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翻訳 朴ワンソの「裸木」65
228頁3行目~231頁2行目
「駄目、駄目」
私は首を振り続けながら呟いた。
「お姉さん、かわいそうなお姉さん」
マリが泣き出しそうになって、私の背をなでた。
ジープが止まって、私達は懐かしい家の古い正門と中門を過ぎ、中庭と家系代々の花崗岩の石を通り過ぎた。母屋だけはすっきりと整頓されていた。蔀戸には分厚い波の模様の新しいガラスがはめ込まれていた。
母は居間に横たわって、私は向かいの部屋に横になった。本家からお使いの子どもが来て、伯母も毎日立ち寄って行った。
「お前が早く治らなければいけないよ。お前のお母さんのことを考えても」
伯母は毎日その日その日の母よりは私の世話を熱心にしてくれた。
「早く元気を取り戻しなさい。お前までどうにかなったら、お前のお母さんの身はどうなるの」
こんな言葉さえ付け加えるので、苦い漢方薬もごくりと飲み込んだ。
「それでも、キョンアが無事だったので非常に幸運だよ、危ないところだった」
そうとも本当に危ないところだ、かわいそうな母。私は今更のように自分が重要なので一生懸命に自分の面倒を見た。
私は徐々に速やかによくなって行った。林檎ジュースの代わりに、実が固い林檎を皮ごと食べられるようになって、少し生くさい牛乳よりは、食事がよかった。
韓屋の高い窓は青い空だけをわずかに抱えているだけで、どんな風景も現れず、障子を開けると中庭のみそ甕と、鹿や松や不老草が描かれた草花の模様を施した塀が見えた。
私はだんだん母の介護までするようになった。母は変化のない、ぼんやりした昏迷状態だった。目覚めている時も意識がないのか、見分けがつかないぼうっとした目を開けているだけで、どんな感情も読み取ることはできなかった。
「かわいそうなお母さん」
私は徐々に元気になりながら、少しずつ心をこめて母を看護した。栄養があるように工夫を凝らした重湯を煮たり、白くなった頭をきれいにすいたり、衣服もよく着替えさせたりした。
母はこうしたことを善良な子どものようにおとなしくうけいれた。こんな私を伯母はとても不憫に思って言った。
「まったくね、キョンアが世間知らずだと思っていたけど、あのことで一気に大人になってしまったね。もちろんそうならなければいけないけど。お前のお母さんはもうお前一人だけよ。たくさん孝行しなければね。どんな場合でも寂しくしたら駄目だよ」
わけのわからない体の熱と昏睡状態が、数日ずつ続く時もあった。そうした時は固く閉じた唇がおこげ湯も拒否した。私は急いで本家に連絡し、伯父が寄越した医者が黙々と注射を打って行くと、病床で徹夜した。そうした夜はとても心配しながらも、一方では充足していた。私は母のまだ柔らかい手を、心ゆくまでさすることができて、話したいことをぼそぼそとささやくこともできたから。私は実際に目覚めている母が不安だった。そのぼんやりした目を見ると、私のすべてが萎縮した。母に対する愛情も自分自身への夢も。
「かわいそうなお母さん」
私は母の手が程よく柔らかくなるまで、精一杯愛撫しながら、母にたいする愛と私の未来への夢を心ゆくまで楽しんだ。
「かわいそうな私のお母さん。お母さんがあんなことを見たなんて。うちのお母さんがあんなことを見ることがあるとは。だけどお母さん、私のためでもいつまでも長く生きなければね。こうして私が、お母さんの娘がいるじゃないの。私がお母さんを幸福にしてあげる。お兄さん達の分まで孝行してみせる。かわいそうな私のお母さん、早く直らなければ」
私は、母の手を自分の手の間に戴いて、祈祷をするように敬虔に母の快癒を祈った。
母が突然目を大きく開けた。初めはまぶしそうに細くしていたが、だんだん大きく開けて、私の目と合った。
「お母さん、私よ、キョンア」
私は大きな歓声をあげた。本当に久しぶりに母の目にぼうっとした霧が晴れて、何か感情がこもった。私は自分の視線を少しでも母から外れると、戻ってきた魂が、もう一度ふらっと離れてしまうだろうと、一心に母の目に目を合わせた。
しかし、輝いていた母の目がだんだん煩わしそうにとろんとしてきて目を閉じると、私に握られた手をそれとなく抜いて寝返りを打ってヒューと言って地面に落ち込むようにため息をついた。
「天も無常よね。息子達はすっかり連れて行って、どうして女の子だけ残したのかしら」
私はよろよろと立ち上った。かろうじて居間の障子を開け、板の間に出た。視野がぼうっとして濁って見えた。私はそのぼうっとしたものを追い払おうと、しきりに目をこすりながら北窓を開けた。荒涼とした風がチマの中にぱっと入ってきた。私はわけもなく体を震わした。風がまた裏庭を均等に荒らした。ざあっと言って、庭園の木々が爽やかで、しかもとても寒い音を出した。私はようやく身をすくめた黄色い銀杏の木を見た。華麗な光景だった。
それはどれぐらい豊かな衣装をまとって、そのような黄色の色をむやみにこぼれさせ、しかもそのように変わらず美しいのだろうか? それは花よりもはるかにきらびやかだった。
私はよろよろと裏庭へ下り立った。木の下は黄色い絨毯をかえしたように、程よくふかふかした。私はその華麗な絨毯の上に飛び込んだ。(あれまあ、女の子だけ残されたのか)恨み声とも、呪文ともいうような残酷な声が耳に残っている。
「やめて、やめて」
私は首を左右に幾度も振った。それでも足りず、寝転がった。時にはぱらぱらと金色の欠片が一枚二枚と飛び、時にはひとまとめにこぼれて来た。
私は突然寝転ぶのをやめて、激しくむせび泣いた。嗚咽は一度始まると止められなかった。まるで黄色い葉が地面にこぼれるように、私は泣いた。黄色い葉が一枚であっても、木にある落ち葉は続くだろうし、私は自分の中に溜まっていた涙分だけ泣けばいいのだ。