家族に、
ここまで遺灰を取りに来てもらえばいいだけの話だろ?」

自分の吐き出す言葉に自分の心をざらつかせながら、
しかし萩原は言い続けた。

(ヒデが長距離バスに乗って旅に出る)

と一言、筒井からの携帯留守電メッセージを聞いたのは、
昨夜遅くのことだった。
その旅が、今の吉岡の体調にどんな影響を及ぼすのかは、
筒井の怒った声音からすぐに察知することができた。

「もっとさ、自分の事をよく考えてくださいよ」

つとめて淡々とした口調で言った萩原の言葉を横顔に受け止めながら、
吉岡は少し俯いたまま、暫く黙って歩いていた。
萩原の言葉が止むたびに、あたりの静けさがしんと夜冬に増していく。
二人の向かう前方には、公園入り口の石門が、常夜灯の灯りに
ぼんやりと頼りなく照らし出されていた。

「帰りたいっていったんだよね、徳さん」

やがて吉岡がそっと口を開いた。
萩原は顔を横に向けて吉岡を見た。

「生まれた場所に帰りたいって、最期にそう言ったんだ」

まっすぐ前方を見つめている吉岡の横顔は、
森に眠る湖のようにひっそりと静まっている。

「徳さんのことをここに迎えにきてくれる人は、いないんだよ。
徳さんだけじゃなくて、ここで亡くなってしまう人の殆どは、
引き取り手もいなくて、亡くなった一年後に合同祭で追悼されたあと、
無縁仏として名前もない共同墓地に葬られてしまうんだ。
悲しいけど、それが現実なんだよ・・・」

穏やかに話していく吉岡の声に被さっていくように、
ノブさんの話し声が萩原の心に再び戻ってきた。

(入院先の病院をまた抜け出したって知らせを受けたヒデちゃんがね、
すぐ小屋に飛んできてくれたんだけど、でもヒデちゃんが着くより前に
徳さんの容態が急変しちゃってね。ヒデちゃんが着いたころはもうかなり
危ないって誰の目にも分かる状態だったのよ。
急いでヒデちゃんが救急車を呼んでくれたんだけど、でも徳さん、
そんな力がどこにまだ残ってたのか、枕元に座ったヒデちゃんの両腕を
しっかりぎゅっと掴んでね、帰りたいのは病院じゃない、故郷に帰りたい、
生まれた場所に連れて帰ってくれって、縋って泣いたのよ。
そんな徳さんに何度も何度も頷きながら、頑張って頑張ってって
ヒデちゃんは繰り返し必死に励ましてたんだけど・・・。
徳さん最期まで意識がしっかりしてたから余計につらくってねぇ・・・。
人の命ってとても力強くて、そして同時にとても脆いものなんだって、
あたしその時はっきり実感したわ・・・)

「明日発つよ。約束なんだ」

吉岡の言葉に萩原は足を止めた。二、三歩遅れて足を止めた吉岡が、
押し黙ったままじっとその場に佇んでいる萩原に振り返って、
ふっと微笑みかけた。

「旅から帰ってきたら連絡するよ」

「どうしてさ、」

吉岡の明るい声を遮るように萩原は言った。
凍りついた夜の息遣いは、吉岡の周りでふわりとその緊張感を解いている。

「どうしていつもそうなんだよ?」

いくら言っても無駄だ、ヒデは一度結んだ約束は破らない、
と頭で十分了解しながらも、しかし心は了解できずに萩原は
言葉を吐かずにはいられなかった。

「自分のことより他人のことばかり優先してんだよな。もっとさ、
他人の人生に勝手になれよ。そんな体調のまま旅に出たらどうなるか、
お前が一番よくわかってるだろ。わかってんだろ、ヒデ?」

悪いのはヒデじゃない、ヒデを攻めるのは見当違いだ。
悪いのは、攻めるべきなのは、ヒデの身に降りかかってしまった状況なんだ。
それはわかっている。わかっているけど、でも・・・

「うん、わかってる」

静かな声が波のように寄せてきて、萩原は開きかけた口を閉じて、
吉岡の顔を見つめなおした。

「わかってるよ」

ふわっと微笑んだ吉岡の肩越しに、あの大きな木の姿が見えていた。
葉を落としきった細い枝を、精一杯に天へと伸ばして立っている。
吸い込まれるように暫くその木の姿を見つめていた萩原は、
急に思い出したようにふっと吉岡へと視線を戻した。

「だから大丈夫だよ」

ふいに吹いてきた透明な夜風が、吉岡の髪をやわらかく揺らしていった。






まだ人気の少ない早朝の駅の改札口を抜けたところで、
吉岡は驚いた顔をして足を止めた。前方をまっすぐに見つめる目元は、
しかしゆっくりと親しげにほころんでいき、そして
ふっと息を吐くような仕草で少し困ったように笑うと、
左肩に背負ったバッグパックを大事そうに掛けなおしてから、
駅構内の片隅にあるバス停留場の方へと歩き出した。

「待たせるねぇ、吉岡君」

「青森方面」と書かれた長距離バス乗り場の案内ポールに寄りかかりながら、
萩原が吉岡に向かって軽く片手を上げた。
その足元には、小さな旅行鞄が置かれている。

「凍えさせた詫びにコーヒーおごってくれ」

無造作に鞄を手に取り上げて言った萩原に、
明るく笑う吉岡の笑顔が朝の空気に澄んでいく。

「うん。ごちそうするよ。デニーズでいいのかな?」

萩原は近づいてきた吉岡に肩を並べた。
二人はそのまま閑散としている駅のロータリーを大股に横切っていき、
国道を挟んだ反対側にあるデニーズへと向かっていった。

「その徳さんってじいさんさ、なにも電車が嫌いだったからって
わざわざバスを使えなんて指示が細かいよなぁ。ああさみぃ~」

萩原はダウンジャケットのポケットに両手を突っ込んで首をすくめた。

「長距離バスに乗るなんて高校の修学旅行以来だよ、オレ。
でも結構楽しみだったりもするんだけどさ」

隣で微笑んでいる吉岡の笑顔をいつものように居心地よく感じ取りながら、
萩原はそこでふと何かに気付いたように歩道の上で立ち止まった。
そのまま目線を、二人の目の前に左右に横切っている国道の
左側車線の上りの方角へと遠く伸ばしていった。
吉岡も隣で同時に立ち止まって、同じ方向を同じように見つめ渡している。
まだ完全に起き出していない国道は行きかう車の数もまばらに、
眠たげな町の中で大人しく静まり返ったままでいる。
やがて二人は視線を前方に戻すと、数歩先の交差点まで歩いていって、
そこで赤信号に足を止めた。

「なんだかどうやらさ、」

青に変わった信号を立ち止まったまま眺めながら萩原が言った。

「青森へはタクシーで行くことになりそうだよ、秀隆くん」

「そうみたいだね」

横断歩道を渡り出す気配もなく吉岡がやんわりと応える。
萩原は左車線の上り方向に向かって一歩足を踏み出すと、

「タクシー!」

と叫んで大きく右手を左右に振った。
左車線を走行してきた車が急ブレーキ気味に二人の前で停車し、
その後部座席のドアを開けて素早く中に乗り込んだ萩原の後に
吉岡が続いていく。

「運転手さん、青森の佐井村までお願いします」

行き先を告げた萩原の言葉に車は無言で発進し、

「ふざけんなよ」

筒井の声が運転席から返ってきた。







つづく
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吉岡刑事物語・その31 / 窓枠の青空・3

2009年10月18日 | 小説 吉岡刑事物語



わからない質問に答えろと席を立たされた生徒のように、
萩原は途方にくれた顔でノブさんを見た。
相手の口から出てくる言葉は、掴みかけるとスッとひっこみ、
ひっこんだかと思うとまた別の場所からスッと顔を出すといったいたちごっこで、
要領がまるでつかめなかった。
散らかった話の断片を一つにまとめようと頭の中を整理している萩原に、
しかしノブさんは一向に構うことなく話し続ける。

「濃い霧の中だったから最初見た時はね、捨て犬かなんかだと思ったのよ。
でもよく見たら人じゃないの。ちょっとやだわ、人間じゃないのっ、って
あたしそのとき思わず声に出して叫んじゃったのよ。
かなり大きな声だったと思うんだけど、でもそれにびくとも反応しないのよね。
こう、頭を埋めた膝を両手でぎゅっと抱えて、子供みたいに小さくなってて。
こんな感じで」

ノブさんはヒョイっと胸元まで上げた自分の両膝を、
両手で体育座りのような形に抱えた。片手に持っていたハンカチが、
その拍子にハラリと地面に落ちた。

「びっくりしちゃったのよね、あたし」

ノブさんは足元に落ちたハンカチを手で拾い上げると、
表面についた土をヒラヒラと振り落としてから、
それをまたズボンのポケットにしまいこんだ。

「じっと蹲ったまま微動だにしないもんだからすごく不安になっちゃってね、
あんた何してるのこんなとこで凍死するわよ起きなさいよっ!って、
もっと大きな声でその耳元に向けて叫んでやったのよ。そしたらやっと、
ほんとにやっと顔を上げてね、その姿を見たらあたしもうビックリしちゃって。
ガラス細工で出来てるんじゃないかしら、この子?って思ったのよ、
余りにも繊細だったもんだから、その姿が。ほんとにびっくりしたのよ、
鼻血も出てたし」

「張り込みでもしてたんですか、ヒデはそこで?」

「え?」

ようやく会話の糸口を見つけて滑り込んできた萩原に、ノブさんは
あからさまに怪訝そうな顔を向けた。

「鼻血出しながら張り込みする刑事なんているの?」

「・・・さぁ」

「とりあえず鼻にティッシュを詰めるんじゃないかしら、そういった場合は」

「・・・はぁ」

「困っちゃうじゃないの、鼻血が止まらなかったら」

「・・・そうっすよね」

ばかじゃないのかしら、この子は?といった目つきでノブさんは、
再び混乱している萩原の顔をじっと見据えると、

「話を逸らさないでちょうだい」

プイっと横を向き暫くムッと黙り込んでから、

「なんの話だったかしら?」

と萩原の顔を横目で見やった。

「張り込みの話ですよ」

急速な疲労感を脳の裏側に感じながら萩原は言った。

「そうじゃなくてその前よ」

「木の下に蹲ってたって、ヒデが」

「そう、それで?」

「えぇ? あ、はぁ、えっと、じゃあ、張り込みしてたんじゃないんですよね。
ならいつ頃の話なんですか、それって?」

「ヒデちゃんが大学生の時よ。確か三年生だったかしらね」

「そんな前の話なんですか?」

萩原は思わず驚いた声を上げ、

「そうよ」

ノブさんは平然と答えた。

「あたしが見つけたその朝の前の晩に、アルバイトで貰ったお給料を、
家に帰る途中に通ったこの公園内で全額取られちゃったらしいのよね、
後からつけてきた数人のグループ連中に。多勢に無勢ってやつよ、
ああ思い出しただけでも腹が立つわ。とにかくね、目の前にじっと力なく
蹲ったままでいられたらこっちだってほっとけないじゃないの。
それで病院に連れて行こうとしたんだけどお金がないっていうし、あたしも
お金のなさでは天下一だったしね、それじゃ家に連れていってあげるわって
いってもお姉さんだかなんだかに心配かけたくないから帰れないっていうし、
他に行くところはないのって聞けばないって言うしでね、結局あたしの小屋に
連れていって介抱してあげたのよ。それから三日くらいいたかしらねぇ。
ちょっと元気になってきた時にあたしの作ったスープを飲ませたら、
それでまた具合が悪くなっちゃったんだけど」

祭壇の前に集まっていた仲間内の誰かが、古い演歌を唄いだした。
カラオケバーに行くと、酔ったデスクが必ず歌う、いやというほど耳に聞き慣れた
その演歌の歌詞を、酒やけした嗄れ声が少し的外れなリズムで追っていく。

「それでそのあとようやく元気になった時にね、いかれかけてたあたしの小屋を
ヒデちゃんが直してくれたのよ、とても器用に、さささ~って感じで。
感動したわ、あれには」

調子外れに聞こえてくる歌声を耳元に溜めながら、萩原は再び、
吉岡が修理している小屋のほうへと視線を戻した。立ち並ぶ小屋は、
粗末な材料を使ってこそはいるものの、しかしどれもみな丈夫そうに見えた。
ノブさんは隣で、湧き出る泉のごとく絶え間なく話し続ける。

「ヒデちゃんが修理してくれたお陰で立派になったあたしの小屋を見て、
みんなすごく羨ましがってね、そしたらもう次から次へと小屋の修理依頼が
ヒデちゃんのもとに押し寄せちゃって。でも嫌な顔一つせずに、一軒一軒、
それは丁寧に直してくれたのよ。それ以来ずっとそうしてくれてるの」

(ヒデらしい話だな・・・)

心の中で呟きながら萩原は、吉岡の顔に浮かんでいる雑じり気のない笑顔を
遠方に見つめていた。いつの間にか周りに集まってきていた数人の住人達と
和やかに話をしながら、吉岡は小屋の入り口の建付けを直している。
口に挟んでいた釘を片手に持ち替えて壁にあて、手馴れた正確な手つきで
それを反対の手に持った金槌で打ち込んでいく吉岡の姿を眺めているうちに、

(そういえばヒデは、大学で建築学を専攻していたんだっけ・・・)

と萩原の気持ちは自然と、懐かしい高校時代の風景、ひっそりと静まり返った、
西日に染まる放課後の廊下を辿り戻っていった。

(大学の進路を決めるとき、迷うことなく一本で選んだ学科だったのにな・・・)

「あたしはてっきり立派な建築家になるんだとばっかり思ってたんだけど」

心の中を見透かしたように耳に飛び込んできた言葉に、
萩原は驚いてノブさんに振り返った。

「刑事になっちゃったのよね、ヒデちゃん。びっくりしたわ」

しかしそんな言葉とは裏腹に、ノブさんは自慢の息子を見るような顔で
吉岡を眺めていた。それは、とても誇らしげな表情だった。
萩原は静かに、視線を自分の足元に移した。
祭壇から聞こえてきていた歌声がふいに止んで、あたりが一瞬静まり返った。
ふともたげて見た萩原の視線の先に、急に感極まったのか、祭壇の前で、
誰かが背中を丸めながら泣いていた。
替わりに歌いだした誰か別の歌声が、月を隠した暗い夜空に再び沁みこんでいく。

ああ 川の流れのように 
ゆるやかに いくつも 時代は過ぎて


「ひばりはいい言葉で歌うわよね、やっぱり・・・」

感傷深げに夜天を仰いでいたノブさんはポツリと呟いた。
その歌詞を書いたのは美空ひばり本人ではないのだが、
ええそうですね・・・、と萩原もポツリと答えた。

ああ 川の流れのように 
いつまでも 青いせせらぎを 聞きながら


萩原は再び足元に目線を落として、聞こえてくる歌声にじっと耳を傾けた。
歌詞をなぞるように、心は遊歩道の向こう側へと、吉岡の声を探していく。

「いつもひょこって現れるのよね、ヒデちゃん」

しばらくしてノブさんが口を開いた。

「ほんとにそうなの。あたしは今住んでる家に引っ越した後も、仕事帰りに
毎日ここに寄っていくんだけどね、ひょっこりいたりするのよね、ヒデちゃん。
いつも。あらでもね、いつもっていったっていつもよりいつもじゃないのよ。
ヒデちゃんにだってヒデちゃんの生活があるし。なんてたって刑事だものねぇ。
でもそのひょこっていういつもは、決して途切れることはなかったのよ、
ずっと」

ノブさんは祭壇の方へと顔を向け直した。

「いつだったかある日ね、ヒデちゃんがまだ学生だった頃、
日雇いのアルバイトの話を持ってきたことがあったのよ。
ビルの建築現場での働き手が足りないから、一日でもいいから
助けてくれませんかって、ここに頼みに来たの。みんなヒデちゃんのことは
大好きだったんだけど、重労働を好きな人は誰もいなくてねぇ。
でもあたしは受けたわよ。働くのは嫌だったけど、でもいつも世話になってる
ヒデちゃんに恩返しがしたかったしね。で、次の日現場に行ってびっくりしたの。
だってヒデちゃんも日雇いの中の一人だったから。あたしてっきりヒデちゃんは
建築家の偉い人の下でアシスタントかなんかのアルバイトをしているもんだと
ばっかり思ってたのよね。もっと立派なアルバイトをしているんだと思ったわ、
ってそのときヒデちゃんに言ったら、あははって明るく屈託ない顔で笑ってね、
どれもみな大切で立派な仕事ですよね、ってあの調子でやんわりと言って。
その言葉を聞いた瞬間、なんかスコーンって心の中にたまっていた泥が、
一気にきれいに洗い落とされた感覚がしたのよ、あたし」

夜気の中に聞こえていた歌声は、いつの間にか一人、二人とその歌声が
増えていき、いつのまにか大合唱になっていた。
泣き笑いしながら同じ歌を何度も繰り返し歌っているその人たちの姿を、
萩原はじっと何か考え込むような顔で見つめていた。

「あたしそれまではずっと、楽な方楽な方へと向かう抜け道を
いつも探して生きていたから・・・」

ノブさんの静かな声が隣から聞こえてきた。

「その日ヒデちゃんと一日いっぱい働いて稼いだお金でね、
遠慮して断り続けるヒデちゃんをむりやり口説いて夕飯をご馳走したのよ。
ご馳走っていっても、駅前のしなびた立ち食いそばやの素うどんだったんだけど。
でもおいしいおいしいって、顔をくしゃくしゃにして笑いながら、
喜んで食べてくれてね。その嬉しそうな笑顔を見てたら、
ああ、あたしなんかのことをこんなにも気にとめてくれる人がいるんだって、
そう思ったら、あたしなんだかすごく泣けてきちゃって・・・」

ノブさんは急いでズボンのポケットからハンカチを取り出すと、
ビーっと勢いよく鼻をかんだ。

「その次の日からきちんと働き出すことができたの、あたし。
だいぶ経ってからその出来上がったビルを見上げた時にね、
ああこれはあたしもみんなと一緒になって建てたビルなんだって思って。
そう思った時にね、公園を出ようってはっきり決めたのよ」

ふと横に向けた萩原の目の中に、意外なほど真剣な表情をした
ノブさんの横顔が映った。

「ヒデちゃんはあたしのことを命の恩人だなんて思ってくれてるみたいだけど、
でもね、救ってもらったのはあたしの方なのよ」

遥か遠くを見つめながら、ノブさんは頷くように言った。

「だらだらと惰性で動いていたあたしのエンジンにさっと息吹を入れて、
そっと前へと押し出してくれたのがヒデちゃんだったのよね」

両手を膝の上に置き直し、ノブさんはベンチの上でシャンと背筋を伸ばした。

「ほらよく、金魚鉢の中の金魚はその鉢の大きさに見合った分しか
成長しないって言うじゃないの? ヒデちゃんはね、それまで住んでた
あたしの金魚鉢を取り替えてくれたのよ、とても大きな鉢に」

そう言ってノブさんは誇らしそうに微笑んだ。





つづく
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吉岡刑事物語・その30 / 窓枠の青空・2

2009年10月16日 | 小説 吉岡刑事物語




祭壇に供えられたロウソクの灯りが、チラチラと、ユラユラと、
星のない夜空の下に揺れていた。
何処かから拾ってきたような古い折りたたみの簡易テーブルに、
白いクロスを上掛けしただけの簡素な祭壇の上には、
お焼香用に置かれた小さなグラスの器が手前に一つと、
写真の入った額縁が一つ、その奥にポツンと飾られている。
萩原は、そこから少し離れた遊歩道の脇にある公園のベンチに腰掛けて、
ぽつりぽつりと祭壇に訪れてきては線香やロウソクを供えていく弔問客の様子を
ぼんやりと遠めに眺め見ていた。
弔問客といっても、喪服を着ている人などそこには一人もおらず、
それぞれ思い思いに少しくたびれてしまった私服を着て、そして皆が皆、
どこかしら明るかった。
それは悲しみに無関心な感情から生まれ出た明るさとは絶対的に異なる、
なにか悲しみの境地の向こう側に達してしまった諦念のようなものから
剥がれ落ちてきた明るさなのかもしれないな、と萩原は、
そんなとりとめもない思いを頭の中に巡らせていた。
視線の先にある祭壇上の額縁の中には、浅黒い顔をしたごま塩頭の初老の男性が、
満面の笑顔でこちら側に笑いかけている。笑顔の前に立ち昇る線香の煙が、
力尽きかけた竜のように、心細そうに漆黒の冬空へと吸い込まれては消えていく。

「今夜集まってるのは、みんなここの住人なのよ」

不意に声がして顔を横に向けると、いつのまにかノブさんが
ベンチの横に立っていた。

「お別れしちゃった今夜の主役もね、ここの古株のうちの一人だったのよ」

どっこいしょと言いながらノブさんは萩原の横に座り、

「いやよねぇ・・・もう会えないなんて・・・」

と、祭壇を見つめていた小さな目を何度かぱしぱしとしばたいて、
ズボンのポケットから取り出したハンカチでビーっと鼻をかんだ。

「肝硬変だったよ、徳さん。あ、徳さんっていうのは、
今夜のお別れの会の主役の人なんだけど、もうかなり末期の状態でね、
何度も何度も入院させたんだけど、その度にすぐ抜け出してきちゃうのよ、
病院を。やわらかいベッドじゃ落ち着いて寝られないって言ってね・・・。
最後もそんな状態でね、入院先の病院から抜け出てきたその晩に、
容態が急変しちゃって・・・。結局そのまま帰らなくなっちゃったの。
いやよね、ほんとにもう・・・」

ノブさんはつと夜空を仰ぎ、はぁーと大きなため息を一つつくと、
ビーッと再び鼻をかんだ。

「ヒデちゃんがあんなにも親身になって一生懸命助けようとしてたのにね・・・。
結局最後にはこんな形で悲しませて・・・ばかよ、徳さん・・・」

「あの・・・」

泣き腫らしたノブさんの顔を、半分固まった状態で見つめていた萩原は、
ようやく掴んだ一つの問いを相手に投げかけた。

「その人とヒデとは一体どういう関係なんですか?」

「え?」

豆鉄砲をくらったような顔を萩原に向けて、ノブさんは目をパチパチと瞬いた。

「知らないの?」

「はい」

「なんで?」

「なんでって言われても・・・」

「支えだったんじゃないかしら」

「はい?」

「ヒデちゃんよ。徳さんにとっての」

「・・・・はぁ」

「じゃあね」

すくっとベンチから立ち上がり、ノブさんはとっとと向こう側に歩き出した。

「いやちょっと待ってください。全然わからないんですけど」

その背中を引き止めるように問いかけた萩原の言葉に、ノブさんは
くるっと振り返った。

「何の理由でヒデはここにいるんですか? 命の恩人だって言ってる
あなたとの間柄も謎だし、なにがなんだか全く意味不明なんですよね。
わかりやすいように説明してくれませんか?」

相手を逃すまいとするかのように早口でまくしたてた萩原の顔を、
ノブさんはじっと透かすように見つめていたが、やがてぽっと口を開いて、

「理由も説明も要らないじゃないの、友情には」

と言って再びベンチに戻り、萩原の横に腰をかけ直した。

「事実があるだけよ、互いの間の」

ノブさんはそう言って、遠くを見つめるような目を人工池のほとりに向けた。
萩原もその視線を遠目に辿っていく。二人の目線の向こうには、
立ち並ぶ小屋の中でもひときわみすぼらしく崩れかけた小屋の屋根を、
その主らしき男と穏やかに談笑しながら修繕している吉岡の姿が見えていた。
春のそよ風のような吉岡の笑い声が、時折周囲にふわっと吹き渡っていく。

「またちゃんと笑えるようになってよかったわ・・・」

萩原は視線をノブさんに戻した。

「ああやって、ここに来るたびにみんなの小屋を直してくれるのよね」

ノブさんの横顔は、愛しそうに吉岡を眺めている。

「ああして小屋をいつも直してくれるんだけどね、だけどほんとは、
みんなにちゃんとした所に住んでほしいって願っているのよね、あの子は」

あの子は、と形容されたその言葉が、少し異質な響きを伴って
萩原の耳の中に入ってきた。

「もちろんそんなこと言葉に出したりなんかしないわよ、ヒデちゃんは。
でもね、あたしにはわかるのよ。みんなにね、自分自身に負けないで欲しい、
強くなって欲しいって思っているんだと思うのよ。あたしもね、
ひと昔前は今よりもずっとずっといくじなしだったのよ、生きてくことに。
もしもあの時ヒデちゃんに出会ってなかったら、きっとあのまま
今もここの住民のままでいたと思うわ」

しばらくそのまま吉岡の姿を眺めていたノブさんは、
やがてふっと思い出したように、不思議そうな顔をしている萩原に振り返り、

「あの向こうに大きな木があるでしょう?」

とベンチの後方を大きく指差した。その指先の遠方に、
萩原がこの公園に入ってきた時に、ふと立ち止まって見あげた木が、
常夜灯のオレンジの明かりの下に静かに浮き佇んでいた。

「あの木の下にね、蹲ってたのよ、ヒデちゃん」



つづく
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吉岡刑事物語・その29 / 窓枠の青空・1

2009年10月14日 | 小説 吉岡刑事物語




ふと見上げた視線の先に、大きな落葉樹の枝が空高く伸びていた。
足早に歩いていた足をつと止めて、萩原は暫くじっと、
凍てついた冬空に枝を伸ばしているその木肌を懐かしく見つめていた。

(何だったかな・・・・・)

視界に広がるその情景が、遠い記憶を辿っていく。
通っていた高校の校庭にも、確かこれと同じ木が植わっていた。
退屈な授業から目を逸らしたすぐ横の窓の外に、
すっと空高く枝葉を伸ばしていたこの木・・・。

(何の木だったっけ・・・・)

「ハギ」

背後からの呼び声に振り向くと、そこに吉岡が立っていた。

「元気そうでよかったよ」

見慣れたいつもの屈託ない笑顔がその顔中に浮かんでいる。

「それはこっちの台詞だよ、秀隆くん」

萩原は体を向き合わせてそう言うと、
厚手のシャツにジーンズ姿の吉岡へと歩いて行った。
共に並んだ二人はそのまま小径をまっすぐに歩き出す。

「もうとっくに承知のことなんだろうけどさ、」

周囲の景色を何の気なしに眺めながら、萩原は言葉を繋いだ。

「筒井がおかんむりですよ、また」

「・・・うん」

「困った人たちだね、君たちは」

「うん・・・」

「で、どうすんだよ?」

「行くよ」

萩原は空を見上げた。さっと刷毛で掃いたような薄雲が、
橙色に染まりきった空のカンバスに浮かんでいる。

「いつ?」

「明日の朝」

視線を戻して見た吉岡の横顔は、意志を深く包み込んだまま、
遠く静かに凪いでいる。萩原は顔を前方に戻した。

「困った人なんだよね、君って人は」

「うん」

「どうしようもないね」

「うん」

「ヒデ、」

「ん?」

「何でこんなところにいるんだ?」

二人の目の前には夕暮れの公園が大きく広がっていた。
人影もまばらな公園内には、桃紫色の夕陽のベールが、
ゆだねていくようなやわらかさで周囲に舞い降りている。

「寒いじゃないか、ここは」

「そうでもないよ」

「寒いだろ」

「そうかな」

「そうだよ、ヒデ、」

「ん?」

「何やってんだ?」

一週間前に吉岡から警視庁に出された退職願は、本人の願いを曲げた
休職扱いとして上に受理されたことは、記者クラブの仲間内から
洩れ伝わってきた話で萩原も知っていた。将来を有望視されている警部補の
その余りにもあっさりとした突然の辞職願いに対して、
庁内では様々な憶測や噂がとびかったが、しかしその真の理由を知るものは、
記者クラブの中にはもちろん、刑事仲間の中にすら誰一人としていない。
それはある結末としての事実が出るまでは、誰も知りえないことなんだろう。
萩原はさり気なく、隣に並んで歩く吉岡の横顔を見た。
蒼白く透き通ったその皮膚の下には、かすかに動いている生の息吹が、
堅固な意志の営みに懸命に追いつこうとしているかのようで居た堪れなかった。
萩原は再び遠方に視線を渡した。

「自分のアパートにもろくに帰らないでさ、
何やってんですかってことですよ、君はこんなとこで」

うん、と吉岡はまた小さく頷いて、遠く望み見るような眼差しを前方に向けた。
二人が足を運んでいる先には、申し訳なさ程度の人工池が見えていた。
そのほとりの一隅に、小屋とも呼べないような粗末な箱型の建物が、
いくつか寄り添い合うように並び建っている。

「やっておきたいことが沢山あるんだ」

徐々に藍色へと染め落ちていく夕闇の空気に、物静かな吉岡の声が、
そっと寄り添っていく。

「ヒデちゃん!」

いきなり呼びかけてきた甲高い声に、二人は同時に左横を向いた。
チワワを彷彿させるような小柄な熟年男性が、公園の芝生を突っ切って
小走りで二人の方に向かって駆け寄って来る。

「もうすぐ始まるわよ、あら?」

息せき切って走ってきたその男性の表情は、萩原の姿を目にした途端、
急に不愉快そうな鋭い顔つきに変わった。

「どなたかしら?」

まるで大魔神のごとくに一瞬で豹変した男性の様相に、
萩原はその場でハニワのように凝結してしまった。

「ここに何の御用なの?」

「僕の親友なんです、ノブさん」

すとん、と辺りに落ちた夜気の中で、吉岡の明るい声が軽やかに揺れた。

「筒井と同じ、高校時代からの仲間なんです」

「あらそうなの? やだわ、私ったら、ヒデちゃんのお友達だったのね。
てっきりどっかの記者かなんかだと思っちゃったのよ、ごめんなさいね」

ノブさんと呼ばれたその男性は一変して今度は、
あざらしのゴマちゃんのようなあどけない顔に戻っておほほと笑うと、

「さ、お友達さんも一緒にどうぞ」

と上機嫌な足取りで人工池の方へと歩き始めたが、

「どうして記者だってわかったんすか?」

つと投げかけられた萩原の言葉に、

「なんですって?」

と大魔神は振り返った。

「記者?」

「・・・・・そうですけど」

たじろいだまま突っ立ってる萩原の顔をじっと睨みつけていた大魔神は、
しかしふと横を向いて見た吉岡のやわらかな微笑みの前で、すっとまた
ゴマちゃんに戻った。

「何でわかったんですか?」

再びの萩原の問いにキッと一瞬大魔神になりかけたノブさんは、
しかしなんとか堪えたようにゴマちゃんの状態をまた取り戻し、

「わかるに決まってるじゃないの」

と呆れたような口調で言葉を吐いた。

「あんたね、記者の顔してんのよ」

「は?」

「顔が職業そのものになっちゃってるのよ、おばかさんね、
ヒデちゃんを見習いなさい」

「ノブさん、」

ふわっと明かりを灯すような吉岡の声が会話に入ってくる。

「みんなもう集まっているんですか?」

「あらそうなのよ、もうすぐ始まるのよ、御明かしが。
こうしている場合じゃなかったんだわ」

ノブさんは急に思い出したように慌てた様子でくるっと踵を返すと、

「それじゃあたし先に行ってるわね、あっ!」

ズルッと滑って尻餅をついた。驚いた吉岡がその体を抱え上げようとする前に、
しかしコンマの速さでピョンっと軽々地面に跳ね起きると、

「いやぁね、これだから歳をとるのは。見なかったことにしてちょうだい」

そう早口でいうと、来たときと同様、竜巻のような慌しさで、
ゴマちゃんの顔をしたチワワなノブさんはその場を走り去っていってしまった。
しばし呆然とその後ろ姿を眺めていた萩原は、

「ヒデ・・・・、」

とやっと口を開いて、横に立っている親友に話しかけた。

「誰だよ、あのおっさん」

暮れ渡る公園の中、一心に小径を駆けて行くノブさんの後ろ姿を、
温かな眼差しで見送っていた吉岡は、

「命の恩人なんだ」

といってやさしく微笑んだ。




つづく
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葉洩れ日

2009年10月07日 | CM



この世にはもしかしたら、
不老長寿の薬が存在するのかもしれない。
その魔法の瓶ラベルには、

「吉岡養命酒 白だし」

と書いてあるのかもしれないけれど果たしてそれはどうかなフフフでも、
きっとそうだ、そうに違いない、だって、
待ってましたの新しいヤマサCMでの吉岡君は、
ぶり返している。
若さが。

吉岡くん、きっと君は、
買い物しようと町まで出かけたサザエさんのように、
うっかり忘れてしまったんだ。
歳をとるのを。

なんてな思惑を脳裏にはびこらせてしまうほど、
画面の中に再登場した最新ヤマサくんはますます、

すっきりヤングでちゃ~みんぐ♪

短髪でございますわよ、んふ~
カフェでお茶している時の服装もなんだかすこぶる超好み。
んがここで一つのミステリーが浮上いたしますた。
夫くんがパーカーセーター(?)の下に着ている、
あのTシャツ(?)の絵柄。
斜め横を向いて、
(・◇・ ) クェ?
とかってなっております、あれ。
あれは、
カラスなのでしか?
秋だから?
可愛い、可愛いって鳴くからカラスなの?
そりゃ~可愛いわよ、吉岡くん、んふふふ。
それともあれは、
森永チョコレートの食え食えバードくんなのでしようか?
う~~~~~ん・・・悩むわ・・・・なんの鳥なのだろうありは・・・・あ、
そんなことで悩まなくてもええのでした、とにかく今回のCMでも吉岡君は、
場外ホームランだ絶好調!
んきぁっ
あ!
くはっ、
っふぃ~~~~~~。

危なかった。
もうちょっとでいつものように、

うきゃぁ~~~~~~~~~~~、吉岡く~~~~んっ!!!!

グッ!

とかって雄叫んでしまうところだったわ、はぁ~やれやれ。
秋はエレガントにいかないとであってよ。おほ。


今回のヤマサご夫婦は、二人でおしゃれにかふぇ~しておりますが、
夫くんがオレンジジュースで、妻どのはコーヒー、というその
飲み物チョイスに二人の人柄となりがさりげなく現れているようで、
ほのぼ~の♪ 
と鼻の下がのびのびジーンスのように伸びてしまいました、あ、
でも待てよ、もしかしたら妻どののコーヒーカップの中身は
こんぶ茶かもしれない。ヤマサなだけに。う~む、
一本取られたわ。(←勝手に取られているらしい)

一本取られたといえば、ヤマサご夫婦の前を歩いていく若い女性。
ちょいとそこのお嬢さん、そんな大胆なミニスカートをはいた足を
堂々とひと目にさらしたりなんかして、んまーーーーーっ、
なんてことかしらこれだからもう今の若い子はっ、
羨ましいぞ。ナ~~~~~~イス。

でもあんな足が、じゃなくてナイスな女の子がさっさかさ~と
すぐ目の前を通り過ぎていったら、ヤマ夫くんじゃなくても私だって、
「ええ足やな~」
いや失敬、そうではなくて、
「立派なおみ足をお持ちでありますのね、そこの若造」
って思っちゃうに違いないわ、それでもって、
むにって無理矢理こっちに振り向かせた夫くんの顔が、
できたての綿菓子みたいにふわわ~ってしてて、尚且つ、
四こま漫画の三コマ目みたいな絶妙オチカウントダウン顔になっていたりしたら、

「シャッターチャーンスッ!」

 カシャ。

ってその素晴らしき秋の芸術顔を携帯写真に撮って
家宝コレクションに追加するざんす。
つらいことがあっても元気になれると思う、
その写真を見れば。

そうそうそれから、今回はなんと、
メイキングの映像も観れちゃったりでありまして、嬉しさの余りに
ガッツポーツで空を見上げて泣きもうした、おいどんは。
ありがたや。

なんてたって、お仕事している吉岡君の姿を見れるなんてことは、
邪馬台国の真所在地を発見するより遥かに貴重なことであり、
撮影の合間に垣間見れる吉岡くんのちょっとした仕草や、表情や、
ふっと息が抜ける瞬間や、笑い声や、気遣いや、立ち姿や、目線や、ハトヤ、
井村屋、中村屋、ええいっ、もうまとめて存在そのものぜ~んぶが、

素敵っ素。

たまらんっ素。

さすがだ味の素。(←壊れてしまったらしい)


カメラにクローズアップされた美しく繊細な吉岡君の手・・・・はぁ~

「はいっ、これが正統な箸の持ち方です!」

とWHO箸協議大会にスライドショーで自信を持って発表したくなるほどの
美しい所作。。。。
品というものでございますわね、奥様。
美しいでございます。
ちょっとした仕草からも隙間なく惚れさせてしまうなんて、吉岡君ったら
好き好き密度120%でギュウ詰めパック。


今回のメイキングの中でも吉岡君は、
吉岡君は、は、は、わ、わ、わ、わわわわわわわわわぁああああああああ、

笑ってる。

素顔で素。

ああどうしましょう。

クラ。

吉岡くんが笑ってる・・・・・

笑ってるよ。

笑ってる。

吉岡くんが・・・・・・笑っていれば笑っているとき笑っているので笑う。(←しつこい)


洗いたてのシャツのように真っさらで、
ふわっと羽のように軽やかで、
陽だまりのように和んでいて、
「それだけで成立している」ような清潔な笑顔。
お日様の光をたっくさん含んだ真綿みたい。
きゅい。
そしてどこかとても懐かしい感覚を呼び戻してくれる
いつか見た夏の空みたいな笑顔でもありまするだ。

笑い顔には、人の生き方が
しっかりと反映されちゃうですねぃ。


故意に何かを捨てもせず、
無理に何かを引き寄せもせず、
あるがのままに歳を重ねていけるって、
素敵です。


撮影の合間から、
葉洩れ日のように見えてくる吉岡君の姿は、

やはりすごく大人。

だけどとても青年で、

そしてほのかに少年の残り香。


コメント (2)
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翌檜

2009年10月01日 | 思うコト





おや?

という間に10月になっております。

秋深まる季節でございますねぃ。

秋といえば恒例満男くん家出の季節でございますが、
名月の季節でもございまする。


夜ごと冴えゆく月の眼差し
ススキの銀色 鈴音の虫


なんてな秋の夜の名月を縁側に、
銀の波を浮かべた酒杯片手に、
着物姿の粋なお人とほんのり眺めてみたい乙女な年頃、
気持ちはエイティ~ンフォ~エヴァ~。

っはぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~唐突ですが、

着物の似合う男の人って、
えらく魅力的であります。


温泉旅館に宿泊の際などにおいて、
超特大サイズの浴衣を着ているのにもかかわらずその姿は、
バカボンUSAと化してしまう旦那さんを持つ私にとって、
丹前を羽織った浴衣姿がさらりと絵になってしまう殿方は、
永遠の憧れ。。。きゅぃ。

しかし和服姿がさらっと様になってしまう男の人なんてぇのには、
なかなかお目にかかれないのが現実でありまして、だから極稀に
そんなミラクルな人を目にしたりなんかするとついつい、

「吉岡くんったらおわわわわぁ~~~~~~~~~っ!!!」

とテレビの前で叫んでしまうあたくしでございます。

そう、
吉岡くんは、
和服がたいそう似合いなさるでござります。

そのお似合い射程範囲ときたら、
着物、
袴、
浴衣、
丁髷、
体育着ジャージ、
どれだって外しはしないぜ、おやっさん、ってな
ミスター和服でどんとこい。

着物に身を包んでいる、という非日常感覚をまるで感じさせずに、

「呉服屋の若旦那はんですか、もし?」

と声をかけたくなってしまうよなしっくり感で、
さらりん、
と着物を着こなしてしまえる人なんてあたしは吉岡君と
フグ田マスオさんしか知らなくってよっ、んもうっ、
吉岡くんたらぁ~~~~~~~~~~~~~~~~ん、

粋だぜぃ。

そうだ、新作発表されたNHKの古代史ドラマでだって、
あの聖徳太子ウェアーなるものを、

「どうも、吉備です。」

てな、普段着感覚で着こなしてしまうに違いないずら。ハッ! 
ということは、この秋のトレンドは古代史カジュアルテイスト、略して、
古カジ路線でいにしへのかほり、ってことなのね、ふふ・・・・吉岡くん、
フ。(←何奴?)



吉岡君の着物姿は、
もう、
ほんっとに、
すこぶる、
美しいっす。

風韻と気韻の見事な調和。

とでもいいましょうか、
双方の内在させる美しさが、
ぴた、
と自然に相俟り馴染み合うようでいて、
二つの間には溝がないでありますたい。

すいっ
と直線的に流れていくような美しさがその姿にはあり、

凛、
とした薫りが体全体からストイックに放散されていて、

もうなんともいえない空気感が
醸し出されているのでありますが、
その空気感とはいわゆる一つの、

男の色気。

艶。

というものなのかもしれまっしぇん・・・ふ・・・・ふふ・・・・んふふ・・・
んはぁっ
あ、またハートがもれなくもれてしまいますた。



もちろん和服を着ている時だけに限らず、
吉岡くんは平素でもとても艶のある方でござりまするが、
100色クーピーペンシルみたいに、
その出色も様々な男の人の色気の中、
吉岡君の持つ艶色というのは、なんだかとっても、
透明っぽいですだ。

独特に色出たせている、というのではなくて、
清廉と薫ってしまっている、
というのに近い感覚がするとです。

その薫りには、煮詰めた媚からくる灰汁なんてものは
全然感じられなくて、
あくまでもきっぱりと透明に引き締まっていて、
とても潔いであります。

質で薫る男の色気を持っている、
というか、例えば、
仕事に対する「力の向け方」一つからとってもみても、
吉岡君は、「どこに、何を、どう向けていくのか」、
その舵取りの方向性に外連味がまるでなくて、
とても男らしいでありますねぃ。
港から船を出すのは容易なことではないだろうし、
航路はひたすら孤独との闘いであり、
その間には迷いも多々生じるだろうけれど、
けれども一旦決めた大地を目指すべく櫂は、
決して中途半端に投げ出したり、近道を模索したり、
目的地をすりかえたりなんかせずに、
ひたすら一意専心に漕ぎ続ける、というような、
彼の意志の底力に真の男の色気を感じるわけでして、
ベリーマッチに惚れてしまいもうす。


メッキのように外側から塗りつけた艶ではなく、
掘り出された原石を長い時間かけて磨き出していく男の艶、
すなわち人生の美学が艶となって、
内面から外面へと光り放たれている、という、
とてもストイックな潔さが、
吉岡君からは感じとれるでありますです。

男の色気の質は、その生き方から出る。

ってやつなのかもしれないですけん、か・・・・・・・・・・・
かっこええ。
たまらんぜ。




吉岡くんを想うときって、いつも、
その姿から一本の木が連想されてくるです。

自然の厳しさにもまれながら、
自然の恵みに感謝し、
すくっと一本立っている
あすなろの木のような美しさ。

明日は檜になろう

明日は檜になろう

と日々努力しながら、
空高く枝を伸ばしていく、
孤高の精神の美。
そして、
それを持ち続けていく実践力。

真の男らしさとは、
どうあるべきなのか。

そんな問いの答えを、
吉岡君は、
わかっているような気がするとです。


美しい人ですたい。

大好きや。
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