田園調布から池上、山王、蒲田あたりを自転車で走ってみますと、至るところで小さな山と小さな谷があり、池と小河川が入り組んでいることが分かります。しかし残念ながら、これらは大部分が元○○池、現△△マンション、元××水路、現△△△バイパスなどとなっており、水の流れは地中の埋設管で誘導され視角から遠ざけれていて、歩いていてはなかなか気づかないものです。年齢のせいもあるのでしょうか、坂道にさしかかるたびに息が切れてこぐのを断念して歩きます。「歩く」「自転車をこぐ」ということを繰り返しながら散歩をするのですが、仕事柄、土地の利用の変遷として、都会では廃棄された農業との関係でみるようになりました。
私は過去に建設不動産事業に係わっていたため、土地を不動産とみることで固まっていました。土地を不動産とみてしまうと、やれ区画が合理的か、道路をどう付けるか、車が入れるか、駅からの距離はどうなっているか、造成費はどのくらいかかるかなど、人がこれを商品として購入する無機物としてのみ観念しておりました。商売としてはそれが必要でしたが、商売を離れていくと、自転車のお陰で土と水との関係で土地を考えるようになりました。
武蔵野台地が東京湾と多摩川に向かって張り出しているのは巨視的にみての東京都の南西部の構造ですが、縁辺を洗っているのが多摩川で、流域では山間から運ばれてきた沖積土が洪積火山土を薄く被っています。また地中深く多摩水系の地下水が水域を形成し、山あいには各地で自噴が今でもあり、世田谷区の等々力渓谷のような激しい流れ(滝)をつくっているところもあります。
こういうところに住んでみて、そして自転車で歩いてみて気がつくことは、土地というものは「水と共にある」ということの体を使っての発見でした。多摩川水系といえば、なんとなく地図の上で鳥瞰的に見て取ることが出来ますが、この多摩川のランダムな動きは台地を削って支谷をつくり、これが合流したり分派して、気ままに人の住める土地や森をつくりました。
人はそのような場所に住み、人工的に灌漑や溜め池などで必死に凶暴きわまりない水を制御して土地の利用を図ってきました。水の気ままな運動によって蹂躙され形成された土地の上を弱々しい人間の文明の力で水路を築き、溜め池をつくり、社寺を造り、農業を営んできた、これが大田区の多摩川「水域」の社会経済構造でした。
大昔から地上で人間が集落を営んだり農業を営むのは水のわき出る土地か、水のほとりの土地でした。別項に私の家の土地から出土した縄文土器や土偶の話を用意しましたが、人が生存するには水がそこにあるという条件が必要で、人が土地を利用するということは、時には凶暴化する水を利用するということと同義でした。土地は静、水は動という関係にありますが、「地」と「水」と同義だとすれば、地域を「水域」と呼称変更してもおかしくありません。人体で血と肉を分かち難いがごとく、地と水もまた分かち難いという絶対的な事実を知ることが出来ます。
自転車をこぎながら、ふとシェークスピアの「ヴェニスの商人」の裁判官ポーシャと高利貸しのユダヤ商人のやりとりの場面を思いました。
ポーシャ「確かにこの証文の期限は切れている…この債務者の心臓すれすれに1ポンドの肉を切り取るというわけだな、シャイロック、がそれとは別にして慈悲をかけてやれぬものか?」
シャイロック「あくまで証文通りにお願いいたします」
ポーシャ「あくまでもこだわるのなら仕方あるまい、法の条文に照らして差し止めることは出来ぬ。よろしい差し許す。ところで秤は用意してあるのか、切り取った肉の目方を量らねばなるまい」
シャイロック「秤はちゃんと用意してあります」
ポーシャ「では、シャイロック、外科医を呼んでおけ。お前の費用でな。傷口を手当てしないと出血のため死ぬかも知れぬ」
シャイロック「それはダメです。その事は証文に書いてございませんな」
ポーシャ「なるほど。ではよろしい。それではその商人の肉1ポンドはお前のものである。取りかかるがよい」
シャイロック「博学この上なき裁判官様、では早速…」
ポーシャ「待て、まだ告げることがある。シャイロックよ、この証文によれば、血は一滴も許されていないな。文面にははっきりと1ポンドの肉とある。されば証文通りにするがよい。血を流してはならぬぞ、また多少を問わず目方の狂いは許さぬ。…髪の毛一本に違いで秤が傾いてもその時には命は無いもの、財産は没収と覚悟をするがよい」(シエークスピア「ヴェニスの商人」より)
われわれは土地を水と共にある、もっと明確に言うと、水があるがゆえに土地があるという、さらにもっと明確に言うと、水は土地をつくり、土地は水をつくるという相互関係を認識する必要がありますし、人間や生物が地上で住めるのはこの相互関係が機能し、そして、人間がうまく制御しているからであるという事実をもっと直視しなければならないと思います。
水と土地は切り離せない、という当たり前の事実が、それを都市の論理として経済活動に利用する段になると、見事に無機的に切り離され、それぞれ商品になっていきます。水は社会の手で、井戸とか、ダムとか、溜め池とか水路とかで水資源を涵養し、誰でも(鳥獣、魚、昆虫、生きとし生きるものすべてが)使用できることが当たり前でしたが、現代は土地と水が別々のものとして切り離され、私がそうであったように不動産屋の目が土地と水を見る支配的な見方となりました。今は水資源に係わる上記のものはなんとなく消え失せ、囲われたり(ダム)、埋め立てられたり(溜め池)、カバーを掛けられたり(運河や下水道)して、社会的な共有意識もまた消え失せつつあるようです。昨今の都市開発は土と水を分けて、土を不動産として区切って「売る」、水を秤にかけて「売る」というシステムが前提ですから、土と水の肉離れという矛盾をはらみ、しばしば負担問題という、今まで考えなくても住んでいた大きな問題が起きます。
東京臨海部の大開発が進んでいますが、水はどうなっているのだろうかなと思います。もしかして利根川の厄介になるのでは?と思いますが、利根川の水は誰のものかな、ふと思いました。土と水の肉離れが上水だけではなく、都市問題をとてつもないものにしたと言えるでしょう。(了)
私は過去に建設不動産事業に係わっていたため、土地を不動産とみることで固まっていました。土地を不動産とみてしまうと、やれ区画が合理的か、道路をどう付けるか、車が入れるか、駅からの距離はどうなっているか、造成費はどのくらいかかるかなど、人がこれを商品として購入する無機物としてのみ観念しておりました。商売としてはそれが必要でしたが、商売を離れていくと、自転車のお陰で土と水との関係で土地を考えるようになりました。
武蔵野台地が東京湾と多摩川に向かって張り出しているのは巨視的にみての東京都の南西部の構造ですが、縁辺を洗っているのが多摩川で、流域では山間から運ばれてきた沖積土が洪積火山土を薄く被っています。また地中深く多摩水系の地下水が水域を形成し、山あいには各地で自噴が今でもあり、世田谷区の等々力渓谷のような激しい流れ(滝)をつくっているところもあります。
こういうところに住んでみて、そして自転車で歩いてみて気がつくことは、土地というものは「水と共にある」ということの体を使っての発見でした。多摩川水系といえば、なんとなく地図の上で鳥瞰的に見て取ることが出来ますが、この多摩川のランダムな動きは台地を削って支谷をつくり、これが合流したり分派して、気ままに人の住める土地や森をつくりました。
人はそのような場所に住み、人工的に灌漑や溜め池などで必死に凶暴きわまりない水を制御して土地の利用を図ってきました。水の気ままな運動によって蹂躙され形成された土地の上を弱々しい人間の文明の力で水路を築き、溜め池をつくり、社寺を造り、農業を営んできた、これが大田区の多摩川「水域」の社会経済構造でした。
大昔から地上で人間が集落を営んだり農業を営むのは水のわき出る土地か、水のほとりの土地でした。別項に私の家の土地から出土した縄文土器や土偶の話を用意しましたが、人が生存するには水がそこにあるという条件が必要で、人が土地を利用するということは、時には凶暴化する水を利用するということと同義でした。土地は静、水は動という関係にありますが、「地」と「水」と同義だとすれば、地域を「水域」と呼称変更してもおかしくありません。人体で血と肉を分かち難いがごとく、地と水もまた分かち難いという絶対的な事実を知ることが出来ます。
自転車をこぎながら、ふとシェークスピアの「ヴェニスの商人」の裁判官ポーシャと高利貸しのユダヤ商人のやりとりの場面を思いました。
ポーシャ「確かにこの証文の期限は切れている…この債務者の心臓すれすれに1ポンドの肉を切り取るというわけだな、シャイロック、がそれとは別にして慈悲をかけてやれぬものか?」
シャイロック「あくまで証文通りにお願いいたします」
ポーシャ「あくまでもこだわるのなら仕方あるまい、法の条文に照らして差し止めることは出来ぬ。よろしい差し許す。ところで秤は用意してあるのか、切り取った肉の目方を量らねばなるまい」
シャイロック「秤はちゃんと用意してあります」
ポーシャ「では、シャイロック、外科医を呼んでおけ。お前の費用でな。傷口を手当てしないと出血のため死ぬかも知れぬ」
シャイロック「それはダメです。その事は証文に書いてございませんな」
ポーシャ「なるほど。ではよろしい。それではその商人の肉1ポンドはお前のものである。取りかかるがよい」
シャイロック「博学この上なき裁判官様、では早速…」
ポーシャ「待て、まだ告げることがある。シャイロックよ、この証文によれば、血は一滴も許されていないな。文面にははっきりと1ポンドの肉とある。されば証文通りにするがよい。血を流してはならぬぞ、また多少を問わず目方の狂いは許さぬ。…髪の毛一本に違いで秤が傾いてもその時には命は無いもの、財産は没収と覚悟をするがよい」(シエークスピア「ヴェニスの商人」より)
われわれは土地を水と共にある、もっと明確に言うと、水があるがゆえに土地があるという、さらにもっと明確に言うと、水は土地をつくり、土地は水をつくるという相互関係を認識する必要がありますし、人間や生物が地上で住めるのはこの相互関係が機能し、そして、人間がうまく制御しているからであるという事実をもっと直視しなければならないと思います。
水と土地は切り離せない、という当たり前の事実が、それを都市の論理として経済活動に利用する段になると、見事に無機的に切り離され、それぞれ商品になっていきます。水は社会の手で、井戸とか、ダムとか、溜め池とか水路とかで水資源を涵養し、誰でも(鳥獣、魚、昆虫、生きとし生きるものすべてが)使用できることが当たり前でしたが、現代は土地と水が別々のものとして切り離され、私がそうであったように不動産屋の目が土地と水を見る支配的な見方となりました。今は水資源に係わる上記のものはなんとなく消え失せ、囲われたり(ダム)、埋め立てられたり(溜め池)、カバーを掛けられたり(運河や下水道)して、社会的な共有意識もまた消え失せつつあるようです。昨今の都市開発は土と水を分けて、土を不動産として区切って「売る」、水を秤にかけて「売る」というシステムが前提ですから、土と水の肉離れという矛盾をはらみ、しばしば負担問題という、今まで考えなくても住んでいた大きな問題が起きます。
東京臨海部の大開発が進んでいますが、水はどうなっているのだろうかなと思います。もしかして利根川の厄介になるのでは?と思いますが、利根川の水は誰のものかな、ふと思いました。土と水の肉離れが上水だけではなく、都市問題をとてつもないものにしたと言えるでしょう。(了)
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