月のカケラと君の声

大好きな役者さん吉岡秀隆さんのこと、
日々の出来事などを綴っています。

吉岡刑事物語・その25 / 前

2009年06月24日 | 小説 吉岡刑事物語



「吉岡さん、何にも訊かないんだね」

車のハンドルを握っている吉岡に、
中島聡子は助手席から訊ねた。

「いいの、尋問とかしなくても?」

「苦手なんだ・・・・そういうのってどうも・・」

そう言ってちょっと微笑んだ吉岡の横顔を見つめながら、
(確かにそうなんだろうな・・)
と聡子は思っていた。
8年前に忽然と姿を消した少女失踪事件の重要参考人として、
聡子が警視庁に身柄拘束されてから3日が経つ。
自分と同い年だった少女の名前、由布絵理香と名乗って、
聡子は15歳からの8年間を生きてきた。
事が発覚したのは、“由布絵理香”の就職内定先から、
内偵調査の電話が親元に入ったことで、失踪した娘が見つかったと
喜び勇んで会いに行った娘がまるで別人だっと警察へ通報した
由布の両親の通告によってだった。
任意同行のまま警察に連れて行かれた聡子への取り調べは思いのほか厳しかった。
聡子のことを頭から少女殺害の犯人と決め付け、
自分の訊きたいことだけを聞き出そうと躍起になって、
猫なで声でなだめてきたかと思うと、その次には痺れを切らしてどなったりを繰り返す、
ご都合主義のいわゆる“ベテラン”取調官たちに、
聡子は最初から嫌気がさして何も話す気になれなかった。
口を閉ざしたままでいる聡子に、当然、捜査官たちは食い下がった。
毎日毎晩何時間も、知っていることを話せと、
執拗に同じ問いを繰り返し繰り返し投げつけてくる取調官たちに、
固くだんまりを決め込んでいた聡子もさすがに疲れ果てた。
「あの刑事さんになら話してもいい」
やがて三日目に、聡子は口を開いた。
「あの刑事さんだけに、自分の知っていることを、ある場所で話したい」
聡子はそれだけ言ってまた口を閉じた。
どうしてそう言ったのか、理由はわからなかった。
わからないけれど、自然とそう口から言葉が出ていた。
“あの刑事さん・・・”
四日前、バイト帰りの自分の目の前に突然すっと現れて、
「中島聡子さんですか?」
とやんわりと話しかけてきた、あの刑事さんになら・・・。


「ごめんね、無理いっちゃって・・・」

穏やかな表情でハンドルを握っている吉岡の横顔を見つめながら、
聡子は呟くように謝った。

「今日はお休みだったんでしょう?」

吉岡の目じりにふっと笑みが浮かぶ。

「いいんだよ、そんなことは気にしないでも」

気さくにそう言って吉岡は、

「喉は渇かない? サービスエリアに入ったほうがいい?」

と替わって聡子に訊ねてきた。

「大丈夫」

聡子は顔を前方に戻した。
雨気を含んだ雲が、低く、重たげな様子で、ゆっくりと東に流れていく。
警視庁の駐車場から吉岡の運転する車に乗り込んでから、
かれこれ小一時間がたっていた。その間、吉岡は、
事件に関することは一切訊いてこない。

「吉岡さんって、全然刑事らしくないね」

「え?」

「だって、全然えばってないし・・・」

吉岡は明るく笑った。
そのやわらかい笑い声を耳元に心地よく感じながら、
聡子は言葉を続けた。

「他の刑事さんは、みんな偉そうにしてるんだよ。
取り調べに来た刑事さん達はみんなそうだったんだから。
全人類の味方みたいな態度をしていて、何様って感じ。
市民の安全ためなら、一容疑者にはどんな態度をとっても
一向に構わないって感じで、あったまくるんだ。
あの人たちにとっては、容疑者なんて市民じゃないんだよ、きっと」

見つめた前方に見えてきた藤岡ICと書かれた標識が、
近づいてきたと思った矢先に、突風のような速さで車窓を後方に流れていった。

「あの人たちはね、千を守るなら、一を傷つけることなんて
全く厭わないんだと思う」

静かに自分の言葉に耳を傾けている吉岡の気配を真横に感じ取りながら、
聡子は更に言葉を続けた。

「一だって千の中の一つなんだって意識を無意識のゴミ箱の中に捨てちゃってるんだ。
権力のベクトルって、どんな方向にも向いてしまえるっていうこと、
警察学校できちんと教えた方がいいと思う。私はね、」

と言った言葉をそこで一旦区切って、聡子はサイドミラーに視線を移した。
警察の車がもう一台、警視庁を出たときから、吉岡の運転する車を
ピッタリと後方にマークしながら走行している様子がそこに映っている。

「あんな人たちには、話したくない」

後方から弾丸のように飛んできた黒塗りのスポーツカーが、
追い抜き斜線を物凄いスピードで走り抜けて行った。

「捕まえなくていいの? あれスピード違反だよ」

静かに黙ったままハンドルを握り続けている吉岡に、
聡子は言った。

「そうだね、追いかけなくちゃね」

そう応えた吉岡はチラとバックミラーを一瞥し、

「ちょっと飛ばすね。しっかり掴まってて」

と言ってからシフトダウンしてアクセルを踏み込んだ。
グン、と上がったスピードに、聡子の体が一瞬シートに浮かび上がる。
ちょっとどころではない加速に、聡子は助手席ドアの取っ手を
しっかりと握り締めて体を固定した。

おいっ、吉岡っ、何してんだっ?!

それまで静まり返っていた無線から、突然慌てふためいた声が聞こえてきた。
吉岡はそれをまるで気にする様子も見せず、飄然としてハンドルを握っている。

「違反車を発見したので追跡します」

バカッ、そんなのに構うな! スピードを落とせ、見失うだろうが!

聡子はサイドミラーを覗いた。追行してきた警察の車が、
ミラーの中に豆粒のようにどんどん小さくなっていく。
運転席に振り返って覗き見たスピードメーターの針は、
軽く140キロを指していた。聡子は驚いて吉岡の顔を見た。
その顔は、完全に落ち着き払っていて、凛と精悍に引き締まっている。

ふざけるなっ、吉岡っ、すぐに減速しろ!

吉岡は加速したまま泳ぐような滑らかさで車の波を走り縫いていく。
車の窓ガラス越しに、猛スピードで近づいてきては
飛ぶように後方に去っていく車の流れを、聡子は半ば唖然として眺めていた。
一台、もう一台と隣車線の車を順に追い越しながら、
すっと滑り込むようなスムーズさで車線変更していった吉岡は、
あっという間の速さで黒いスポーツカーのテールランプに追いついた。
付けられているのに気付いたのか、突然ぐいっと中央車線に移ったスポーツカーは、
そのまま左車線へと移動していき、高崎インター出口に向かって走り出て行った。
吉岡も難なくその後に続いていく。連なる二台はそのまま県道へと走り出た。

吉岡っ、何処にいるんだ?! ちゃんとこっちに、

しなやかな指がすっと伸びて無線のスイッチを消した。
前を行くスポーツカーは県道脇のコンビニ駐車場へと入って行き、
その片隅で観念したように、ブオンとエンジンを一吹きさせてから止まった。
続いて入って行った吉岡の車が、コンビニの建物の前スペースにすっと止まる。

「ちょっと待っててね」

笑顔で言ったままサイドブレーキを引き、
吉岡は身軽な動作で車の外へと出て行った。
コツコツと静かに靴音を鳴らしながら俯きがちにスポーツカーに近づいていき、
顔を出した若い運転手と窓越しに話をしはじめた吉岡の背中を、
聡子はフロントガラス越しにぼうっと眺めていた。
ほどなくして手短過ぎるくらいの早さで運転手と話を終えた吉岡は、
スポーツカーから離れたあとまるで自然な成り行きといった様子で
すらっと店内に入って行った。
重い唸りを上げた黒いスポーツカーが、
ゆっくりと駐車場から県道へと走り出て行く。
聡子は出て行く車を目で追って行った先の県道に視線を止めた。
車の行き来が少ない、遥か遠くまで見渡せるその県道の先に、
高速道路で振り切ってしまった後続の警察車は全く姿を現してこない。
聡子は店の中を振り返った。買い物カゴを抱えた吉岡の姿が、
何か買うものを探しているのか、陳列棚の向こうに見え隠れしている。
聡子は再び車のフロントへと振り直った。
無言の無線装置が目の中に止まっている。
しん、と静まり返った車内で暫く躊躇したあと、
聡子は恐る恐る右手を伸ばして無線のスイッチを入れてみた。

なにやってんだ、お前まで!

しょうがないですよ、もう消えちゃいましたから。

バカ野郎、相棒を見失ってどうする! お前も減棒だっ、堺!


バタ、と運転席の開く音がして、聡子は慌てて無線のスイッチを切った。
コンビニの袋両手一杯になにやら買い込んできた吉岡が運転席に戻ってきた。

「なにがいいのかわからなかったから、とりあえず一通り買ってきちゃった」

そう言いながら静かにドアを閉めて、
聡子に向かってにっこりと微笑んだ吉岡の笑顔は、
できたてのコットンのように真っ白でやわらかく、
そして無条件にやさしかった。

「吉岡さん」

「ん?」

コンビニの袋の中を覗いていた吉岡が顔を上げる。
聡子はその顔をじっと見つめた。

「なに?」

吉岡が微笑みながら優しく聞き返す。

「しかられちゃうよ、鬼の警部さんに」

一瞬きょとん、とした吉岡は、
しかしすぐに朗らかな笑顔で明るく笑った。

「大丈夫だよ。得意なんだ、叱られるのは」

そういって安心させるように聡子に頷いてから、
吉岡は再びコンビニの袋の中に目を落とした。

「何がいいかな? 冷たいお茶に、温かいお茶もあるけど、あとね」

「吉岡さんは、どうして刑事になったの?」

聡子の質問にふっと顔を上げた吉岡の背後に、
大きく裾を伸ばした榛名山と赤城山の姿が、
曇り空の中に墨絵のように滲み浮かんでいた。

「さっきのカーチェイスは凄いなって思ったけど、
でもこうしているとやっぱり刑事だなんて思えないよ。
らしくないもん。なんで刑事なんかになっちゃったの?」

うん・・・と答えてから、吉岡はコンビニの袋を持っていた手を膝に置いて、
きちんと助手席の方に向き直った。
和やかに涼んだ眼差しが、聡子の瞳を穏やかに見つめ返してくる。

「ほんとはね、富山県警に勤務したかったんだ」

「富山県警?」

聡子は吉岡の顔を見つめなおした。

「吉岡さん、富山出身だったの?」

「そうじゃないんだけど・・」

ふわっと陽だまりのような笑顔が吉岡の顔に浮かぶ。

「じゃぁ、どうして?」

思わずつられて微笑みそうになりながら、聡子は更に訊く。

「なんで富山なの?」

「山岳警備隊員になりたかったんだ」

「山岳警備隊員?」

「そう。富山県警にはね、とても優秀な山岳警備隊が設置されているんだよ」

「それって何をする刑事さんなの?」

吉岡はニコッと微笑んで、

「山岳警備隊員はね、山で遭難した人たちを救助する役目を担っているんだ」

と更に深めた笑顔を聡子に向けた。
あまりにも無防備に和んだその笑顔に、聡子は少しドキドキしながら
尚も聞き質した。

「それは山のお巡りさんなの?」

「そうだね、そんな感じかな」

聡子はまじまじと吉岡の顔を見た。

「・・・どうして・・・」

彫が深い顔をしてるんだな・・・、と頭の片隅で無関係に思いながら、
聡子は更に言葉を継いだ。

「どうしてその山のお巡りさんにならなかったの? 途中で諦めちゃったの?」

うん・・・、と吉岡は少し考えるような表情を浮かべたあと、

「ふられちゃったんだ」

と言って微笑みなおした。

「ふられちゃった?」

「そう。異動願いをずっと出し続けていたんだけど、ふられつづけちゃって。
そのうちに、タイム切れになっちゃったんだ」

聡子は視線を自分の膝に落とした。

「心残りはないの?」

右手の指先で、膝の上に置いた左手首を、そっと撫でながら訊いた。

「うん・・・ないっていったら嘘になるけど・・・でも、
これでよかったんだな、って思えることも、多いよ」

聡子はじっと自分の左手首を見つめていた。
県道を走りすぎて行った大型トラックの走行音が、
遠雷の響きのように車内に届いてくる。

「・・・ごめんなさい・・・。変なこと聞いちゃって・・」

「いいんだよ」

ふっと持ち上げられたように向き上がった聡子の目の先で、
吉岡の瞳が微笑んでいた。

「謝らなくていいんだよ。今の生活にも、充分感謝しているから」

そう言ってまたにっこりと微笑んだ顔を、吉岡は再びコンビニの袋へと移した。

「買いすぎちゃったかなぁ。サンドイッチも買っちゃった」

そう明るく話しかけてくる吉岡の顔を、聡子はじっと見つめていた。

「おにぎりもあるし、おでんは買わなかったんだけど、
買ったほうがよかったかな? あ、あのね、シュークリームがあったんだよ、
それからカレーまん・・・」

「カレーまんは嫌い」

不意に聡子は吉岡の言葉を遮った。
え?と顔を上げた吉岡に、

「カレーまんは嫌い」

聡子は繰り返して言った。

「カレーまんは嫌いなの、どうしても・・・」

聡子の胸に、どうしてなのか急に切なさがこみ上げてきた。

「あんまんじゃなくちゃダメ」

車の前を、若い女性の二人組みが楽しそうに話し合いながら通り過ぎていった。
その二人の明るい笑い声が、聡子の耳の中にこびりつくように残っていく。

「あんまんじゃなくちゃダメなんだから」

聡子はぎゅっと両手を握り締めた。
無性に切なくなってしまった気持ちを、聡子は言葉にして吉岡にぶつけた。
吉岡はただ黙って、俯く聡子のことを思いやるようにそっと見つめている。
その沈黙は物柔らかに、春の野原のような温かさで、
聡子をふわりと包み込んでいる。

「信じてくれる?」

聡子はポツリと俯いたまま言った。

「吉岡さんは、私の言うこと信じてくれる?」

頭の中で、もう一人の自分が、きらめき輝く光の中から笑いかけていた。

「信じるよ」

聡子は顔を上げた。
揺るぎのない優しい光に満ちた眼差しが、
静かに聡子を見守っている。
その瞳がふっと和らいだように微笑んで、
すらりと長い吉岡の手が、そっと聡子の前に差し出された。
聡子は無言で、その掌の上にのった中華饅頭を手に取って一口齧った。
餡の甘さが口に広がって、聡子はなんだかどうしようもなく
泣けてきて仕方がなかった。
(そうなんだ・・・)
涙が止まらないままに聡子は思った。
(どうしてこの人になら話したいって思ったのか、
今はっきりとわかった気がする・・・)
上げた目線の先に、春の田植えを待ちわびる田圃が、
コンクリートの駐車場の向こうに広がっていた。
羽を休めていた冬鷺が一羽、ふと思いついたように、
雲間の中へと高く飛び立っていった。

「吉岡さんって、ちらかっていないからなんだ」

そう言葉に出して言った聡子に、ちょっと驚いたような顔した吉岡の瞳を、
聡子は涙を拭いてからしっかりと見つめ返した。
そうなんだ、この人は、心の中がちらかっていない。
心がきれいに片付いているから、人の話を聞いてくれるスペースを
そこにきちんと持っている。人の気持ちを受け取ってくれる場所を
心の中にきちんと持っている。そう心の底から信じさせてくれる人だから、
だから話したいって、そう思ったんだ。
この人になら・・・。

「あのね、私、」

聡子は吉岡に向かってそう話し出していた。






つづく
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なまずのひげに

2009年06月16日 | なまずのひげ



ラジオ番組「ジブリ汗まみれ」の中で、
“宮崎監督は、キャラの説明なしに観客を納得させてしまう天才”、
とパーソナリティーの鈴木さんが仰っていましたが、そのたとえで、
「もののけ姫」に出てくる猪妖怪(?)に民の衆は、
「あっ、もののけだっ!」といきなりもう決め付けてしまうという話に、
ゲストで出ていた吉岡くん同様、大爆笑してしまった私でありますが、
あぁ、あの吉岡君の澄みきったスプライトのような笑い声・・・・・・
きゃぃ~んふぅわ~んたすてぃ~っく
あ、すんません、こりは余談でありますた・・・・・。
もとい、
確かに鈴木さんの仰っている通り、
宮崎監督はほんまに凄いお人でございまするだ。
番組の中でも話題に上がっていたけれど、
映画「紅の豚」での主人公は、
いきなり豚。
豚がパイロットでございます。
ハムとか食べちゃってるし、いいんですか?
ってつっこみたくなっちゃう気もするけど、
されど豚。
しかも、なんか渋い。
渋い豚パイロット。
なんだかよくわからないんだけど、
だけど豚。
豚さ。
豚なんだよな。
ああ思いっきり豚だよ。
とのっけから観客を説得させてしまうあの威力には、
ひれ伏してしまうわけでございまして、そういえば、
ルパンはよく垂直90度の壁を車で爆走していたりするし、
五エ門は、たぁっ!っていきなり夜天にジャンプして
満月をまっぷたつにぶった斬ったりなんかして、不二子ちゃんなんて、
B200 W50 H60 みたいなダイナマイトバディだったりしての、
んなばかなぁっ?!
としかし絶叫する前に、
「ルパンだから」
と観客をその世界に惹き込んでしまうのも宮崎技。
やはり世界の宮崎。
只者ではない。
芸術に説明は無用!
と爆発していた岡本太郎氏も然り。ついでにピカソも。
まったくよくわからな~~~~~いっ!!!! 
のに惹かれてしまう。
そりが芸術の深さなのかもしれないですねぃ。

と、今日は芸術について書きやがるのかい、いい度胸してるじゃねぇかい、
フ、と思いきや、そうではなくて今日書きたいのは、

「ザ・リアクションの謎・映像変、あ、間違っちゃった、映像篇!」

なにもわざわざ「ザ」をつけることも、長々と書くこともないのでありますが、
いやぁ~書いてしまいますたっすぅ♪なんてなことはどうでもええとして、
映像に出てくる人のリアクションとは、
面白いね、
うきゃっ、
らりらりら~ん♪
ということでございまして、
まずは、数ある不思議リアクションの中でも、一番、
「のあ?」と思ってしまう場面に遭遇する、
ザ・時代劇での一例を書いてみようと思っている所存でございます。


リアクションミステリー・その1

悪代官と越後屋が、料亭の密室で何やらよからぬ談話中。
それを盗み聞きしている、天井の隅に忍者・・・。
はいっ、ここですっ!
これは、
どういうことなのでしょう、
伊賀先生?
ティンカーベルならまだしも、大の男が天井の隅に
んばっと張り付いとるのでございまして、
これはよくよく想像してみますとですね、


悪代官:それでは越後屋、土産はあるのかな?

天井に忍者。

越後屋:もちろんでございますよ、お代官様、これを・・・

天井に忍者。

悪代官:どれどれ、ほっほぉ~、これは見事な饅頭じゃのう。

天井に忍者。

越後屋:お代官様は甘いものがお好きだとお聞きしましたので・・・

天井に忍者。

悪代官:越後屋も悪よのぉ~~~はぁっはっはっはっは

天井に忍者。

越後屋:お代官様には負けますよぉ~はっはっはっはっは

天井に忍者。

二人:はぁ~っはっはっはっはっはっは~!


そんなんでいいんですか? 

お二人さんよぉ~~~。
もう森進一は歌っちゃうよ、

おふたりさんよぉ~~~~おっふたりさぁ~~~~~ん
上を見上げりゃぁ~~~~~~~~~~~~伊賀忍者~~~~♪

なんで気付かないのだ?
はっ
そりは、そりはっ、そりこそ、伊賀300年の歴史、忍法
「いたりする」
の術なのだろうか? ふ、深い・・・・気がする。
もしそれが忍者じゃなくて、スパイダーマンだったらきっと、

悪代官:それでは越後・・・っやっはぁ~~~~っ?!

とそこですぐに気付かれてしまうに違いない、だって、
癖でついつい天井から垂れ下がっちゃうのだ、スパイダーマンは。
しかもあんなど派手な格好してるし。アメリカンやね。
う~むそれにしても、さすがの伊賀忍者。あなどれん。いやまてよ、
もし田中邦衛さんが伊賀忍者だったら、どうしよう? 
もしも天井に邦衛さんが張り付いていたら・・・、

悪代官:それでは越後屋、土産はあるのかな?

天井に忍者邦衛。

越後屋:もちろんでございますよ、お代官様、これを・・・

天井に忍者邦衛が、

悪代官:どれどれ、ほっほぉ~、これは見事な饅頭じゃのう。

天井に忍者邦衛がね、

越後屋:お代官様は甘いものがお好きだとお聞きしましたので・・・

天井にぉおぉっと忍者邦衛から手裏剣がっ?!

忍者邦衛: 食べる前に飲む!

シュピピィッと速攻、大正漢方胃腸薬。
顆粒です。

ってそれじゃ~ただの親切な人ずら。
でもなんか強烈。さすがの邦衛パワー。
しかし善人の邦衛さんは次元大介になれても忍者にはなれないらしい。
無念じゃ。
って余計なお世話だっつぅ~の。

それからまだまだあるんですよ~♪

お次は、正義の味方が現れるアクションものでの
リアクションミステリーであります。


リアクションミステリー・その2

こりはですね、町の小娘危機一髪!とかの場面で、
突然現れてくる月光仮面、または白馬童子、
もしくは鞍馬天狗、晴れ時々所により松平健。この人たち、
ものすごい格好をしているわけであります、側から見なくとも。
あんな、エルビスも杉良太郎もエルトン・ジョンも
グリコのポーズで逃げ出してしまうような格好をして、
突然どこからともなくツチノコのように湧き出てくる正義の味方に対しての、
悪党たちのリアクションはだいたいこう↓です。

悪党1:うぬっ?!

悪党2:叩き斬ってやるっ!

これは起承転結でいいますと、
起(あとはすっとばして)結!
というせっかちさでありまして、焦りは禁物と言う言葉通り、
悪党はその場でとっととやっつけられてしまうわけでありまするねぃ。
しかし、
彼らのリアクションこそ、一体、
どういうことなのでしよう?

「そんな格好をしたのは君が世界初だよ」
と言いたくもなってしまうヘンチクリンな格好をした人が、
突然目の前にどこからともなく馬に乗って現れてきたら、

「(・◇・ )」

とかってならないのだろうか? 私だったら、

「(・◇・ ) どちらさま?」

とまず素性を聞いてしまうと思うんだけど、
それは外道なのでせうか?
なんてなことを書きながらふと目にしたカレンダーの日付をみて、

「(・◇・ )」

もう既に一年の半分が過ぎている。。。。
なんてことだ。
忍者や悪党たちのリアクションに気付く前に、
時の流れの速さに気付くべきだった・・・。
あほうでござる・・・。いや、
なぁ~にっ、まだ半分残っているさぁ~っはっはっは!(←すごい変わり身)


今年後半、いいリアクションができるように
がんばろ~っと。

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吉岡刑事物語・その24 / 後

2009年06月11日 | 小説 吉岡刑事物語





蕎麦屋を一歩出た瞬間、凍てついた空気が身を包んだ。
利次はコートの襟を寄せて、胸元に吹き込んでくる寒風を防いだ。

「あら田毎庵さん、まだお店開いてたのね」

買い物袋を両手に提げた年配の主婦らしき女性が、
店の戸口に立った利次と吉岡の姿を見て話し掛けてきた。

「ここね、毎日行列ができるくらいの人気のお蕎麦屋さんだったのよ。
それがどうも蕎麦を打っていた人が火事にあって、
大やけどしちゃったみたいでね、それで蕎麦が出せなくなっちゃって、
それ以来お客の足がぱったり・・・」

そう言ってその主婦は改めて店を眺めると、
“ひどい話よねぇ・・”と、独り言のように呟いて、
頭を横に振りながら立ち去って行った。
利次は、その主婦の背中を見るともなしに眺めていた。

「これから洋一さんのお見舞いに行こうと思っているんですが、
宮田さんはどうなさいますか?」

ハーフコートを着込んだ吉岡が、利次にやわらかく尋ねてきた。

「いや・・・・」

利次は暫く黙りこんだあと、

「私は駅前でタクシーを拾って帰るよ」

そう言って目線を遠方に小さく見えている駅へと向けた。

「そうですか・・・。駅まで、ご一緒してもよろしいですか?」

「・・・ああ」

利次は呟くようにそう答えると、駅に向かって歩き出した。
吉岡がその横に並ぶ。
二人は暫く無言のまま、アーケードの通りを歩いていった。
両脇に並び建つ様々な種類の小売専門店は、
その半数のシャッターが下りたままになっている。

「宮田さん、」

駅前の広場脇に出たところで、吉岡は不意に立ち止まって
利次に話し掛けてきた。利次は足を止め、後方を振り返った。
深く思いを沈めたような吉岡の瞳が、利次の目を捉えている。
利次は、体を動かして吉岡に向き直った。

「なんだ?」

「洋一さんから、伝言を言付かってきました」

「・・・伝言?」

「はい」

と答えた吉岡の眉根が、何かに堪えるようにぎゅっと寄った。
言葉を出そうとする吉岡の口が、
開きかけてはやるせなさそうに閉じていく様子を、
利次は怪訝そうに見つめた。

「・・・何のことだ?」

駅の改札口から出てきた人たちが、
二人の横をまばらに通り過ぎていく。

「ごめんなさいと・・・」

ぎゅっと閉じていた口を開いて、やがて吉岡は静かに言った。

「そう伝えてくれと・・・」

「・・・・?」

静かに見つめ返す吉岡の瞳を見やりながら、
利次はふっと息を吐き出すように苦笑した。

「何のことだかさっぱりわからないな。一体、
洋一は何について私に謝っていたというんだ?」

伏せた瞼をそっと持ち上げて、吉岡は、
利次の目をまっすぐに見つめ直した。

「本当のお母さんを独り占めしてきてごめんなさいと、
そう伝えて欲しいと、仰っていました」

「・・・・・本当のお母さん?」

利次の目に、怪訝そうな表情が深まっていった。

「何のことだ?」

吉岡は再び口を結んだまま、切なげな瞳を利次に向けている。

「何のことだよ?」

利次は食い下がった。

「何のことだと訊いているんだ」

「洋一さんは・・・」

吉岡の声は、微かに震えていた。

「宮田さんの実のお兄さんだそうです」

「・・・・・・なに・・・・」

何を言っている? と言いたかった言葉が口から出てこなかった。
利次は呆けたように、目の前の吉岡の顔を見つめた。

「すみません・・・。本来なら、
僕が伝えるべき話ではないのですが・・・」

周りの空気に癒合していくような声が、
立ちつくしている利次の耳に入り込んできた。

「立花朝子さんは、洋一さんの成長が、
他の子より少しだけ遅れているとわかった時点で、
宮田家から離縁を申し出されたそうです・・」

「・・・・・なんだって?」

「跡継ぎのできる男の子さえ産めば、後は用はないと、
二人目の男の子が生まれるとすぐ、お姑さんから家を出されてしまったと・・」

「その二人目が私だったということか?」

ちっとも可笑しくないのに、利次は声を出して笑った。

「それじゃあ、私はただの将棋の駒じゃないか」

利次の乾いた笑い声が、霞んた空気に吸い込まれていった。
吉岡は、静かにその場に佇んでいる。
利次の顔が真顔に戻った。

「そんな話、いきなり信じろと言われても無理な話だよ。バカバカしい」

「そのお気持ちは、もっともだと思います・・・。でも、
許さなくてもいいから、どうか事実は受け止めて欲しいと、
朝子さんは仰っていました・・・」

利次は吉岡の顔をまじまじと見た。
実のこもった誠実な瞳が、揺らぎなく利次の目を見つめ返している。
利次は黙って視線を逸らした。吉岡は静かに言葉を継いでいく。

「母と呼ばれることはなかったけれども、それでも
お姑さんに何とか頼み込んで家政婦にしてもらい、
宮田さんの成長を見れてこれたのは幸せだったと、
朝子さんはそう話しながら泣いてらっしゃいました・・」

利次の顔から表情が消えた。

「飛び火を受けて燃えてしまった立花さんの家は、
まだ大工だった頃のお父様と朝子さんが、
かつて一緒に住んでいらっしゃった家だそうです」

胃がぎゅっと収縮して、利次は軽い吐き気を覚えた。
蝿の羽音のような音が、ひっきりなしに頭の中で鳴り響いている。

「これを・・・」

ゆっくりと間を置いてから、吉岡は、蕎麦屋の店長から渡された茶封筒を、
そっと利次に差し出した。利次は無表情のままそれを受け取ると、
封を開けて、中に入っている小さな手帳を取り出した。

「・・・・?」

利次の驚いた顔が吉岡の顔を見た。

「全て話を伝えた後に、宮田さんに渡すようにと、
洋一さんから頼まれました」

利次は、手元の手帳に再び目線を落とした。
地元の信用金庫の名が印刷されている預金通帳の表紙に、
宮田利次様と口座名が記入されている。
利次は茫然としながら、ゆっくりと表の頁を開いた。
最初の記帳は、昭和58年の4月に二万円。
それから毎月、小額ではあるが、預金は欠かすことなく続いている。
二万円、一万八千円、二万五千円、二万三千円・・・・
利次は、頁を次々に捲っていった。
擦り切れた通帳の最後のページに行き着いた途端、
利次の息がぐっと詰まった。総合預金額、9.989.000…

約一千万・・・

一切の雑音が頭の中から消えて、
自分の体がすうっと周囲から引き離された。

(ぼくが利ちゃんに、あたらしいおかあさんをかってあげるよ)

クラスメートに自慢の出来る母が欲しいと泣き喚く利次の隣で、
へらへらと笑っていた幼い頃の洋一の顔が頭の中に蘇ってきた。

「朝子さんは事実を伝えたことはなかったそうなのですが、
でも洋一さんは、宮田さんが実の弟だと感づいていらっしゃった・・。
自分は秘密の弟からお母さんを奪ってしまったから、
だからいつか新しいお母さんを弟に買ってやるんだと、
洋一さんは、毎月毎月、田毎庵さんで働いたお金を貯金していたそうです。
でも倉庫が燃えてしまった今、宮田さんはこれから大変だろうから、
これを生活の足しに使ってほしいと・・・。お母さんを買うお金は、
また貯めるからごめんなさいって、そう宮田さんに伝えて欲しいと、
洋一さんはベッドの中で何度も謝ってらっしゃいました・・・」

頭から血の気が一気に引いていき、
利次は近くにあったベンチに座り込んだ。

ずっとバカにし続けてきた洋一の姿が、
邪険に扱ってきた朝子の面影が、
愛情など一度も感じたことのなかった父親の背中が、
焼け落ちた倉庫の残骸の記憶に被さりながら、
利次の頭の中を走馬灯のように駆け巡っていった。

いったい・・・・
俺の人生はいったい・・・
何だったんだ・・・・

吉岡が、利次の横に静かに腰を下ろした。

「なんで素直に逮捕しない?」

胸の底から搾り出すような声で利次は吉岡に問いた。

「私が火を放ったと最初からわかっていたんだろう?
なんで取調室で逮捕しなかった?」

吉岡は何も言わずに、思いに沈んだような眼差しを
改札口に出入りする人の波に向けている。

「あんたの勝ちだよ、刑事さん。さっさと引っ張っていけばいい。
それであんたも幸せだろ」

利次は自嘲するように笑って、視線を前方に見据えた。
西の空を淡い金色に染めはじめた午後の日差しが、
商店街の屋根に、行き交う車のボンネットに、道行く人の上すべてに、
あますことなく平等に降り注いでいる。
得体のしれない何かが、利次の胸の奥でくすぶっていた。
目線を落とした足元に、雀が一羽舞い降りてきて、
硬いアスファルトを二、三度ついばんだあと、
また空高くへと飛び去っていった。

「そういうことでは・・・ないんです・・」

静かに聞こえてきた声に、利次は顔を横に向けた。
吉岡の横顔は、遠く彼方を見つめている。

「勝つとか、負けるとか、そういうことでは・・
ないんじゃないでしょうか・・・」

利次は不可解そうに眉根を寄せた。

「幸せって・・・人に何かを誇示することでは・・・
結果だけでは・・・ないと思います・・・」

そういって、吉岡は薄空を仰いだ。

「洋一さんは、雨の日も、風の日も、暑い日も、寒い日も、
ご自宅から徒歩で田毎庵さんに通られていました。
美味しいといって食べてくれるお客さんのために、
毎日、毎日、蕎麦を打って・・・、その喜ぶ顔を見るのが嬉しくて、
もっともっと喜んで欲しくて、また一生懸命、蕎麦を打っていた・・・。
それは数にしたら、一日200玉くらいの蕎麦だったかもしれません、でも、
その200の幸せが、そのまま洋一さんの幸せだったんだと思うんです。
だからこそ洋一さんは、美味しいお蕎麦を打てたんだと・・・」

そっと吹いてきた風が、梅の香りをほのかに残しながら、
吉岡の前髪をやさしく揺らしていった。
利次は手元に視線を戻した。
手垢に塗れて古く擦り切れてしまった預金通帳が、
頭だけ使って生きてきた自分の手の中に握られている。

「宮田さん、」

深く、どこまでも清く澄んでいる、泉のような吉岡の瞳が、
そっと利次に向き直った。

「立ち止まることは・・・行き止まってしまうことでは
ないと思います」

利次の張り詰めた視線が不意に緩んだ。

「やり直そうと思った瞬間から、人はまた歩き出していけるものなんだと、
僕はそう信じています」

大粒の涙が、利次の目から零れ落ちた。
握り締めた預金通帳が、手の中で小刻みに震えている。
一粒、二粒と頬を伝った涙の雫は、やがて、堰を切ったように、
止め処もなく次から次へと利次の目から溢れ出ていった。
哀しいのでも、辛いのとも違う、ただ、
心のどこかでこり固まっていた気持ちが、ふっと解れて浮き上がり、
とめどもない涙となって体の外へと流れ出ていった。
改札から出てきた女子高生の二人組みが、クスクスと
不躾な笑いを投げかけながら、大泣きしている利次の前を通り過ぎていった。
吉岡はただ静かに、利次の横に、寄りそうように付き添っている。
どうしようもないくらいに切なくて温かい心の緒が、
横に座る吉岡からすっと沁みこむように心の中に伝わってきて、
利次は涙が止まらなかった。
子供のように涙をこぼしながら、もしかしたら自分は、
ずっとこうして泣きたかったのかもしれない、
誰かにこの涙を受け入れてもらいたいと、心の奥底で、
ずっとひそかに願って生きてきたのかもしれないと、
雪が融けていくような気持ちの中で、始めて素直にそう思っていた。

「洋一の・・・」

利次は泣きぬれた顔を上げて吉岡を見た。

「入院している病院に・・・連れて行って欲しい・・・」

穏やかに澄んだ吉岡の瞳に、静かな光が揺れた。
それは、人としての思いやり、人間味の温かさが深く宿っている、
やさしく切ない瞳の光だった。
利次は、憑き物が落ちたような目で、しっかりと
吉岡の瞳を見つめて言った。

「その後、警察に自首する・・・」






「ヒデーーーーーーー!!!」

全速力で駆けてきた秀人の体を、吉岡は両腕で大きく抱き止めた。

「うわぁ、また大きくなったね、秀人くん」

両手で高く空に持ち上げた秀人の小さな体を、
吉岡はそっと草地に下ろして笑った。

「そうだよ、このまえヒデにあったときより、
もう三メートルも大きくなったんだ!」

「ヒデじゃなくて、ヒデさんと呼べといっているだろ」

そう言いながら数歩遅れて草野球場に入ってきた筒井は、
片手に野球のミットを二つ持ち、その肩には子供用のバットを一本担いでいる。

「でもヒデはヒデでいいっていってるもん。そうだよね、ヒデ?」

「うん、そうだね」

吉岡は、包み込むようなやさしい笑みを秀人に向けている。

「きょうはボールのうちかたをおしえてくれるんだよね!」

「うん」

「ヒデがピッチャーだよ。こうこうせいのとき、ヒデは
やきゅうぶのピッチャーだったんでしょう?」

「二年生の夏までね」

「パパがキャッチャーだったって、ほんと?」

「ほんとだよ。すごい名キャッチャーだったんだ、君のお父さんは」

「ふぅ~ん」

「なんだよ、ふぅ~んって」

黙って二人の会話を聞いていた筒井が横から言葉を挟む。

「もっと感激してくれよ」

「べつに。それよりね、ヒデ、」

秀人は満面の笑顔を吉岡に向けて、

「あのね、ボクのヒミツをおしえてあげようか?」

と言って秀人は嬉しそうにくくっと笑った。

「え、なに?」

「あのね、ボクね、大きくなったらね、
ヒデみたいなけいじになるんだ」

「・・・・え?」

笑顔に驚きの表情を浮かべながら、吉岡は、
秀人の得意そうな顔を見つめた。

「おい、この前までパパには、大きくなったら
ウルトラマンになるって言ってたぞ?」

「パパ・・・・」

秀人は、再び会話に横入りしてきた筒井に顔を向けた。

「ウルトラマンのなかみはいっぱんじんなんだよ。
せなかにいしょうのチャックがあるじゃないか。
そんなことも知らないで、よくいしゃになれたね」

やれやれまったく、と秀人は頭を横に振り、

「そんなうそんこじゃなくて、ボクは本当のせいぎのみかたになるんだ。
ヒデみたいなけいじになって、わるいやつらをとっちめてやる」

と言って空手キックを二、三度宙に蹴って、

「さいしょはキャッチボールからだよ!早くしないと日がくれちゃうよ!」

そう言って父親の手から素早く取った二つのミットの一つを吉岡に手渡し、
自分はグラウンドの向こう側へと走って行った。
吉岡は駆けていくその小さな背中を、そっと見守るように見つめている。

「ほら、」

横から筒井が、軟式のボールを投げて寄こした。
吉岡はそれを軽くミットで受け取って、
右手に持ち直したボールを手に馴染ませた。

「おーーーーーーーーーーいっ!」

駆けていった先から、秀人が大きく両手を振った。
吉岡も微笑みながら、右手を振ってそれに答える。

「もの食えてるのか?」

隣で筒井がさりげなく問いかけてきた。

「うん・・・」

吉岡は、握っていたボールを秀人に向かって投げた。
白球が、緩やかな曲線を描いて宙に飛んでいく。

「戻しちゃうんだ、殆ど・・・」

危なっかしそうに受け取ったボールを、
秀人は思いっきり力を込めて吉岡に投げ返した。
コントロールが大きく横に逸れたことを目立たさせぬよう、
吉岡は最小限に体を動かしながら、
飛んできたボールを身軽にキャッチした。

「今夜は俺の家で夕飯食ってけよ」

再び吉岡が投げたボールを宙に眺めながら筒井が言う。

「奈保美の料理だけど、あいつもお前に会いたがってるし」

今度は上空に浮きすぎながら返ってきた秀人のボールを、
吉岡はしなやかにジャンプしてミットに納めた。

「ありがと・・」

「パパーーーーっ、キャッチャーしてーー!」

大声で呼びかけてくる秀人の声に軽く片手を上げて応えながら、
筒井は向こう側に歩いていった。

「よぉし、受けて立ってやる!」

秀人から渡されたミットを左手にはめながら大声で言うと、
筒井は草地に腰を下ろして両手を構えた。
その隣で、秀人が嬉しそうに声を出して笑っている。

「どんな球だってどんとこいだ!」

吉岡は楽しそうに笑いながら、
軽く投球のポーズをとってボールを投げた。
ズバッ、と心地よい音がして、
筒井の構えたミットの中に直球が収まる。

「スットラ~イク!」

秀人が大喜びで飛び跳ねた。
折り返し飛んできた筒井の剛球を、
吉岡はしっかりとグラブに受け取る。

「よばん、サード、つついひでと!」

バッドを構えた秀人が、自分でそうアナウンスをしながら
打席の位置に立ち、ひとつ大きく素振りをした。

「まんるいホームランうつぞ!」

吉岡の目じりに愛しそうな笑みが深まる。
ポン、とグラブに軽く投げ収めたボールを、
ストレートの型に握りなおしてから、ゆるやかな速度で、
吉岡は秀人に向かって投球した。

カーンッ

と快い音がグラウンドに響いて、秀人の打った白いボールが
真冬の青空に高く舞い上がっていった。





つづく

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吉岡刑事物語・その23 / 中

2009年06月10日 | 小説 吉岡刑事物語




人気のない路地裏に佇みながら、
宮田利次は倉庫の焼け跡を眺めていた。
火災が起こって以来、その場所を訪れるのは、
その日が初めてだった。
見渡す焼け野原には、炭化した木片が所々無残に崩れ落ちている以外、
他にはもう何も残存していない。
長大な建物だと思っていた倉庫は、全焼してしまえば、
思ったより遥かにちっぽけな土地に建っていた。
利次は、ロングコートのポケットに両手を差し込んだまま
体を斜め横に向けて倉庫跡の横へと目線を移した。
長年そこに見慣れてきた古い木造家は、倉庫からの飛び火を受けて全焼し、
今はもう、空っぽになった小さな土地に、真っ黒に焼け爛れた土台だけが、
真冬の光に無残に晒されている。

「宮田さん、」

突然背後から掛けられた声に、利次は後方を振り返った。
逆光に目を細めた視線の先に、下げた頭を上げた吉岡が、
午後の陽光の中に溶け込みながら立っていた。

「何の用だ?」

利次は睨みつけた目線を焼け地に戻した。

「取調べはもう終わったはずだろう」

「ええ。でも、もう少しお話がしたくて・・・」

そう言って吉岡は、利次と同じ方向に視線を移した。

「こちらに立ち寄っていらっしゃるのではないかな、
と思ったものですから」

利次は吉岡を見やった。
思慮深そうな瞳が、かつてそこにあった
立花家の家跡を静かにうち眺めている。

「話すことなど何もない」

利次は視線を元に戻して言った。
ほんの少し前までその場所には、巨大な倉庫が建っていたことなど
すでに忘れてしまったかのように、
冬の日差しはやわらかな光の幕を焼け土に落とし、
空き地からそよぐ寒風は、いたずらに枯れ草を揺らしながら、
薄水色の凍空へと舞い上がっていく。

「立花洋一さんは、一命を取り留めました」

ひっそりと心に染み込んでくるような吉岡の声音に、
利次の視線が、ほんのかすかに宙を泳いだ。

「まだICUに入っていますが、でももう命に別状はないそうです」

「・・・だから何だっていうんだ?」

利次は低く言い返すと、コートの内ポケットから
タバコの箱とライターを取り出した。
口に銜えたタバコにライターの火をつけながら、
倉庫に火を放ったその明け方に、
消火にあたった消防隊員から聞いた話を思い出していた。

飛び火を受けて火災を被ってしまった自宅から、
母親を外に担ぎ出して助けた洋一は、
貴重品を取りに再び炎の中へと舞い戻り、
そこで全身に大やけどをおって近くの総合病院に担ぎ込まれたと、
その消防隊員は利次に告げていた。
その後の洋一の容態については何も聞いていなかったし、
警察の事情聴取に呼ばれた後は、それに気持ちを取られて、
洋一のことまで考える余裕はなかった。

「だからなんだって言うんだよ?」

利次繰り返し言って一口吸ったタバコの吸殻を地面に捨てて、
それをぎゅっと足でもみ消した。

「あんなうすのろ、どうなったって世間には何の影響もないだろう。
厄介者が周りからいなくなって実はみんなホッとしているんじゃないのか」

利次はそう言って苛立った視線を遠方へと向けた。
凍った空に、ちれぢれの雲が浮かんでいる。

「立花朝子さんは、宮田さんがお生まれになった頃からの
育ての母親のような人だとお聞きしました」

吉岡の声が、利次の横頬を凪いでいった。

「息子さんの洋一さんとも、宮田さんは兄弟のようにしてお育ちになったと」

利次は新しいタバコを箱から一本取り出しながら、
鼻で軽くあしらうように笑った。

「誰がそんなばかげたことを言ったんだ?
それはやつらが勝手にそう思い込んでいただけのことだろう。
私自身はそんな風に思ったことは一度もないし、
立花親子はただの使用人とその息子なだけだよ」

利次は再びライターに火をつけた。

「私には母も兄もいない」

そう吐き捨てるように言って、タバコを銜えた口元に火を近づけた瞬間、
利次の体の動きが不意に止まった。じっとタバコを見つめる顔から、
みるみると血の気が引いていき、利次は、
凍りついたようにその場に立ちつくした。

まさか・・・・

そう呟いた頭の中で、倉庫に火を放った晩、
空き地の隅でタバコを吸っている自分の姿と、
数時間前、取調室でタバコを灰皿にもみ消している
もう一人の自分の姿が、閃光のように交錯していった。

まさか・・・・

利次は視線を足元に落とした。
一口だって吸った特徴のある煙草の吸殻が、
そこに揉みつぶされている。

まさかそんな・・・・

広大な空き地の草むらに捨てた小さなタバコの吸殻が、
誰かの目につくはずはない・・・・

でも・・・・

じっと見つめる足元の吸殻に重なるように、
取調べ室でさり気なくタバコを差し出してきた吉岡の姿が、
ありありと脳裏に蘇ってきた。
ゆっくりと横へ動いていった利次の視線が、
吉岡の瞳の上でピタリと止まった。
微かな切なさの色を浮かべた誠直な瞳が、
迷うことなく利次の目を見つめ返している。
僅かに開いた利次の唇から、
ぽろりとタバコが落ちた。

そんなばかな・・・

遠くどこかで、車のクラクションが鳴っていた。
吉岡の目を捉えていた視線が霞んで宙に浮き、
金属音に似た耳鳴りが、利次の頭の中で鳴り響いていた。

「宮田さん、」

ふわっと体全体が包み込まれていくような声音に、
利次はふっと我に返った。

「お腹空きませんか?」

「・・・なんだって?」

利次は唖然とした顔を吉岡に向けて聞き返した。

「近くに洋一さんが働いてらっしゃったお蕎麦屋さんがあるんです。
よろしかったら、お昼を一緒にいかがですか?」

利次は探るように吉岡の目を凝視した。
澄みきったその瞳の中には、どんなに探ろうとしても、
狡猾な刑事魂など微塵も伝わってこない。
世間の垢に歪められていない、朝涼のようなすがすがしい気性が、
その瞳に、その言動に、自然と湧き出ていた。
断って家路につくこともできたはずなのに、
しかし利次は、肯定も否定もしないまま、その場にただ留まっていた。
そんな利次に、にっこりと吉岡は微笑んで頷くと、
路地を東に向かって歩き出した。
どうしてそうしなければならないのか頭ではまるで理解できないまま、
しかし利次の足は、自然と吉岡の横を一歩踏み出していた。



近くに、と言ったにも関わらず、
吉岡の案内する店へはなかなか辿り着かなかった。
無口ではないが、決して饒舌でもない吉岡の隣に並んで、
利次はかれこれもう30分近くも歩かされている。
普段は何処へ行くにもお付きの車で移動していた利次にとって、
何十年振りかに距離を歩く足は疲労に痛んだが、
しかし、“出身校は?” “刑事としての履歴は?”
と退屈まぎれに投げかける利次の気まぐれな質問に、
おおらかに、のびのびとして、時々爽やかに笑いながら、
一つ一つ心を込めて答えを返す吉岡の横を歩いていること自体に
苦痛を感じることはなく、却って不思議と心地がよかった。
都内の男子校を出てから東工大へと進み、卒業後に大きく進路を変えて
警察学校へと進んだ時には、さすがに周りを驚かせてしまったと、
朗らかに笑う吉岡のくすみのない声を聞きながら、

きっとこの男は、温かい家庭の中ですくすくと育ったんだろうな・・・

と利次はぼんやりと考えていた。

温かい家庭・・・・

と、頭の中で想像してみても、それが実際どんなものであるのか、
利次には結局、言葉の範疇でしかその意味を捉えることが出来ない。
結婚後も仕事の付き合いが嵩み、殆ど家にいることのなかった利次にとって、
結婚していてもしていなくても、その生活に大して変化はなかった。
そんな利次の頭の中に、「家庭」という言葉に連鎖して浮かんでくる光景は、
大きな大理石のテーブルの前にポツンと腰掛けて、
一人で夕食をとっている少年の頃の自分の姿だった。
利次は、いつもひとりきりで夕飯を食べていた。
専属の家政婦だった朝子と席を共にすれば、必ずその息子の洋一もそこに並ぶ。
洋一だけに偏った愛情を向けることは決してなかった朝子だったが、
しかし血の繋がった母と子が、すぐ目の前に座っているという状況が、
利次はどうしても嫌でしかたなかった。母親と一緒にいる洋一のことが、
むしょうに憎らしくて仕方がなかった。
「あっちにいけ」
そう言われてつげなく追い払われる朝子の姿が
ドアの向こうに消えて見えなくなるまで、
利次の幼い目はいつもじっとその背中を睨み見ていた。

「君の母親は、健在なのか?」

思いがけず口から出てきた言葉に、利次は自分で驚いた。

「・・・・そうですね・・・」

と応えた吉岡の言葉はそこで少し止まり、それから、

「元気でいてくれていると思っています」

と変わらぬ穏やかな声で返答した。
意外な返事に驚きながら見た吉岡の横顔は、
降り注ぐ午後の光に、やわらかく包まれている。
利次は視線を前方に戻し、暫く黙って歩いた。
風邪でもひいているのか、時々、
むせ上がるものを胸に押し込めるように、
吉岡は隣で静かに咳き込む。
二人の歩く町並みは、いつのまにか、住宅街から
駅前の小さな商店街へと変わっていき、
やがて古いアーケードをくぐった先の、
「田毎庵」と書かれた看板の店の前で吉岡は止まった。
その場で外したハーフコートを片手に持ちながら引き戸を開けて、
こんにちは、と明るく吉岡が声を掛けた店内は薄暗く、
昼時だというのに、客は一人しかいなかった。

「ああ吉岡さん、どうもいらっしゃい」

客だと思った小柄の老人が、ひょいっとテーブルから顔を上げ、
嬉しそうな笑みを満面に浮かべながら立ち上がった。

「また来てくれてありがとうね。今ちょうど、
うちのもんが洋ちゃんの見舞いに出ちゃったところで・・・」

といいながら近づいてきたその老人の笑みが、
吉岡の横に立つ利次の顔を捉えた途端、
おや、と意外そうな表情に変化した。

「さ、どうぞどうぞ、お好きなところに座ってください」

一瞬浮かんだ表情を払拭するように、
店の主人らしきその老人は明るく二人を促すと、
足早に奥の調理場へと入って行った。
決して広いとはいえない店の中は、使い古されたテーブルが四セット
壁に沿って置いてあるだけの簡素な作りになっている。
洋一が養護学校を卒業する前に就職が決まってよかったと、
そう喜んでいた朝子の笑顔が、遠い記憶の中から
ふと利次の頭に浮かんできた。

こんなところで洋一は働いていたのか・・・

店内を見回す利次の視線が、店に入ってきたときに
老店長が座っていたテーブルの上で止まった。
そこには、硯と筆、そして“休業のお知らせ”と書かれた、
書きかけの半紙が置いてあった。

「座りましょうか?」

耳に入ってきた吉岡の声に、利次は無言で手前にあった椅子を引いて、
ロングコート姿のまま腰をかけた。吉岡はその合い向かいの席に座る。
店長が持ってきたお冷のグラスが、テーブルの上に二つ置かれた。

「申し訳ないんですが、訳あって今蕎麦が切れてまして、
丼ものしかつくれないんですけど」

そう詫びながら、店長は一枚書きのメニューを利次に差し出した。
空腹はまるで感じていなかったが、仕方なく利次は親子丼を注文した。
吉岡もそれに合わせるように同じものを頼む。
暫くして運ばれてきた親子丼は、一口食べてみると
途端に食欲が増す美味さで、利次はあっという間に丼を平らげてしまった。

「やっぱり店を暫く休むことにしてね・・」

番茶を運んできた店長は、吉岡に顔を向けながら言った。

「そうですか・・・」

吉岡は、運ばれてきた湯のみ茶碗をそっと大事そうに両手で包み込んだ。

「うちは洋ちゃんの打つ蕎麦が売りだったからね、
それがなくなっちまったらもうね・・・。
いまだに足を運んでくれる常連さんの情けにまで、
金を払ってもらうわけにはいかないから・・・。
この歳でまた蕎麦を打つ気力もないしね」

寂しそうに話す店長の顔を、
吉岡はそっと見守るように見つめている。

「洋ちゃんの打つ蕎麦の為にも、半端なことはしちゃいけないからね。
この店は洋ちゃんに手渡すつもりだから、
早く元気になって帰ってきてもらわないと・・・」

そう言って店長は、掌でつるんと顔を撫でると、

「そうそう、これ、頼まれていたものだけど」

といって吉岡に茶色の封筒を手渡した。

「ありがとうございます。大切に預からせていただきます」

頭を下げて茶封筒を受け取る吉岡に、店長は軽く手を振って、

「洋ちゃん本人が吉岡さんにと頼んだことなんだから」

と言ってうん、と大きく吉岡に頷いて、
空になった二つの丼を手にとって盆に乗せた。

「それとお客さん、」

いきなり呼びかけられて利次は目を上げると、
年輪の刻まれた深みのある店長の眼差しが、
じっと利次の顔を見つめていた。

「この店がまた開いたら、いつか洋ちゃんの蕎麦を
食べにきてくださいね」

そう言葉に針を刺すように言った老店長は、

「真心こもった天下一品の蕎麦なんだ」

と言葉を残して厨房へと戻っていった。




つづく

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吉岡刑事物語・その22 / 前

2009年06月02日 | 小説 吉岡刑事物語




灯油がまかれた倉庫の床に擦ったマッチの火を落としたとき、
宮田利次の心には特別何の感傷も湧いてこなかった。
咆哮をあげるように闇に浮かびがった炎が、
地を這う大蛇のように床をうねりながら、
自社倉庫一杯に積み上げられた輸入家具へと乗り移っていく様を、
利次はまるで、興味のないテレビの画面を見ているような目つきで眺めていた。
軋みの叫びを上げながら炎に包まれていく家具たちは、
受注の目処が立たなければ、それはただのゴミ屑だった。
燃え行く家具を、黙したまま見上げている利次の冷えた瞳の中に、
捨て子花のような深紅の炎が映っている。

心で考えるな、頭で考えろ。

先代の社長であった父親が、利次が幼少の頃から、
顔を見れば繰り返し小言のように言い聞かしていた言葉が、
頭の中でこだましていた。

いいか、利次、負けたくなければ、
頭を使え。心を使ったら、負けるんだ。

炎に照らされた利次の左頬に、パチッと火の粉が飛んできた。
思いがけない熱さに舌打ちしながら、
利次は倉庫の裏口へと足早に歩いて行った。


見習い大工から出発し、たった一代で、
国内一、二と呼ばれる規模にまで成長させた
家具卸会社の社長の嫡男として、宮田利次はこの世に生まれた。
次期社長としての将来をお膳立てされていた利次の周りには、
欲しいものは、欲しいと口に出して言う前に、
それはもう目の前に用意されていた。
大邸宅の中で溢れるほどのおもちゃに囲まれて、
欲しいとねだった子犬は、大きくなる前に別の犬種の子犬へと姿を変えていき、
自分の要望で献立が決まる三度の食事をいたずらに食べ残しながら、
利次は都内の有名私立大幼稚舎からそのままストレートで大学へと進んでいった。
何のつまずきもなく進んでいった利次の人生には、
挫折という諦念がなかった。
人生には失敗が起こりえるという観念すら念頭にないまま、
利次は父親の会社を継いだ。たった22歳の時だった。
政界にまで影響を与えるようになっていた父親は、
利次の大学の卒業を待っていたかのように、ある日ぽっくりと
脳卒中で他界してしまった。その死によって、昨日までは
アルバイトすらしたことのなかった学生の身から、次の日には、
いきなり三千人の就業者を抱える会社の長となった利次は、
周りの忠告もろくに耳を貸さずに、自分の思いのままに会社を運営していった。
その経営方針は、経験に疎い分だけ、障害に対する策にも疎かった。
弊害を見過ごしたまま輸入家具にまで事業を拡大し、
それでも最初の15年は順調にいっていたかのようにみえたその経営状態も、
父の代から勤め上げていた会計担当が病気を理由に退社してから、
一気にボロが出た。先代の愛息子を守りたい一心で、
なんとか資金を遣り繰りしていたその会計担当に代わって、
新しく役についた会計担当者が帳簿を開いた時には、
もうすべてが遅かった。負債の額は利益を当に食いつぶし、
文字通りの火の車になった会社の内情を知った重役たちは、
波が引くように次から次へと利次のもとから去っていった。
去っていったのは彼らだけではない。
贅沢をじゅうぶんにさせてやっていたはずの妻も、
知らぬ間に子供を連れて実家に帰ってしまっていた。

ぼっちゃん、負けたと思ったところから、
また勝負は始まりますよ。

見舞いに行くたびに、病室のベッドの中で、
利次にそう諭すように語っていた先代からの元会計担当は、
結局、最後の最後まで、利次のことを一度として社長と呼ぶことなく、
ある秋の日に、そっとこの世を去っていった。

ぼっちゃん、本当は何に負けてしまったのか、
それを見極めることが大事なんじゃないですか。

元会計担当の言葉を思い出すたびに、
利次は頭の中で反発した。

俺は負けてなんかいない。
負けるわけがない。
これは何かの間違いだ。

倉庫を燃やしてしまおう、
という計画を抱くまでに、そう時間はかからなかった。
会社には火災保険がかかっている。
家具を扱っている自社に掛けていた保険金は相当の額だ。
なんだ、ばかだな、
負債ごと倉庫を燃やしてしまえばいいんだ。
それでまた新しい社屋を建てればいい。
簡単なことじゃないか。

その思いつきを実際の行動に移すまで、
たったの三日しかかからなかった。

倉庫の裏口から出て、数十メートル程歩いた先にある
空き地の囲い柵に腰を掛けて、利次は口に銜えたタバコに火をつけた。
その場所は、住宅地からは完全に隔離された死角になっていて、
人目につく心配はなかった。
火をつけたタバコを一口大きく吸ったあと、利次はそれをためらいもなしに
地面に捨てて足でもみ消した。
煙草の箱からまた新しいタバコを一本取り出したときに、
利次の上を一抹の東風が吹き抜けていった。
タバコを口元に持っていきかけた手が止まり、利次の視線は、
無意識のまま倉庫の東側真横に移って行った。
その目線の先に、みずぼらしい、今にも崩れ落ちそうな
木造平屋建ての小さな家が建っていた。
飛び火の不安が頭をよぎって、利次は一瞬胃が縮む思いがした。
その家には、利次を産んですぐに家を出てしまった生母の代わりに、
利次のことを幼児から成人するまで世話をしてきた、
今は年老いた家政婦と、その中年の一人息子が住んでいる。
火事を知らせてやろうという思いが一瞬頭を掠めたが、
利次はそれをすぐに打ち消した。万が一その姿を他の誰かに目撃されたら、
自分に放火の疑いがかかってしまうかもしれない。
利次は倉庫と、その横に建つその家をじっと眺めた。
大丈夫さ、あの頭の足りない息子でも、火事に気付いたら、
足の悪い母親を背中に担いで逃げ出すことくらいできるはずた。
利次はそう心の中で呟きながら、新しいタバコに火をつけて一口吸い、
肺に入った煙を一気に吐き出した。
そもそも利次は、あの家のことが幼い頃から気に食わなかった。
みすぼらしくて、汚くて、醜くくて、中に住んでいる家政婦親子の姿を
そのまま具現化しているようでひどく忌々しかった。
あの家自体が、利次の人生にとっての唯一の汚点の象徴だった。
小学校の行事がある毎に、綺麗に着飾ってやってくる
他のクラスメートたちの美しい母親達に混じって、
化粧っ気のない見苦しい家政婦がやってくるのは、
利次にとってひどく侮辱的なことだった。
「みんなに自慢できる綺麗なお母さんが欲しい」
ある日、そう癇癪をおこしながら言った利次に対して父親は、
「母親は、お前の都合のいいときだけに存在しているものじゃない」
と身の竦むような冷徹な目で言い放ち、その目を再び目にするのが怖くて、
利次はそれきり母親のことを父の前で口に出すことはなかった。
しかしそれ以来、授業参観がある日は利次は学校をズル休みした。
「お前のせいで恥ずかしい思いをするんだ」
学校を無断で休んだことを父親にきつく咎められるたびに、
利次は家政婦に泣いて八つ当たりをした。
「ボクが利ちゃんに、おかあさんをかってあげるよ」
部屋のおもちゃをまき散らして暴れる利次に、
母親のあとにくっついて毎日利次の家にやって来ていた
利次より二つ年上の家政婦の息子は、いつもそう言ってへらへらと笑った。
「バカ。おまえんちは貧乏なんだから、そんなお金はないんだ。
一千万円くらいするんだぞ、新しいお母さんを買うのは」
その度に利次はそう言って、家政婦の息子にも八つ当たりをした。
もちろん本気で言っていたわけじゃない。
お金で母親が買えるなんて馬鹿げたことだと、
そんなことは小学生の利次だって充分に理解していた。
理解していたからこそ、余計に癪だった。

あんなみすぼらしい家は、
倉庫と一緒に燃えてしまえばいい。

利次は、思い出してしまった忌まわしい過去を投げ捨てるかのように、
一口吸ったタバコを地面に投げ捨てた。
足でもみ消した吸殻が、アスファルトにこびりついた。
醜い吸殻だ。
みんな踏み消してしまえ。

火事だ!

誰かが遠くで叫ぶ声が聞こえて、
利次は腰掛けていた囲い柵から立ち上がった。
バリン、とガラス窓の割れ落ちる音が倉庫の方から闇に響いてきた。
利次は燃えている倉庫には一瞥もくれず、人気のない暗い裏道へと、
そのまま素早く姿を消していった。



それから僅か二日後、宮田利次は参考人として警視庁に呼び出された。
放火の嫌疑を掛けられるかもしれないという懸念はないことはなかったが、
しかしこんなにも早く警察に呼び出されるとは意外であった。
あくまでも任意の事情聴取だから取調べの依頼を断ることもできたが、
しかしへたに拒否して嫌疑を深められたら馬鹿をみるのは自分だと、
そうわかっていたから利次は仕方なく警察から問われるままに、
警視庁の取調べに出向いていった。
それも今日で5日目になる。
警視庁はなかなか利次を解放してくれなかった。
利次に放火の嫌疑か掛けられているのは間違いなかった。
連日、いかにもベテラン取調官といった警部が二人、
二日交代で利次の事情聴取を取ってたが、しかし彼らの話し振りからは、
火災のあった晩、倉庫の周りで不審人物を見かけたという目撃情報は
一つも出ていないということが窺い知れた。
捜査官たちの焦りは電波のようにびりびりと利次に伝わってくる。
取調官の苛立ちが増せば増すほど、利次の気持ちは逆に冷静になっていった。
最初は慇懃無礼の態度で利次を崩そうと挑んでくる取調官たちは、
知らぬ存ぜぬの一点張りでまるでボロを出してこない利次に業を煮やして、
結局最後は恫喝さながらに自白を迫ってくるのがオチだった。

間抜けだな、警視庁の奴らも。
所詮、マニュアル通りにしか動けない、
鉛の頭を持った連中なんだ。

コンクリートの壁に囲まれた四畳半ほどの取調室の中で、
利次は余裕の態でパイプ椅子に腰掛けていた。

放火の疑いは、能無しの取調官の間だけを右往左往している。
逮捕状は出せやしないさ。
このまま乗り切ってみせる。

「こんにちは」

突然聞こえてきた声へ目線を向けると、やけに歳の若く見える取調官が
爽やかな風を運ぶように取調室に入ってきた。
右腕の脇に薄い書類を挟み、両手には湯気のたった紙コップを手にしている
その取調官は、今日は一段と冷え込みますね、と暢気な様子で言いいながら、
利次と机を挟んだ合い向かいのパイプ椅子に浅めに腰をかけた。
よろしかったらどうぞ、と持っていた緑茶の入った紙コップを一つ
利次の前にそっと置くと、もう片方の紙コップを自分の手前に置いてから、
ご足労ありがとうございます、といって丁寧に頭を下げ、

「今日お話を聞かせていただくことになりました、吉岡と申します」

と朗らかに自己紹介をして爽やかに微笑んだ。
机を挟んだ二人の間に、紙コップから出る湯気がゆらゆらと揺れている。
今日の取調べはきついものになるかもしれないと半ば覚悟してきた利次は、
目の前に座った吉岡と名乗る取調官の様子に拍子抜けをした。

「すみません、勉強不足なもので・・・」

そんな利次を気にする様子も見せず、吉岡はひとこと断りを入れてから、
予め表紙の開いてあった書類に目を通し始めた。
利次は値踏みするように、目の前に座った若い取調官の顔を眺め見た。
今までの担当取調官たちに共通していた横柄な雰囲気とは打って変わって、
新しくやってきたこの取調官は、驚くほど純粋に物腰が柔らかい。
細かい文字がぎっりしと詰まっている宮田の取調べ書類を読んでるその姿からは、
以前の取調官たちに共通していた、いかにも刑事だといわんばかりの、
体中から発する刑事臭など微塵も伝わってこなかったし、
むしろそれとは真逆の、体全体から清潔な空気が発散されているような、
いってみれば、洗い立ての真っ白いシャツみたいな印象を、
利次は素直に受けざるをえなかった。
体つきも華奢だし、顔色もいやに蒼白いその容貌は、
取り調べの刑事というよりは、戦後の作家といったほうがしっくりくる。

これなら楽勝だ。

机の上の書類に目を通している吉岡の顔を見やりながら、
利次は心の中でほくそえんだ。
どうせこいつは、せいぜい都内のどこかの二流私大を出た後、
食い扶持のあぶれない公務員の職を望んで試験に合格し、
情熱でなはく打算で刑事になった、その他大勢の中の一人、
無能な出来損ない刑事なんだろう。

「君、階級は?」

パイプ椅子の背に寄りかかりながら、利次は吉岡に質問を投げかけた。
吉岡の瞳が、すっと書類から上がる。

「平の巡査なんだろうけど、一応訊いておくよ」

部屋の隅で二人の会話の記録を取っていた立会い刑事の
キーボードを叩く音がぴたっと止まった。

「今ここで今までの私の取調べのをおさらいしているなんてとんだ笑い種だね。自分は出来ないやつですって晒しているも同然じゃないか。
どうせろくな検挙率も持っていない万年平刑事なんだろう」

利次はそう言って、鼻であしらうように笑った。

「そうですね」

利次の顔をやわらかな瞳で見つめていた吉岡は、そう軽やかに答えると、

「そんな感じです」

と言って、屈託なく微笑んだ。
キーボードを叩く音が再び部屋に響き出す。

「質問に対して仰りたくないことは、答えてくださらなくて結構です」

穏やかな表情のまま、吉岡はそう利次にまず告げた。
黙秘権のことだ。
それは最初に取調べを受けた刑事からも聞いている。

「言われなくてもわかっているよ、そんなこと」

利次は憮然として答える。
こんな不甲斐ないやつに自分の時間を割くのかと思うと、
利次の態度は自然と素に戻るように投げやりになっていった。
すみません、と相変わらず和やかな態度で詫びながら、
吉岡は再び机上の書類に目を落として質問を続けた。

「倉庫が火災にあった4日の午前3時頃、宮田さんは
ご自宅にいらっしゃったということですね?」

「ああ。体調を崩してベッドの中で寝ていたよ」

「お一人だったということですが?」

「妻とは別居中だ。子供も一緒にやつの実家に帰っている」

どいつもこいつも毎回同じことを繰り返し訊いてくる。
利次は苛立ちの表情を皮膚の下にやっと押し沈めた。

「倉庫の火災を知ったのは、その日の朝六時ごろ、
消防署員の連絡によってだということですが・・・」

「ああ」

「それよりだいぶ前に、ご自宅の前を消防車が何台も通っていったのですが、
サイレンの音は聞こえませんでしたか?」

これも以前に何度も聞かれた質問だ。利次はうんざりした。
いい加減にしてくれ。

「自宅の窓は全て防音ガラスがはまっているんだ。
あの晩は体の具合が悪かったから、鳴っていた電話にもでられなかったし、
携帯の電源は切ってあった」

「宮田さんの寝室の窓は、空き地を挟んだ倉庫の横に面していますよね? 
窓の外で炎が燃えていたのには、全く気付きませんでしたか?」

「気付かなかったよ、全く」

前回の取調べで同じ質問をされた時と、一語も違わない言葉で
利次は答えてやった。次にくる質問はこうだ。
“どうして気付かなかった?” と。
“すぐ近所で大火災が起きていたのに、その気配にすら気付かなかったのは
おかしいじゃないか“ とこう詰問してくるのが今までのお決まりパターンだ。
利次は次の答えを用意した。

「ドアベルの音は聞こえていましたよね?」

「ドアベル?」 

意表をついてきた質問に、利次の頬が微かに動いた。

「倉庫の火災が周囲に発覚してからすぐ、宮田さんの家のドアベルが
何度も鳴ったはすなんですが」

吉岡は、穏やかな口調のまま質問を繰り返す。

「火災にあった倉庫の真横の家に住んでらっしゃる立花さんという男性が、
火事を知らせようとして宮田さんの家のドアベルを何度も押したらしいんです。
その音は聞こえませんでしたか?」

家政婦の息子のしまりのない顔が頭に浮かんで、
利次は思わず内心で舌打ちをした。
あのうすのろ、余計な事をしやがって・・・。

「どうだったかな・・・・」

利次は平静を装いながら答えた。

「体調が悪くて始終うとうとしていたから、
ドアベルの音なんて聞こえなかったな。それにだいたい君、
あの男はちょっと頭のネジがゆるんでいるんだから、
きっと何か別の日のことと混同して勘違いしているに違いないんだ」

僅かに首を右に傾けながら利次の言葉に耳を澄ましていた吉岡は、
そうですか、と少し微笑んで、

「すみません。ちょっと不思議に思ったものですから」

と言って再び書類に落とした。

「宮田さんは以前に、匿名を名乗る男から
脅迫電話らしきものを何度も受けていたということですが・・・」

「ああ。どこの馬の骨だか知らない奴が、金を寄越さなければ
お前の倉庫を燃やしてやると、以前から何度も脅迫電話を入れてきていたんだ。
私は本気にはしていなかったがね」

もちろんそれは利次が捜査を撹乱させる為にでっちあげた、
作り話だった。

「その恐喝者の証言がとれました」

利次は顔を上げて吉岡を見た。

なんだって・・・?

「火事に気付いて表に飛び出てくる宮田さんのことを、
その場で拉致しようとしていたそうです」

そんなばかな・・・・・

利次は吉岡の目を覗き返した。
凪いでいるように物静かな吉岡の瞳が、
利次の目をまっすぐに見つめ返している。
利次は急に喉の渇きを覚えて、手元にあるお茶を一口飲んだ。
お茶はとっくに熱を失っていて、苦味だけが口内を満たしていった。

「表に出なくてよかったんです。あの夜、宮田さんは、
表には一歩も出ていなんですよね?」

「あの夜は一歩も外には出ていない」

利次は残りのお茶を一気に飲み干した。
吉岡は静かな表情を変えることなく、
利次の言葉に耳を傾ける姿勢を取っている。
利次は動揺を悟られまいと気持ちをきつく引き締めなおした。

「前の取調べでも同じことをさんざん言ったはずだ。
消防署から倉庫の火事の知らせを受けた時はベットの中で寝ていたし、
あの時分はひどい風邪で寝込んでいたんだ。あの夜だけじゃなくて、
火事のあった前後三日間は一歩も外に出ていない。出られる体調じゃなかった」

放火犯人は、必ず野次馬の中にいる。
そんな定説につかまるほど、俺は愚かじゃない。
どいつもこいつも、何度も同じ質問をしてきやがって。
馬鹿が。

利次は紙コップを手にとって、それが空だと気付くと、
くしゃっと手の中で握りつぶした。

「わかりました」

和やかな返答に、利次は憮然とした顔を前に向けると、

「質問は以上です。ご協力ありがとうございました」

と言って頭を下げた吉岡の姿が視界に入った。

「もう終わりなのか?」

突然あっけなく取調べを終わらせた吉岡に対して、
利次は思わずそう言葉を吐いていた。

「はい」

茶目がちの吉岡の瞳に、どこか寂しげな笑みがすっと浮かび、
続いて、一本いかがですか? と利次に煙草の箱を差し出した。
安堵と侮蔑が綯い交ぜになった表情のまま、利次は無言で、
差し出された箱からタバコを一本取り出して、
続けて目の前に出されたライターの火につけた。
一口大きく吸ったあと、吸殻を机の上の灰皿にもみ消す。
吐いた煙と一緒に、解れた気持ちが一気に宙に拡散していった。

「もう一本いいかな?」

「どうぞ」

やんわりとした吉岡の声が利次に答える。
うまそうに煙草を吸っている利次の姿を、
吉岡は静かな眼差しでそっと見つめている。

「もう帰っていいんだろう?」

「はい」

吉岡は椅子から静かに立ち上がると、取調室のドアをそっと手前に引き開いた。
わざと大儀そうに体を持ち上げた利次は、ゆっくりと、自分のために開かれた
出入り口のドアへと歩いていった。その背後でドアが閉まる直前、

「お疲れ様でした。吉岡警部補」

そう言った立会い刑事の声が、利次の背中に向かって大きく響いた。





「落としたか?」

取調室から刑事部屋に戻ってきた吉岡に、
班長である山村警部は飛びつくようにして訊いてきた。

「いえ」

そう答えながら、吉岡は宮田の取り調べの際に持っていった、
「2001年度 決算報告書」と書かれた書類を自分の机の棚に戻した。

「いえって、お前・・・」

予想外の返答に、山村は疑念の目を吉岡に向けた。

「お前が落とせなかったら、一体誰が落とせるんだ?」

「すみません」

吉岡は軽く頭を下げて詫びる。

「宮田が火を放ったのは間違いないんだろ?」

「はい」

「じゃ、もう一度行って落として来い」

「もう帰ってもらいました」

「なに?!」

思わず目を剥いて叫んだ山村の大声に、室内に残っている他の課の刑事たちが、
一斉に二人に顔を向けた。

「どういうことだ?」

山村は声を低く落とした。

「そういうことです」

吉岡は普段と変わらない、落ち着き払った穏やかな顔を山村に向けている。

「吉岡、お前な・・・・」

と言ったまま山村は言葉を止め、
検分するような目つきで吉岡の目を覗き込んだ。
何を考えているのか分からないのに、
こちらの信頼を委ねきってしまえる包容力が
その瞳の奥には力強く宿っている。

「お前に任せるよ・・・」

それだけ言うと、山村は自分のデスクへと戻っていった。






つづく
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