自伝小説3 -別れの前後を振り返ってー
初版 2010年11月11日
題名: 宇宙の橋を渡って
作家: 朴サンウ
作家紹介:
1958年京畿道カンジュ生まれ。1988年「文芸中央」新人文学賞に中編「消えない輝き」が当選しデビュー。小説集「シャガールの村に降る雪」「人形の村」「ドクサン洞の天使の詩」「愛より馴染みのない」、長編小説「刃物」「いばらの冠の肖像」等。理想文学賞、洞里文学賞受賞。
作家を語る:
彼は真摯である以上に厳粛だった。答える内容はあらかじめ反芻してから、一度も言葉を変えたり言いよどむこともなく、ゆっくり話した。彼は見えない刀を脇に下げているようだった。鋭くよく焼いて鍛えた刀ではなく、鈍くかなり重い擦り減らない鋳鉄の刀だと思った。速く機敏に短時間で終えることはできないが、相手を徐々に踏みつけて砕いてしまう鋳鉄の刀。彼は鋳鉄の刀のイメージを備えていた。ハソンラン(小説家)
本文:
僕は1958年の夏に生まれた。陽暦(太陽暦)の8月16日、陰暦の7月2日だった。
はっきりした性格と熱い情熱を兼ね備えたという獅子座生まれだ。血液型はA型のRh+。僕が生まれた1958年について特別な感慨はない。ところが世の中の人は1958年に生まれたというと、きまって「まあ、58年戌年生まれ!」と言いながら変わった種族でも眺めるようにしげしげと見る。生まれた戌年にどんな呪いでもかかっているというのか?今も僕はその理由がわからない。さらに見苦しいことは「58年戌年生まれ」をあやしい目つきでながめる人でさえ、僕が心配する理由がわからないのだ。どうして1958年戌年生まれになったかわからないが、とにかくそれは深い意味のある、この世の中の不条理のように感じられる。
僕の脳裏に58年戌年生まれとして刻まれた最も有名な人物は、10・26事件で暗殺されてこの世を去った朴正煕元大統領の息子、朴ジマン氏だ。そもそも58年戌年生まれが彼に対して抱く感情は格別だ。生まれてからいくらも経たないうちに朴政権が始まり、大学生活が終わる頃までずっと維新の下で生きていたので、あれやこれやで58年戌年生まれは彼に対して格別の感情を抱かざるをえない。朴ジマン氏が陸軍士官学校を卒業した直後から、僕は陸軍士官学校で軍隊生活を始めた。そこでも58年戌年生まれの朴ジマン氏についての話が伝説のように流布していた。
朴ジマン氏が波乱万丈の人生を歩むのを見守りつつ、僕は文学のための人生を準備しようと疾風怒濤の時間の中をさまよった。作家になろうというただ一つの目標しか持っていなかったので、僕には文壇デビューがすべてを左右するキーワードというほかなかった。ところがその紆余曲折が驚くことに朴ジマン氏の父親の忌日に実を結んだ。1988年10月26日午前、自殺一歩手前で当選通知を受け取ることになったのだ。本当に不思議な縁というほかない。
話を聞く人は笑うかもしれないが、僕は6歳の時に初恋を経験した。そして30年以上過ぎた今日までもその時のことを昨日のことのように鮮やかに覚えている。少し見ないだけでも我慢できず、胸いっぱいになる恋しさ、一緒にいる間のこの上もない安らかさ、そして別れていた間の恐怖のような切ないじれったさと、別れた後で一層切なく恋しくなった歳月。今の僕は純粋さからはるかに遠い流刑地の中にいるようにそれを反芻し思い返す。
僕がその女の子に初めて会ったのは職業軍人だった父の新しい赴任地でだった。目が際立って大きかったその女の子は、うちの家族が借りて住むことになった大家のたった一人の娘だった。兄弟姉妹がいないだけではなく、どういうわけか、その女の子には母親までいなくて、幼い僕が見ても見栄えのしない格好が言葉がないほどみすぼらしかった。
まぶしい日の光が滝のようにあふれていた渓谷とザリガニ、からむらさきつつじ、山ぶどう、よもぎ、のいばらの花のようなものがひとりでに浮かんでくる同じ年生まれの女の子。近所に付き合うぐらいの同年輩の子供がだれもいなかったので、その女の子と僕が親しくなるのはあまりにも当然のことだった。その女の子と別れなければならない夕暮れを嫌い、その女の子と離れていなければならない夜も嫌いながら、そのすべてに対する償いのようにその女の子と会える朝を胸がいっぱいになりながら待ったりした。
愛おしさがひときわ深まったある春の日、その女の子と僕はうちの前で泥んこ遊びをしていた。その時、舗装していない道路を白っぽいほこりを巻き上げながらジープが走ってきて、その女の子と僕のままごとの現場を邪魔した。二人の軍人が下りて、いきなり僕をジープに乗せたのだった。その女の子はおびえて二つの大きな目を見開いたままジープに乗せられていく僕を見てどうすることもできないでいた。しかし僕はそれが軍人家族の引っ越しのやり方だということをもう知っていた。その日乗せられていく僕を見守っていたその女の子の瞳を脳裏に焼き付けながら僕はひたすら一つ決心を固めた。夜になったら引っ越し先からこっそり抜け出してもう一度その女の子のうちへ戻ろうと。