和美は涙が止まらなかった。

先ほど聞いた青田先輩の言葉が、嘘であればどんなにいいかと思った。
あんな姿、自分の知ってる先輩じゃない。

あたしと仲が良かったじゃない、なんであんなにも人が変わってしまったんだろう。
和美の心の中は、動揺と先輩に対する不信で渦巻いていた。
自分も確かに酷いことをした、けれどホームレスが空き瓶を持っていると言ったのに、しらんぷりして行ってしまうなんて‥。

そこまで考えたところで、赤山雪のことを思い出した。
こうしている場合じゃない、和美は再び走り出した。

ようやく辿り着いた教育科の建物は、しんと静まり返っていた。

特に事件が起こったようには思えない。
和美は胸を撫で下ろした。
しかしふと気づく。

警備員が寝ている。

和美は2階へ階段を上ろうとした。しかし次の瞬間、誰かの大声と共に、2階から人が降りてくるのが見えた。

和美は速攻、女子トイレに走るとそこに隠れて様子を窺った。
声の主は警備員で、ホームレスの腕を掴みながら、居眠りをしている裏門警備を大声で責めていた。

「おい!起きんか!学生がケガをしちまっただろうが!」

和美は思わず口元を抑えた。

赤山の手のひらに、真っ赤な血が流れているのが見えた。
騒ぎがおさまり、皆建物の外へ出て行くまで、和美は女子トイレに隠れていた。

まさか本当にこうなるとは‥
だけど本人はまだ何も知らない。自分さえ黙っていれば事を乗りきれる!
和美は自分の罪を、黙秘することで水に流そうとした。
青田先輩にすでに事情を話してしまったが、彼も見て見ぬふりをしたのだ。
きっと自分に共感してくれるに決まっている。先輩には明日また説明しよう、と踵を返した時だった。
「平井」

和美はぎくっとした。振り返ると、暗闇に一人、彼が立っていた。
「遅かったな」

じっと和美を見つめるその冷淡な視線に、彼女はすくみ上がった。
どうしてここにいるのかという和美の問に、青田先輩は冷静に答える。

「俺が警備員を呼んだんだ。これ以上大事になるのはごめんだからな」
度が過ぎたってことくらいは分かってるよな、と彼は続けた。

「適当な所で止めるべきだろう?本当に一大事になるとこだったんだぞ」

まともに目を合わせられず、下を向きながら、すみませんでした‥と和美は謝罪した。
しかし彼は「俺に言ってどうする」と冷たく言った。
「怪我した本人に言うべきだろ」

和美は文字通り彼に縋り付いた。

自分が悪いのは十分承知している、だからどうか、後生だから、
「見なかったことに‥してくれませんか?」

「お願いします‥!」

彼は空を見つめた。
淀んで汚らしいものが、空中を浮遊しているのを目にしたような目つきで。
「本当に呆れた人間だな」

青田先輩は、和美の頼みを聞き入れると言った。
これまで世話になっていた部分もあるから、と。
「けど、これ以上はごめんだ」

もう懲り懲りだと言いながら、彼は和美を横切って、出入り口に向かった。
背中越しにそれどういう意味ですか!と問う和美に振り返って、一言だけ口にした。

「二度と俺に近付くな。」

「二度とな。」

翌日、和美はビクビクしながら登校した。

ただ構内を歩いているだけでも疑心暗鬼になり、

学生がヒソヒソ内緒話をしていると、自分のことを嘲笑っているようにしか思えなかった。
すると、自販機の前で青田先輩と赤山が会話しているのを目にした。

先輩は赤山に、昨日何かあったのかと聞いているところだった。

和美は隅に隠れながら、もしかして自分のことをバラすのではと気が気じゃなかった。
そんな視線に、彼が気づいた。

口元の笑み、
その言葉とは裏腹な冷淡な核(コア)、
やがて和美が自分の元から去らずにはいられないことを、見越しているようなその眼差し。
彼は赤山に言った。

「昨日の事件と関係ないなら、よかった‥」

和美は恐ろしさのあまり書類を落とした。
そしてその物音で赤山が振り返り、彼女と目が合う。
和美は何か言うどころか目を合わし続けることすら出来ず、逃げるように駈け出した。


それ以来、ただの一度も心落ち着く日など無かった。
時が経てば経つほど、耐えられない重圧に押しつぶされるようだった。
一体いつまでこんな毎日が続くのだろう。
永遠に続く地獄のような日々。
和美はその辛さに、学期が終わったら休学することを決心した。
そして彼女は去って行った。
自らの意志で。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<和美>その真実編でした。
ホームレス事件の顛末でした。
事件の翌日、青田先輩は事の顛末を知りながら、雪に声を掛けてたんですね~。
横山にしろ平井和美にしろ、程度を超える行動を仕出かした人物には、先輩の無言の鉄槌(結果休学)が
くだされるようです。
恐ろしいですね‥!
さて次回は大学の文化祭が催されることになり、その出し物について学科で話し合います。
雪と淳のお話です。
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先ほど聞いた青田先輩の言葉が、嘘であればどんなにいいかと思った。
あんな姿、自分の知ってる先輩じゃない。

あたしと仲が良かったじゃない、なんであんなにも人が変わってしまったんだろう。
和美の心の中は、動揺と先輩に対する不信で渦巻いていた。
自分も確かに酷いことをした、けれどホームレスが空き瓶を持っていると言ったのに、しらんぷりして行ってしまうなんて‥。

そこまで考えたところで、赤山雪のことを思い出した。
こうしている場合じゃない、和美は再び走り出した。

ようやく辿り着いた教育科の建物は、しんと静まり返っていた。

特に事件が起こったようには思えない。
和美は胸を撫で下ろした。
しかしふと気づく。

警備員が寝ている。

和美は2階へ階段を上ろうとした。しかし次の瞬間、誰かの大声と共に、2階から人が降りてくるのが見えた。

和美は速攻、女子トイレに走るとそこに隠れて様子を窺った。
声の主は警備員で、ホームレスの腕を掴みながら、居眠りをしている裏門警備を大声で責めていた。

「おい!起きんか!学生がケガをしちまっただろうが!」

和美は思わず口元を抑えた。

赤山の手のひらに、真っ赤な血が流れているのが見えた。
騒ぎがおさまり、皆建物の外へ出て行くまで、和美は女子トイレに隠れていた。

まさか本当にこうなるとは‥
だけど本人はまだ何も知らない。自分さえ黙っていれば事を乗りきれる!
和美は自分の罪を、黙秘することで水に流そうとした。
青田先輩にすでに事情を話してしまったが、彼も見て見ぬふりをしたのだ。
きっと自分に共感してくれるに決まっている。先輩には明日また説明しよう、と踵を返した時だった。
「平井」

和美はぎくっとした。振り返ると、暗闇に一人、彼が立っていた。
「遅かったな」

じっと和美を見つめるその冷淡な視線に、彼女はすくみ上がった。
どうしてここにいるのかという和美の問に、青田先輩は冷静に答える。

「俺が警備員を呼んだんだ。これ以上大事になるのはごめんだからな」
度が過ぎたってことくらいは分かってるよな、と彼は続けた。

「適当な所で止めるべきだろう?本当に一大事になるとこだったんだぞ」

まともに目を合わせられず、下を向きながら、すみませんでした‥と和美は謝罪した。
しかし彼は「俺に言ってどうする」と冷たく言った。
「怪我した本人に言うべきだろ」

和美は文字通り彼に縋り付いた。

自分が悪いのは十分承知している、だからどうか、後生だから、
「見なかったことに‥してくれませんか?」

「お願いします‥!」

彼は空を見つめた。
淀んで汚らしいものが、空中を浮遊しているのを目にしたような目つきで。
「本当に呆れた人間だな」

青田先輩は、和美の頼みを聞き入れると言った。
これまで世話になっていた部分もあるから、と。
「けど、これ以上はごめんだ」

もう懲り懲りだと言いながら、彼は和美を横切って、出入り口に向かった。
背中越しにそれどういう意味ですか!と問う和美に振り返って、一言だけ口にした。

「二度と俺に近付くな。」

「二度とな。」

翌日、和美はビクビクしながら登校した。

ただ構内を歩いているだけでも疑心暗鬼になり、

学生がヒソヒソ内緒話をしていると、自分のことを嘲笑っているようにしか思えなかった。
すると、自販機の前で青田先輩と赤山が会話しているのを目にした。

先輩は赤山に、昨日何かあったのかと聞いているところだった。

和美は隅に隠れながら、もしかして自分のことをバラすのではと気が気じゃなかった。
そんな視線に、彼が気づいた。

口元の笑み、
その言葉とは裏腹な冷淡な核(コア)、
やがて和美が自分の元から去らずにはいられないことを、見越しているようなその眼差し。
彼は赤山に言った。

「昨日の事件と関係ないなら、よかった‥」

和美は恐ろしさのあまり書類を落とした。
そしてその物音で赤山が振り返り、彼女と目が合う。
和美は何か言うどころか目を合わし続けることすら出来ず、逃げるように駈け出した。


それ以来、ただの一度も心落ち着く日など無かった。
時が経てば経つほど、耐えられない重圧に押しつぶされるようだった。
一体いつまでこんな毎日が続くのだろう。
永遠に続く地獄のような日々。
和美はその辛さに、学期が終わったら休学することを決心した。
そして彼女は去って行った。
自らの意志で。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
<和美>その真実編でした。
ホームレス事件の顛末でした。
事件の翌日、青田先輩は事の顛末を知りながら、雪に声を掛けてたんですね~。
横山にしろ平井和美にしろ、程度を超える行動を仕出かした人物には、先輩の無言の鉄槌(結果休学)が
くだされるようです。
恐ろしいですね‥!
さて次回は大学の文化祭が催されることになり、その出し物について学科で話し合います。
雪と淳のお話です。
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ありがとうございます
なんか昔の記事は台詞が絵の下についてたり地の文がツラツラ続いてたり、今読み返すとなんだか小っ恥ずかしいですわ‥。
ここでの先輩の笑み、怖いですよねー
雪はこの辺のこと見て見ぬふりしてますけど、傷は消えないんだから何度でも思い出してしまうと思いますよね‥。
そうか、自販機の前での先輩の微笑みは、平井に対する報復完了の笑みだったのですね。
それを雪は、自分が傷ついた事を喜ぶ笑みだと誤解したんだ…。
ここ、今でも雪に誤解されたままでは?まあ雪自身が「平井和美とのことも何かあるかもだけど、それはもういい」みたいに言っていたので、そこにわだかまりは無いのでしょうけれど。
こういう発見があるから、何度読み直しても面白いですね。まあ今回のことは皆さんお気付きなのだと思いますが…。
続きを読みに行ってきます!
過去記事にもありがとうございます~^0^!
この「怪我した本人に言うべきだろ」は確か日本語版のセリフをそのまま載せた箇所だと記憶しています。
直訳だと「血を見た人は他の人だろ」なんですね‥!おおお!
うまく訳すと何だろう‥?!
「被害者は別にいるだろ」かな?!
「被害者は俺じゃないだろう」かな?!
難しいですが、面白いですね。^^
役に立つ情報を、ありがとうございます!
直訳すると「血を見た人はほかの人だろ」。
「血を見る」は「被害を受ける」を意味する慣用句です。
ここは文字通りの意味もなりますが。
こんばんは~!
文化祭本編ありますかね?!まだ出てないエピソードも結構あると思うので、楽しみですよね~。
本家版は、先輩インターン行ってますよ!(自分が跡を継ぐ予定の企業に‥^^;)
でも最新話で二人が電話しながら「次会う時は気分転換しに行こうね」みたいな会話してたので、デートか?!デートか?!と興奮しながら訳してましたよ(笑)
日本語版は明日の話が、先輩の雪に対する気持ちのターニングポイントというか、関係が少し変わる記念すべき回ですよね~!楽しみです。
こうして週2で楽しめてるのは日本人ならではですよね。
ではではまた~♪
個人的に、文化祭本編もエピソードあるんじゃないかな?と思ってますが
どうでしょうかね
全面対決のあと、またプロローグへ行ったりしてまた理解深めてました。笑
扉が完全に開くもうひとエピソードがあってもいいですよね
本家版では、先輩インターンでどこか行ってますよね…?(私の訳では…違いますかね)
しばらく2人の進展は
なさそうですねー…(-.-)
もうひと盛り上がりほしいですよね~…!
と勝手に思ってます…苦笑
明日更新されるとこは、すきなとこなのでとりあえずそれを楽しみに…
たくさんおじゃましました…☆
こんにちは!メッセージありがとうございます。
メールをご希望とのことですが、チーズインザトラップのことでしょうか?!それともブログ全体のことでしょうか‥?!
チーズインザトラップに関することは、私も自分の解釈で突っ走って書いている状態なので、このコメント欄が皆さんのサロン的な場所になってくれればいいなぁと思っている次第です。
もし全然違うことをメールご希望でしたら、検討いたしますのでまたメッセージ頂けると幸いです。
私個人としては、個人的な話というよりも、チーズインザトラップを通じて皆さんと関わりを持ちたいなぁと考えていますので、ご考慮頂けると嬉しい限りです。
長々と失礼致しました。
またいらして下さいね♪
こんにちは!お返事遅れて申し訳ありません。
いつもありがとうございます‥☆
韓国語が分からないなりの解釈なので、日本語訳版が上がってきたとき全然違うニュアンスだったらどうしよう?!と日々ビクビクですが‥。
楽しんで貰えて嬉しいです。(*^^*)
文化祭本編見たかったですよね~!青田先輩のエプロン姿‥笑
私、Yukkanen さんの解説やモノローグもすきです…☆
おもしろく読ませてもらってます
あ、お返事なくていいですので…!
このホームレス事件の裏側がアップされたときは、びっくりでした
先輩怖い…
明日の文化祭も楽しみです
あれ、文化祭?んー…?
どこのことかワカラナイ…