転載
毎日新聞 2012年07月07日 東京朝刊
全長2・4キロ、「万里の長城」とも呼ばれた岩手県宮古市田老の巨大防潮堤。
震災前
震災後
写真は独自の物です
その上から海を眺めると、高橋銀児(ぎんじ)君(13)は思い出す。ここを越えてきた波にさらわれる直前の母を、間近で見ていた。
小学校に迎えに来た母琢子さん(当時43歳)の車に、弟の虹彦(にじひこ)君(9)と乗り込んだ。間もなく、家々の屋根と同じ高さの泥水が脇道から現れた。「降りて!」。母が叫び、みんなで飛び出した。
濁流にのまれた銀児君は水面から必死に顔を出し、民家に流れ着いて助かった。弟も、高校にいた兄敢太君(17)も無事だった。母は2週間後、がれきの中から遺体となって見つかった。
自宅で男ばかりの暮らしが始まった。父琢弥さん(49)は息子たちを気遣って震災の話題を避け、慣れない家事に明け暮れた。
銀児君は負い目を感じていた。車を乗り捨てて一緒に走り出した母は、溝に足を取られて転んだように見えた。「僕が引き返せば、助けられたんじゃないか」。そう思うたび、胸が締め付けられた。
もやもやしたものを、進学したばかりの中学校でぶつけてしまったことがある。昨夏、体育祭で使う応援旗のデザインをクラスで話し合っていて、自分の意見を通そうと強い口調で級友に当たった。静まり返る教室で、素直に謝れなかった。
毎日新聞 2012年07月07日 東京朝刊
全長2・4キロ、「万里の長城」とも呼ばれた岩手県宮古市田老の巨大防潮堤。
震災前
震災後
写真は独自の物です
その上から海を眺めると、高橋銀児(ぎんじ)君(13)は思い出す。ここを越えてきた波にさらわれる直前の母を、間近で見ていた。
小学校に迎えに来た母琢子さん(当時43歳)の車に、弟の虹彦(にじひこ)君(9)と乗り込んだ。間もなく、家々の屋根と同じ高さの泥水が脇道から現れた。「降りて!」。母が叫び、みんなで飛び出した。
濁流にのまれた銀児君は水面から必死に顔を出し、民家に流れ着いて助かった。弟も、高校にいた兄敢太君(17)も無事だった。母は2週間後、がれきの中から遺体となって見つかった。
自宅で男ばかりの暮らしが始まった。父琢弥さん(49)は息子たちを気遣って震災の話題を避け、慣れない家事に明け暮れた。
銀児君は負い目を感じていた。車を乗り捨てて一緒に走り出した母は、溝に足を取られて転んだように見えた。「僕が引き返せば、助けられたんじゃないか」。そう思うたび、胸が締め付けられた。
もやもやしたものを、進学したばかりの中学校でぶつけてしまったことがある。昨夏、体育祭で使う応援旗のデザインをクラスで話し合っていて、自分の意見を通そうと強い口調で級友に当たった。静まり返る教室で、素直に謝れなかった。