エンフバヤル大統領を表敬訪問した後、エンフボルド首相を表敬訪問です。
15時30分から同じ政府庁舎内にある首相の会議室でエンフボルド首相にお会いしました。エンフボルド首相は与党、モンゴル人民革命党の党首もお務めです。
写真、左の奥から三人目で座られている方がエンフボルド首相です。ガッシリした体格のお若い方です。
15時30分から同じ政府庁舎内にある首相の会議室でエンフボルド首相にお会いしました。エンフボルド首相は与党、モンゴル人民革命党の党首もお務めです。
写真、左の奥から三人目で座られている方がエンフボルド首相です。ガッシリした体格のお若い方です。
昼食会終了後、14時30分にモンゴル政府庁舎に行きエンフバヤル大統領を表敬訪問しました。写真はエンフバヤル大統領と武部幹事長との会見風景です。
正面、国家の紋章の下、右側がエンフバヤル大統領、左側が武部幹事長です。当然、新人議員には出番がありません。その分、気が楽でカメラマンの真似事をしながらの盗み撮り風のショットでした。
正面、国家の紋章の下、右側がエンフバヤル大統領、左側が武部幹事長です。当然、新人議員には出番がありません。その分、気が楽でカメラマンの真似事をしながらの盗み撮り風のショットでした。
モンゴル日本友好議員連盟代表の方達との昼食会に年に一場所のモンゴル相撲の大会で12年連続でチャンピオンに輝いた国民的英雄で現在、国会議員をお務めのバトエルデネさんと記念写真を撮りました。バトエルデネ議員の所属は与党のモンゴル人民革命党です。
さすが12年連続のチャンピオン、ガッシリした体格は常人ではありません。優しい目をされていたのが印象的でした。
さすが12年連続のチャンピオン、ガッシリした体格は常人ではありません。優しい目をされていたのが印象的でした。
市内の視察を終え、大使館に戻り、12時30分からモンゴル日本議員友好連盟代表の皆さんとの昼食会に出席しました。
同じ席に座った民主党のソドノムツェレン議員(左)、ランバー議員(右から二人目)との記念写真です。ソドノムツェレンさんは1999年から2000年までの間、農牧業・産業大臣をされていた方です。ランバーさんは社会政策常任委員会の委員長さんをお務めだそうです。
右端は日本大使館職員の大津さん、通訳をしていただきました。お世話になりました。
同じ席に座った民主党のソドノムツェレン議員(左)、ランバー議員(右から二人目)との記念写真です。ソドノムツェレンさんは1999年から2000年までの間、農牧業・産業大臣をされていた方です。ランバーさんは社会政策常任委員会の委員長さんをお務めだそうです。
右端は日本大使館職員の大津さん、通訳をしていただきました。お世話になりました。
慰霊碑への献花を終えてからウランバートル市内の視察見学をさせていただきました。先ず初めに伺ったのがラマ教の寺院、ガンダン寺です。社会主義革命の中でもこの寺だけは取り壊されなかった、モンゴル精神の象徴のようなお寺だそうです。
帰国の思いを叶えられなかった方達の慰霊のために建立された慰霊碑。その慰霊碑の立つ丘の上からの景色です。歩いて帰る事を拒絶するような雄大さです。この景色を見ながら、帰りたかっただろうなあ、と思うだけで涙が出て来ます。素晴らしい景色だからこそ辛くなります。水俣の美しすぎる海を見た時と同じ感情が出てきました。
5月3日(水)、訪問の旅も六日目、いよいよ明日は帰国です。
本日は9時にホテルを出発してバスで30分、ウランバートル市北方のダムバダルジャーにある抑留中に亡くなられた日本人の方の慰霊碑に献花しました。
1945年から1947年の間、第2次世界大戦の終戦時に12000人以上の日本の軍人が捕虜になり強制就労させられ、その内、1500人の方が亡くなられました。帰国の思いを叶えられなかった方達の慰霊のために2001年に慰霊碑が立てられました。
本日は9時にホテルを出発してバスで30分、ウランバートル市北方のダムバダルジャーにある抑留中に亡くなられた日本人の方の慰霊碑に献花しました。
1945年から1947年の間、第2次世界大戦の終戦時に12000人以上の日本の軍人が捕虜になり強制就労させられ、その内、1500人の方が亡くなられました。帰国の思いを叶えられなかった方達の慰霊のために2001年に慰霊碑が立てられました。
美味しい日本料理をお腹いっぱい御馳走していただいた後はモンゴル伝統音楽の鑑賞会です。いたれりつくせりの歓待、大使には心より感謝、御礼申し上げます。しかし、モンゴルの伝統音楽、そして伝統歌唱「ゴーミー」はまさしく体が楽器になっていました。
美味しいお料理と素晴らしい音楽を堪能させていただいた後、車で約30分の天文台に向かいました。天体観測、素晴らしい星空を楽しませていただきました。残念ながら天文台でのジュピター(土星)観測は雲が流れてきて一部の方は見ることが出来ませんでした。私は悪運強く、見ることが出来ました。
しかしモンゴルは緯度が高いので今の季節、夜の10時にならないと暗くなりません。美味しい日本料理を食べ、素晴らしい音楽を聞いた後に30分のデコボコ道での強制消化、良い流れだと思いました。
美味しいお料理と素晴らしい音楽を堪能させていただいた後、車で約30分の天文台に向かいました。天体観測、素晴らしい星空を楽しませていただきました。残念ながら天文台でのジュピター(土星)観測は雲が流れてきて一部の方は見ることが出来ませんでした。私は悪運強く、見ることが出来ました。
しかしモンゴルは緯度が高いので今の季節、夜の10時にならないと暗くなりません。美味しい日本料理を食べ、素晴らしい音楽を聞いた後に30分のデコボコ道での強制消化、良い流れだと思いました。
遊牧民の方の所まで行くのに、行きに2時間30分かかったのですから当然帰りも2時間30分のバスの旅です。1年生議員の指定席は一番揺れる最後部、いいんです、これで消化が進めば。などと考えているうちにウランバートル市内に戻りホテルで一休みした後、19時からの市橋日本大使主催の夕食会に出席しました。
お料理は美味しい日本料理。お刺身、天ぷら、お寿司にお蕎麦、皆さん大変に喜ばれていました。私は喜ぶ閑も無く食べに走っておりました。体重の事も忘れて。写真は大使主催の夕食会風景です。
ホテルの部屋で旅行のスーツケースを調べたら鍵がなくなっていました。旅行鞄の中には貴重品は入れていませんでので実害はありませんでした。渡辺博道先生はトランクの鍵が曲げられていたそうです。北京からウランバートルへの間で起こったようです。
お料理は美味しい日本料理。お刺身、天ぷら、お寿司にお蕎麦、皆さん大変に喜ばれていました。私は喜ぶ閑も無く食べに走っておりました。体重の事も忘れて。写真は大使主催の夕食会風景です。
ホテルの部屋で旅行のスーツケースを調べたら鍵がなくなっていました。旅行鞄の中には貴重品は入れていませんでので実害はありませんでした。渡辺博道先生はトランクの鍵が曲げられていたそうです。北京からウランバートルへの間で起こったようです。