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NHK「日曜討論」 赤嶺衆院議員の発言

2015-06-01 18:38:12 | 戦争立法
しんぶん赤旗          2015年6月1日(月)
NHK「日曜討論」 赤嶺衆院議員の発言

 日本共産党の赤嶺政賢衆院議員は31日のNHK番組「日曜討論」で、戦争法案について与野党の安保政策実務者と議論し、同法案が抱える三つの重大問題を告発しました。

存立危機事態

日本が攻撃されていないのに海外の戦争に参加し武力行使

 集団的自衛権の行使が可能になる「存立危機事態」について、自民党の岩屋毅衆院議員は「必ずしも(存立危機)事態が周辺だけで起こるとは限らない。地域を限定した考え方ではない」、公明党の遠山清彦衆院議員は「専守防衛」に限られると主張。赤嶺氏は次のように述べました。

 赤嶺 集団的自衛権は、日本がどこからも攻撃されていないのに、海外の戦争に参加し武力行使をするもので、歴代政府は憲法違反だといってきた問題です。「存立危機事態」は限定的なものだと繰り返していますが、安倍(晋三)首相は、中東のホルムズ海峡が機雷で封鎖されたような経済的な影響でも発動し、自衛隊を派兵し、掃海活動を行うといっているわけです。戦後の日本が、侵略戦争への反省の上に立って、そして、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こらないことを世界に誓い、再出発した。まさに、憲法の平和主義の原点に立って、この問題を考えていくべきです。

時の政権の考えでいくらでも膨らむ―際限ない泥沼に

 他国の領域で日本が集団的自衛権を行使する問題では、各党から「(行使が認められる事例の)基準を明らかにしないと、どこまで広がっていくのか国民の心配は尽きない」(民主党・大串博志衆院議員)、「ホルムズ海峡の(機雷掃海の)話が突破口として議論され、歯止めがなくなってくる」(日本を元気にする会・山田太郎参院議員)などの指摘が相次ぎました。赤嶺氏は次のように主張しました。

 赤嶺 「存立危機事態」だから、必要最小限度の武力行使だからというのは、時の政権の考え方によって、いくらでも膨らんでいく。限定的な戦争、限定的な武力行使ではなくて、これはもう際限ない泥沼に入っていくことにつながると思います。


後方支援

軍事活動の一環―自衛隊が「殺し殺される」事態にまきこまれていく

 自衛隊が従来の「戦闘地域」にまで行って、米軍や他国軍を「後方支援」する―。海外での自衛隊の活動範囲が広がることに関して、自民党の岩屋氏は「リスクを極小化する」と言い張る一方で、「リスクが高まる可能性(があるの)は事実」とも認めました。赤嶺氏は次のように強調しました。

 赤嶺 リスクが高まるのは当然のことです。イラクは「非戦闘地域」が前提でしたが、その場合でも、戦闘寸前の危険を感じて、自衛隊は戻ってきているわけです。今度の場合には、従来の「戦闘地域」でもできるということです。「後方支援」は、もともと軍事活動の一環、兵たん活動であり、武力行使と一体化する活動です。そこに弾薬を運んだりするような自衛隊の行動が、攻撃の対象になるということは本当に現実に起こりうると思います。「殺し、殺される」事態に自衛隊が巻き込まれていく。そもそも憲法違反だということを申し上げたいと思います。

米海兵隊教本で指摘―「後方支援が一番狙われる」

 「後方支援」を行う地域について、岩屋氏が「安全な実施区域を定める方法はある」と述べたのに対し、赤嶺氏は次のように反論しました。

 赤嶺 安全なところで運用するといってみても、これは日本(政府)の勝手な考えです。戦争が起こっている、そこに弾薬を提供する、あるいは、武器や兵員を輸送する。だいたい、戦闘がいつ起こるかというのが分からないようなところでの「後方支援」活動ですから、これはもう武力行使と一体化(する)。海兵隊の戦争教本でも、一番狙われるのは「後方支援」活動、兵たん活動ですよと言っているわけですから、今の岩屋氏の発言は、現実を無視していると思います。


任務遂行の武器使用

アフガンでドイツ軍は大きな犠牲に―自衛隊に繰り返させるのか

 PKO(国連平和維持活動)法改定案で、自衛隊が国連の統括しない活動にも参加し、武器使用も「任務遂行」のために範囲が拡大されることについて、与党側は、停戦合意などの「PKO参加5原則」をあげて「自衛隊員の安全は確保されている」(公明・遠山氏)と発言。赤嶺氏は次のように主張しました。

 赤嶺 停戦合意はされていても、戦乱、混乱が残っている地域で、今度、新たに加えられた任務は、自衛隊が監視や巡回や検問や警護(を行うことであり)、これは治安維持活動です。武器の使用も任務遂行型に改めた。アフガニスタンで戦闘が終わってISAF(国際治安支援部隊)という支援機関をつくりましたが、最初は人道支援といっていたものが、戦乱、戦闘に巻き込まれて、ドイツなどは大きな犠牲を出した。そういうことを日本の自衛隊に繰り返させるものです。


戦争法案の審議

8月成立とんでもない―廃案においこみたい

 安倍政権が今夏までに戦争法案の成立を狙う中、今後の審議のあり方について問われ、赤嶺氏は次のように表明しました。

 赤嶺 戦後70年、戦争の反省の上に立って、戦力の不保持、交戦権の否認(を掲げて)出発したはずの日本が、いつの間にか自衛隊の海外派兵を拡大し、自民党政府でさえ憲法で容認できないといっていた集団的自衛権に踏み込む。最悪の法案の審議が行われています。徹底審議の上、廃案に追い込みたい。8月上旬(の成立)というのはとんでもないことだと思います。

「放射線を浴びたX年後」

2015-06-01 12:14:49 | 原発
東京新聞より転載
「放射線を浴びたX年後」

2015年6月1日


 日本記者クラブ特別賞を受賞した映画「放射線を浴びたX年後」を見た。愛媛県のテレビ局南海放送が二〇一二年に製作した。タイトルの「放射線を浴びた」はビキニ水爆実験(一九五四年)による被ばくだ。
 監督は同社ディレクターの伊東英朗(ひであき)さん。幼稚園の先生から転職したという。多くの漁船が被ばくしたことを再発見した高知県の元高校教師、山下正寿さんを訪ねたのが始まりだったという。
 登場人物はみな、静かな語り口だが、私たちは被ばく船員を見捨ててきたと痛感する。
 ビキニ事件で政府が積極的に調べたのは、船体と魚の放射能汚染。船員はおざなり。米国から賠償金二百万ドルを受け取ると調査もやめた。漁港では風評被害を恐れ、誰も被ばくは口にできない。そんな時代だ。被ばくした船長の妻は「日本がやっと自分でつかまり立ちできるか、という状態のころでしょ。その柱は石炭と魚ですから」と当時を語る。
 被ばく船員の調査と救済を求めて高知県ビキニ被災船員の会をつくった岡本清美さんのお墓で、妻が「これは絶対、成功せんと言っていた。国が相手だから」と思い出す。早死にした人が多く、墓や仏壇がよく出てくる。
 山下さんは「(社会が)急に変わるなんて思ってないよ。谷川で赤いカニが穴をあける。それがセメントで固めた堰(せき)を切るときがある」と話した。 (井上能行)

故郷の土 戦争に使わせぬ 辺野古への搬出反対 全国連が発足 鹿児島・奄美

2015-06-01 10:39:09 | 戦争立法
しんぶん赤旗              2015年6月1日(月)

故郷の土 戦争に使わせぬ

辺野古への搬出反対 全国連が発足

鹿児島・奄美

 沖縄県名護市辺野古の米軍新基地建設の埋め立て用の土砂(岩ズリ)の採取先とされている西日本各地の地域住民らは31日、「一粒たりとも故郷の土を戦争に使わせない」をスローガンに「辺野古土砂搬出反対」全国連絡協議会を鹿児島県奄美市で結成しました。

 住民らは、新基地建設が沖縄と各地の自然を破壊し、軍事基地への加担を強制する二重破壊だとして、土砂搬出とあわせ即時撤回を求める決議を上げ、全国と連携したたかうことを確認しました。今後、土砂搬出反対の全国署名などに取り組みます。

 この日、奄美群島、瀬戸内海、門司、天草などの候補地とされる地域住民が連帯し、現状報告も行われました。

 採石場からの土砂流出や海洋汚染が深刻な奄美市住用町の市(いち)集落の榮清安(さかえきよやす)・同集落環境対策委員長(48)は、「公に声を出しにくい集落の中で全国とつながり声を上げていきたい」と話しました。

 同協議会結成を呼びかけた「自然と文化を守る奄美会議」の大津幸夫共同代表は、「各地の住民と手を取り合い、平和を守る国民的な運動の輪を広げていこう」と呼びかけました。「環瀬戸内海会議」代表の阿部悦子さんは、「辺野古への土砂搬出は故郷の環境を破壊すること。私たちは加害者になりたくない」とのべ全国と連帯する決意を表明しました。

 奄美市の採石場視察に訪れた、嘉陽宗儀・日本共産党県議を含む沖縄県議会の与党会派でつくる視察団5人が激励にかけつけました。

支援学級生残して下山…茨城の中学、気づかず

2015-06-01 10:23:37 | 日記
転載
支援学級生残して下山…茨城の中学、気づかず


2015年05月29日 17時26分

 福島県西郷村の赤面あかづら山(1701メートル)で28日、生徒を連れて登山していた茨城県結城市立中学校の教諭らが、特別支援学級2年の女子生徒(13)の行方が分からなくなったのに、4時間近く捜していなかったことがわかった。

 女子生徒は山中で足首を捻挫し、動けなくなっていた。

 福島県警白河署や同校によると、教諭や生徒ら約200人は宿泊学習で同村を訪れ、28日朝、宿泊施設から出発。

 山頂で昼食を取り、下山途中の午後3時45分頃、女子生徒がはぐれたという。

 宿泊先に戻った後、引率した教諭は別の生徒から女子生徒が戻っていないと報告を受けたが、所在を確認しなかったという。夕食後、生徒の一人から再度申し出があり、午後7時45分頃に110番した。女子生徒は午後9時頃に発見された。

 学校のホームページでは一時、夕食の写真とともに「全員無事下山」と伝えていた。校長は「心配をかけて申し訳ない。引率態勢を見直す」と話している。

2015年05月29日 17時26分 Copyright © The Yomiuri Shimbun

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