比佐乃と派陀羅。
その二人が椎の木の辺りを通り過ぎると、
隠れていた白銅と善嬉は二人が行き越したと伸び上がって確か
二人の背を見送った。
「酷い様じゃの」
と、善嬉が言う。
「やはり、澄明の言う様に社は現われませなんだな」
「おかしいのお。不知火の言霊が来てしばらくしたら、
一穂様に付いておった影が消えてしもうたから
これはてっきり、双神合い並びて、あの女子を迎えに出るかと思うたのにのお」
善嬉は何度も首を傾げていた。
「善嬉にはあれらが喋っていた事聞えましたか?」
「いんや。遠すぎていかん何処にも隠れ様がない場所にへたり込みよってからに」
更に重ねて白銅が尋ねた。
「読めませぬでしょう?」
「ああ・・・確かに、読めん」
いつか聞いた反古界が確かに二人ともを包んでいたのである。
「帰りましょう」
白銅に促がされると
「そうするか」
善嬉もこの寒い中、手も足もかじこみ出していた
「しかし。なんで、澄明には判ったのかの?また、何ぞ塞いでおるな」
「まあまあ、行っても無駄でしょうと言うのを押して来たのは我々の方ですから」
「すまんの。澄明が機嫌を損なわせたのでないか?」
善嬉が、からかい半分で言うと
「いえ。私はあれらの魂の様がどんなに酷いか、
善嬉のその目で見て欲しかっただけですから」
「それだけなら、わざわざ、御前まで連れて来ぬば良かったの」
益々不貞腐れる善嬉である。
「澄明が考えおる事、当りをつけている事は、多分当っているのでしょう」
「なんじゃあ?何を聞いておる?」
「不知火がいうように、
あの女子がもう一人の子を追って行ったのは多分間違いないでしょう。
そうなると、その男は独鈷の様に伝い手として仕込まれるか、
あるいはすでにし込まれているか、
どちらにせよ、その男を今度は一穂様の替わりに政勝に宛がわす気でいるのでしょう。たぶん、政勝がマントラを唱えれる様になれば、もう、一度その影は一穂様を差配しようと現われましょう」
「いや。だったら?もう、シャクテイをその男から吸い上げればよかろう?
一穂様の所に帰ってはこまい?」
「善嬉・・・。貴方は早う、嫁を貰うたほうが良い」
「な、なんじゃ?それとこれがどんな関係がある?第一、要らぬ御節介じゃわ」
「貴方は白峰の社で、澄明が不知火の言った事で泣き出した訳が判っておらぬ」
「ど、どういう事じゃ?」
「双神はシャクテイが欲しいだけではない。
シャクテイを沸かす大元の気を問題にしておる」
「大元の気?」
「双神にどんな経緯が合ってシャクテイを吸うのか判らんが、
ただ餓えを満たす為だけのシャクテイだけでもない。
そのシャクテイが
相手への何らかの愛情から、湧いて来たものでないといけないのではないかの」
「・・・・・」
「この度の政勝を考えると、かのと、政勝はいうまでもなかろうが、
一穂様も政勝の事は兄の様に慕っておられる。
一穂からの敬慕という情に加えて政勝も反対に弟の様に可愛がっておられる。
その様からみても、
双神は相身互いに相手にかける何らかの情からの、
純粋なシャクテイが欲しいと推せます。
それに思い当たった澄明が、双神の心の哀しく淋しい深淵に気がついてしもうた」
「馬鹿な。そ、それこそ、双神まで、す、す、救おうという気でおるのか」
「あるいは」
「ば、馬鹿な・・・」
「わしは何故かのう。
ひのえならできる様な気がしてなあ。
あれは例えて言えば、善嬉のように頭で物を考えたりしとらん。
こう・・・胸の中から思いが湧いてきておる。
だから相手を読むというより
相手を思う故に何をするか、どうしてやれば良いか、
自然と見えてもくれば道も開けてくる。
鼎を救うた折りもそうじゃと思う。
なんも計算なんぞしとらん。
自然と湧かされた思いに突き進んで行くうちに慈母観音まで動かしよった。
そんな女子じゃ。
あれが思うようにしてやるのがわしには一番良い。
あれが胸を痛めて居るのが一番わしには応える」
「惚れた弱みじゃの」
「それが判らん内は善嬉も大人の男でないわ」
「まあ、ゆうておれ。が、確かに此度の事、
澄明の思う様に双神になんぞの理由があるのなら、
それを救わねばなんの解決にならぬ事やもしれぬのう」
「手負いの猪より厄介な相手です」
「うむ」
森羅山を後にした善嬉が城に帰りきて
一穂を見れば白銅の言う様に確かに黒い影は舞い戻ってきてはいなかった。
が、しばらくはこのまま見て居るが良かろうと
善嬉は念には念を入れる事にして
一穂の隣室に設えられた自分の居室に戻って行った。
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