△亡父お下がりの動噴
6月上旬の土曜日。
先週に続き、動噴を使い、水田の縁全体にジャンボタニシ駆除剤を散布する
予定だったが、Tさんのアドバイスで、急きょ、散布場所を絞り、手まきに
切り替えた。
△Tさんが倉庫に届けてくれた除草剤
明日の日曜日は朝から水田に水を張り(Tさんに依頼)、夕方、今度は
除草剤をまくことになった。「ガンガン」なる楽し気な(?)名前の
除草剤である。
この「ガンガン」をまくのも、初めての経験だ。
(終わり)
週末の土曜日、故郷の稲作グループが共同で行っている田植えに、初めて参加した。
ブログ主の担当は、簡単に言えば苗の運搬。
明日は、ジャンボタニシを駆除する農薬散布に、これまた初めて挑戦する予定だ。
(終わり)
△作業前の土手
日曜日に水田の草刈りをした。田植え前にブログ主に課せられた最後の作業だ。
結局、ハロー(代掻き用の作業機)を取り付けたトラクターによる代掻き作業は、
来年挑戦することにした。
△休憩中の草刈り機
草刈り作業には、亡父お下がりの草刈り機を使った。長時間の草刈り作業には、
やはり背負い式の方が楽だ。
△作業終了後の土手
道沿いの土手と反対側の水路沿いのあぜを全部、刈り終えるのに2時間強。
例によって機械と一体化した無我の境地で作業に没頭した。
(終わり)
△ブログ主が運んだ肥料
週末の土曜日、代掻き前の水田に2種類の肥料を散布する共同作業に
参加した。参加人員は5人。トラクターは1台。トラックは3台。
ブログ主の役割は、トラックに積んである肥料を、トラクターの後部に
取り付けられた散布用作業機のタンクに入れること。
作業時間は、5時間弱。
日が照っていなかったのは幸いだった。
(終わり)
△水田に向かう途中で
5連休の後半3日間が雨、との予報を見て、急きょ連休2日目の今日、水田を
すいた。
△耕うん開始前
亡父の稲作仲間でブログ主の師匠にあたるTさんのアドバイスを受け、肥料を
まく前に、草の生えた水田を起こすことになっていたのだ。
△最高時速は2.6㎞
今回は、2月に一度すいた水田を浅くすく作業だったので、トラクターの
時速も2.5㎞前後で耕うんした。
△3分の2ほど、すき終わったところで休憩
おかげで作業時間も短縮され、耕うん作業にかかった総時間は、休憩を含み約4時間。
△耕うん終了後
作業の出来栄えは別として、大きな自己満足を感じた耕うん作業だった。
(終わり)
△年に一回の活躍を終えた種まき機
5月3日、5連休の初日は朝から、亡父の稲作仲間(4軒の農家)による
共同の種まき作業に参加した。
△あまった種もみ
午後、全ての作業が終了した後、実家の倉庫の中にしまわれた種まき機と、
種もみの残り物を自慢のニコンで撮影しておいた。
△ニコンのマイクロレンズで撮影
ブログ主の次の役割は、とりあえず連休中に1枚の田んぼ(約100m四方)を
トラクターですくことだ。
がんばろう。
(終わり)
△いざ出陣!
2月の第1日曜日、朝から地区(生産組合?)の農道整備に参加した。
△午前中にバラスを入れ整備された農道のごくごく一部
そして、午後、田起こしをした。このタイミングでの田起こしは、Tさんの
アドバイスによるものである。
△イセキのトラクターで耕うん開始
ブログ主が現役の(小麦や大豆を栽培している休耕田ではなく)水田を耕すのは、
今回が初めて。
△この撮影の後、ブログ主は無我の境地に入って行った
イセキのトラクターを運転するのも、まだ3、4回目だ。
△最後に外周を外側から内側へ3周したが、その3周目
それにしては、我ながら上出来の操縦ができた。
△直進し左折すれば、耕うん終了
約5時間、機械と大地と一体化した無我の境地で田をすいた。
△今のブログ主の技量では大満足の仕上がり
一歩一歩、あせらずに技量を上げて行きたいものだ。
(終わり)
今年の稲刈りに、週末菜園家であるブログ主の出番は全くなかった。
Tさんを中心とするグループの人たちが刈ってくれたのだ。
雨が降る前に急いで刈ってしまう必要があったとのこと。
稲刈りが済むと、すぐに来シーズンに向けた準備が始まる。
さしあたってこの秋、トラクターで田をすくのがブログ主の仕事だ。
(終わり)
△草刈り作業後の水田周辺
郷里の稲作グループのリーダー格のTさんに声をかけられ、ブログ主家の水田
周辺の草刈りをした。
と言っても、農道と水路沿いの斜面は、すでにTさんがリモコン操作の草刈り
機械を使い、きれいに刈ってくれていた。ブログ主がやったのは、機械が
刈り残した約20cm幅の雑草の列を背負い式の草刈り機で刈るだけ。
楽と言えば楽な作業だが、それでも幅約20センチの雑草の列が農道沿い、
そしてその反対側の水路沿いにそれぞれ約100メートル続いている。
時間で言えば、3,40分はかかったのだろうか?
心を空にして、ただひたすらに草を刈った。
ちなみに、水田と水田の間にあるアゼは、Tさんが小型耕運機に似た手押し式の
原動機付き草刈機できれいに刈ってくれた。
まさに、Tさんにおんぶにだっこのブログ主の稲作修行である。
(終わり)
△ブログ主の実家の水田の1枚
ブログ主の実家の水田は主に2枚。そのうち1枚の水田で、短時間、
農道から見て目立つ雑草(ヒエ等)だけ、取ってみた。
△刈り取った雑草の一部。袋に入れ運んだため、中ほどで切ってある。
ちょうど作業が一段落した時、農道を軽トラで通りかかった隣町の農家の
おじさんが車を止め声をかけてくれた。亡父の知人で、ブログ主の実家の
ことを気にかけてくれている方だった。
そのおじさんも言われていたが、農薬で抑えている水田でもところどころに
雑草が生えるので、そういうやつはマメに手作業で取るしかない、とのこと。
今のところ、ブログ主自身、何をどこまでやれるか、全く雲をつかむような
状況ではあるが、少しづつ学びながら、やれることをやっていくしかない。
(終わり)
亡父が長年いっしょにやってきた郷里の稲作農家グループで、息子の
ブログ主も、ついに稲作デビュー。
グループのリーダー格のおじさんに「お前もそろそろ腹を決めろ」と
言われ、現住地から郷里に通いながら、折々に行われるグループの
共同作業に加えてもらうことを決心したブログ主。
変則的ではあるが、ブログ主の稲作デビューは、この8月の農薬散布
から。
二日間にわたって行われた約20ヘクタールの水田への農薬散布。
△郷里の水田地帯における20ヘクタールは、全体のごくごく一部
本職の仕事の都合で、ブログ主は2日目だけ参加。
当日、7人の参加者の中でブログ主が担当した役割は、タンクで2種類の
薬剤を混ぜた農薬を作り、それをトラックで運搬すること。元になる水は、
近隣の専業農家がボーリングしたハウス栽培用の地下水。
△黄色いタンク1つには500リットルの農薬が入る
胴体タンクの容量が600リットルを超える大型の乗用農薬噴霧機
(フロントには左右約16メートルに伸びる2本の長い噴霧管を
備えている)に、トラックのタンクから、専用ホースを使い農薬を
補給するのだ。
当日の補給係は、ブログ主が運転するトラック(タンク2つ)の
他にも、軽トラ(タンク1つ)が2台。
驚いたことに、午前と午後の作業を合わせ、ブログ主のトラック
だけで、実に合計5トン弱(500リットル入りタンク2つ×5回)
もの農薬を運んだ。
(終わり)
日曜日の早朝、故郷の生産組合(専業、兼業農家の集まり)の
共同作業に初めて参加した。参加人数は総勢約10人といった
ところか。
作業内容は、水田地帯を流れる川沿いに生えた背の高いカヤの除草。
長くて立派なカヤを鎌でサクサク刈り取る作業だったが、作業量は
思っていたより少なかった。
子どもの頃、よくいっしょに遊んでいた先輩とも久しぶりに顔を
合わせ、旧交を温めることもできた。
ちょっとした失敗(川岸のぬかるみに長靴がいぼりこんでしまい
<方言>、抜け出るのに苦労した)もあったが、ブログ主の生産
組合デビューは、気持ちよく終了した。
その後、実家菜園の除草作業も短時間やったが、取り残しのゴーヤを
1個発見。キャノンのAPS-Cコンデジ(G1X)で記念撮影しておいた。
(終わり)
ブログ主の実家は季節季節の野菜だけではなく水田でコメも作る
専業農家だった。
亡父が生前、病気がちとなり思うように農作業ができなくなった
頃から、畑も水田も耕作や管理を近隣の農家にまかせている。
昨年の9月、父親が急逝して以降、実家近くの菜園と畑1枚はブログ主が
管理する方向で固まりつつある。
一方、水田の稲作については、これまで、長男であるブログ主が
実家に戻ってから、近隣の数軒の農家による共同作業に加えてもらう
つもりでいた。
しかし、結局、実家とは別居の状態のまま、ブログ主が現状で
出来る範囲内で、稲作関連の作業にも参加することにした。
諸般の事情から実家には当面、戻れないし、何事もどうせ始める
なら早い方がよい。
その手始めとして、この夏から地区の生産組合(農家の集まり)の
共同作業に参加することにした。
作業内容は、詳しくはやってみないとわからないが、水田地帯を流れる
水路内の雑草除去らしい。
時間的には1時間ほどの作業だとのこと。必要な農具はカマ1本。
大げさに言えば、子どもの頃の手伝いを除けば、ブログ主の
せっかくの稲作デビューである。
実家の倉庫には使い古したカマしかないので、今回、新しく
ブログ主用のカマを1本買った。
(終わり)
△写真左は池
新しい菜園の候補地を訪ねた。ブログ主が小さかった頃、亡父が
イチジク栽培などに取り組んでいた畑だ。
入り口付近では、目下、亡父がメンバーだった営農組合が育苗(稲)
作業の真っ最中。
ブログ主が野菜を作ろうと考えているのは、上記写真の左手と正面奥、
それから正面右奥に広がっているエリア。
営農組合が育苗に使っているエリア以外の土地だ。
ここなら、小さいながらも池が隣接しており、水にこまることも
ない。
何とかブログ主がこのエリアで野菜作りに励めるよう、亡祖父を
はじめ、亡祖母、亡父の霊に助けてもらいたいものだ。
※追記
後、ブログ主の新菜園は「南菜園」に決まった。
(終わり)