5月4日に権現山に行ったおかげだと思うが、腰の調子がよくなった。
やはり、山歩きはからだにいい。
しかし、しばらくさぼっていたつけだろうか、山を歩いてきても体重が75kを切ってくれない。
そこで、今日も歩きに行くことにして、毎度おなじみ、便のいい越生の大高取山に出かけた。
今回は、越生の一つ手前の武州唐沢から歩いてみた。
前回の経験から、山中では花は見られない時期だと判断して、山麓の民家のまわりで花の写真の練習。
人が植えたもの、自然のもの選ばずに撮ってみた。
小川が流れていて、傍らにある林からひときわ高らかにさえずる鳥の声。
その姿をさがして林に近づくとニセアカシアに似た葉を繁らせ、黄色い花をたくさんつけた木があった。
帰ってからネットで調べるとどうもこれはアカシアに似ている。
大高取山の姿が見えた。もう少しで虚空蔵尊とさくら山公園だ。
また民家のまわりでアヤメを見かけたので撮影。
虚空蔵尊の階段に到着。写真を撮りながらのんびり歩いてきたので50分ほどかかてしまった。
虚空蔵さんは、丑年と寅年の守り本尊だそうだ。
だから牛。片方は撮らなかったけど寅(虎)。だじゃれ(笑)
さくら山公園の中を抜けていく。ここにも鹿が現れるのだろう。若木にはネットがしてある。
公園なので、ベンチを新設していた。
サクラは終わっているけどなかなかいい景色だ。
ここがさくら山の最高点。
丸太のベンチ。裏の林の中にも丸太のベンチがたくさん用意してあった。
そんなに古い公園ではないので木が全体的に若い。いろんな種類のサクラが植えてある。
道は幅も広くて歩きやすい。
看板があった。「テーダ松林」。
この看板でテーダ松という名を知った。
ここで虚空蔵尊の脇の谷からあがってくる道と合流した。
これは灌木の新芽。
道はますますよくなった。
その道は、幕岩展望台を通って山頂にいく道なので、途中からまだ歩いたことのないふれあいの里山展望台への道に入った。
ここがその展望台。虚空蔵さんからゆっくり歩いて40分。
木が切られていて、展望がある。ベンチも結構たくさんあった。
看板をよくみるとここが「だいこう寺跡」だった。
桂木観音への道の途中でこの「だいこう寺跡」という案内看板を何度か見ていたが、今日はじめてそこに来たことになる。
「だいこう寺」がどんな寺なのかについての説明はどこにもない。
ひらがなで書いてあるところから、地元の人のあいだで語り継がれてきたものなのだろう。
案内の地図によると虚空蔵尊からさくら山に入らずに谷沿いにあがってくれば、途中でコアジサイが見られるようだ。
今月中から6月の初めころにそのコースを歩いてみようかな。
そこから山頂をめざして歩いていたら、間違えて桂木観音の方にすすんでしまった。
途中にまた「幕岩」と「大高取山」の矢印があったのだが、「また幕岩への道か」と無視してしまった。
でも地図をよく確認すると、私が予定していたルートは幕岩への道の途中から山頂稜線に出るものだった。
そこで矢印看板のところに戻って登りなおす。大高取山はとにかくルートがたくさんあるのだ。
山頂に到着。だれもいなかった。
さきほどのふれあいの里山展望台から30分。
道を間違えなければ20分ちょっとで着くだろう。
自撮りで記念撮影。
なんと山頂の西側の木が切られて奥武蔵の山々が見えるようになっていた。
山頂は丸坊主にはなっていないが、少し西にはいったところを大きく切り開いてあった。
これも登山客誘致のためなのか。
左の方が関八州見晴らし台の方角だが、どの峰がそうだか見当がつかない。
こちらは以前からの展望。今日はかすんでいて、さいたま市の高層ビル群がやっと見える程度だった。
下山ルートは越生駅の方に向かい、まだ寄ったことがない西山高取を通って世界無名戦士の墓に出ようと思う。
このルートの目印、石灰岩の露頭。
西山高取は、大高取山と越生駅を結ぶ尾根の中間にあるピークなのだが、広く木が切られて展望台になっていた。
いつもはこのピークをまいてしまっていたが、こんな大展望の場所だとは知らなかった。
ここでガスをセットしてコーヒーを入れて休憩した。
ここが世界無名戦士の墓。西山高取から30分弱くらい。
引き取り手のなかった戦没者の遺骨を葬るとともに、世界中の無名戦士者を慰霊しているそうだ。
その敷地のすみっこにコアジサイがあった。もう立派に咲きそろっていた。
これでは、虚空蔵と里山展望台のあいだのコアジサイもすでに咲き始めているのだろう。
これは6月まで待たずにもう一度着た方がよさそうだ。
このあとまっすぐに下らず五大尊つつじ山公園にまわってみた。
もちろんつつじは完全に終わっていたが、今度ほかの人を連れてきた時のコースの確認も兼ねている。
回り道をしたので越生の駅には12時48分の到着だった。
コロナ前から比べたら4kgも増えています。(>_<)