月のカケラと君の声

大好きな役者さん吉岡秀隆さんのこと、
日々の出来事などを綴っています。

民雄の血

2009年02月25日 | その他のドラマ

あけましておめでとうございます。
2009年が幕開けいたしますた。

ついに、ついにっ、
「警官の血」のDVD―Rが、
わたすの元にやってきたぁ~~~~ぃやったぁ~~~~~~いっ!
ヨ~~~ロレイッヒィ~~~~~♪
ゲ~ッツ!

民雄観ずして明けることはなかった私の新年。
思い起こせば去年の製作発表から待つこと4000年。

見ざ~る

聞かざ~る

吠えてるサル 「吉岡く~~~~~んぅおぉおおーー

となりながらの長い月日でごじゃった。
ほんまに長かったずらよ~、吉岡くんったらお待たせ侍。
むふ

しかしこうも待ち時間が長かったので、
実際にDVD―Rを手にした時は、
喜びを通り越して悟りの境地に入ってしまい、
とりあえずそれを床の上に置いてその前で
じっと正座をしてしまった。
ついでにその場でお茶なども一杯飲んでしまったよ、ははは。

なんてなことはどうでもええのだった。

とにかくっ、4500年も待ったのだっ!(←さっきより長くなっている)
いやがうえにも吉岡君に対するわたすの期待は増量キャンペーン中でありっ、
わたくしとしてはっ、そんなことではっ、冷静になって作品を観れないのでっ、
落ち着かなければならないのだっ、と思っているそばから言葉末に「っ」が多くて
既に冷静さはゼロなのだったっ!

いかんよ、それじゃ。
落ち着かねば。
力んじゃいかんぜよっ!!!

ここはひとつ、深呼吸して~、目を瞑って~、気持ちを楽~にして~~~
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~あ、
むはーっ

駄目だ。

ごめんよ~こんなファンでぇ~、吉岡く~ん。
鼻息の荒いファンですけんのぉ~、かんべんしてつかぁ~さい。

ってなことを思いながらDVDを再生して鑑賞し始めたのですが、
高まる期待にもうほんっとにドッキドキ~のドッキドキ~でドキドキドキドキド
キ~~~~~~~~ッペイちゃんのふぇすてぃば~~~るっ!!!

桔平ちゃん祭りなのですか、このドラマは?

いや、確かに、原作の早瀬は祭り男だった。ということは、
それではこのドラマは原作に忠実ということであ~んな民雄や
こ~んな民雄が観れるということなのですねぃっ、おぉ神様っ、
期待度またまた沸点上昇中!!!

これで私の、
「読んでから観るか、観てから読むか、そりゃ~読んじゃうだろうよ先にぃ!」
という先物取引シンドロームが報いられる時がやってきたのかもしれないぞぉ。
過去にこのシンドロームのせいで、実際の映像を見た後には
クリスマスイブに間違って除夜の鐘を聞いてしまった岸辺一徳さんの心境に
なってしまったことは二回くらいあった。要するに学習機能がないのだ。
しかし今回はっ、ムハーッと北島さぶちゃんの鼻の穴だよ、おっかさん!
となりながら、「ほぉ」とか、「ふ~ん」とか、「えぇぇえええっ?」とか、
「ひょやぁああああ~~~っ!!!」とか、「うるる」とかしているうちに
清二篇が終わっていよいよ民雄篇がスタート。


新作を観る度にいつも思うのだけれど、
吉岡くんは演じる役によって
顔が変わる。
顔の造形自体が変化しちゃう、というか
人種が変化してしまうという感じがするっす。

なんかこの民雄は・・・
阿修羅みたいな人やった。。。。


はっきり言って、最初にキャスティングが発表された時は、
「二代目だけ遺伝子異変で細身くんに生まれてきたに違いない」
と鑑賞前はどうしても民雄からその父、
そしてその子供との接点が繋がらなかったのですが、
しかしそこはやはりでずばりの吉岡くんであったのだ。
清二の子として、初登場シーンから、すっと違和感なしに
話の流れのバトンをぐっと確かに掴んで受け取ってしまう。 
それは時代の設定に便乗した表面押し付け型の掴みではなく、
見るものの気持ちをすいっと「その時代の中から」体全体で
引き込んで瞬間移動させてしまうという
あくまでも立体的実践躬行型の牽引力。

おおっなんてこったい、吉岡くんっ! 

チミはその細胞内に上等なメンデルの法則機能まで搭載しているに違いないずら。
さすがじゃよ、惚れるぜな、きゃぃ~ん、うふ~、ら~らら~りほ~♪
とはしかしならなかったのだ、今回は。
いや、また百万馬力で吉岡くんに惚れちゃって想いは遥か彼方に一万光年
となっちゃったのだけれど、それは違う面からの惚れちゃった話であって、
別でありまするの。
今回のドラマの鑑賞後は、ほんまにもう、

ずど~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ん

とフリーフォールで谷底に落とされてしまったような心境でごわして、
悲しすぎるのよぉおおお~~~~~~~~~~~~~~~~~
民雄の人生。
可哀想すぎる。。。
なんかもう破れちゃった網で金魚すくいをしている人生みたいぢゃないかぁっ。
可哀想すぎて、悲しすぎちゃって、今日は食欲が失せてしまって
ご飯が二杯しかおかわりできなかったずらよっ。
どうしてくりるのだっ、
悲しいのは嫌なんだよぉ~~~パトラッシュ~~~。

役者吉岡くんの姿はもっと観たい! 
でも民雄の人生は悲しくってもう観れない!
観たいのに観れないのだっ、
どないせばええんじゃいっ!!!
と叫びながらもやはり観てしまうのがファンの血というものですのぉ~。

この三代続くなが~~~~い原作話は、前半後半篇の五時間内に
圧縮布団のようにむんぎゅいっと納めるのではなく、いっそのこと
夜の九時~11時まで毎日365日の夜の連続ドラマ小説にすりばよかったと思う!
民雄の部分だけ。

なとどないものねだりをしてしまってもしょうがないのでぃすが、
でも大菩薩峠の一斉検挙の後の民雄が過酷な潜入捜査を続ける中で
どのような過程で精神を病んでいってしまったのか、
それをもっと詳細に映像で観てみたかったけど、
やはり時間制限のあるドラマだから入ってなかったのは
しょうがなかったのかもしれない。。。

でも公安時代の日々から場面が切り替わり、
精神を病んでしまっている民雄の登場で、
その映像上にぽっかり開いた空間は一気に
「納得~」という土壌で隙間なく埋められてしまうので、
もうっ、吉岡くんってば極上すぎるわ!

そうなのじゃったよ、
吉岡くんは、脚本の空間をその演技で瞬間的にカバーしてしまう
時空スペシャリストなのだった。

いやそのことは話が散らばりすぎてしまうのでまた後日書くとしてですねぃ、
話は戻りなすって、療養所での民雄、というか吉岡くんの演技、
あれはほんまにもう、

「凄い」

という形容詞そのまんまだった。

「底力の凄み」

というものですねぃ、旦那、おみそれいたしやした。
いつものことだけど。

しかしそれは観終わった後で湧き上がってくる凄さ感であって、
ドラマの鑑賞中は「民雄だけ」が画面の中にいるわけで、
「凄い吉岡くん」はどこにも透けてこない。
くっ。
くぅ~~~。
くわぁっ~~~!!!(←言いたいことを我慢しているらしい)

やっぱり天才だっ!!!! (←しかし言ってしまった)

ぶらぼ~男爵だ、吉岡くんよ。


吉岡君はとても繊細な演技をする人だけれど、
しかしそこから発してくる心情は時に全く容赦がない。
我利などにコーティングされていないむき出しの
怯え、悲しみ、怒り、痛み、危うさなどを
否応なしに曝け出してくるから、その駆け引きのない直線投球に
受け取るこっちの感情も深く揺さぶられてしまうのかもしれない。
そこに外連は全く感じられないし、それはもう
無技巧の技巧というものなのかもしれないとですねぃ。

療養所で悪夢にうなされて目覚めた後や、
公安の刑事に監視されていると錯覚して
道端にうずくまりながらおびえる民雄は、
観ているこっちまで気持ちの行き場を失ってしまって
もうほんっまに苦しくって酸欠になりそうだったぁ・・・
特に療養所のベットの上でしがみつくように
順子さんを抱きしめて震えているその姿は、
無防備な痛みそのもので、まるで波打ち際にうち捨てられた
羽の傷ついた小鳥のようやったよ。。。
はぁ~~・・・・・・・・・もう・・・・・・・・・・・・・・・
悲しくってどうしようもないんだってばよっ、民雄ぉおおお。
ぶひぃ。

吉岡君が悲しい演技をしているとき、
それは体全体で悲しいし、
吉岡君が泣いている演技をしている時、
それは体全体で泣いているし、
吉岡君が痛みを抱いた演技をしている時、
それはやはり体全体に痛みを伴っている。
吉岡君は体全体がその感情の塊になってしまうのだと思うです。
塊全体が必死に脈をうっている、そこには命の脈がある。
だから観ている方はきっと、そういう吉岡くんを
「観るから」その心を揺さぶられるというより、
彼が曝け出してくるむき出しの塊の錘に引っ張られて、
ぐい~~~っと心が奥底へと「一緒に」沈んでしまう、
その先の深淵にある「脈」に「打たれて」
共振してしまうのではないのかと。
だからあんなにも彼の演技は様々な形を持って
「響く」ものなのかもしれないぞなもし、と、
なんかそげなふうなことを思ったりしたとです。


民雄の抱える悲劇性はもう本当に掬いようがないでありますだ。
北大へ進んだ後の民雄の人生は、
光の届かない長く暗いトンネルの中を、
たった一人ぼっちで歩かされているようなものだったのかもしれない。
駐在署勤務になって、そのトンネルの先に出口が見え初め、
その先に向かって自らの足でやっと歩き出したはずなのに
しかしその光はいきなりまた闇の中にのみ込まれてしまう。

民雄が望んでいたものは、真実の光だったのだと思うけど、
潜入捜査員時代の民雄が手にいれなければならなかったのは
公安側からの真実であり、仲間側からの真実ではないわけで、
その狭間で、組織とは、個人とは、思想とは、
人が生きていくうえでの真実とは何なのかと
葛藤し続けた民雄は、やがて精神を病んでしまっても、
しかし走ることをやめることはできなかったのだと思うです。

後年、駐在さんとして、家庭人として
幸せな日々を送っていたはずの民雄は、
しかし早瀬の告白でその幸せは一気に崩壊し、
そして捨て身で人質解放に向かってしまう。
そうしてしまったのは、組織の中で膿んでしまった
民雄の病だけが原因なのだろうか?
その人生の幕をそこで閉じなければならなかったのは、
そのせいだけだったのだろうか?
確かにその病が引き金になったのかもしれないけど、
でもそれだけではなくて、民雄は、やはり、
そうしたくはなくてもそうせざるをえなかったから
そこへ向かってしまったような気がしてならないでありますです。
その人生の終焉に向かわせたものは、民雄の血だったと。
民雄の血がそうさせたのだと、そう思えてならないのでありまする。

「人間であるまえに警官だ」

と清二が早瀬に向かって言っていたその思いは、
民雄の血に宿っていたのだと。


民雄の追い求めた真実とは
夜空に浮かぶ月の光のようなものであり、
それはそこに確かに見えてはいるけれど、
しかし決して手の届かないものだったのかもしれないですだ。
それが民雄の悲劇だったのではないのかと思ったです。

そんな民雄を演じきった吉岡君は
ほんまにお見事だったと思います。

優駿での誠くんを観た時にも同じように思ったけど、
吉岡君は決して役の悲劇性に媚びたりせんとですね。
今回の民雄も誠くんと同じくらいにその人生は
救いようのない悲劇の人やったけど、
でも吉岡君は、民雄の抱える悲劇性の設定を
決して演技の柱にして寄りかかってないですだ。
殉職してしまう場面にしたって、吉岡君はそれを
よくある「見せ場」に成り下げたりなんかしない。
ただもう、
「そうなってしまった」
民雄の現実だけをそこに曝け出しているわけで。
あの場面は民雄の最期の様子が悲しいのではなく、
ありのままに曝け出されたその有様に
民雄の生きた命が浮かび上がり、
そこにどうしようもないやるせなさを感じて、
これは悲劇だったのだと、
一人の男の人生の悲劇だったのだと、
そうそこで気付かされることによって
悲しみはより深い錘となって心に沈殿していくのだと、
そう思ったです。。。

最期の場面の民雄は、必死に敵に立ち向かっていく
満身創痍の雪豹みたいだった。。。

もう・・・・
なんでなんだぁ・・・
悲しくってどうしようもないぞぉ、
民雄。。。。
お父さんの分も幸せに長生きしてほしかった。。。。


なんかもう、初見のすぐ後にこれを書いているから、
気持ちの収集がつかなくて一体何を書いているのか
自分でも把握できていないのですが、
それでも一つ確かなことは、

惚れ直したわっ、
吉岡くんたらやっぱりさいっこうだーーーーーっ!!!

ということでございまして、
私の5000年分溜め込んだ(←また年数が増えている)
海抜百万メートルの高さにまで達した期待のハードルを、
こうもさっと軽々飛び越えてしまうとは、
やはり吉岡くん、君は永遠の
ハードル超えチャンプだ。

素晴らしいっす、ほんまに。

吉岡くん、
君のファンであることを誇りに思うよ。
ありがとう。
大好きや。
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吉岡刑事物語・終章 /  庭花火 前半

2009年02月17日 | 小説 吉岡刑事物語






遠くで電話の音が鳴っている。
いつのまに眠り込んでしまったのか、
可南子は文机から顔を上げて壁の時計を見上げた。
時刻は午前4時30分。
夜半から降りしだしていた雨は、
いつの間にか雪へとかわって、
閉め忘れたカーテンの窓硝子の向こう、
漆黒の闇の世界を白く染め始めていた。
桜の花びらが儚く舞い踊るように降り散る粉雪は、
まるで切り絵の世界を見ているようで、現実味がなかった。
今日はいったい何曜日だっただろう? 
そんなとりとめのない想いが頭の中にふと浮かんで消えた。
電話の音が、寝静まった家の中に鳴り響いている。
そうだ、電話。
出なくちゃ。
可南子はそう呟きながら同時に再び壁時計を見上げた。
時刻は朝の四時半。
こんな時間に一体誰?
いたずら電話に違いない。
そう思うと椅子から立ち上がるのが億劫で躊躇されたが、
しかし電話の呼び出し音は執拗に鳴り続けていて、
どこか心に容赦のない響きを伴ってひどく耳障りだった。
電話が鳴り続けている。
可南子はため息をつきながら椅子から立ち上がり、
階下のリビングへと続く階段を降りていった。
磨き抜かれた古い床板の廊下を抜けて薄暗いダイニングの中へと入っていくと、
そこに弟の秀隆がいた。
ダイニングテーブルの椅子に腰掛けて、静かにコーヒーを飲んでいる。

「ただいま」

プツ、とそこで電話の音が止んだ。
久しぶりに実家に帰ってきた弟の姿に驚きその場で足を止めた可南子に、
秀隆は軽く右手を挙げて微笑んだ。

「ただいま」

「何してるのよこんな時間に? 驚くじゃないの」

「コーヒーを飲んでいるんだよ」

涼しげな秀隆の笑みが深まる。

「帰って来るなら来るって事前に言ってちょうだいよ。
こんな時間に突然帰ってくるなんて人騒がせね。捜査明けなの?」

可南子は止まっていた足を再び動かしてダイニングテーブルに向かった。

「急に姉さんの顔が見たくなったんだ。ごめん、驚かせて」

振り返って見直した弟の顔にはしかし反省の色はなく、
相変わらず無邪気な笑みを浮かべたまま可南子を見つめ返している。
可南子は軽くため息をついた。
いつもそうだ。
年の大きく離れた弟は、いつもこうして可南子のことを見る。
少しだけいたずらっぽく、そしてほんの少しだけ切なそうに、
こちらがたじろぐほどの率直な瞳を向けてくる。
夏の終わりの、去って行ってしまう夏の空のような、
少し切ない、そんな淡い焦燥感を覚える眼差しで。
可南子はテーブルの上に開かれている読みかけの新聞をやおらに畳み直した。

「怒ってるの?」

「そんなんじゃないわよ」

畳んだ新聞紙をダイニングテーブルの横にある古紙入れに入れようとして、
可南子はふとその動きを止めた。
視界の脇を捉えた秀隆の姿が水に濡れている。
可南子は顔を正面に上げて弟を見つめ直した。
弟の来ている白いシャツが、その身体全体が、
しっとりと水にぬれそぼっていることに気付いた。

「ちょっとやだ、なにずぶ濡れになってるの。雪に降られたままじゃないの」

うん、と秀隆は伏目がちにコーヒーを一口啜った。

「うんじゃないわよ、そんなシャツ一枚でいたら風邪引くじゃないの、バカね、
傘もってなかったの、コンビにでもどこでも傘くらい買えるでしょう、なにしてるのよ、
まったくもう、早く自分の部屋に行って着替えてきなさいよ、なんなのこんな時間にいきなり帰ってきて、
しかもブズ濡れで、ちゃんと前もって電話くらいしてくれたら、」

「姉さん、」

秀隆は両手で抱えているコーヒーカップから顔を上げて可南子を見た。
すっ、と深く、そこから逃げようもなく可南子を見つめ返してくる。

「姉さん・・・」

秀隆は再び口を開き、そして、再び沈黙した。

「なによ」

「うん・・・」

可南子は、秀隆の両手に抱えられたコーヒーカップの中に目をやった。
漆黒の液体は湯気もなく、冷え切っている。

「どうしたの?」

コーヒーカップを抱える弟の手はひどく痩せ細っていた。

「なによ」

「うん、」

伏目がちにコーヒーカップを見つめている弟の姿を、可南子はまじまじと見つめ直した。
寝ずの捜査続きの不規則な生活がたたってるに違いない。今宵はひとさら華奢に見える。
もともと骨が細く、それでなくても太れない体質の弟は、
小さい頃から決して身体の強い子ではなかった。

「また痩せたんじゃないの?」

秀隆がコーヒーカップから顔を上げる。
寝てないのか目の下にクマができている。

「きちんと食べなさいっていつも口を、」

「姉さん、」

思いがけずにといった口調で言葉を遮った秀隆が可南子をじっと見つめ返してくる。

「・・・なに?」

見返す先に、見たこともない思いつめた表情を浮かべている弟がいる。

「なによ?」

「うん・・・」

「早く言いなさいよ」

心が、急速に行き場を無くしていくようで、可南子の心が不意にざわついていく。

「なんなの?」

時計の針が、二人の空間線に時を刻んでいく。

「秀隆、なんなのきちんと、」

「姉さんもっと美味いコーヒー飲めよな。なにこのコーヒー、
すっごい不味いよ」

やおらにそう言って秀隆がふわっと笑った。凍てついた空気が一気に溶け出していく。

「ふざけないでよ、こんな夜中に」

可南子は手に持っていた新聞紙でピシャっと軽く秀隆の頭を叩いた。

「早く二階に行って着替えてきなさい。今お風呂沸かしなおすから、
必ず温まってから寝なさいよ、いいわね?」

「はいはい」

「はいは一回でいいの」

「わかっていますよぉ」

秀隆はわざと大袈裟に背伸びをして椅子から立ち上がると、
そのまますたすたと階段に続く廊下へと歩いていった。
まるで子供のようだ。
と可南子は思う。
いや、それは公平な例えではないな、
と可南子は思い直した。
秀隆は大人だ。
父親が病でこの世を去り、そのほんの数年後に「あなたたちはもう母親がいなくてもいいと思うわ」
という言葉と共に父の残した財産を持って新しい男の元に去った身勝手きわまりない母親のことを、
可南子は決して許せなかった。これからも許すつもりはない。
母親が去ったとき可南子はすでに大手製薬メーカーの研究員の職について数年たっていたが、
秀隆は高校の二年生だった。自分本位でしか生きられない身勝手極まりない母親への憎悪を、
あからさまな言葉で弟へとぶちまける可南子に対して、けれども秀隆は、
「人には向き不向きがあるんだと思う。
母さんはたまたま母親となることに不向きな人だったんだよ」
まだ17歳だった秀隆はそういって現実を真正面から受け止めた。
そう出来たのは秀隆の情が薄いとかのせいでは決してなく、その逆だ。
母が去った次の日に近所の蕎麦屋のアルバイトを見つけてきて、
そこで放課後働きながら高校に行き通し、奨学金を貰って国立の大学に入り、
無事に卒業した後は警察学校へと進んでやがてエリートと呼ばれる刑事になった。
その間、可南子からの資金援助はいっさい受け取っていない。
秀隆は救いの手を借りず、全てを自分一人で乗り切っていった。
それが大変でなかったわけはなく、悲しくなかったわけなどない。
同級生の家へ出前の配達に行かねばならなかったこと、
配達先の玄関の奥にひろがる一家団欒の風景を見ざるをえなかったこと、
経験しなくともすんだはずのそれらの弟の境遇を思うと、
可南子は今でも胸が痛んだ。 
母が去って一番傷ついたのは秀隆だということを可南子は知っていた。
姉に負担をかけまいとして外見では飄々と振舞っていたことも知っていた。
勉強とアルバイトを両立させるのは並大抵の努力ではなかったことも十分すぎるほど知っていた。
弟は、人の痛みがわかりすぎるほどにわかるから、
母と姉が抱える確執の痛みをそれ以上深めまいとして、
実践的に二人の心の傷を受け止めてあげたのだろう。
自分が傷つけば傷ついたぶんだけ人に対して優しくなれるのが弟だった。
そういったことがさり気なく当たり前にできてしまうのが秀隆だった。
弟の持つ繊細さは確かに弱みであったが、しかしそれは最大の強さでもあった。
秀隆は可南子が知っている誰よりも大人の男であるし、
しかしそうした一種どこか老成した思考を持つ一方で、
同時に切ないくらい純粋な感受性も保ち続けている少年でもあった。
大人と少年の要素がその核の中枢にバランスよく融和している美しさを、
秀隆はずっと持ち続けている。
それは精神だけにではなく外面にも現れていて、
青春という時期はとうの昔に過ぎ去っている年齢だというのに、
その体つきもあの頃と変わらないしなやかさを奇跡的に保っていた。

弟はずっと弟のままだ。

可南子は立ち去る秀隆の後姿を眺めながら、
テーブルに置かれた弟の飲み残したコーヒーを一口飲んだ。

「不味いわ、ほんとに・・」

コーヒーの苦味が口の中に広まっていったが、
けれども可南子の心はふっとやわらかにほぐれていき、
その顔にはいつの間にかの微笑みが浮かんでいた。
窓の外には、雪が静かに舞い続けている。


眠りにつく前の弟に温かいハーブティーを入れてあげようと、
ケトルに湯が沸くのをガス台の前で待っている間に、
ふとキッチンから垣間見た置時計を目にして、
可南子は訝しそうに眉根を寄せた。
時計が止まっている。
針は四時半を指したままだ。

いつのまに止まっちゃったのかしら?

可南子はその時まで時計が止まっていることにまるで気が付かなかった。
忘れないうちに電池をいれかえようと足を居間へ向けた時、

「義兄さんに会ったよ」

と背後から声がして、振り向くといつのまにか秀隆がキッチンの入り口に立っていた。

「え?」

不意の言葉に可南子は足を止め、まじまじと秀隆の顔を見た。

「昨日ね、義兄さんに会ったんだ」

まるで明日の天気のことを話すかのようにさらりとそう言った秀隆は、
捜査続きで買い物も出来ない弟のために可南子が何年も前に買ってやった
ネルシャツに着替え、履き古したジーンズの前ポケットに両手を入れて、
少し肩をすくめるようにしてその場に立っている。
可南子は暫く言葉を失くしながらじっと秀隆の顔を凝視していた。
シューっとケトルの口から蒸気が吹き上がっている。

「だからどうしたの? 私と彼とはとっくの昔に別れたんだから、
あなたにとってのあの人はもう義理の兄でもなんでもないわよ」

可南子はようやく言葉を低く搾り出すと、
まっすぐに見つめてくる秀隆の視線から顔を脇に逸らした。
ピーッとケトルの笛が勢いよく鳴り響き、
驚いてガス台に振り向いた可南子の前にすっと長い指が伸びて、
秀隆がガス台のスイッチをそっと止めた。

「僕にとっては義兄さんだよ」

ゆっくりとした口調は深く落ち着いていて、その声音は
悔しいくらい穏やかに可南子の心に入り込んできて拒否しようがない。

わかっている。

心の中で呟きながら可南子はケトルを掴んで、
調理台の上にあるティーポットに沸騰した湯を入れた。
流れ落ちる湯から出る白い湯気が可南子の表情を余計に曇らせた。

わかっている。

秀隆にとって別れた夫は未だに敬愛する義兄であることはわかっている。
あの人も未だに秀隆のことを本当の弟のように大切に思っていることは
わかっている。
一旦結ばれた絆を、弟は絶対に裏切らない。
それが秀隆だ。
だけど私は・・・

「私にとっては他人よ」

心が軋んでいくのを感じたが、それを可南子はどうすることもできなかった。
湯が満杯に入ったティーポットを調理台の上に置き去りにしたまま、
可南子はキッチンから出て居間へと向かった。
静かに自分の後姿を見つめている弟の視線を背中に感じとりながら、
どうしようなく心に湧き上がってくる怒りとも悲しみともいえる感情を、
可南子は無関心という鎧で押し潰した。そうすることには慣れている。
慣れてしまえば感情は鈍磨してやがて無感覚になっていく。
後はただ呼吸を繰り返せばいい。
死なない程度に呼吸を繰り返せればそれでいい。
人生は望んでいくものじゃない。
望みの崩壊。その連続。それが人生だ。

それでいい。

可南子は強張った体をソファーの中に沈ませた。
物憂げな目線が宙を漂い、コーヒーテーブルの上に置いてある雑誌の上でひたと止まる。
表紙に印刷された「夫婦の絆特集」の見出しの文字が、
そこだけ大袈裟に浮かび上がって可南子の目に入ってくる。

ばかばかしい。
なんて陳腐な言葉遊びなんだろう。

可南子は見出しの文字を見据えた。
夫婦の絆なんて幻想にすぎない。

なのに、そう思いつつもこの雑誌を買ってしまった自分自身のことも
可南子は無性に苛立たしかった。
どうして弟は別れた夫に会ったことを突然口にしたのだろう?
こんなに直線的に秀隆が可南子の私情に入ってくることは今まで一度もなかった。
いつもそっと傍らから黙って見守っているだけの弟だったのに、なのに、
どうして、

「姉さん、」

呼び声が部屋にそっと響いた。
顔を上げると、秀隆がソファーの前に立っている。
どこから見つけてきたのか、
片手に持った子供用の花火セットを可南子の前に掲げている。

「花火しようよ」

そう続けて言って秀隆は可南子に笑いかけてくる。

「なにいってるのよ・・・こんな真冬に花火なんて・・・。
一体どこからそんなもの見つけてきたの? もうしけちゃってるわよ。
それに外は今雪が降って・・」

「早くいこう」

秀隆は可南子の手を掴んでソファーから立ち上がらせた。

「ちょっ、ちょっと待ってよ」

秀隆はそのまま縁側の方へと可南子を連れて行く。広い客間を抜けながら、
ぐんぐんと可南子の手を引っ張っていく背中を見つめているうちに、
弟はこんなに広い肩幅を持っていたんだっけ?
と可南子の頭にぼんやりとした想いが浮かんでいった。
広い肩幅からすらりと長い腕が伸びて、その先にある繊細な指が、
中庭に続く硝子のドアを開け広げた。
凍りついた夜気が部屋の空気を一気に引き締めてくる。
宵闇に眠る中庭に、舞い散る夜桜のような雪が舞っていた。
秀隆は可南子を縁側の縁にふわりと座らせると、
何十本とある花火の束の中から一本選んで可南子に手渡し、
マッチを擦って火をつける。ジュッと導火線の燃える音がして、
七色の炎が一斉に暗闇の中に咲いた。

「綺麗だね」

無邪気に笑いかける秀隆の顔が明るい火の向こうに照らされている。
火が途切れないように注意しながら、
新しい花火に火をつけていくその姿は本当に明るくて楽しそうで、
そんな様子を見ているうちに、可南子の気持ちはまた自然とほぐれていき、
不機嫌な色を浮かべていたその顔に柔らかな笑みが戻ってくる。
そういえばこうして笑うのは久しぶりだと可南子は思った。
決して不機嫌にしているつもりはないけれど、
さりとて笑う必要も別にない日々を過ごしてきたことに、
久しぶりに浮かんだその笑顔は改めて気付かさせてくる。
手元の花火に目線を戻すと、
そこから立ち上がる煙がまっすぐに空へと昇っていくのが目に映った。
高みへと登っていく龍のように、煙は暗い空へと吸い込まれていく。
懐かしい匂いだな、と可南子は煙を見つめながら思った。
それは、弟と紡いだ日々の匂いでもあった。
思い出の中で可南子は笑っている。
弟と一緒にいる可南子は、いつも笑っていた。
秀隆だけが可南子に永遠の笑顔を与えてくれる唯一の存在だった。
刑事になってからの秀隆は多忙を極め、互いに会える時間は殆どなかったが、
それでも物理的には離れていても、心理的にはいつも自分のそばにいてくれる、
そういう絶対的な安心感を、年の離れた弟はいつも可南子に与えてくれていた。 
そう、弟はいつでもどんなときでもそばにいてくれる。
弟だけは、私を悲しませたりはしない。
シュッ、という音と共に可南子の手元で虹色の火が消えた。
暗闇が辺りを包み込む。
秀隆は微笑みながら可南子の横に腰掛けると、
手に取った二つの線香花火に火をつけた。
橙色の火が、秀隆の手元に小さな花を咲かせる。
はい、と言って秀隆から手渡された線香花火の一本を、
可南子は黙って受け取った。
そのまま二人は黙って、小さく灯る花びらの炎を見つめていた。
はらはらと夜空から舞い降りている雪は、
地面に触れた刹那にすっと土の中へ還っていく。

「待っているよ、義兄さんは」

やがて秀隆の声がやさしく夜気を揺らした。
ぽた、と可南子の線香玉が地面に落ちる。
新しい線香花火を手にとって、秀隆はまたそれに火をつける。
可南子は黙ってそれを受け取る。

「ずっと待っているんだよ、姉さんが帰ってくるのを」

秀隆はそう静かに言うと、手にした線香花火にまた火をつけた。

「それはとても幸せなことだよ、姉さん」

可南子は横を向いて弟の顔を見た。
手元の線香花火をそっと見つめている秀隆の横顔に、
はらりと前髪がおりていく。

「どうしてそんなこと突然言いだすの?」

秀隆は手元の小さな火をじっと見つめたまま、
そっと静かに沈黙している。

「もう終わったことなのよ。別れてから5年も時が経っているんだから、
元には戻れないわ」

可南子は手元の線香花火に視線を戻して言った。

「所詮あれは恋だったのよ」

チリチリと瞬いている火が、可南子の手元で揺れている。
秀隆は黙ったままでいる。

「恋は減っていくものなのよ。だから終わってしまうんだわ。
私とあの人の間にはもうなにも残ってないの。
終わりがあるのが恋なのよ」

そういいながら、可南子はまた心が軋んでいいくのを感じていた。
しかしそれは自分自身が選んだ軋みだということを、
可南子は承知している。
相手を嫌いになっての別れではなかった。
むしろ相手を愛していたから、愛してくれる相手から
嫌いになられるのが怖くて可南子はそこから逃げたのだ。
愛する人がある日突然去ってしまうかもしれないという恐怖心が、
ずっと可南子の人生の中に病巣のように巣食ってしまっていたからだった。
だから幸せが壊れる前に相手から去ったのだ。
幸せは痛みを伴っている。
それなら最初から幸せなんてなくていい。
傷つくのはもうたくさんだった。

「もういいのよ」

可南子は低くつぶやき、

「放っておいてよ、そんなことは」

そう言い放って消えかけた線香花火を地面に捨てた。

「放っておけないよ」

立ち上がりかけた可南子の動きが止まる。横を向くと、
あのひたむきな弟の瞳が可南子を真っ直ぐに捉えている。

「放っておけないよ」

秀隆は静かに繰り返した。

「どうしてよ?」

喉の奥に詰まった言葉を可南子はようやく出した。

「どうして放っておいてくれないのよ?」

「僕の姉さんだからだよ」

一直線に見つめてくる秀隆の瞳の中に
可南子は確かな意志の力を感じ取っていく。
優しく穏やかなその瞳の奥には、ゆるぎのない信念が息づいていた。
それは可南子が弟の人生の節目節目に見てきた、
目標に向かって一途に疾走する時の秀隆の目だった。
ああこの瞳の光があるから弟は刑事になったのかもしれない、
とふいに浮かんだそんな思いと秀隆の素直な眼差しの狭間で、
可南子はただ言葉もなくその場に座り戻して黙ってしまった。 

「これが最後だよ」

秀隆は手元に残った最後の二本の線香花火に火をつけて、
その一本をそっと可南子に手渡した。
再び静寂に包まれた二人の前に、線香花火が静かに瞬く。
風に乗った雪が、そのまわりに散っていく。
可南子の線香花火がやがて小さくなっていき、
最後の力を放って消えていく一瞬前に、
秀隆の火がそっとそこに渡された。
可南子の花火に、再び火が灯されていく。

「姉さんには、幸せになってもらいたいんだ」

可南子の手元に咲いた線香花火を見つめながら秀隆はゆっくりと言った。
可南子は何も言えずに、ただ黙って線香花火を見つめ続けていた。
暗い夜空の裾に、水を薄めたような夜明けの藍色が現れはじめている。
やがて最後の線香花火が終わりを告げると、
秀隆は足元に散らばった花火の残骸を縁側の踏み石の脇に寄せ、
それからすっと可南子に向き直った。

「もう行くね」

そう言って、秀隆はそっと静かに微笑んだ。

「行くって・・・これから帰るの? 泊まっていくのかと思ってたのに」

驚いてそう言い返した可南子に、
うん、と小さく頷いた秀隆の目が微かに伏せった。

「もう行かなくちゃいけないんだ」

秀隆は目を上げて、それからまっすぐに可南子の顔を見つめてきた。
再びどこからともなく浮かびあがってきた焦燥感に、可南子は戸惑った。
秀隆はそんな可南子に微笑みなおし、それから縁側からそっと立ち上がって、

「姉さん」

そして可南子に呼びかけた。
見つめてくる眼差しは温かく、穏やかで、そして
何故なのかとても切なかった。
可南子はどうしても言葉に詰まってしまって返事を返せず、
ただ黙って弟の顔を見上げているだけだった。

「姉さん、」

秀隆は繰り返し可南子を呼ぶ。
その顔に何か伝えたそうな表情が一瞬よぎったが、
しかし思い直したように和やかに微笑みなおして、
何かを確かめるようにうん、と僅かに頷いた。
それから黙ったままでいる可南子の顔を、
やわらかくそっと包み込むように暫く見つめたあと、

「じゃあね」

とにっこり微笑んで、そして可南子に背中を向け、
中庭の奥へと歩いていった。
雪の舞い散る宵の彼方へと、秀隆の背中はどんどん小さくなっていく。
可南子は突然訳もなく哀しくなって、

秀隆!

と消え行く弟の背中に向かって叫んでいた。

秀隆!

遠くで電話の音が鳴っている。
いつのまに眠り込んでしまったのか、
書斎の机に伏せていた顔を起こし、
可南子は壁に掛かっている時計を見た。
時刻は明け方の4時30分。
可南子は階下のダイニングへと降りていき、
鳴り響いている電話の受話器をとった。

「もしもし?」





つづく
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なまずのひげは

2009年02月02日 | なまずのひげ


先日のこと、
とある場所に向かって車を飛ばしていたのでありますが、
その時点で目的地までどんなに急いでも30分、
時刻は既に11時45分、約束時間は12時、要するに
遅刻であります。

そういう焦りの状況の時に限って、
通過しようとする信号がことごとく赤に変わって
一時停止をさせられてしまうのは憤懣やるかたなし。
いや、もしかしたらその状況は、
「ゆっくり行くべし」
というご先祖様からの啓示なのかもしれない。
「スローなブギにしてくれ」
と片岡義男だったらそういうだろうし、
「信号だもの」
相田みつをさんだったらきっとこうだ。
「そ~れ、ワンツーッ、ワンツーッ♪ 赤信号っす!」
チーターだったらこんな状況もこう明るくかわしてしまうに違いない。
うらやましいぞ、チーター。
しかし私は急いでいるのだ、し~あわせはぁ~~んにゃ♪
とかハンドルを握りながら歌っている場合ではないのだった。
急がねば。

などと逡巡している間に信号が青に変わったので
再び車を走らせたのでありますが、しかしその時、
なんと目の前に曲者がぁ!
いや正確に書くと白バイポリスだったのでありますが、
それがすっと私の車の前に横入りしてきて、
ウィ~~~ンォワンォワ~ン
とサイレンを鳴らしてきたのでございまして、あたくしとしてはもう

「ざけんなよっ、こんな急いでいる時にっうがぁーっ!」

と火を吹くピグモンになってしまったのですが、
しかしお上には逆らえない悲しい小市民。
そもそも急いでいたから捕まってしまったのだった・・・。
ぐっすん。

すごすごとその白バイの後に付いていって
車を歩道の横の道に停め、
その白バイポリスがチケットを切りにくるのを
しょび~んとなりながら運転席で待っていたのでありますが、
んがしかし、
その白バイ野郎は後方に停めた私の車に向かう代わりに、
前方に駐車されたもう一台の車の方に歩いていって、
そこでその車の運転手に職務質問を始めたのでありますだ。

一度に二台仕留めていたとは!

恐るべし白バイ野郎ジョンもしくはパンチ。
ジョンなのかパンチなのかそこのところをはっきりさせてほしい。

それにしても長い職務質問。
とっとと済ませてくださらないと、あたくしは遅刻どころか、
欠席になってしまってよー!
もしやチミたち今そこで、

「ビッグマックが更に大きくなったらしいよ」

「それじゃ~今日のランチはマックにするよ」

「でもバーガーキングも捨てがたいよね」

「どっちも美味しいよね~、ハッハッハッハ」

「そうだよね、ウハウハや~」

とかってただの立ち話をしているのではあるまいな。
んも~~~早くしちくり~~~~~~。
とやきもきしている私のことなど一向に気にする様子もなく、
彼らの会話は長く続き、その二人の顔には笑顔もなくて、どうやら
ただの井戸端会議をしているのではないらしい。

それにしても時間は刻一刻と過ぎていくし、
もうただの遅刻ではなくて大遅刻になることは免れないわけで、
しかし私はただぼんわ~~としながら待つしかなくて、
そうこうして待っているうちに何故か唐突に、

「マカロニウエスタンって何?」

なんていう全く脈略を持たない疑問が
頭の中に湧き上がってきちゃったりして、
急いでいるのに、
他に考えることが沢山あるだろうに、
大遅刻だってぇ~のに、
どうして私はマカロニウエスタンなどについて考えているのだ? 

しかし一旦浮かんできちゃった疑問は頭の中を支配して、
もうなにがどうしてもマカロニウエスタンは駆け巡る青春。
気持ちを切り替えるために鼻歌を歌いだしても、

待つ~わ~待つわ~いつ~まで~もま~かろに~♪

ってやっぱりマカロニになっちゃうのだ、
もうどうしたらええのっ?!

こういうときはそれについて熟考したほうがいい。
考えてみよう。

「マカロニウエスタン」

ふざけているのか?

そもそもどうしてわざわざマカロニでなければいけなかったのだろう?
ラザニアウエスタンとか、森の幸海の幸ウエスタンとかでは
何か行政上の問題があったのだろうか?
ウエスタンといえば西部劇だし、西部劇といえば荒野のならず者。
けれどもマカロニとは何事だ。
仕事募集の張り紙を見たならず者の
マカロニウエスタンの採用試験の履歴書に、

「特技・早ゆで三分」

アピール欄のところに、

「ママ大助かりの親孝行者」

とか書かれていたら斬新でワオ!となるかもしれないけど、
でもそれってどうなの?
とも言いたくなってしまうのが人情だよね。
などと思考をめぐらせているうちに、
やっと前方の車の運転手と話しを終えた白バイポリスが
私の顔を訝しげに見ながらこちらに向かってきたと思ったら
そのままバイクに乗って走り去ってしまった。

!!!

「ちょっとーっ待ちなさいよっ!
何も言わずに立ち去るなんて無礼者っ、待たれいっ、
そこのパンチーーっ!!!」(←勝手にパンチに決定したらしい)

しかし白バイパンチは遥か彼方へ消えていく。

どういうことなの? 

15分も待たされた挙句、私はパンチから、

めっ!

と遠隔法で叱られただけなのだろうか?
そりゃ~ないじゃないか、レイちゃん。。。
でもチケット切られなくてよかった。

「ってなことがあったんだよっ、ムッキー!でもちびっとラッキー!」

その晩、その出来事、題して、
「パンチは無言で去った事件」
のことを夕食の席でジャイアンに話すと、

「きっとその時、白バイのおまわりさんは車の中で待っている君を見て、
“なんじゃこいつは?”って思ったんだよ~」

「なんで? なんで善良な一市民に対してそう思うの?」

「あのね、白バイは違反車の後方からサイレンを鳴らして捕まえるんだよ」

えっ?!

あ、間違えちゃった、

えっ?!

「そんなこと聞いてないよ!」

「そういう問題じゃないんだよ~」

「ならどういう問題なのだ?」

「知識の問題だよ。君は違反車を捕まえた白バイの後ろに
ただついてちゃっただけなんだよ~。オバカさんでちゅね~あはは~」

「・・・・」

「あはは~」

「・・・・」
「あっはっはっはっは~、あ、

「前から言おうと思ってたんだけどさ、君が独身時代から使ってる
このお皿セット、趣味悪いよね、ものすごく」

「ああこれね~、でもこれは僕の趣味じゃないよ。
前に付き合っていた彼女が買ってきたものだもん」

「なんだ、前の彼女の趣味なのか~あはは~」

「そうそう、あはは~」

「まったくねぇ~、そ~んなことは今の今まで
知らなかったぞぃっ!!!



「なんで今まで黙っていたのだっ! 
あたしゃこの12年間な~んも知らずにこのお皿にのっかった食べ物を
“おいち~うふ”なんつって食べてたのかいっ、エ?!」

「だって~そんなこと気にしないと思ったから~」

「あたしの過去12年間分のおいしい食卓メモリーは今この瞬間に
崩れ去ってしまったではないか。どうしてくれるのだ?」

「買いなおせばいいよ~、もう古くなちゃったし」

「そういう問題じゃないのだ、スカポンタン君よ」

「どういう問題なの?」

「意識の問題だよ。いいかい、過去の恋愛は形に残してはいけないのだ。
それが今現在の愛に対する義理人情ってもんよ、わかるかい、アニキ?
それからもう一つ言っておきたいことがあるんだけど、
マカロニウエスタンってどうしてマカロニなの?」

「ええ~、知らないよ~そんなこと」

「気になるでしょ、どうしてなのか?」

「気にならないよ~」

「気にならないの?」

「うん、だってそんなこと気にしてもしょうがないじゃん。
それよりこのお皿、買い換える?」

「ん?」

「気になるんでしょ?」

う~~~~~む ←会話を反芻しているらしい。

 ←なにやら思いついたらしい。

「いいえ」

「そうなの?」

「そうなのでございます」

「なんかオセロの駒みたいな切り替え思考だね~」

「宵越しのシコリは残さねぇ~のよ、こっちとら江戸っ子でぇい!」


嫌な事って気にするから存在しちゃうのだ、きっと~。
でも気にしないからもういいのだ。
チーターだったらきっとこう言うよ、
そ~れ、ワンツーッ、ワンツーッ、人生っす!

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