翻訳 朴ワンソの「裸木」60
205頁から208頁まで
彼女は私のためにケーキとパンを注文しては、パンを頬張る子供達に、ちょっとゆっくりしっかり噛んで食べなさいとか、水を飲みながら食べなさいとか小言を言った。その小言を聞くのは特に嫌ではなかった。
〈ちぇっ、母親だからなのだろうか? あんなのが母親なんて〉
堪忍袋が切れそうになって、悪罵が喉にいっぱい詰まって込み上げてきた。
「何歳?」
「6歳」
「僕は5歳」
「お子さんは賢いですね。ハンサムですね。お姉さんに似ていないです」
「間違いなく私の父を取り除いたのよ」
彼女は淡々としていた。私も別にその子供の父親まで気遣わなかった。仕方なく話題が途切れた。
私は、優しく気品すら兼ねている彼女に、馴染みが薄く堅苦しくてむちゃくちゃな気分だった。
彼女は子供達を連れて、まず席を立った。丁重な挨拶を子供たちにさせて、誇らしげに子供達を先に立たせて、私の分まで勘定を支払って出て行った。
私は一人シュークリームを潰して、べとべとする中味をなめながら、こんな人がダイアナ金なのだろうかとつくづく思った。
彼女は何セットもの服を着替えるように何セットもの自分を持っていて、随時着替えている。九尾の狐のように巧みに。どんなものが仮のダイアナで、どんなものが本物のダイアナなのだろうか? ダイアナという名前も実は仮なものだろう。本当はボクスンかスンヅクかだろう。
がむしゃらにドルに執着して黒人に抱かれて、年子としてハンサムな子供を生んで、その子供の父親の妻でもあり、オクヒドさんを侮辱したのがダイアナ金だけど、その中でいくつかの偽物があることは間違いなく、彼女自身は恐らく母親である自分の配役が一番気に入っているから、それが本当に見せたい様子だが、私は絶対にそういうふうには騙されないだろうと、何となく心を静めてしまった。
ひょっとしたら、彼女はことごとく偽りで、母親で売春婦で守銭奴で全部インチキで、インチキを取り除いたら、彼女はあたかも空っぽの洞窟のようで、完全に空っぽな彼女、私の母のような虚ろだけが残された彼女を想像して、私はようやく復讐の快感のようなものを感じた。
私はシュークリームを全部、パンをいくつか食べてしまった。誰かが水を飲みながら食べろと、言い聞かせなかったせいで、私は喉が詰まるまで愚鈍にパンを食べてしまった。
全部食べても私はかなり長くそうして座っていた。はっとするとオーバーが耐えられないほど重くなっていた。
暖炉はよく燃えて、窓それぞれに分厚い毛織のカーテンがかけてあった。外套を脱いで膝の上にまとめた。それでも私はぎこちなかった。私はすべての服を脱ぎたかった。
ふわりふわりと服を一枚一枚脱いで、さっぱりと足で投げ飛ばしたかった。快適な室内温度のせいだけではなかった。私は今外のどこをうろついていても、やはり服を脱ぎたかったのは間違いない。
そうだ。私は今キョンソホテルへ行きたがっているのだ。ジョーによって服を脱ぎたいのだ。彼は間違いなく私の服を脱がすにちがいない。同時に何重ものタブーもぼろのように脱ぎ捨ててやるんだ。
そして、また一つの期待で胸がドキドキしてきた。その期待こそ一番重要な意義を持つかもしれない。
私は彼を通して無数の無駄である自分自身から脱皮したかった。時には自分を破り、時には自分の後ろに隠れ、自分の気持ちとは無関係に、自分なりに気ままにふるまう、様々な自分から脱皮することを渇望しているのだ。
ジョーの助けで私はそうできると信じた。彼は間違いなく本当に私を見せてくれるだろう。彼を通して、私は自分の霊魂と肉体の赤裸々な姿を見たかった。
私は恐ろしくなく、堂々と壊れた屋根を白昼にも見られたらなあと思った。まっすぐに屋根の棟を突き抜ける穴を見て、粉々になった瓦を見たかった。憎まない母を見られたら一層いい。
ジョーは私の体の衣装を脱がせて、私は彼を通して霊魂のぼろをはぎとることをたくらんでいた。
私は再びオーバーを着てハンドバックから地図を取り出した。地図に描かれた道を頭に記憶させて通りへ出た。
キョンソホテルは簡単に見つけることができた。常緑樹に覆われた巨大な日本式住宅は鉄の門の上に〈キョンソホテル〉という明るいネオンサインがなかったら、普通の住宅と少しも違わなかった。
鉄の門は大きく開いたままだった。玄関までまっすぐ踏み石が置いてあって、庭園は灯がなく暗いのに、常緑樹は雪を白く載せていた。
玄関の横にガラス戸が取り付けてある、裕福そうなかなり広い事務室には、壁に女性の服が何セットかかかっているだけで誰もいなかった。
私は誰にも会わずにまっすぐに7号室を訪ねることができた。7号室の前で少しためらった。7というのは嫌いではない数字だと思う以外に迷うようなことはなかった。
純日本式な本格的な家であっても、ジョーの言葉とは違って、廊下へ出る部屋の入口がドアに改造されていた。鍵がなくてもドアはやわらかく開いた。
ジョーが窓枠に腰かけて分厚い本を読んでいた。私も窓枠に行って並んで座った。
畳を10枚ぐらい敷いた広い部屋。〈床の間〉には薪用の松の枝に黄色い菊が添えて挿してあり、片隅には桃色のシートをかぶせたダブルベッドが置いてあった。
畳の部屋に寝台という不自然な配置が私をなぜか落ち着かなくした。さらに桃色のシートは浅はかに見えて心にひっかかった。
「外が寒い?」
彼は巧みに私から外套を脱がせて、ハンガーに掛けながら尋ねた。私は頭だけちょっと振って、彼が読んでいた褐色の分厚い本をめくった。
「小説ですか?」
「いいえ」
彼は本を少し離れた所に押し込んで、例の飢えたような目で私を眺めた。ハンサムで獣のような目は私を、素早く雌の獣に作り変えていた。
しかし、私は粗野に迫ってくる彼の胸倉を押しながら、突拍子もない声を出した。
「何の本ですか? あなたが今まで何を考えていたのかわかります」
「歴史の本のようなもの」
「どこの国? 勿論あなたの国でしょう?」
「いいや、人々の歴史。人々がどのように獣から分かれて、文化を作って芸術を創造したかという話だよ」
「面白そうね。話してくれないかしら?」
「あなたにはそんなことより、もっと面白いことを教えるよ」
ジョーは私の首を温かくるんでいるセーターの襟をめくって、うなじに唇をこすりつけた。
私は体をよじって引き抜き、再びセーターの襟を正した。
「あなたは本国でそんな勉強をしたようですね。そんな勉強を何と言うんですか。歴史学? 社会学?」
「君を待つのが退屈で読んでいただけだよ。頼むからこんなものを僕達の間に挟まないでくれ」
彼は分厚い本をまた遠くに足で押した。彼の緑色の瞳が焦燥と渇きで充血した。私も焦燥した。特に、彼の褐色の本が必要なことはなくても、彼が私の服を完全に脱がせる前に、彼を少し知っておきたかった。彼が魅惑的な獣だということでなくて、もう少し別のことを知っておかなければならないだろう。
「君を愛している」
彼のあごひげがうなじに刺して、蠱惑的な低音が耳もとに囁いた。セーターの襟と前ボタンが不用心にはずれた。私は再び直すことができなかった。
- 続 -