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朝はすりこぎを持ってすり鉢に向かう。これが正月三が日のぼくの日課だ。
元日の朝は胡桃(くるみ)、2日は山芋、3日は黒ごまを、ひたすらごりごりとすり潰す。
胡桃と黒ごまはペースト状になって油が出てくるまですり潰し、山芋はだし汁を加えながら適度な滑らかさになるまですり続ける。
ごますりが下手で、商人にもサラリーマンにもなれなかった人間が、なんで正月早々からこんなことをしなければならないのかと、これまでのぱっとしない生きざまの怨念もこめて、すりこぎを持つ手にも思わず力がはいる。
胡桃と黒ごまのペーストには砂糖を加えて甘くする。これに雑煮の餅をつけながら食べるのだが、これは岩手県三陸地方の一部に伝わる風習のようだ。
うちのカミさんは子どもの頃からずっと、この雑煮で育ってきたのだつた。
ぼくは最初、こんな甘い雑煮を食べることにびっくりしたが、これをカルチャーショックというのだろうか、もともと、この種の驚きを好んでしまう性癖から、面白いね、珍しいねなどと言って驚いているうちに、この甘い雑煮はすっかりわが家の風習になってしまったのだった。
それ以後、まさか正月三が日すり鉢に向かう苦行が待っていようとは、ゆめゆめ、いや初夢にすら見なかった。
このような正月の風習にもすっかり慣れてしまうほど、もう古い話になるが、カミさんとの出会いは東京だった。彼女は会計事務所に勤め、ぼくは小さな出版社で雑誌の広告を作っていた。
そのころ彼女は両親と一緒に暮らしていた。両親は岩手で事業に失敗して東京に出てきたということだった。父親も母親も東北弁で、彼女も家では親の言葉につられて訛りが出てしまうのだが、それは九州出身のぼくにとっては外国語に近い言葉だった。
ところどころ判ったり判らなかったりする言葉の曖昧さが、かえって新鮮で快い響きとなって伝わってくる。宮沢賢治や石川啄木に心酔していたぼくは、「あめゆぢゆとてちてけんじや」や「おら おらで しとり えぐも」といった賢治の詩語や、「ふるさとの訛りなつかし停車場の人込みの中にそを聞きに行く」の、啄木の「そ」を聞いているようで感動してしまうのだった。
それまでぼくの知らなかった言葉を使って、それも体の芯から出てくるような濁音の多い言葉を交わしながら、家族というものがひとつになって生きている。東京でずっと独りぼっちの生活をしてきたぼくは、そんな家族の温もりのようなものに、いきなり包み込まれてしまったのだった。
結婚式には、北からと南からのそれぞれの親類が集まった。
ちがっていたのは言葉だけではなかった。顔はもちろん体型までもまるでちがって見えた。ぼくの方は背が高くて痩せ型で、顔も細おもてなのに対して、彼女の方はがっちりした体格で顔も大きくてごつかった。
のちの話だが、ぼくが彼女の方にはアイヌの血が入ってるにちがいないと言うと、彼女はあなたの方こそ渡来人だと言い返してきた。お互いにアイヌや渡来人を蔑視して言ったわけではなかったが、異人種に接するような感覚は残り、この第一印象は、男と女の違いや性格の違い、感覚や思考の違いとともに、夫婦の間に人種問題まで残してしまったといえるかもしれない。
それでも正月三が日は平和に雑煮を食べる。
元日の朝は、雑煮の餅を胡桃にまぶして食べる。東北のある地方では、美味しいことを胡桃味と表現するそうだから、これはやはりご馳走なのだろう。
2日の朝はご飯を炊いて山芋をかけて食べる。これもシンプルで美味しい。以前は、南部の鼻曲がりという鮭も食膳に並んだが、最近は岩手の身内も亡くなってしまい、鼻の曲がった鮭にもお目にかかれなくなった。
3日の朝は黒胡麻のペーストを餅につけて、黒っぽいいささかグロテスクな雑煮を食べる。北と南が融合した和やかな正月の食卓である。
けれども、めでたく平穏な時は長続きはしない。
4日の朝には、すりこぎのことで大喧嘩になった。
すりこぎがすりへっているとカミさんが言うので、すりこぎだって木なんだからすり減って当然、なにをばかなことを言い出すのだと、それが発端だった。
すりこぎの減り方などどうだってよかったのだが、その微妙なところで国境を越えてしまうのがわが家の内部事情で、さらには領土問題にまで発展するほどの勢いがついてしまう。
わが家の夫婦喧嘩は、アイヌと渡来人の誇りを背負って戦うことになってしまう。異民族の争いでもある。
いつまでたっても、容易にはすり潰せないものがあるのだ。
はじめまして。
コメントと読者登録、ありがとうございました。
さっそく、はるさんのブログも拝見させていただきました。
旅行がお好きなようですね。
韓国旅行の記事と料理、現地の人々の写真などを、興味深く読ませていただきました。
コメントは控えさせていただきますが、これを機にまたアクセスさせていただくつもりです。
ぼくのブログにも関心をもっていただけるよう頑張りますので、これからもよろしくお願いします。
まだ2点の投稿を読ませていただいただけですが、なかなか私好みの
興味深いお話が多そうで期待しています。感じることがあっても
なかなか言葉にしにくいので、コメントできる機会は少ないと思いますが
時々お邪魔させていただきたいと思います。よろしくお願いします。
(すぐたどりつけるように読者登録させていただきますが、お返しにと
登録なさったりコメントを残されるのは止しにしてくださいね。
お初から変な事を書くと思われるかもしれないのですが、
お返事コメント一件書くのにも悩んだり時間がかかることが多いもので
御理解ください。)
読んでいただき、ありがとうございます。
違いを生きるのも、
甘かったり辛かったりの雑煮があるように、
楽しかったり苦しかったりです。
ことしもよろしくお願いします。
ほっこりと暖かいお雑煮をありがとうございました。
コメントありがとうございます。
ぼくの場合、文章にすぐに自分が出てしまいますね。
日記のようなものかもしれません。
リアルとフィクションを混ぜたいときは詩を書いたりします。
どちらも言葉の表現ですから、嘘と真実の境界は曖昧ですが。
変わりばえもしない自分かもしれませんが、
これからもどんどん自己表出していきますので、
よろしくお願いします。
越後美人さんへ。香川に住んでいたとき、転勤族の多かった職場で、地元の人があんころ餅の雑煮を作ってくれました。ベースは白味噌です。昔は砂糖は贅沢品だったから、それを餅で包んで隠して食べたのだ、と聞きました。おいしかったです。
コメントありがとうございます。
世の中に戦争が絶えないように、わが家の南北戦争も止むことがありません。
とくに食の争いということになると、キッチンを占拠されてる男に勝ち目はありません。
さまざまな武器も備えていますからね。鍋釜のミサイルも飛んできかねませんし、最近はしばしば兵糧攻めにもあったりします。
まあなんとか、やせ我慢で頑張ってはみますが・・・
今年も応援よろしくお願いいたします。
お雑煮のクルミ黒胡麻餅は変わっていますね。
お雑煮に甘いものはどうか?と思いますが、確か香川県では
お雑煮のお餅の中には、なんとあんこが入っているそうです。
お国が違うと、食べ物も気性も顔つきも違いますね。
2日の朝は山芋のとろろご飯ですか。
それも、するのは大変ですが、主婦にとってはお料理の手間が省けて「御馳走」です。
奥様孝行ですね^^
そうそう、異民族の戦いですね、分かりますよ。
我が家も渡来人と北方民族との戦いですから。
根本的にすりつぶせないものもありますね。
まあ、ほどほどに折り合わないといけませんけどね。
健闘を祈ります(^_-)-☆