公開授業で子どもたちが追究してきた内容の発表会の場面を見ることがある。
「かっこよく発表していて『よくできているな』『見事な子どもたちだ』などと感じる」
「発表内容を覚え、何も見ないで発表している。たぶん、今日のために練習を重ねたことが伝わってくる。立派な子どもたちだ」
「4~5人の子どもが、全員声をそろえて、呼びかけのように内容を発表している。寸劇にも感じる」
「同じような発表が続く。子どもたちは姿勢よく聞き方が素晴らしい」
授業にはこのような場面はあるが、それは子どもの学び・学習であるから、発表を終えて拍手のみでは授業とはいえない。もっと突っ込むと「拍手の意味」はと問いたくもなる・・・。
メモを取りながら発表内容から学んだこと、疑問なことなど、交流させることが本来の授業の姿になり、そこで発表内容を全体に定着させたり、学びが深まったりできる。
何故に発表場面を指導計画に盛り込んだのか、単元構想段階での吟味が甘いことが多い。発表に至る過程の指導公開がお互いの授業づくりに役に立つのである。
知識・技能に至る過程の丁寧な指導が、子どもの「資質・能力」が育つことにつながる。
「かっこよく発表していて『よくできているな』『見事な子どもたちだ』などと感じる」
「発表内容を覚え、何も見ないで発表している。たぶん、今日のために練習を重ねたことが伝わってくる。立派な子どもたちだ」
「4~5人の子どもが、全員声をそろえて、呼びかけのように内容を発表している。寸劇にも感じる」
「同じような発表が続く。子どもたちは姿勢よく聞き方が素晴らしい」
授業にはこのような場面はあるが、それは子どもの学び・学習であるから、発表を終えて拍手のみでは授業とはいえない。もっと突っ込むと「拍手の意味」はと問いたくもなる・・・。
メモを取りながら発表内容から学んだこと、疑問なことなど、交流させることが本来の授業の姿になり、そこで発表内容を全体に定着させたり、学びが深まったりできる。
何故に発表場面を指導計画に盛り込んだのか、単元構想段階での吟味が甘いことが多い。発表に至る過程の指導公開がお互いの授業づくりに役に立つのである。
知識・技能に至る過程の丁寧な指導が、子どもの「資質・能力」が育つことにつながる。
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