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吞川には、いろいろなタイプの人間がいろいろな思いを抱いているだろう。直接風景を毎日見ている住民、たまたま付近を歩行や自転車で通る通行人、濃度の差はあるが自然とか川とか景色などとして興味を抱いている一般人などがあるだろう。そして、上流から下流まで、人の関心は関わり方の違いでも、思いの種類でも、内容も異なるだろう。
いずれにしても、それらの川への思いに共通するものは何だろう。人の立場や都合に関係なく、川はこうありたいとする普遍的な価値とは何だろうか?それはあるのかという疑問もあり得る。
このようなことは、残念ながら忙しい現代には議論することもできなくなっているのか。この普遍的な価値を新発見あるいは再発見し、これを認め合い、川を愛し、川と結びあう暮らしをイメージ化しそれに向かって、川をどうメンテするのかという政策合意が生まれるのか。
1.5回にわたって講座を受講(1回欠席)。吞川について基本情報を教わる。
2.吞川は、河川の概念の外にある。それは単機能、下水・汚水の逃げ道、立ち入り禁止。
3.環境・景観の構成要因でなくなり文化㈶としてもほとんど価値を喪失。
4.周辺に寺社、古い民家や庭園など貴重な緑があるが川とのつながりは薄くなった。
5.都市の人口集中と居住環境との不調和問題がここに露骨に現れている。
6.「川は美しくあらねばならない」、川へのアクセスは住民の基本的な権利の問題とし、水と水辺に利水、治水、親水のそれぞれに意識を高める運動が大切と思う。呑川の会が中心になって欲しい。汚染と景観の喪失など身近な「苦痛」は住民の知恵を集めて解決する流れを作って欲しい。
7.ただ、自分は、流域に住まない立場で、苦痛の体験者ではないので意見を述べるのは差し控える。
8.江戸から東京へ。東京の発展は沿岸部を画した近代的工業の立地に因る。埋め立ての進行、港湾、空港、工場団地と物流ターミナルの占拠。国策としての①貿易、金融、サービス業の立地②交通のシフトチェンジ(水運から陸運&航空への高速化へのシフト)が進む。結果として高密度な都市構造が築かれ住民の大半も国内国外各地からの移動人口でこれに収容された。
9.こうした都市構造は旧き時代の河川、海岸の多様性を消し去り、市民のアクセスを拒み,土地の囲い込みを許し、環境的にはその単目的化、単機能化を招き、多くの場合そこに深刻な汚染問題を生じさせた。築地市場の豊洲への移転が難しい理由の一端もその一例である。
10.結果として、食料、エネルギーの外国依存の流れとなり、生命資源(=生態系)の連続性が断たれ、その破断、廃棄、浪費が進行した。これが環境問題の本質である、
11.東京の都市構造(産業人口)の維持は環境問題を解決する転換策を見出さねば困難である。
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