矢嶋武弘・Takehiroの部屋

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文化大革命(16)

2024年12月15日 05時21分30秒 | 戯曲・『文化大革命』

第九場(8月上旬。 北京・中南海にある毛沢東の居宅。 毛沢東、江青、張春橋)

江青 「どうしても行くというのですか」

毛沢東 「ああ、行かねばならない」

江青 「本当に危険ですよ。林彪一味は何をするか、分かったものではありません。 あなたにもし万一のことがあったら、私はどうなるのでしょうか」

毛沢東 「ハッハッハッハッハ、お前も年を取ったな。取越し苦労をするな。 わしはこれまで、どんな危険もどんな苦労も乗り越えてきたのだ。 天はいつも最後には、わしに味方してくれた。今度だって、必ずわしが勝つことになっているのだ。 しかも、わしは党主席だぞ。わしが敗れるようなことがあるもんか」

江青 「それは分かっています。あなたが敗れるようなことはありません。 でも、私が心配しているのは、林彪一味が何かとんでもないことを、例えばあなたの暗殺などを、考えているような気がしてなりません」

毛沢東 「そんなことはあるもんか。 林彪は、根は正直で純情な男だ。劉少奇や陳伯達のように陰険ではない。 わしは、病いを治して人を救うつもりで、あの男を矯正してやるのだ」

江青 「いつまでも、あの男があなたに忠実だと思っていたら、大間違いですわ。 康生同志の報告でも、林彪一味は何かを企んでいるようだと言っています。 お願いです、南方への遊説は取り止めて下さい」

毛沢東 「くどいな、お前は。わしは行くと言ったら行くのだ。 すでに、上海をはじめ地方の革命委員会には通告してある。今さら、止めるわけにはいかない。 なあ、張春橋、そうだろう」

張春橋 「はあ・・・」

江青 「張同志も心配そうですよ」

毛沢東 「いや、わしだって馬鹿ではない。十分に気を付けるさ。(その時、電話が鳴る。毛沢東が受話器を取る) ああ、もしもし、総理か・・・・・・なにっ・・・分かった。それじゃ、すぐに列車で行くことにしよう・・・・・・大丈夫、心配はご無用、行かないわけにはいかないからね。 何かあったら、また連絡を頼みますよ。それでは」(毛沢東、受話器を置く)

江青 「総理から、どういうお話しですか」

毛沢東 「なに、わしが乗る飛行機に、時限爆弾が仕掛けられているかもしれないというのだ。 だから、汽車で行くことにするよ」

江青 「それごらんなさい! あなたは狙われているのです、汽車も駄目です。南方行きはすぐに止めて下さい!」

毛沢東 「うるさい! ここで、わしが南方行きを止めたら、どうなるというんだ。 林彪一派はますます図に乗って、広州や上海に手を回すぞ。それに、もし連中が時限爆弾を仕掛けたのなら、これを機にあいつらを叩きつぶす絶好のチャンスだ。

 今度こそ、わしの最後の闘争となる。 ここで臆病風に吹かれていたら、あいつらの“思う壷”にはまるだけだ。わしは行く。 張春橋、君は一足先に上海へ行って工作を始めてくれ」

張春橋 「私が行くのはいいのですが、主席がいま行かれるのは、果たして・・・」

毛沢東 「ええい、つべこべ言うな! 総理にも言ってある。早く汽車の準備をさせろ!」

張春橋 「承知しました。 それでは汽車の準備をさせ、私が一足先に行くことにしなす」(張春橋、退場)

江青 「あなたには、いくら言っても無駄ですね」

毛沢東 「いいか、さっきも言ったように、これはわしにとって最後の闘争になる。 わしの人生と党生活において、おそらく最大の運命の岐路となるものだ。 長い間、わしと行動を共にした林彪を倒すか、それとも、わしが倒れるかの瀬戸際の戦いが始まったのだ。 

 天はきっとわしに味方してくれるだろう。 万一、林彪一派の暗殺計画があろうとも、ここで怖じ気づいたら、悔いを後世に残すことになる。 もう、わしも、どうせ長くは生きられない身だ。わしに、最後の闘争を十分にやらせてくれ」

江青 「仕方ありませんわ。 あなたの強運を祈っています」

 

第十場(9月上旬。北京・中南海にある林彪の居宅。 林彪、黄永勝、葉群、林豆豆)

林彪 「今度こそ、上手くいくはずだ。 豆豆、お前にも、驚かないように前もって言っておくが、毛主席は間もなく死亡する」

林豆豆 「えっ、お父さん、それは本当ですか」

林彪 「本当だ。 呉法憲同志や立果が、全ての手筈をとって、間もなく毛主席の乗った汽車を爆撃することになっている」

林豆豆 「まあ、なんということを!」

葉群 「驚くのも無理はないでしょう。 でも、豆豆、いま毛沢東を葬らなければ、もうすぐ私達の方が破滅してしまうのですよ」

林彪 「お前も、毛主席が南方でいま、何をしているかよく知っているだろう。 私のことを“反党分子”だと決めつける演説を行なっているのだ。 彼は間もなく、上海で党の中央会議を召集して、私やお母さん、それに私の仲間を罷免し、抹殺しようとしているのだ」

林豆豆 「お父さんと毛主席の間が、上手くいっていないことは知っていましたが、そんなにも事態は深刻になっているのですか」

林彪 「そうだ。事態は、毛沢東が倒れるか、私が倒されるかのどちらかなのだ。 毛沢東死亡のニュースが入る前に、お前にはそのことだけを言っておきたかった」

葉群 「だから、あなたをここに呼んで話しているのです。 毛沢東が死んでも驚いてはいけません。 そうなっても、こちらとしては、打つ手は全て打ってあるのです。分かりましたか」

林豆豆 「でも、あんまり重大なことなので、私には何がなんだかよく分かりません」

黄永勝 「お嬢さん。要するに、どんなショッキングなことが起きても、あなたはお父さんやお母さんと一緒に、冷静に行動してくれれば良いのです。 それを前もって、あなたに言っておきたかったのだ」

林豆豆 「そうですか。 もちろん私は、父や母と一緒に生きていくしかありませんが・・・」

林彪 「うむ、そう覚悟しておればいいのだ」(その時、電話が鳴る。葉群が受話器を取る)

葉群 「もしもし、はい、私です・・・ああ、あなたですか・・・はい、いま代わります。 あなた、呉法憲同志です」(葉群が、受話器を林彪に渡す)

林彪 「ああ、私だ、上手くいったか・・・・・・なに! そんな馬鹿な・・・よし、それじゃ、こちらで総参謀長と相談して次の手を考える。 君も至急、こちらに来てくれないか・・・うむ、それじゃ後で。(林彪、受話器を置く) 毛沢東の乗った汽車の爆撃は未遂に終った」

黄永勝 「どうしたのですか!」

葉群 「そんなことが・・・」

林彪 「上海空軍の師団長がB-52暗殺の重責に耐えかねて、自分の妻に目を針で突かせ、飛行寸前に取り止めたというのだ。馬鹿な奴だ!」

葉群 「なんと臆病な男なんでしょう。 自分の目を傷つけるくらいなら、思い切ってやればいいのに」

黄永勝 「困ったぞ。他にいい手段があるだろうか」

林彪 「仕方がない。最後の手を打つしかなくなった。 われわれの暗殺計画はまだ漏れていない。だから、B-52はこのまま上海に入るはずだ。 そこで、あいつを解放軍の手で拉致し、すぐに始末するしかない。 それ以外に、残された方法はないだろう」

黄永勝 「うむ、それしかないでしょう。 空からの爆撃が未遂に終ったのなら、あとは陸軍の手で“からめ取る”しかない。よし、すぐ手を打ちましょう」

林彪 「事は急を要する、直ちにそうしてくれ。上海空軍の師団長は、すぐに片づける。 それにしても、われわれの暗殺計画が“ばれる”のは、もはや時間の問題となってきた。毛沢東が上海にいる機会を逃せば、万事休すだ」

黄永勝 「すぐに、上海方面の解放軍の同志に指令を出します。 副主席は、呉法憲や御子息に新たな命令を出して下さい」

林彪 「うむ、そうしよう。 豆豆、毛沢東はあと数日生き長らえることになった。お前は、お父さんやお母さんのためにも、このことは決して口外してはならんぞ」

葉群 「いいですね、今が一番大事な時ですよ。 あなたは勿論、私達と一緒にやっていくのです。 『空軍報』の記者の仕事は、暫く休んでいなさい。分かりましたか」

林豆豆 「はい、分かりました。記者の仕事は、体調が悪いという理由で暫く休みます。 このことは、決して他の人にはしゃべったりしません」

 

第十一場(9月11日。北京市郊外にある某アパートの一室。 疲れ切った林豆豆が、苦しげな表情でモノローグを続ける)

林豆豆 「ああ、なんということでしょう。 私の愛する父や母、それに兄が、私の尊敬してやまない毛主席を殺そうとしている。そんなことは夢にも考えられないことだった。 でも、現実は、明日にも毛主席が捕えられ、殺されようとしている。

 私は、このことは誰にも口外しないと、父や母に約束した。 でも、恐ろしくて眠れない夜が続いている。私はどうすればいいのだろう。 こんなに心が苛まれたことは今までにない。こんなに苦しい思いを味わうくらいなら、いっそ死んでしまう方がましだ。

 ああ、私の運命はどうなるのだろう。 これまで二十年以上も、父や母から慈しみを受けながら、なんの悩みもなく育ってきた私が、いま地獄の苦しみに責め苛まれるなんて・・・私はどうすればいいのだ。

 このまま黙っていれば、毛主席は間違いなく殺される。 反逆・・・そうだ、父や母は反逆を犯そうとしている。 反逆という大きな罪を、父や母は犯そうとしている。でも、父や母は、いま毛主席を討たなかったら、逆に滅亡してしまうだろう。

 私を長い間育ててくれた父や母、それに兄も、この世から消えてしまうのだ。 そうなれば、私は独りぽっち・・・でも、私がこのことを誰にも言わなければ、この世で最も恐ろしい罪が犯されてしまう。 中国共産党史上、前例のない党主席の暗殺という大罪が・・・

 ああ、私はどうすればいいのだ。 このままでは毛主席は殺され、周総理も葬り去られるだろう。そうなれば、中国は・・・中国は一体どうなるのだろう。 もし、父や母の暗殺計画が失敗したら・・・私に罪はなくとも、大罪人の娘ということで、私の運命も終わりだ。

 私も中国共産党員の一人・・・これほどの大逆事件を黙って見ていていいのだろうか。 たとえ、それが父や母の手によるものであろうと、罪は罪、悪事は悪事ではないか・・・ああ、天よ、私に強い心を持たせて下さい! どうか、正義の心を奮い立たせて下さい!

 大義、親を滅すと言います。 劉少奇の娘が父を裏切ったように、林彪の娘も父を裏切るのでしょうか・・・ああ、天よ、私に“非孔の誉れ”を示させて下さい。 今日、私はこのことを周総理に話します。そのことを決意します。

 私は、父を母を兄を裏切ります。 これほどまでの苦しみ、これほどまでの苛酷な運命を私に押しつけた天よ、どちらを選ぼうとも、私は罪を犯すことになるのです。どうか、私の罪を許して下さい。 いえ、どうか、私を親不孝の罪人として、末長く罰して下さい!」(林豆豆、号泣しながら倒れ伏す)

 

第十二場(同じく9月11日の午後。北京・中南海にある周恩来の執務室。 周恩来と李先念)

李先念 「素晴らしい天気ですね、北京秋天の季節になってきましたな。 毛主席も、上海方面で演説を順調にこなしていると聞いています」

周恩来 「そうだね。 主席にもしもの事があったらと心配していたが、無事に進めているようだ」

李先念 「至る所で林彪を陰に陽に批判して、地固めをしているようです。 主席はあさって、南京経由で北京に戻ってくるでしょう」

周恩来 「そうなれば、北京であろうと上海であろうと、近いうちに中央委員会総会を開いて、今度こそ林彪一派を払拭することができる」

李先念 「随分、やりやすくなりますな。 頭の固いソ連寄りの軍人どもを切り捨てれば、われわれの仕事もずっと良く“はかどる”というものです」

周恩来 「まったく文化大革命のせいで、林彪一派の軍人がのし上がってきたために、中国の近代化も、国際的な躍進も予想以上に遅れてしまった。 この遅れを取り戻さなくてはいかん」

李先念 「そうです、そうです。 林彪自身にも、早く引導を渡さなければ・・・ところで、今日はこれから、日本の自民党訪中団ともお会いする予定ですね」

周恩来 「うむ、川崎秀二さん達と会う予定だよ。 日本とも、これからいよいよ交流を深めて、早く国交正常化を実現しなくてはならん。 ニクソン訪中を世界に発表したから、日本国内の動きもだいぶ変わってくるだろう。 佐藤内閣も、苦しい立場に追い込まれたと言えるな」

李先念 「日中関係の展望も明るくなってきましたね。これも、総理の政治力のお陰です」

周恩来 「いやいや・・・(その時、机の上の電話が鳴る。周恩来が受話器を取る) もしもし、ああ、そうだ。 えっ、林彪の娘が・・・すぐ、つないでくれ。・・・もしもし、ああ、私だ。・・・・・・なにっ! それは本当か・・・・・・よし、どうも有難う。

 君には絶対に迷惑がかからないよう、私が保証する。安心したまえ、よく知らせてくれた。 君は中国の危機を救ったのだ、なにも恥じるところはない。 また何かあったら、すぐに知らせてほしい。それでは。(周恩来、受話器を置く) 一大事だ! 林彪の部隊が上海で毛主席を逮捕し、殺害しようとしている。いま、林彪の娘が知らせてくれた」

李先念 「なんということを・・・」(周恩来が卓上のブザーを押すと、女性秘書がすぐに入ってくる)

周恩来 「日本の川崎さん達とは、急用で会えなくなった。会見は明日以降に延期してほしいと伝えてくれ」

女秘書 「承知しました。そのようにお伝えします」(秘書が執務室を出ていく)

李先念 「総理!」

周恩来 「私はすぐに上海に電話をする。早く主席とつながればいいが・・・君はすぐ、汪東興をここに呼んでくれたまえ。 林彪一派を逮捕するのだ! 一刻も猶予はできない、絶対に内密にすぐやってほしい」

李先念 「承知しました」(李先念、急いで退場)


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