
1972年、いまから48年前に、京都下賀茂にある京都大学の農学部の演習林から、つまようじ程度の小さなかりんの赤ちゃん苗木をいただき、庭の片隅に刺しておきました。これは日本在来のものではなく、ちょっと果実が大きい木で、めずらしいのだという先生のお話で大事に抱えて持って帰ったことを思い出しています。その苗木が今や青年を通り越して熟年の木に育ちました。10月の半ばから結実した果実が、重さに耐えかねてドスン、カチンと落下を始め、12月初めまで続きます(写真1)。そして落葉で裸になり、この果実と落葉の処理に毎年大あらわとなります。今年はコロナ禍で、あまりわが家への出入り客がなく、果実の処分に困っています。これから約1か月半、ジャム、お酒、ジュースなどに加工して、トマトの会や英語サロン、コーラスなどの友に馳走できればと思っております。(写真2)。ところで、誰かがかりんを育てている人は、お金を“借りん”人だからお金持なんだとか言っていましたがこれは嘘です。それじゃ、かしの木を育てている人は“貸し”の人だからもっとお金持ちだと笑いあったものです。なお、5月に発芽したミカンの苗は、苦しかったコロナの酷暑の夏を経、また虫たちに食われながらも健気に生きています(写真3)。ご予約のある皆様にまもなくご案内できるかと思います。
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