長い脚でズンズンと、青田淳は店の外へと進んで行く。
彼に手を掴まれている雪は、小走りのように早足で彼の後をついて行かざるを得なかった。
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淳は雪の方を振り向かない。彼女の口から小さな声が漏れるが、それにもまるで耳を貸さない。
暗い路地をただひたすらに、二人は歩いて行くだけだ。
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タクシー乗り場に到着すると、淳は幾分乱暴に彼女の手を振り払った。
酔いのせいで足元がふらつく雪は、その場で二三歩たたらを踏む。
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”Taxi”と書かれたその柱に手を付きながら、雪はふと地面を見た。ぼんやりと回らない頭で考える。
あ‥煙草‥聡美に持って帰‥
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地面に落ちている吸い差しの煙草を見ながら、雪は聡美のことを考えていた。
すると雪がそこに手を伸ばすより早く、彼の足が勢い良くそれを踏み付ける。
ダンッ!
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淳は、半年前初めて雪と会った時にも彼女が煙草を拾っていたのを思い出し、それを踏み付けたのだった。
あの時も、そして今だって、彼女を前にすると淳は心が波立つ‥。
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雪が顔を上げると、彼はポケットに手を突っ込んだまま、サッと踵を返した。
雪をその場に残し、店の方へと足早に歩いて行く。
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雪はその後姿をぼんやりと眺めながら、小さな声で彼の名を口にした。
いつも心の中で呼んでいる、少々無礼な呼び捨てで。
「‥青田淳‥」
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ろれつの回らないその雪の声を、淳の耳は拾いながらも足は止めなかった。
彼は振り返りもせずに、無愛想な声でこう告げる。
「あんな所に座っていたいか?いいからもう帰れ」
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その皮肉を含んだ高慢な彼の言葉に、雪はあからさまに顔を顰めた。
彼は一度も彼女の方を窺いもせず、そのまま早足で歩いて行く。
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雪は酔いのせいで朦朧とした感覚の中、その背中をずっと眺めていた。
何度も何度も目にした、あの疎ましい後ろ姿を。
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積もり積もった悪感情と、彼の表面的な冷淡さと高慢に、雪はただ眉を顰める。
ぼんやりとした今の思考回路では、彼の真意には辿り着けそうに無い。
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そして彼はそのまま店に戻って行った。
形の良い後頭部が、灯りの中へと消えて行く。
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雪は小さくしゃくり上げながら、彼の方を指差して一人こう呟いた。
「ま~た偉そうに‥」
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しかしもうこの場には雪しかおらず、しんとしていた。
雪はムカムカする胃を押さえながら、柱に凭れて暫し俯く。
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待てど暮らせど、タクシーはやって来ない。
眠いし、気持ち悪いし、おまけにここから遠く離れた家までタクシーで帰るなんて‥。
雪は項垂れながら、一人呟いた。瞼の裏に、足早に離れて行く青田淳の後ろ姿が映る。
「あーもう‥。タクシー代置いてけよぉ‥」
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ろれつの回らない雪の呟きが、誰の耳にも入らぬまま曇った空へと溶けて行く。
皆の真意をぼやかしながら、薄雲が月の周りを揺蕩っている‥。
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「あ‥頭が‥」
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翌日、雪は二日酔いで大学へと登校した。こめかみの辺りがズキズキと痛む。
昨日の自分は相当酔っ払ってはいたが、幸いなことにどこかへ連れ込まれる前にその事態に気がつけたと、
雪は自分自身に対してガッツポーズを決める。いつもは自分を疲弊させる鋭敏さも、今回ばかりはGood Jobだったと。
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そのまま構内を歩いていると、ふと聞き覚えのある声が耳に入った。
雪が視線を送った先に、大きな声で通話する三田の姿があった。
「はい、はい!昨日淳から紹介してもらった、三田スグルです。こんにちは!」
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すると三田は雪に気づき、通話しながらこちらをチラリと見た。
わざとらしくニヤニヤと笑いながら。
「河村静香さんですか?今日時間あります?」
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三田はそのまま、雪を無視して通り過ぎた。彼の仲間と共に、大きな馬鹿笑いをしながら。
三田のチャラい人となりを目の当たりにして、雪はようやく目が覚めたような気がしていた。
昨日強引に出て来ちゃった時予想はしてたけど‥。
ウマイ話には全てワケがあるってことね‥。
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三田の下心に気づいた今、気分は良くないが勉強になったと雪は感じていた。
それでもそう思えるのは、最悪の事態を回避出来たからそう思えるのであって‥。
雪は昨日のことについて一人思いを巡らせていた。
それでも昨日の私は結構冷静だったような‥。自分で出て行ってたし‥。
それで‥ぼんやりと思い出すのは‥
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脳裏に浮かぶのは、強引に手を引いて自分を店から連れ出した、彼の背中だった。
そして振り返ること無く、彼はそっけなくこう言った。「いいからもう帰れ」と。
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一夜明けて、酔いが覚めて、雪はそっけなかった彼の真意が、だんだんと分かりゆくような気がしていた。
あの疎ましい後ろ姿は高慢で冷淡で無愛想だが、そこには彼の本心が隠れている‥。
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青田淳のその行動と真意を知って、今雪は当惑していた。
あの文化祭の話し合いの全面対決以降、完全に無視しようと思っていた相手だ。
一度自分の中で下した決断が、昨日の出来事の前で微かに傾ぐ‥。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<雪と淳>真意 でした。
最後、三田が淳に静香を紹介してもらったことが発覚‥!
そして実はこれが一年後の三田の姿では?ということでした↓(CitTさんが一番最初に推理してらっしゃいました^^)
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<不安と孤独>の記事にて出て来ましたね。
いや~思わぬところに張られる伏線の数々‥!チートラの醍醐味ですね~^^
次回で過去編はとりあえず一区切り。
<雪と淳>妥協 です。
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彼に手を掴まれている雪は、小走りのように早足で彼の後をついて行かざるを得なかった。
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淳は雪の方を振り向かない。彼女の口から小さな声が漏れるが、それにもまるで耳を貸さない。
暗い路地をただひたすらに、二人は歩いて行くだけだ。
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タクシー乗り場に到着すると、淳は幾分乱暴に彼女の手を振り払った。
酔いのせいで足元がふらつく雪は、その場で二三歩たたらを踏む。
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”Taxi”と書かれたその柱に手を付きながら、雪はふと地面を見た。ぼんやりと回らない頭で考える。
あ‥煙草‥聡美に持って帰‥
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地面に落ちている吸い差しの煙草を見ながら、雪は聡美のことを考えていた。
すると雪がそこに手を伸ばすより早く、彼の足が勢い良くそれを踏み付ける。
ダンッ!
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淳は、半年前初めて雪と会った時にも彼女が煙草を拾っていたのを思い出し、それを踏み付けたのだった。
あの時も、そして今だって、彼女を前にすると淳は心が波立つ‥。
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雪が顔を上げると、彼はポケットに手を突っ込んだまま、サッと踵を返した。
雪をその場に残し、店の方へと足早に歩いて行く。
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雪はその後姿をぼんやりと眺めながら、小さな声で彼の名を口にした。
いつも心の中で呼んでいる、少々無礼な呼び捨てで。
「‥青田淳‥」
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ろれつの回らないその雪の声を、淳の耳は拾いながらも足は止めなかった。
彼は振り返りもせずに、無愛想な声でこう告げる。
「あんな所に座っていたいか?いいからもう帰れ」
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その皮肉を含んだ高慢な彼の言葉に、雪はあからさまに顔を顰めた。
彼は一度も彼女の方を窺いもせず、そのまま早足で歩いて行く。
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雪は酔いのせいで朦朧とした感覚の中、その背中をずっと眺めていた。
何度も何度も目にした、あの疎ましい後ろ姿を。
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積もり積もった悪感情と、彼の表面的な冷淡さと高慢に、雪はただ眉を顰める。
ぼんやりとした今の思考回路では、彼の真意には辿り着けそうに無い。
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そして彼はそのまま店に戻って行った。
形の良い後頭部が、灯りの中へと消えて行く。
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雪は小さくしゃくり上げながら、彼の方を指差して一人こう呟いた。
「ま~た偉そうに‥」
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しかしもうこの場には雪しかおらず、しんとしていた。
雪はムカムカする胃を押さえながら、柱に凭れて暫し俯く。
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待てど暮らせど、タクシーはやって来ない。
眠いし、気持ち悪いし、おまけにここから遠く離れた家までタクシーで帰るなんて‥。
雪は項垂れながら、一人呟いた。瞼の裏に、足早に離れて行く青田淳の後ろ姿が映る。
「あーもう‥。タクシー代置いてけよぉ‥」
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ろれつの回らない雪の呟きが、誰の耳にも入らぬまま曇った空へと溶けて行く。
皆の真意をぼやかしながら、薄雲が月の周りを揺蕩っている‥。
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「あ‥頭が‥」
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翌日、雪は二日酔いで大学へと登校した。こめかみの辺りがズキズキと痛む。
昨日の自分は相当酔っ払ってはいたが、幸いなことにどこかへ連れ込まれる前にその事態に気がつけたと、
雪は自分自身に対してガッツポーズを決める。いつもは自分を疲弊させる鋭敏さも、今回ばかりはGood Jobだったと。
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そのまま構内を歩いていると、ふと聞き覚えのある声が耳に入った。
雪が視線を送った先に、大きな声で通話する三田の姿があった。
「はい、はい!昨日淳から紹介してもらった、三田スグルです。こんにちは!」
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すると三田は雪に気づき、通話しながらこちらをチラリと見た。
わざとらしくニヤニヤと笑いながら。
「河村静香さんですか?今日時間あります?」
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三田はそのまま、雪を無視して通り過ぎた。彼の仲間と共に、大きな馬鹿笑いをしながら。
三田のチャラい人となりを目の当たりにして、雪はようやく目が覚めたような気がしていた。
昨日強引に出て来ちゃった時予想はしてたけど‥。
ウマイ話には全てワケがあるってことね‥。
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三田の下心に気づいた今、気分は良くないが勉強になったと雪は感じていた。
それでもそう思えるのは、最悪の事態を回避出来たからそう思えるのであって‥。
雪は昨日のことについて一人思いを巡らせていた。
それでも昨日の私は結構冷静だったような‥。自分で出て行ってたし‥。
それで‥ぼんやりと思い出すのは‥
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脳裏に浮かぶのは、強引に手を引いて自分を店から連れ出した、彼の背中だった。
そして振り返ること無く、彼はそっけなくこう言った。「いいからもう帰れ」と。
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一夜明けて、酔いが覚めて、雪はそっけなかった彼の真意が、だんだんと分かりゆくような気がしていた。
あの疎ましい後ろ姿は高慢で冷淡で無愛想だが、そこには彼の本心が隠れている‥。
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青田淳のその行動と真意を知って、今雪は当惑していた。
あの文化祭の話し合いの全面対決以降、完全に無視しようと思っていた相手だ。
一度自分の中で下した決断が、昨日の出来事の前で微かに傾ぐ‥。
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<雪と淳>真意 でした。
最後、三田が淳に静香を紹介してもらったことが発覚‥!
そして実はこれが一年後の三田の姿では?ということでした↓(CitTさんが一番最初に推理してらっしゃいました^^)
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<不安と孤独>の記事にて出て来ましたね。
いや~思わぬところに張られる伏線の数々‥!チートラの醍醐味ですね~^^
次回で過去編はとりあえず一区切り。
<雪と淳>妥協 です。
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「淳ちゃんのツンデレ!」
個人的には今の先輩よりも本心を晒しているこの時の先輩の方が、見ていてスッキリします。
CitTさん
ブログ読ませていただいてます!
英語のみと言いつつ広告など日本語でかいて頂いてあるので…嬉しいです。^^
追加された漫画の読み方の動画、既存のものですか?
それともその…CitTさんが…??
1部9話のおまけ漫画ですよ。
南は静香が彼女なら、甘え上手な(?)すんごい美人に満足して(しばらくは)他の女の子にちょっかいを出さなくなる。もちろん、乗ってこない雪にはもう近づかない。
静香は人(男)の扱いに長けていて、南を「たわけ○号」登録して上手く扱って、いろいろ貢がせて楽しく生活できる。静香は静香で満足し、しばらくは淳から離れて淳も安泰。
南も静香も雪も淳も、皆が調子よく収まる!さすが―! 淳くん―(^^ゞ という塩梅です。
それで思ったのですけれど、静香のボーイフレンドは全員、淳の紹介(もしくは差し向け)みたいだな、と。
淳と静香、ギブ&テイクの一種のビジネス関係。恋愛感情はなくとも(←希望です!)、それ以上の絆でつながっていそうな・・・。
(小説「白夜行」(←古いっ!)の享司と雪穂の様な・・・? あ、全然違います? スミマセンでした・・・(@_@;) )
今後南先輩が雪ちゃんにちょっかい出さないように、ちゃんと手をうっていたんですね、先輩。関わるつもりはなかったけれど、いったん関与したからには手を抜かず、といったところなんでしょうか。ナイス男気!(とはちょっと違う…?)、先輩かっこいい~!
静香との付き合いだけじゃ
雪にも手を伸ばすんだろうと思います。
それをしないのは多分青田の説得力があったから?
>ぽこ田さん
チートラのファンによる英語訳のサイトが作った動画ですよ。
それを発見するCitTさんもさすがですが。
にしても淳もほんと陰でいいことしても気づかれませんから。こんな初期からそうだったんですねえ。
しかし静香も淳のこと好きだったとかいう割に紹介はあっさり受けるという・・精神構造的に謎なのは静香ですね。闇も深いし狂気の一歩手前というかじゃっかんいってる感もありますし。