月のカケラと君の声

大好きな役者さん吉岡秀隆さんのこと、
日々の出来事などを綴っています。

ご挨拶

2009年12月26日 | 思うコト




寒さも厳しい季節となりましたが、
皆様お元気でお過ごしでしょうか。

いつもこのブログを訪ねてくださいまして
ありがとうございます。
皆様に読んで頂ける事が嬉しく大きな励みとなり、
今年も一年、私なりの思いを書き綴っていくことができました。
皆様には感謝の思いでいっぱいです。
本当にありがとうございました。


これから三週間ほど日本に帰ります。
その間、しばらくブログはお休みします。

更新がままならないブログではありますが、
これからも私なりの想いを綴っていけたらと思っております。
来年もまた遊びに来ていただけましたらとても幸いです。


これから寒さも一段と厳しくなっていくことと思いますが、
皆様どうぞお身体にはお気をつけて、
お元気で新しい年をお迎えください。


明年も皆様にとって
幸多き素晴らしい年となりますように。


心からの感謝を込めて。


                      
風子


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吉岡刑事物語・その41 / 窓枠の青空・13

2009年12月23日 | 小説 吉岡刑事物語


JAFが到着した頃には、辺りはうっすらと雪に覆われていた。
重く濁った雪雲は空と地のひろがりをせばめ、
儚げに舞い散っていた雪はやがてボタン雪となって加速度を増し、
周囲の音を吸い込みながら辺り一面を白く染めていた。

「これディーラーに持っていったほうがいいですね」

ボルボを点検し終えたJAFの職員は、頭に積もった雪を片手で払いながら
横に立っている筒井に向って言った。

「市内にボルボの営業所がありますから、そこまで牽引していきますよ」

筒井はボルボの先に止めてあるJAFの牽引車をチラと見て、

「そこまで時間にしてどれくらいかかりますか?」

と年若い職員に折り返し訊ねた。

「すぐですよ。牽引車でだったらここから20分くらいかな」

筒井はその返答にちょっと言葉をためらった後、

「そうですか。わかりました。よろしくお願いします。それから
申し訳ないんですが、」

と言って再び牽引車に目を向けた。そこに座席は運転席を入れて二つしかない。
暖房の利いたその助手席に吉岡が一人だけで乗っていくわけがなかった。
冷え切ったボルボの後部席に自分たちと同乗していくに決まっている。
筒井はJAFの職員に顔を向け戻した。

「この近くに喫茶店かなにかがあったらそこで僕以外の二人を
降ろしてもらいたいんですが」

「いいですよ。この先に喫茶店っていうか古い食堂みたいなもんですけど、
それがありますから、そこに途中寄っていきます」

気さくに承諾してくれたJAFの職員に、ありがとうございますと
筒井は丁寧に頭を下げて礼を言った。


その喫茶店は、公民館を少し大きくしたような町役場の横にあった。
パンクした場所から牽引車で15分ほどまっすぐに進んで道幅を広げた市道の脇に、
それはまるで添え木のように周りの風景の中に馴染んで建っていた。
大型チェーンの衣料品ディスカウント店がそこから少し北へ上った先にあり、
その奥には町営団地群の建物と、さらにその奥まった場所には
小学校か中学校らしき建物が見えていた。
喫茶店の前でボルボから降ろされた萩原と吉岡は牽引車を見送った後、
先に立った萩原が喫茶店のガラスの引き戸を開けた。その瞬間、
むわっとした熱気が店の中から外気へと流れ出てきた。

「いらっしゃい」

静まり返った厨房から明るく響く声がして、
中から店主らしいふくよかな熟年の女性が出てきた。

「こんにちは」

吉岡は笑顔で店主に挨拶しながら厨房に一番近いテーブルまで進んでいき、
ドア先で脱いだハーフコートを椅子の一つの背にかけてから、
手前に引いた椅子に腰掛けた。暖かいですね、と店主に話しかけながら、
萩原も同じように吉岡の向かいの席に座る。
照明の灯る店の中に客は他に誰もおらず、綺麗に拭かれたリノリウムの床の上には、
食堂用のテーブルと椅子がセットで四つ、クリーム色の壁に沿って置かれていた。
店の片隅で、石油ストーブの火が赤々と燃えながら部屋を暖めていた。

「あたしエアコンの風がどうも苦手なのよ。でもね、
昔ながらのストーブのほうが断然あったかいのよ」

温かいおしぼりと冷たいコップの水を二人の前に置きながら店主はそう言い、
二人からコーヒーの注文を受け取るとまた厨房へと戻って行った。
萩原はぼんやりと店内を見回し、真横の壁に貼られたメニューに目線を止めた。
コーヒー、ナポリタン、モーニング、サンドイッチ、と書かれた紙の横に、
カレー、とんかつ、蕎麦、ラーメン、ギョウザ、と更にメニューが続いている。

「ラーメンとギョウザっていつもセットだけどさ、」

メニューの札書を見上げながら、萩原は上の空な調子で吉岡に話しかけた。

「ナポリタンとギョウザをセットで頼む人はいるのかな・・・」

うん・・・、と吉岡は返事をして、

「なかにはいるかもしれないよね、ナポリタンにはギョウザだよなって人が」

と言って合い向いに座っている萩原の顔をさり気なく見つめた。
萩原は表情を変えないまま、ぼうっと壁のメニューを眺め続けている。
コーヒーの香ばしい匂いが厨房から微かに流れてきて、ほどなくしてから
二人の前に淹れたてのコーヒーがそっと運ばれてきた。
すみません、と吉岡は店主に頭を軽く下げて礼を言い、ゆっくりしていってね、
と店長はほがらかに言ってまた厨房に戻っていった。
萩原は依然ぼんやりとしたままメニューの札書きを見上げたままでいる。
吉岡は両手でカップを包み上げて、熱いコーヒーを一口すすった。

「ヒデ、」

暫くしてから呼びかけてきた萩原の声に、
吉岡の目がそっとコーヒーカップから上がる。

「俺がぶちこわした家族さ・・・」

搾り出すようにそう言って萩原は、ようやく吉岡に顔を向けなおした。

「あの事件の母子のこと、覚えてるだろ?」

吉岡は手に包んでいたコーヒーカップをそっとテーブルに置き戻して、
萩原の顔を静かに見つめなおした。

「うん・・・。覚えてるよ」

「あの母子がさ、この近くに住んでるんだ」

まるでコーヒーカップの中に何かを見出すかのように、
萩原はじっと視線をそこに据え置きながら言った。
吉岡は瞳を微かに伏せて、テーブルの上のコーヒーカップを
両手で包みなおした。
あの事件とは、記者になって四年目の萩原が、
スクープとしてすっぱ抜いた記事のことだった。
14年前、地方信用金庫の頭取息子が深夜の路上で顔を殴られて財布を奪われ、
打ち所の悪かった被害者は運ばれた病院先で亡くなったという記事が、
各新聞三面記事の片隅に載った。
金銭目的で犯行に至ったという犯人はすぐに捕まり、
そのままだったら人々の記憶からすぐに消えさってしまうような記事だったが、
そこに萩原のスクープが出た。
報道された犯人の動機は被害者側からの一方的な証言によってなされたもので、
事の真相は、被害者が銀行の金を横流しして数人の愛人を囲い、
その横領が頭取である父親に漏洩しそうになり慌てて全ての罪を
責任転嫁して解雇した部下の一人によって起こされた怨恨事件だった。
被害者の囲っていた愛人の中の一人には、その部下の妻もいた。
萩原はその事の顛末を一部始終、被害者実名記事ですっぱ抜いた。
そこに飛びついてきたのが週刊誌やワイドショーだった。
被害者の過去の実生活は誇大にショー化されて報道され、その結果、
頭取だった父親は職を追われ、当時妊娠中だった被害者の妻は一族から
離縁されて、それまで何年も住み慣れていた土地を去った。
吉岡は、萩原が自分の引き起こした一連の報道騒動に対して自責の念に駆られ
退職願を出したこと、けれども熱心なデスクに引き止められてかろうじて
辞職を留まったこと、しかしそれ以来実名報道は一切せずに上と意見を
対立させていること、そして、人知れず故郷に帰った被害者の妻だった女性に、
それ以来毎月欠かさず謝罪金を送り続けていること、
それらを全て脇から見守ってきていた。

「昨日の夜、携帯に連絡がはいってさ」

コーヒーカップを見つめながら、萩原はぽつんとテーブルに言葉を落とした。

「で、俺、今郡山にいるから会ってくれってお願いしたんだ。
でもやっぱりだめだったよ・・・」

じっと見つめるカップの中から、コーヒーの湯気が消えかかっていた。
面会を求める萩原に一度も応じたことがない被害者の元妻は、
しかし萩原の送金が一日でも遅れると、催促の電話をすぐに入れてきていた。
毎月送っている現金書留は金だけ引き抜かれ、同封している謝罪の手紙は、
一度も封を切られたことなく萩原のもとに送り返されてきている。

「ひと目でいいから会って直に謝りたいだけなんだけどさ・・・俺・・・」

頼りなげに立ち上る湯気を見つめながら、萩原は言葉を継いでいく。

(会って送金を免除してくれっていいたいんでしょ?)

昨夜そう電話口で言われた被害者の元妻の言葉が、
萩原の脳裏に刺々しく蘇ってくる。

そうじゃない・・・。

萩原に送金をやめるつもりは毛頭なかった。ただ直に会って謝りたい、
それだけだった。

それだけなのに・・・。

口のつけていないコーヒーカップが目の前からふいに取り払われて、
代わりに湯気のたった淹れたてのコーヒーがそっと置かれた。

「おかわり自由なのよ」

ふと目線を上げた萩原に店主の女性は大らかな笑顔で言うと、
また軽い足取りで厨房へと戻っていった。
萩原は新しく取り替えられた真っ白いカップに再び目線を落とした。
香ばしいコーヒーの香りが、温かい湯気と一緒に鼻先に立ち上ってくる。
萩原はその白い煙をじっと目で辿りながら、暫く物思いの中に沈んでいた。
吉岡は何も言わずに、ただ静かに周りの空気に身を合わせている。
時間が、ゆっくりと、流れていった。

「俺、会ってくるよ」

やがて萩原は呟いた。
吉岡はそっと目線を萩原に向ける。

「会ってくる」

萩原はコーヒーカップから顔を上げてそう繰り返し、
思いつめたような顔を吉岡に向けた。

「ヒデ、俺、会ってくるよ」

自分に言い聞かせるような口調ではっきりと言い直した萩原の顔を、
吉岡は何も言わずに、ただ静かに見つめ返していたが、
やがて少し間を置いてから、小さくうんと頷くと、
その目元にはいつもの穏やかな微笑みが浮かんでいた。


店主に礼を言った二人が喫茶店を出ると、外は一面の雪景色だった。
降りしきっていたボタン雪はまた小さな花びらとなって、
風のない空間にゆるやかに散っていた。
試験か何かの早帰りなのか、中学生らしき学生たちが数人、
市道にかかる横断歩道を渡っている姿が少し先に見えていた。
萩原は携帯電話からこれから向かう居場所を筒井に伝えると、
吉岡と肩を並べて真っ白な雪が積もった市道の脇を、
町営団地の建物に向かって歩き出した。
冬空はすぐ手が届きそうなくらいにまで頭上に下がっている。
二人は10分ほどまっすぐ市道を歩き、大型衣料品店の脇道を右に曲がって、
更に数分山沿いに向かって歩いたところで町営団地に辿り着いた。
二棟連立して建っているその建物の作りは古かったが寂れた雰囲気はなく、
生活の温もりが自転車置き場や各戸の窓から洩れ伝わってきていた。
A棟と黒ペンキで上壁に記された方の建物に向かって萩原はまっすぐ歩いていくと、
幾つかある階段の踊り場の番号を順に確かめて移動しながら、
やがて一番端に位置している踊り場で足を止めた。

「夜働いているっていってたから、今の時間は家に居るはずなんだ」

萩原はそう言って上の階を見上げた。

「ここで待ってるよ」

張り詰めた面持ちで上階を見つめ上げている萩原の横顔へ
吉岡がやわらかな言葉を掛けたとき、二人の後ろで人の止まる気配がした。
同時に振り返った二人の目の先に、スーパーの袋を両手に提げた
40代前半らしき女性が一人、怪訝そうな表情を浮かべて立っていた。
化粧負けして荒れた素肌に長い髪を無造作に一つに結んで、
高級そうな真っ赤なカシミアのロングコートに身を包んでいる。
あの・・、と緊張した声とともに萩原は一歩前に踏み出した。

「伊野さんですよね・・?」

意を決して話しかけた萩原の顔を、伊野と呼びかけられた女性は
訝しそうな目つきで認めると、もともときつい造りのその顔が、
瞬時に色を塗り替えたように険しく尖っていった。

「萩原です・・・」

踏み出した足が止まってしまったまま、しかし萩原はなんとか
その後の言葉を繋ごうとした。女性は黙ったまま、憎しみのこもった目で
萩原を睨みつけている。

「是非お話を・・・」

「母さん」

やっと繋いだ萩原の言葉は突然の呼び声に横から遮られ、
振り返った萩原と吉岡の背後に、学制服を着た中学生くらいの男の子が、
少し離れた場所から不思議そうな顔で二人を見つめていた。
訝しそうな表情を浮かべながらも、どうも、と小さく挨拶しかけたその少年に、

「直也!」

と鋭い母親の言葉が飛んだ。

「こっちに来なさい!」

母親のきつい口調に驚いて戸惑いながらも、
しかし少年は素直にその言葉に従って母親の元へと歩いていった。
女性は隣に来た息子の手をさっと奪うように取ると、
その場に立ち尽くしている萩原には一瞥もくれずに、
さっさと階段の踊り場へと向かっていった。

「伊野さん、」

思い返ったように呼び止めてその後を追おうとした萩原の耳に、

「あの人たち誰?」

と母親に尋ねた少年の声が聞こえてきた。

「見ず知らずの他人よ」

あからさまに後方の萩原に向けて母親は答えを投げ返し、

「迷惑なのよ」

と言い捨ててそのまま踊り場の階段を足早に上がっていった。
しばらくしてバタンと大きく鉄製のドアが閉まる音が上階で響き、
そして周囲は再び雪の静けさに包まれた。
薄暗い階段の入り口を見つめながら、萩原は暫くその場に立ちつくしていた。
吉岡のやるせない表情が、その様子を背後から見守っている。

「ハギ、」

やがて包み込むような吉岡の声が、そっと萩原の背中に呼びかかった。
萩原は来た道とは反対方向の道に身体を向けると、無言のまま歩き出した。
その歩幅がだんだんと加速を増していき、やがて萩原は走り出していた。
そのまままっすぐに全速力で小道を走りぬいていった萩原は、その先にあった
人が通れるだけの小さな橋の上の真ん中まで来て突然足を止めると、
数センチほど雪が積もった欄干を素手でぎゅっと強く掴んだ。

何を期待してたんだ、俺は・・・。

氷のように冷え切った欄干をきつく握り締めながら、
萩原は心の中で自問した。

俺は・・・謝ることで自分の気持ちを清算したかっただけなんだ・・・。

萩原は俯いて唇を噛みしめながら川の水面に視線を落とした。
冬枯れした川には、申し訳ない程度の水が澱んでいる。
川面は流れを失い、それをじっと見つめている萩原の脳裏に、
吉岡を訪ねた先の公園で出会ったノブさんに言われた言葉が蘇ってきた。

(あんたね、顔が職業になっちゃってるのよ)

あれ以来、ずっと気になっていた言葉だった。

きっと言われた通りなんだ・・・。

新聞記者だと正義感ぶって真実を追い続けていたけれど、
所詮、真実に値札をつけるのが俺たちの職業だ。
売れるものが真実となり、売れないものは紙屑となる。
これが真実だといい気になって書いた一つの記事が、
あの母子の人生を狂わせてしまった。取り返しはつかない。
真実はなんなのかと頭で追いかけるその足元が、
汚れた泥沼に嵌っていることすら気付かなかった。

腐ってんだ・・・・俺は・・・

萩原の口からふっと笑いにも似た吐息が洩れた。
それは自嘲した笑いなのか、泣き言から出たため息なのか、
萩原には区別できなかった。
いつの間にか雪はまた重みを増して、
天から白く舞い降りてきた雪は、川面に触れた瞬間に
澱んだ水の中へと次々に解けていく。
萩原は、ほの暗い水の中へ還っていく雪とともに、
己の想いも川の澱みの中へと沈ませていった。

所詮、主観を超えた真実なんてありはしないんだ・・・。
人の心にはみなそれぞれの枠がついている。
その枠を取り外して世の中の真実を見ることなんて、
できやしないんだ・・・。
それを心の底でわかっていながら俺は・・・

萩原は凍った橋の欄干を握り返した。
指先に感じていた冷たさの痛みが、次第に慣れて、
無感覚になっていく。

大切なものを追い求めていた情熱は、
一体どこへいってしまったのだろう・・・。
大切なものは、いつも手の隙間から滑り落ちて
いつの間にかどこかへ消え去ってしまう・・・。

萩原はさらに強く欄干を握りしめた。

生活の篩いにかけられて希望はふり落とされ、
後悔と諦めの残滓が人生の行き先を埋め尽くしていく。
いつか美しいと感じでいたものさえやがて形を変え、
知らぬ間にうやむやとなってどこかへ消失してしまう。
消失したことすら気付かずにいる。
輝きは、どこへいってしまうのか・・・。
輝きは、どこへいってしまったのか・・・。
輝きは、幻想だったのか・・・。
不変の輝きなんて所詮は存在しな・・・

そう思いかけた萩原の目線がふと川面から上がって、
斜め後ろを振り返った。
降りしきる雪の向こう側に、吉岡の姿が見えていた。
反対側の橋の欄干に、そっと身を寄りかけている。
萩原が振り向いたのに気付いて、すこし笑ったようだった。
その髪に、肩に、雪がうっすらと白く積もっている。

ヒデ・・・・

すっと引き寄せられていくように、
萩原は吉岡の方へと歩きだしていた。

俺・・・・

吉岡は寄りかかっていた橋の欄干から離れて、
真っ直ぐに萩原に向き直った。

俺さ・・・

静かに雪に降られている吉岡の前で、萩原は立ち止まった。

「ヒデ・・・」

吉岡の眼差しは、そっと萩原を見つめている。

ヒデ、俺・・・

腐りきっちゃったよ・・・

思いは言葉にならず雪へと降られ、萩原はその場に立ちつくした。
吉岡は何も言わずに、ただ黙ったまま、力なく見つめてくる萩原に向かって、
微笑んだ。
その瞬間、ふっと光が心に差し込んでくる感覚がして、
萩原は吉岡の顔を見つめなおした。そこに浮かんでいるのは、
純粋にまっすぐ笑いかけてくる、いつも通りの吉岡の笑顔だった。
15の時に初めて出会った頃から少しも変わっていない、
ありのまま全てを受け入れ包み込んでくれる、吉岡の変わらぬ笑顔だった。
萩原が高校三年の時に持っていたタバコの箱が見つかって
三日間停学を食らったときも、
初めて本気で好きになった人がニューハーフだったとわかって
放課後の教室でさんざん泣いたときも、
大学時代にチンピラにからまれてケンカしたあとに、
真夜中の雨の中を派出所に迎えに来てくれたときも、
10歳年下の男と突然駆け落ちした結婚相手に離婚届を送ったときも、
あの事件の記事を書いた後で事の重大さに気付いて自棄をおこしたときも、
いつだってどんなときだってそばにいて、大丈夫だよ、と、
その微笑みはいつもいつも温かく語りかけてくれていた。

「ヒデ、俺・・・、」

萩原の口からポロリと言葉がこぼれ落ちた。
吉岡の顔に浮かんでいた笑みがすっとやわらかに引いていき、
その瞳がまっすぐに萩原を見つめ返した。

「また頑張るさ」

そう言った途端にふっと心から淀みが流れ落ちて、萩原は吉岡に笑い返した。
その瞬間、バシっと萩原の顔に雪の球が当たった。驚いて前方を見直すと、
数メートル先の小道の丁字路にいつの間にかボルボが横付けされていて、
その前に筒井が立っていた。

「風邪引くだろうが、ばかたれ」

「ごめん、俺のせいなん・・」

萩原の言葉が終わらないうちに、バシっと筒井の顔に雪球が命中した。
吉岡の弾むような笑い声が雪の中にさっと明るく渡っていく。

「つめてぇ~な、ヒデ!」

筒井は足元から雪をかき集めて丸めると素早く吉岡に向かって投げ返した。
逃げかけた吉岡の背中で雪の球がパシッと割れ、
欄干の上に積もった雪をさっと丸めて振り向きざまに投げた吉岡の雪球が
また見事に筒井の顔に命中した。

「さすが我が母校の元名ピッチャーだよな」

大笑いしながら言った萩原の顔にまた雪が当たる。

「さすが我が母校の元名キャッチャーだろう」

不敵に笑いながら筒井が萩原に言い返す。

「何度もつめてぇーじゃねぇかよ、筒井!」

萩原は足元の雪を掬い取って球を作ると、筒井に向かって投げつけた。
スピードを持った球はしかし的から大きく外れてボルボの向こうへと
空振りしながら落下していった。筒井と吉岡の笑い声が周囲に響き渡っていく。

「お前、相変わらずノーコンだよな」

「うるせぇな、筒井、これでも食らえよ」

萩原は素早く何個か作った雪の球を立て続けに筒井に向かって投げつけたが、
そのどれもがやはり筒井から大きく外れた後方へと飛んで行き、
代わって筒井が投げ返した雪球を左右に避けながら吉岡と萩原は
ボルボに向かって走り出した。そのまま三人は同時に車内に乗り込むと、

「あったけぇ~~~~」

と同時に安堵のため息をついた。

「よぉし、行くぞ、青森!」

筒井が威勢よく叫んでパーキングブレーキを下ろし車を発進させた。
CDチェンジャーがカチャリと回転し、THE BOOM の「中央線」が
カーステレオから流れてきた。
降りしきる雪の中を、ボルボはまっすぐに走っていく。





つづく
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吉岡刑事物語・その40 / 窓枠の青空・12

2009年12月22日 | 小説 吉岡刑事物語




まどろみの浅瀬で目を醒ますと、
夜はひっそりと部屋の中に身を沈めていた。
吉岡は布団に横たわっていた顔を少し横に向けて、
窓辺に掛かった蓬色のカーテンに目を向けた。
薄闇の中を通して、宵闇の漆黒がカーテンの隙間に覗いている。
夜はまだ、朝明けの気配を許していない。
吉岡は元あった位置に顔を戻し、天井に出来た漆喰を見るともなしに眺めた。
東北自動車道を郡山ICで降りて、行き当たりばったりで見つけて泊った
簡易旅館の六畳ほどの部屋には、小さなテレビがポツンと一つ、
壁の前に置き忘れたように添えられているだけで、
あとは簡素な空間を仕切っていた。
三人それぞれの旅行バッグが、三つそれぞれの表情で、
川の字に敷かれた布団の枕袂に置かれていた。
右隣で筒井が軽い寝息を立てている。左隣の布団に萩原の姿はない。

「ええ、大丈夫ですよ・・・いえ、起きてましたから・・・」

薄い木造りのドアの向こうから、萩原の押し殺した声が
途切れ途切れに洩れ聞こえてきた。

「お気持ちはよくわかっています・・・、でも僕としては」

ひっそりと寝静まった廊下で、萩原の声音が一瞬大きくなった。
そうですが・・・、とその声はまたすぐに低くなる。

「そういうことではなくて、一度きちんとお会いし」

そこでいきなり言葉が途切れた。
間もなくしてパタンと携帯電話のカバーが閉まる音がして、
続いて萩原が廊下の壁に寄りかかる音がした。
吉岡はそっと睫毛を伏せた。
窓の外で風が遠く鳴っている。
静まり返った暗い部屋の中では、天井の電灯や、壁の時計や、
枕元に置かれた文庫本や、筒井の寝息は、
どれもみな互いに関わりをもてずに、
暗闇の底でひっそりとひとりぼっちだった。
カチャ、とドアノブの回る音がして、
吉岡はそっと静かに瞳を閉じた。


翌朝の空は鈍色にくすみ、
重たげな空気の中には雪の匂いがした。
チェックアウトの時間を待たずに旅館を後にしたボルボは、
通勤時間を少し過ぎた県道の大通りを、
郡山ICへと向かってスムースに走っていった。
道路脇に並び立つ店舗やアパートの建物が車窓の向こうに流れ去っていき、
やがて【郡山インター5kmこの先まっすぐ】と書かれた案内標識が
眼前に近づいてきたところで、筒井はハンドルを左に切った。

「何をやっているんだね、筒井君?」

ほどなくして萩原が筒井に問いかけた。

「近道だよ」

筒井は恬然と返事をし、ハンドルを少し左に回して、
細い市道をすれ違ってきた軽トラックを脇に避けた。

「旅館のおばちゃんが教えてくれただろ、郡山ICのサインが見えたら
左に曲がった小道を突っ切っていけって、近道だから」

「ああ、確かに言ったよ」

萩原はそう受け答えて視線を前方に据えた。

「だからそういうことだよ」

「全然そういうことじゃないだろ、見ろよあれを」

萩原は前方に近づいてきた小さな古い案内標識を指差した。
そこには【郡山IC ここから15km 迂回】と記されている。
筒井は後方に走り去るその標識をチラと見やったあと、

「なんだよ、間違ってるじゃねぇか標識が」

と別に動ずる様子もなく言った。

「間違ってるのはお前の方なんだよ、筒井」

萩原は据わった目を筒井の横顔に向けた。

「お前、わざとやってるんじゃないのか、
こんな人知れない田舎道に迷い込んで。
近道は迷い道ってお前の歴史には
そうしっかり刻印されているだろう、
少しは方向感覚にもその野生の本能を生かしてくれよ。
いつになったら青森に着くんだよ、俺たち」

萩原のうんざりした声を横顔に捉えながら、
筒井は口を真一文字に結んだまま周りの風景を睥睨した。
周囲には休耕田が果てしなく広がり、走行している市道の行く先には、
高速道路らしきものはまるで見えなかった。
狭い二車線の道をすれ違う車は、先ほどの軽トラックを除けば
まだ一台もない。筒井は閉じていた口をむっつりと開いた。

「迷ったぞ、ヒデ」

「ヒデに迷子宣言してどうすんだよ」

萩原はシートに身を沈めながらげんなりとして言った。

「大丈夫だよ、来た道を戻れば」

やんわりとした吉岡の声が後部座席から聞こえてくる。

「そうだよ早く戻れよ、筒井、更に迷い込む前に」

助手席から萩原の声が飛ぶ。

「こんな細い一本道でどうやってUターンするんだよ」

「とりあえず一旦止まれよ、俺が運転代わるから」

「うるせぇなぁ、ハギ、お前は俺の小姑か」

パンッ!

とその時大きな破裂音がして、

ガンッ!

と三人の身体が車体と一緒に左側に傾いた。
ガガガガガガッとタイヤのホイールが路面をいびつに滑っていき、
やがてエンジン音と共にボルボは不恰好に停車した。
しん、
と静まり返った車内で、三人は左に傾いたまま暫し沈黙した。
カァ~
と間延びしたカラスの鳴き声が上空を掠めていく。

「カラスも寒いだろうな・・・」

「カラスのことなんてどうだっていいんだよ、ヒデ。
俺たちはどうすればいいんだ、こんなとこでパンクして」

斜めに傾いたまま萩原が絶望的な声を出した。

「最悪だな」

その横から筒井が口を開く。

「ちえみちゃんが聴けなくなっちゃったぞ」

「え?」

怪訝そうな顔を向けた萩原に、

「バッテリーも上がっちゃったよ」

斜めに腰を据えたまま筒井は言った。
萩原の顔にどんよりと雲がかかる。

「ふざけんなよ、筒井・・・」

「俺はいつだって全力で真面目だぞ」

「全力でパンクとバッテリー上げてどうすんだよ」

「お前も全力で黙れよ、ハギ。おいヒデ、」

「ん?」

「車動かねぇよ」

「うん。JAF呼ぼうか」

吉岡の物柔らかな声が二人の間に滑り込んできて、
筒井はアームレストの下の収納ボックスから携帯電話を取り出し、
萩原は飽き飽きしながらすこし先に立っている電柱に取り付けられた
地番表示を読み始めた。

「ここの所在地は郡山市逢瀬町河内三・・・・」

そこでふっつりと萩原の声が途切れた。
吉岡と筒井の視線がすっと助手席に移っていく。
読みかけていた口を半ば開いたまま、萩原はじっと吸い込まれたように
電柱の地番表示を見つめていた。
ふっと落ちてきた沈黙が、車内の空気にからまっていく。
暫くして萩原は目線を電柱から引き剥がすと、
ゆっくりと周囲の風景を見回した。眠たげな冬曇りの空の下には、
のどかな冬の田園風景が見渡す限りの視界に広がり、
道の左側遠方には学校の建物らしきもの、そこから少し離れた場所には
団地らしき建物が二棟連なって見えていた。積雪を被った山岳が、
その奥の背後に雄大な裾野を広げている。

「なんで・・・」

唖然とした表情で団地の建物を遠方に見つめていた萩原が
ポツリと呟いた。

「なんでこんなとこでパンクしてんだよ・・・」

そこで口を噤むと萩原はやおらに助手席のドアを開けて車外に出た。
そのまままっすぐにアスファルトの上を闊歩していき、
数十メートル先にあった自動販売機の前で足を止め、
ゴン、とおもむろに額をディスプレー面にぶつけた。
ジーンズの前ポケットに両の親指を引っ掛けた姿勢で、
萩原は振り子のように繰り返し何度も額を自動販売機に押し当てた。
筒井と吉岡は、時間が一時停止したような面持ちで、
そんな萩原の様子をフロントガラス越しに黙って見つめていた。

「カルシウム不足だな」

筒井がぼぞっと言った。それに笑おうとしたのか相槌を打とうとしたのか、
しかし吉岡の返事は押し殺したような咳となって運転席に返ってきた。
筒井の表情が一瞬険しくなり、その手がキーシリンダーに差し込まれた
車のキーを何度かONへとまわした。ボルボは黙り込んだままでいる。
エンジンが止まり冷え込んだ車内に吉岡の咳がくぐもっていく。

「ごめん・・・」

やっと出てきた吉岡の言葉は、懸命に止めようとしている咳の中に
のみ込まれていった。筒井は運転席のドアを開けて車外に出ると
電柱に貼られた地番表示を確認し、そこから携帯電話を繋げてJAFを呼んだ。
その背後に、途方にくれた表情の萩原がボルボに戻ってくる姿が見えていた。
吉岡は右手で胸元をぎゅっと押さえて深くゆっくりと呼吸を繰り返しながら、
こみ上げ続けてくる咳をようやくどうにか押さえ込んだ。
萩原は筒井とほぼ同時に車内に戻ってくると、そのままいきなり
ダッシュボードにがつんと額を落とした。
筒井と吉岡は黙ってその姿を見つめている。

「ハギ、」

少し間を置いてから筒井が助手席に呼びかけた。

「・・・なんだよ?」

ダッシュボードに頭を垂れたまま萩原が答える。

「牛乳飲めよ」

「・・・俺はな・・・」

そう言って数秒沈黙した後、萩原は顔を伏せたまま口を開いた。

「小学校5年の時、給食で牛乳飲んでた途中でむせかえって
鼻から牛乳噴きだした時から牛乳とは犬猿の仲なんだ。
それ以来白ひげ大作戦なんて呼ばれてたんだぜ、なんでなんだよ、
理不尽じゃねぇかよ、筒井、こんなとこでパンクなんてするなよ・・・
ふざけんなよ、筒井・・・ふざけんな・・・」

萩原はそこで言葉を消し沈黙した。
再びの沈黙が、冷気の重みと一緒にゆっくりと車内を浸していく。
無言で頭を垂れ続けている萩原の横で、筒井は両腕を胸の前に組んで
じっと目の前の速度計を見据えていた。

「雪だよ」

ふと吉岡の声が沈黙を溶かした。
筒井と萩原は同時にフロントガラスへ顔を上げた。
いつの間にか、小さな白い花びらのような雪が、
重く垂れ込めた煤色の空からひらひらと舞い降り始めていた。

「積もるかな・・・」

「そんなこと暢気に言ってる場合か、ヒデ」

雪を眺めながらそう言った筒井の目には
どこか懐かしげな色が浮かんでいた。

「積もるに運転席を賭けるぜ、俺は」

遠く雪空を見上げながら萩原が言った。

「車が直ったら今度こそ運転代われよな、筒井」

「それじゃ俺は積もるに運転席賭けるよ」

「同じもん賭けてどうすんだよ」

二人の会話する様子を後ろから見つめていた吉岡の瞳に、
温もりの色が深まっていく。
吉岡はそっと後部座席の窓に視線を移すと、
舞い散る雪の花びらに心を寄せていった。




つづく

コメント (2)
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冬の灯り

2009年12月17日 | 思うコト



年の瀬でございますねぃ。

日々忙しゅうございまするが、
あっちゃ~いったりこっちゃ~いったりと
そこかしこでテンテコの舞を踊りながら
ああ忙しい忙しい忙しい忙しいと
言葉は空回りの回転木馬でございまして、
ばあさんや年越しの用意はできたかね、
あいよじいさん藁傘を売ってきておくれでないかい
餅が必要じゃけんねなどと全く一体何に忙しいのやら
ついつい忘れてしまくらいに忙しい季節でありもうす。
ふぃ~やれやれ。

しかしそんな忙しさの中でも忘れてはいけないことが一つ。
そりはもちろん、
ゴールデンスランバーの試写会のゴールデンチケットゲット!

大掃除をするのは恣意的に忘れても
この申し込みは忘れないのであってよ、ンフフフ、
気分はもうすっかりゴールデンサンシャインなのだ、
ささ、さっそく試写会の日程をチェックしなくっちゃだわね、
と覗いてみた映画公式サイト。
ありんした、ありんした、試写会情報、
やっほぉ~うっ~ほ~とらんらんらん♪
出ましたよう、試写会の日程!
なになに、東京での日にちは、ぇええええええっ、
三回もあるですわよっ、ちょっとちょっとどうしましょう、
ほらほらほら、1月21日、22日、23日とな。
ほう。

ってあたしゃ18日にロスに帰るのよう、おおマドモゼ~ル!!!

日程を見た途端、公式サイトに載っている堺さんと同じ顔をしてしまった。
そ、そりゃぁ・・・ないじゃないか、レイちゃん・・・、ん?
ちょっと待って、
もう一社提供の試写会もあったわ、ふぃぃぃぃ、よかったぁ、
こっちの日にちは、きぃやぁあああ~っ、あるわ、あるわよ、15日にぃっ、
さっそく応募しなくちゃだわよっ、応募用ボタンをクリ~~~~~~ックっ!

って携帯からだけのアクセスだった。

もう・・・こっちからは応募できないぢゃないかあぁぁぁぁぁぁ泣いちゃうぞう、
ぶひぃっ。

せっかく、せっかく、やっとやっと念願だった銀幕の吉岡君を観れると思って
謹賀新年の喜びも翳んじゃうくらいに日々心待ちにしていたのにぃ・・・・・。
きっとこういうのを縁がな・・・・・・・な、な、な・・・・・・・・・・な、
ナハナハナハ。(←ネガティブな気持ちを打ち消したらしい)

いやまだ望みはあるかもしれないぞうっ、
希望を入れるバッグの大きさにサイズ規定はないのだ。
希望は毎朝リニューアルするしね、んふ。
と気持ちも新たになった朝、お友達からメールを頂き、
なんと、
ゴールデンスランバーの冒頭部分、しかも殆ど吉岡君の映像が観れますよ、
とのご一報が。

 

ありがたやです~~~~~~~!!!

もうそのまま顔を洗わず急いで公式に行ってみたら、
「特別映像配信中 クリック!」のお知らせマークが。
ええ、ええ、何度でもいたしますわよ、クリッククリックらんらんらん♪
いようっ、クリ~~~~~~~~ック、となっ、
ポンっ!

【日本国外からは映像を視聴できません。】

(・◇・ )

こんなんでました。

アハアハアハ~♪ (←悲しすぎると笑ってしまう体質らしい)
アハハハハ~~~~~~~フラ~~~~~~~~、
バタ。

風化されたモアイ像となって背面に倒れてしまったとです。うぅ、
特別映像も観れないなんてぇ・・・そんなぁ・・・・そんなぁ・・・・
こんな状態は二宮金次郎さんだって背中の薪を放り出して自棄酒しちゃうぞう!
ショックすぎる・・・・。
泣いても泣ききれないずらよ・・・・。
森田く~ん・・・・、

あの渾沌とした沼を心の奥深くに沈めこんでいるような森田君・・・、

ヒリヒリとした緊張感を、薄い皮膚の下ぎりぎりに
ひた隠しているような森田君・・・、

離れた距離からじっと群れを静観している
孤独な狼のような森田君・・・、

会いたかったよう、スクリーンで・・・・・。

悲しい・・・・。悲しすぎる・・・。
悲しすぎて悲しみの樽付けになってしまった・・・・
いや、
いかんいかん、
悲しみは引き摺るものではなく、
肩をたたきあって共に歩んでいくものであるからして、
元気をださねば。
「悲しみよ、こんにちはっす!」ってサガンもいってたしね、
と思っていたら、折り返しお友達からメールがあって、
「配信は1月6日までありますよ」との励ましのメールが。

(・◇・ )

おお、じゅてぇ~む!
はぁ~もうはっぴぃ~だわぁ~~~~っ、
って恋心もジェットコースターのように忙しい年の瀬でございます。
すんません、
毎度お騒がせしております。



なにはともあれどんな形であっても、
吉岡くんの頑張る姿がひと目でも見れれば、
吉岡君がどこかで頑張っているのだと思えば、
即ちそれは私の元気の素であり、心の灯台なのであった。


大好きだようっ、吉岡く~~~~~ん!!!


ようし、また明日もがんばるぞう。








お友達さん、本当にありがとうございました。
お心遣い、とても嬉しかったです。


コメント (4)
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まなずのひげと

2009年12月08日 | なまずのひげ



先日、車を運転中に止まった赤信号で、
ふと目を横にやると、
バス停のブースの中の壁に貼られた、
ある映画のポスターが目に入り込んできたとです。
それは白地を背景にして、
黒レザージャケット、黒レザーパンツ、インナーゼロ、
という薄着の黒レンジャーのようなアジア人の若人が、
くわぁっ!
と韋駄天のポーズをしながら雷神のような顔をしており、
といってもその顔の三分の二だけがポスター内に収まっていたので、
より正確に書きますと、
くわぁっ!
と韋駄天のポーズをしながら雷神のような顔をしているのだろうなぁ~
と推測させる顔をしとりまして、なりほど、でもさ、ヤングマンよ、
なにもそんなに、
くわぁっ!
ってしてなくてもいいじゃんか、君、もしかして、
くわぁっ!
なお年頃なのかしらん?青いわね、フフ、くわぁっ!(←真似してみたらしい)
などなどしかじかポスターの下部に視線をやりましたところ、

NINJA ASSASSIN

と書かれた映画のタイトルが。
ほう。
これはNHKラジオ日本語講座中級編風に直訳しますると、

殺し屋忍者

といった感じになりますね。これをちょっと意訳してみますと、

燃えよ忍者

となりますわけで、でも意外なところで、

薄着のゴルゴ

となるかもしれず、穴場的に。
 
といった思いが青信号でその場を離れた後もずっと頭の中を、
メリ~ゴ~ラ~ン♪
とグルグル巡ってしまって気になって仕方がなかったので、
家に帰ってからその映画について調べてみましたところ、
どうやらそのあらすじは、

秘密結社に拾われた孤児が殺し屋として成長し、やがて起った
一族の派閥抗争から命を狙われることになってしまって、
くわぁっ! 


といった内容らしく、んがしかし、
WEB上に掲載されたその映画のスチール写真には、
忍者らしき人物はどこにもおらず、ただただ目に入ってくるのは、
それは先生♪と歌っていた頃の森昌子がしばらく
床屋に行かなかったような髪型をした若造が、
上半身裸+黒スパッツ=それは江頭2:50みたいな格好をして、
ふるふるふるふるふるふる・・・、
つまりドラゴンキック炸裂8秒前のような顔をしていてなぁ~んだそれなら、

リーさんちのブルースじゃないかっ!

くわぁっ!!!

忍者ではなかったのか?

カンフーとニンポーは「ン」と「-」が同じだけで
あとは全くの別物なのだぞう。もしもその二つの言語を混同して
カンポーと勘違いしてしまったらそれはザ・邦衛なのだ。
忘年会の季節だしね、食べる前には飲まないと。
ってそんなことじゃなくて映画作る前にはおべんきょしないとであってよ、
チッ、こりだからハリウッドはよぉ~、って
ハッ!!!
も、もしやこれぞどこかで噂になっている、かもしれない、
「拳法だと見せかけての実は忍法だったりするんだよねアメリカンの術」
なのだろうか。長い・・・・・・そして深い・・・・・・・・
ような気がしないでもない。


ハリウッド映画に出てくる日本人は、昔に較べれば
今は随分まっとうな描かれ方をされてきておりますが、
しかしそれでも時々、東京から商談でNYにやってきた
ビジネスマンという設定の人たちが、互いにとっても上手な
中国語で会話していたりするのでオーマイガーでございます。

そういったことをふまえてみますと、
江頭昌子・リーの格好はともかくとして、少なくとも、
秘密結社=忍者一族の扱われ方をあらすじに読みますると、
「己の存在を消しながらも極秘に生き続ける闇の一族の者たち、キラン
といった説明をされており、それは予習復習がたいへんよくできました、
と気分は桜だマークでございまして、はぁ~やれやれ、これにて一件落着、
茶でも飲もうかのう、とソファーに座ってリラックスしようとした矢先、

「日本国民の中での忍者の人口比率ってどのくらいなの?」

「(・◇・ )」

真横からすかぽんたんな質問が。
誰なの、私のリラックスタイムをビックラスタイムに変えたのは?
ってそんなの誰かは決まっているのだった、

「ジャイアンよ・・・、ひょっとして君の思考回路は
時としてエンストを起こすのか? 忍者とは隠者であっていないんじゃ」

「でも日本人の中には隠れ忍者がいるってきいたよ」

おおそれみ~よ~う。
やれやれこりだから思いきりアメリカンは・・・・
ふぅ。
誰に聞いたのだ、そんなこと。前大統領からかい?
しょうがないから一つレクチャーしてやろう。

「いいかい、忍者なんてものはね、
エルビス・プレスリーは生きている伝説と同じなのだ。
ジャパニ~ズの中には隠れ忍者が存在するなんて話は、
“アメリカ人男性の78%はカウボーイでビーフジャーキーが大好物”
って他国のものが勘違いするのと同じ」

「え、アメリカ人の殆どがビーフジャーキー好きのカウボーイだなんて、
そんなことあるわけないじゃないか、何言ってるの、アッハッハッハ、
バカだね」

バカ呼ばわりされてしまった。
無念じゃ。
いやでも待てよ、自分で言っておいてなんだけど、
忍者は隠者である、
ということは、今だってどこかに、
その身上を隠密にして生活している忍者集団がいる、
といえなくもないかもしれずにあらず。
そうか、
だって、忍者とは、
忍者であるがゆえに
忍者だとはバレてはいけない
忍者なピープルなのだ。

「忍者なんていないよ」
と言いきってしまえる可能性があるのなら、
「忍者でぇ~す!」
と言ってしまえる可能性だってあるのかもしれない。
う~~む・・・・、
お、
そうだ、例えば、
待ち合わせの時間に遅れてきた友達が、
「待たせてごめんねー!」
ズザザザザザ~っと池の水面を走ってきたとか、

「合コンの人数が足りないのは私に任せて!」
と幹事を引き受けた友達の飲み会の席で、
どうも自分以外の女の子は全員幹事の女の子の姿に見えてしまう、
しかもみなササササササササッと左右に揺れ動いて見えるとか、
囁き声を耳にすると咄嗟に天井に張り付いてしまう男の子がいたりとか、

温泉の湯の中から竹筒が出ていると思ったら、
そこに友達が全身で潜っていたとか、

「服部くん?」
「なに?」
と思わず振り返って返事をしてしまう原田くんだったり、

「俺、もう博打はいっさいやめるよ」
と心機一転を告げた友人に、
「ニンニン、あっ、うんうん」
と相槌をうち直してしまったとか、

風に飛んでしまった木綿のハンカチーフを、
シュピッ!
と手裏剣で木の幹に仕留めてくれたり、

秋祭りの屋台で売っている風車に、
「弥七」と勝手に名前を彫り込んでしまったり、
気付くと風呂に入っている由美かおる似の友達がいたりしたら、
その人は忍者であるかもしれない可能性は非常に高いと思う、
2.8%くらい。


以上の例をふまえますと、この映画「NINJA ASSASSIN」の若造は、
カンフーでニンポーを見事に雲隠れさせているわけであり、
それはさすがといえなくもないのだけれどもでもしょうじきなところどうなの?

謎を残すのも忍者ゆえなのかもしれない。


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吉岡刑事物語・その39 / 窓枠の青空・11

2009年12月05日 | 小説 吉岡刑事物語




(どうしてこんなことになってしまったんだろう・・・)

篠田輝昭は最後に一本残ったタバコに火をつけて、
言葉に固めた思いを紫煙と一緒に重く吐き出した。
白く煙った吐息は吐き出された瞬間に、
よそよそしく冷えきった夜気の中へとふらりと力なく立ち消えていく。
辺りはとても静かだった。
疲れきってやつれた篠田の顔は、青灰色の月光にひっそりと照らされている。
周囲を覆う鬱蒼とした木々たちは、車のエンジン音や人のざわめきには
何一つ関心を示さない。ただ、ただ、黙って、
夜の行方の中にじっと身を置いている。
篠田は、煙草の煙をぼんやりと宙に追っていた視線を下に向けて、
すぐ目の前にある柵の向こう側を覗き込んだ。
肩の高さ程の鉄網柵の下には、暗闇が覗いている。
底のない沼のように、それは暗く深い口をあんぐりと開けていた。
篠田は柵から身体を離し、向きを変えた背中をそこに寄り掛からせた。
そして無表情なまま、タバコをまた一口大きく吸い込む。
じゅっと燃えたオレンジの火先が一瞬明るく色を強め、
そしてすぐに灰になった。
篠田の足元には、吸殻が6本、まばらに落ちている。

(どうしてこんなことになってしまったんだろう・・・)

虚ろに宙を見つめながら、篠田は同じ思いをぼんやりと繰り返した。

(どうして・・・、いや・・・)

篠田は浮かび上がった無駄な思いを頭から消し、
そしてタバコを吸い、
紫煙を深く吐き出した。

(もういい)

篠田はタバコを吸い続け、
そして紫煙を吐き出し続けた。

(勘違いだったんだ・・・)

風が少し出てきた。
ざわざわ、
と葉擦れの音が夜空に抜けていく。

(人生なんて勘違いと後悔の追いかけっこだ)

篠田の鼻先からふっと自嘲的な笑いが洩れていった。

(もういい。俺の負けだ。俺は負けたんだ)

篠田はもう一度タバコを大きく吸い込むと、
指先まで燃えた吸殻を地面に落として踏み消した。
足をどけた地面に、吸殻が泥まみれに潰れていた。
篠田は虚ろな目でその吸殻を見つめた。
さっきまで手元にあったタバコは、
今はもう泥の上に潰されたゴミ屑だった。
それは用のない、使い捨てられた、
ゴミ以外のなんでもなかった。
じっと吸殻を見つめる篠田の耳から、
木々のざわめきがすうっと消えていった。
篠田はゆっくりと後ろを振り返り、
両手が鉄の網を掴んだ。宙に浮いた片足が、
網の穴のひっかかりを探していく。
一足、二足、と身体を上げて、そしてそろそろと
腰を落とした中腰の姿勢で柵の上に乗った。
両手は柵の縁をしっかりと掴んでいる。
今からまっさかさまに飛び降りようとしているのに、
バランスを整えている自分が滑稽だった。
篠田は声を立てて笑ったが、笑い声は耳に聞こえなかった。
すうっと色を失くしていった目線を落として見た地上は底なしで、
暗くむっつりとしたまま黙りこんでいる。
そよいでいた風が完全に止まった。
すべては無音の中に沈殿している。
篠田はゆっくりと顔を上げて夜空を仰いだ。
上弦の月が、静かに地上を見下ろしている。
きれいだな・・・、とふいに篠田は思った。
子供たちの顔が脳裏に過っていく。

(昴、楓、ごめんな・・・)

閉じた瞼から月空が消え、柵の縁から両手が離れて、
ゆらりと前方に身体が揺れたとき、
ぐいっと後方から誰かに後ろへ引き戻された。




「すみません、大丈夫でしたか?」

誰かの腕の中に支えられるようにして地面に転がり落ちた篠田の耳に、
突然周囲の音が戻ってきた。
篠田は、何が起こったのか全く理解できなかった。
柵の反対側に身を投げようとした瞬間に、
気付けば茫然としたまま元いた柵のこちら側に尻餅をついていた。
目の前に、すらりとした誰かの片手が差し出されている。
篠田は呆けたような顔で暫くその手をじっと見つめていたが、
やがてゆっくりと視線を動かして、指、腕、肩、喉元、と目線を上げていき、
そして穏やかな瞳と目が合った。物静かで慈愛のこもった眼差しが、
そっと見守るように篠田を見つめている。篠田は呆けたまま、
見知らぬその顔をじっと眺め返した。

「吉岡といいます。篠田さんですよね?」

周囲の空気を温めるような声が篠田の身体を包み込んでいった。

「申し訳ありません、車の免許証を見せていただきました」

篠田は吉岡と名乗った男の姿をぼんやりと眺め上げつづけた。
月明かりの下でそっと手を差し伸べながら静かに佇んでいるその姿は、
物腰の柔らかい雰囲気の中に、凛とした誠実な気質がすっとまっすぐに
体の中に通っている、そんな印象を篠田に与えた。

(そうか・・・昴が・・・)

唖然とした表情が徐々に薄れていき、やつれきった篠田の顔に、
合点した表情が薄く浮かんでいった。
身体全体の力がへなへなと抜けていく感覚を覚えながら、
篠田は吉岡から視線を逸らして、地面についていた両手を、
軽く折り曲げていた膝の上に置いて俯いた。

「やっぱりわかっちゃったんだな・・・」

ぽつん、と言った呟き声が膝の中でくぐもった。それからふと、
大丈夫かと問いかけた吉岡の言葉を思い出して、

「大丈夫じゃ、ないですよ・・・。飛び降りられなかったんだから・・・」

と言って卑屈に笑った。喉が、痛いくらいに乾いていた。

「死ぬことも満足にできやしない・・・」

ぎゅっと膝頭のズボンを握りしめた篠田の横に、
吉岡が静かに座る気配がした。
説教でも垂れる気かと篠田はうなだれながら身構えたが、
しかし吉岡は何も言わなかった。何も言わずに、
横にそっと座っているだけだった。
二人の頭上で、
木々が夜風に歌っていた。
さわさわと、
さわさわと、
夜風の孤独に葉擦れが揺れ動いている。
篠田は、一人にしてくれ、と何故か言葉に出して言うことが出来なかった。
永遠に一人きりになるためにこの場所に来たはずなのに、
今は何故か隣の温もりから離れたくなかった。一人には、
なりたくなかった。

「きれいですね・・・」

やわらかな声が耳に聞こえてきて、
篠田は膝に埋めていた顔をゆっくりと上げて隣を見た。
吉岡は月空を見上げている。
冴え渡った銀の光が、その横顔を静かにひっそりと照らしている。
ぼんやりとした視線を向けている篠田に吉岡はふっと振り向き、
そしてにこりと笑った。それはふいの新緑の風に吹かれたような、
そんな感覚のする笑顔だった。

(なんて清潔な笑顔なんだろう・・・)

そう無意識に胸のうちで呟いてしまったくらいに、
それは粋然とした笑みだった。
吉岡は篠田に微笑んだだけであとは別に何も言わず、
また静かに夜空を見上げていった。
篠田はその横顔から伏し目がちに視線を外して地面へと向きかけ、
そこでふと何かに気付いたように目線を持ち上げ直して、
吉岡の右腕に視線を止めた。よく見ると、その腕の片側全体に、
スライドしたときにつくような泥が真新しくこすりついている。
篠田は自分の服を見回した。地面に転がり落ちたはずの自分の服には、
しかしどこにも泥がついていない。
篠田は改めて吉岡の横顔を見つめなおした。
それは、あるがままにそこにきちんと存在できている優しさ、
純粋な強さからくる逞しさが自然とにじみ出ているような、
そんな横顔だった。
篠田は、昴がどうして大勢の人の中から吉岡一人を選んで頼ったのか、
そのとき頭ではなく、心ではっきりと理解できたような気がした。

(昴はきっと・・・この人の持つ確かな強さと信頼感を、
本能的に嗅ぎ取ったんだ・・・)

そう思いながら地面に目線を落とした篠田の視界が、
ぐわりと一気に涙で歪んでいった。それは、どうしようもなく
情けない涙だった。

(情けない・・・。おれは情けない・・・)

篠田の目から涙が溢れ出し、一度こぼれた涙は、後を絶たずに流れ続けた。
体裁など構う余裕もなく、篠田はただ思いのままに泣き続けた。
吉岡は、そんな篠田の横に黙って静かに寄り添っている。
それはとても温かく、そっと肩を包み込んでくるような優しい沈黙だった。
篠田は泣き続け、そして不様な姿で思い切り泣けることに、
心のどこかでありがたささえ感じていた。

「金が尽きてしまって・・・」

発作のような涙がようやく治まったところで、
篠田は顔を宙に向けてぽつりと話しを切り出した。

「ガソリンが切れてしまって、それで給油しようとこのサービスエリアに
立ち寄ったんですが、財布を開けたら空でね。それを見た途端に、
なんだか急に何もかもが馬鹿らしく思えてしまって・・・。
死んでしまおうかな、なんて思ったんですよ、突然に。もういいやってね。
別れた妻の実家がここから遠くない場所にあるので携帯で連絡をして、
子供たちが佐野のサービスエリアに居るから今すぐ迎えにいってやってくれと。
それから自分は一人でこの場所に来て・・・」

篠田はぼんやりとした眼差しを金網柵へと向けた。
その向こう側には墨で塗られたような暗闇があるだけで、
その先には何も見えなかった。篠田は視線を宙に戻した。

「金が、どうしても稼げなかったんですよ・・・」

黙って静かに耳を傾けていてくれている吉岡に、
篠田はさらに切れ切れに話を続けていった。

「でもね、以前はこんなんじゃなかった・・・。前はきちんと・・・」

途切れがちな言葉はそこでまた止まり、
篠田は夜空を仰ぎながら深く息を吸った。
それから何かのしこりを吐き出すように重く息を吐き出していく。

「前科があるんですよ、わたし・・・」

そう云って自嘲するように鼻で笑って、篠田は吉岡を見た。

「そんな奴がする話、まともには聞きたくないでしょうけど・・・」

吉岡は篠田の目を見つめながらそっと首を横に振った。

「そんなことありません」

篠田は口を開きかけたまま、吸い込まれたように吉岡の顔を見つめた。
穏やかだが芯の通った心を映し出している瞳が、
まっすぐに篠田の顔を見つめ返している。
開きかけたまま止まっていた篠田の口が、再び動き出していった。

「汚職だったんですよ。架空の秘書の給与を選挙運動に回したっていう罪で。
一年半の実刑を受けました。執行猶予はなしです。よくある話ですよ」

篠田は口元だけで寂しく笑って、視線を宙に定めた。

「貯めていた貯金は弁護士への費用で殆どなくなってしまいました。
保身の為に払った裁判の費用で保身を崩してしまったんです。笑い種ですよね。
妻には刑務所から離婚届を出しました。まだ彼女は再婚可能な年だったし、
子供が二人もいては再婚の邪魔になるだろうから、子供はわたしが出所するまで
わたしの実家で育てると伝えました。わたしには出来すぎた人だったから、
せめてもの罪滅ぼしのつもりでした。妻は離婚しないと書いた手紙と一緒に
離婚届を何度も送り返してきましたが、やがて諦めたのか、妻からの手紙は
止まって、わたしの母親から、妻が実家を出て行ったとある日の面会で
告げられました。離婚届には判を押さずに出て行ったそうです。
それから今日まで、妻とは一切連絡を取ってませんでした・・・」

宙を見つめる篠田の目が、ふっと遠くへ向けられていく。

「出所後は、何でもできるって思ってたんですけどね、子供たちの為なら。
でも実際はそんなに甘くなかった。職を見つけて働き出すと、どういうわけか
すぐにわかってしまうんですよ、周囲に、前科のことがね。
噂はすぐに広まりますから、それで上からもっともらしい理由をつけられて
翌日解雇です。仮釈放の保護期間が終わったあとは、県外にも出ました。
だけどどこにいてもやっぱり同じことの繰り返しでね、結局、子供たちには
六回も転校させてしまいました。二年で六回もです。
そのうちにわたしの母親がぽっくり逝ってしまいまして、どうせどこにいても
同じ辛い思いをするのなら、昴が好きな山に囲まれた場所で頑張ろうと、
母親の葬式をきっかけに地元に腰を下ろそうとしたんですけどね、
故郷の人たちの風はどこよりも厳しい。それでも頑張って職を転々としながら
今日までなんとかやってきたんですけど。今日は楓・・・、娘のことですが、
あの子の誕生日でね、前からディズニーランドに連れて行くって約束していた
ものだから、なけなしの金を使ってレンタカーを借りましてね、一日三人で
思い切り遊んできました。それで帰りにガゾリンがなくなってしまって・・・」

篠田はまた金網の柵に目を向けて、そしてポツリと言い足した。

「楓の誕生日だったのにな・・・・・」

途方に暮れきったような篠田の顔が、月の光の下に青白く照らされていた。
吉岡の瞳がそっと伏せられていく。

「私なりにね、今までずっと頑張ってきたんですけど。家族はもちろん、
市のため、町のためにってね、でもね、良かれと思って蒔いてきた種は、
芽が出たら全部雑草でした。ずっと間違った種を蒔いていたんですよ。
気付いたときには周り中雑草だらけでね・・・。人生なんて・・・、」

そこでふっと途切れた言葉に、吉岡は目線を上げて篠田を見た。
篠田は、どこか彼方をじっと見据えている。

「人生なんて、こんなもんですよね。勘違いと後悔の繰り返しですよ」

そう言ってまた自嘲的に笑いながら吉岡の顔に向けた篠田の目の奥には、
同意を求める気持ちと、しかしそれを跳ね除けてほしいと願うような、
複雑な感情の色が綯い交ぜに浮かんでいた。

「一瞬先はほんとに闇なんだ。欺瞞に満ちた闇だけですよ。
未来なんてまやかしにすぎない。あなたはそう思いませんか?」

問いを請う篠田の気持ちを受け止めながら、
吉岡は自分の思いを手繰り寄せるように遠くを見つめた。
それから少し間を置いて篠田に顔を向けなおし、
微かにためらうような表情をその目に浮かべながら、そっと口を開いた。

「人生の一瞬先が闇なのかは・・・・わかりません。でも、
人生は一瞬一瞬の積み重ねなんだと、僕は思います。
自分の投げかけたほんの一瞬は、周りの人にとっては
永遠の一部分になってしまうかもしれないですよね。
それは光の粒にもなるし、闇の棘にもなってしまうものなんだと思います」

吉岡はそこまで言ってほんの少し微笑み、
一瞬微かに伏せた睫毛を上げ戻して、また静かに言葉を続けた。

「人生は確かに、勘違いと後悔の繰り返しなのかもしれません。
でもそれだけじゃ・・・ないですよね。
過去におかしてしまったことは、消えないかもしれない。
ずっと背負っていかなければならないことも、たくさんあると思います。
その重みを感じながら生きることが罪滅ぼしの一つなのかもしれません」

吉岡の長い指が風に揺れた髪をそっと梳き、瞳が夜空へと澄んでいく。

「過去は変えられません。でも、過去は未来を作っていってくれますよね。
人生は・・・過去で括られてしまうものではなくて、過去から学び、
そして学んだものを未来へと繋げていくものなんだと僕は思います。
一瞬一瞬の命が続く限り、人は学び、向上していくものなんだと。そこに、
限界はないと思います」

吉岡は篠田に視線を戻すと、穏やかな眼差しでそっと微笑んだ。

「篠田さんは、これまでずっと頑張ってこられましたよね。
本当に頑張ってこられたと思います。そしてそれも篠田さんの過去です。
それは確かな足取りですよね。すばる君もかえでちゃんも、
頑張ってきた篠田さんの姿をちゃんとしっかり見てきています」

篠田の顔がぐっと泣き顔に崩れていった。吉岡の言葉が静かに続く。

「未来は未定です。だからこそ素晴らしいものだと思うんです。
そこに、希望は必ずあると思います」

吉岡はそう云って、深く微笑んだ。その笑みを見つめる篠田の頬に、
再び涙が零れ落ちてくる。しかしそれは、情けない涙だとは、
篠田はもう思わなかった。

「もう帰らないと・・・。子供たちが待ってるから」

涙にぬれた顔をぐっと上げて、篠田は言った。



サービスエリアの上下線を結ぶ通路階段を篠田が一歩踏み降りたとき、
遠くから昴の呼ぶ叫び声が聞こえてきた。
おとうさーん!と何度も大声で呼びかけながら、
小さな体が駐車場を通路階段に向かって駆けて来る。
篠田も急いで階段を降りていき、駐車場の中を息子に向かって走っていった。
互いに走りよって抱き合った親子の姿を、
吉岡は降りきった通路階段の横に佇みながら静かにそっと見守っていた。
その姿に気付いた昴が、吉岡に向かって駆けてくる。
その身体はまだ、吉岡のハーフコートに包まれていた。

「おとうさんを見つけてくれてありがとう!」

弾丸のような勢いで吉岡の胸に飛びこんできた昴は、満面の笑顔で言った。

「いいえ」

吉岡もにっこりと笑って答える。

「ぼく怖くなかったし、ずっとあたたかかったよ、これ着てたから」

昴は不器用そうに、しかし大事そうにハーフコートを脱いで、
それを吉岡に返した。ありがとう、と言って吉岡は、
笑顔を深めて昴の手からハーフコートを受け取る。

「あのね見て、おかあさんも来てくれたんだよ!」

昴は後ろに振り返って、駐車場の端に停めてあるプリウスの方を指差した。
その指先を辿っていった吉岡の視界に、楓を腕に抱き上げている女性が、
車の前に立って篠田の方を見つめている姿が目に入ってきた。
吉岡は昴に視線を戻し、

「よかったね」

と云って嬉しそうに微笑んだ。

「うん」

昴も嬉しそうに微笑んで大きく頷き、それから、

「よしおかさんのおさいふ、ここに入ってるよ」

と言って吉岡が手に持っているハーフコートのポケットを指差した。

「にてたけどよく見たらおとうさんのじゃなかったから。
だいじょうぶ、いっせんもつかってないよ」

吉岡は愛しそうにクスっと笑って、うん、と頷いた。

「ありがとう。お父さんのはもう返しておいたから、安心してね」

昴もうん、と頷いて、それから急に真面目な顔になって、

「どうもありがとうございました」

といって改まって吉岡に頭を下げた。その小さな姿を見つめる吉岡の目元に、
切なそうな愛しそうな表情が深く浮かんでいく。
吉岡は腰をかがめて、目線を昴の頭の位置に合わせた。

「すばる君、元気でね」

昴は顔を上げなかった。じっと頭を下げたままぽろぽろと涙を零している。
吉岡は両手を伸ばして、その背中をそっと大きく包み込んだ。
小さな昴の手がぎゅっと吉岡の背を掴んで強く抱き返してくる。
しばらく昴はじっとそのまま吉岡に抱きついていたが、
やがてすっと離れると、父親の方に向かって勢いよく走っていった。
そして途中でくるっと後方に振り返り、吉岡に向かって力一杯に右手を大きく振った。
その後ろで、篠田が吉岡に向かって頭を下げている。
吉岡も昴に大きく手を振り返して、そして篠田に向かって深く頭を下げた。




「どこいってたんだよ、ヒデ」

ボルボの後部座席を開けた瞬間、萩原の声が助手席から飛んできた。

「外の空気吸いにいくって、吸いすぎだろうが」

運転席から筒井の声が続く。

「ごめん、ちょっと・・・」

吉岡はそういいながら後部座席に乗り込んだ。
ヒーターの効いた車内は暖かかった。

「ちょっとって、お前のちょっとは人の三年分なのかよ」

萩原の言葉に吉岡は明るく笑って、

「どれにしようか迷ちゃって」

と言って、ハーフコートの両ポケットから温かい缶コーヒーを二つ取り出し、
それを筒井と萩原に手渡した。






つづく
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吉岡刑事物語・その38 / 窓枠の青空・10

2009年12月02日 | 小説 吉岡刑事物語



サービスエリアの左奥にある急な階段の上り口まで足を運んだとき、
吉岡は後ろに振り返って、月明かりの下にぽつんと一台
寂しく駐車されているプリウスへと向かって軽く手を振った。
階段の上り口からは正反対に位置する、
駐車場の最奥端に停めれたプリウスの車内から、
その表情までは読み取ることはできないとはわかっていても、
それでも吉岡は、後部座席の車窓から、
じっと自分を見送っているだろうすばるに向けて、
安心させるようににっこりと大きく微笑んだ。
それから今一度、プリウスの周囲をさっとくまなく注視したあと、
踵を返して、すばるの気持ちに余計な不安を与えないよう、
落ち着いた足取りで目の前の階段を上っていった。

階段を上りきった場所には、右側に上り線側からアクセスする
佐野SAの駐車場が開き、左側には、まだ出来て数年の宿泊施設の建物が、
玄関灯の放つオレンジの光の中に、暗く生い茂る木立を背景にして
浮かび上がっていた。
背後に振り返った自分の姿がプリウスの視界から完全に消えたのを確かめると、
吉岡は一気に走りだした。
以前捜査で慣らしたその場所の地形は記憶の中にまだしっかりと残っている。
宿泊施設の敷地裏は鬱蒼とした常緑樹でほの暗く縁取られていて、
その切れ目の先には、アスファルトの私道が伸びているはずだった。
敷地から数十メートル下に落ちた場所に。

あそこだ。

発作的に自殺を思い立った人が、
その死を選ぶ場所はごく限られている。
すばるの父親は、階段を上がってまっすぐに
木立の先へと向かっていったはずだ。
吉岡は夜空を見上げて、月の位置を確かめた。
雪明かりのような月光が、
ひっそりと、煌々と、辺りに降り注いでいる。
夜降ちを感じるには、月の光はまだ明るすぎる。

間に合う。

吉岡は木立に向かって一直線に駆けて行く。
夜風が鋭く身を切っていった。
冷気を吸い込むたびに胸の痛みが深まっていく。
錐で差し込んでくるような痛みを取り払おうとするように、
吉岡は右手でネルシャツの上の胸元をぎゅっと掴んだ。

あそこにいる・・・。

凍った月の光のベールを纏った墨色の夜空に、
木立群が黒雲母のようにもり上がっていた。
吉岡は懸命に走り続けた。

ぼくまってる。

そう云ったすばるの顔が心を過っていく。

ぼくまってる。

すばるは笑っていた。

「ちゃんと戻るからね」

そう呟いた吉岡の心の中に、
すばるの声が繰り返しこだましていく。

ぼくまってる。

ぼく、まってる。

ぼく、

まってる・・・

僕、

待ってるよ、

父さん・・・


心の中でこだましていたすばるの声が、
ゆっくりと自分の声に変わっていった。
夜気の中を駆けていく吉岡の脳裏に、
自分の父親の姿が浮かび上がっていた。
遠い記憶の中から呼び戻されてきた父親は、
半年にもわたって入院していた病院のベッドに横たわって、
全身を医療器械のチューブに繋がれていた。

「秀隆、父さんが元気になって退院したら、
また山に登りに行こうな」

真新しい中学の制服を着て見舞いに行った日、
父親は息子にそう約束した。
プシュー、プシュー、と、
ベッドの脇に置かれた人工呼吸器の立てる器械音が、
静まり返った病室内に規則的に響き渡っていた。
あの乾ききった感覚を、
吉岡は今でも膚にはっきりと思い出すことができる。

「僕、待ってるよ、父さん」

出来る限りの笑顔で答えた息子に頷いた父親は、
そのまま再び口を開くことはなかった。
逞しかった身体は針金のようにやせ細っていき、
最後のひと月は息子の顔をそれと認識することさえできなかった。

僕、待ってるよ、父さん・・・

吉岡の眉根が苦しげにぐっと寄った。
走り抜けていく木立の隙間から、敷地を囲む境界柵が、
月明かりの下に見え始めていた。

父さん、僕は・・・

吉岡は限界の速さで走っていく。

待ってたんだ・・・。
あれからずっと、
ずっと、
父さんが帰ってくるのを、
僕は待ってた。

叶うはずはないと承知しながら約束をした父さんと、
叶うはずはないと承知しながら約束をさせてしまった僕・・・。

父さん・・・

ごめん。

引きちぎれそうな胸の痛みと同時に、
すばるの笑顔が心に鮮明に戻ってきた。
吉岡は右手を前方にのばして、
柵の上でゆらりと揺れ動いた男の腕を、
ぐいっと手前に掴み戻した。





つづく

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