中さん

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日記(9.25)

2021-09-25 22:46:33 | 日常
9月25日(土曜日) 曇り

連合自治会で準備した、敬老祝いの品物が宅急便で10時に届いた。
”はちみつ”らしいが100個近い数で結構な量だ。
早速、車に積んで、先に来ていた寿状(喜寿・米寿・金婚)とお祝いの品も一緒に積みこんで
3役の副会長宅に配った。半日が過ぎていった。
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今日はきゅうりが20本収穫。もう葉っぱがおかしくなってきたので終焉かな!
累計で200本は獲りたいがちょっと難しそうだ。
そこで、東京の妹に送るとカミさんが言い出したので
ナスやバターナッツかぼちゃ・梅干し付けもも詰めて宅急便で送った。
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苗が小さかったせいか、キャベツ・白菜の育ちが今一だ。
苗つくりからやるのは、やっぱり難しいなあ~!
相当準備を早くしておかないと・・!
生き残これそうなるものを大事にしていこう。
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新聞のコラムに顔認証技術の事が
 パリの下水道は14世紀のペスト、
 ロンドンの下水道は19世紀のコレラの流行を契機に整備された。
 明治期に日本で上水道が普及したのも幕末からのコレラの流行が影響したそうだ。
 感染症から身を守る努力が社会や技術の変革を促したわけだ。
▲2003年の「重症急性呼吸器症候群(SARS)」の流行では、
 各地の空港に体温測定カメラが導入された。
 コロナ禍は人工知能(AI)を使った顔認証技術を市中に広げるきっかけになっている。
▲デパートや大型店の入り口で、画面に体温を表示する装置をよく見かける。
 顔認証技術が使用され、客のおでこの温度をピンポイントで計測する。
 複数の客の体温を表示できる装置もある。
▲中国やシンガポールの企業は体温の高い個人を特定し、
 追跡できるシステムまで開発している。
 体温測定という日常的な行為が監視カメラのような役割を果たすとすれば気持ちが悪い。
▲JR東日本は不審者を検知する防犯カメラの利用を始めた。
 過去に駅や列車内で犯罪を起こして服役し、出所した人も対象に含めていたが、
 問題があるという指摘を受けて対象から外したという。
▲無人コンビニや「顔パス」での各種手続きなど便利なサービスへの利用も期待されるが、
 急激な技術の進歩に社会の意識や制度が追いついていない。
 国連からも人権に深刻な脅威をもたらす危険性があると
 顔認証技術利用のモラトリアム(一時停止)を求める声が出ている。
 ここは立ち止まって功罪や法規制のあり方を熟議すべき時か。
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★実際には怖い話だ!
 うる覚えだが
 農業の時代が3000年・工業に時代が300年
 情報の時代はまだ50年足らずで驚異の革命的時代になった。
 このスピードで変革が良い方向行けばいいが
 実際には必ず半面の改悪も起こるであろう・・な!
 トフラーの未来の衝撃の本の内容がチラつく。
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本を読み解くというのがあったので転記してお借りする。
2018年10月01日 07:012030年の世界 アルビン・トフラーの『未来の衝撃』から読み解く
   決定自体を無にする変化の速さ
 ところで1970年代に一世を風靡した『未来の衝撃』は大ベストセラーとなり、
 全世界で3,000万部も売れたという。
 そのなかで提唱されていた「社会的未来主義」には筆者自身も大いに感銘を受けた。
 2018年の今、改めて読み返しても、その発想の斬新さや先見性のすばらしさには驚かされる。
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 その趣旨に賛同した多くの人々が各地に「2000年委員会」を発足させ、
 学的未来主義の展望と技法を学ぼうという社会運動の波が起こった。
 アメリカだけでも、何百万という人々がかかわった歴史的な動きであった。
 しかし、あれだけ大きな盛り上がりをみせた運動が定着しなかったのは不思議でならない。
 その点をトフラー博士本人に問いかけたところ、次のような答えが返ってきた。
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 曰く「当時はそれぞれの国、都市、地域社会などで実に広範囲にわたって
    人々が20世紀の残された期間を最も効果的に生きるため、
    どのような社会的目標から優先的に取り組むべきかを大いに議論した。
    つまり未来はどうあるべきかを上から教えられるのでなく、
    皆が自発的に自らの課題として討論する場がたくさん生まれた。
    各地に志のある人々が集まっては、私を講師として招いてくれた。
    1年の半分以上をそのような人たちとの対話に費やした時期もある。
    その結果、私も想像以上に啓発されたものだ。
    その当時から有権者の多くは自分たちの選んだ議員と
    ほとんど接触がないことに不満を募らせていた。
    しかも選ばれた議員たちが議会で討論している内容といえば、
    あまりにも技術的な話で、とてもついていけないし、
    自分たちの望んでいるものとは違い過ぎると辟易していた」
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 真剣な眼差しで語るトフラー氏の話を聞けば聞くほど、
 アメリカも日本も恐らく世界中のどこの国でも
 共通の政治的課題が存在していると思わざるを得なかった。
 大方の政治家にとっては、時間の概念は「次の選挙まで」といった場合がほとんどである。
 未来を長期的に真剣に考えるなどということは贅沢なことなのかもしれない。
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 いずれにせよ、トフラー氏によれば、
 「社会的未来集会」の運動が定着しなかった最大の理由は、
  組織として維持発展させていくうえで必要な資金面を
  専門に扱う人がいなかったからというものであった。

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 また、続けて「40年前、自分はまだ若く、
  当時これはと思った政治学者や経済学者の言葉を過大評価していた。
  実際にはうまく機能するはずのないような経済理論に振り回されてしまった気がする。
  一流と目されていた政治、経済をはじめ、あらゆる分野の専門家を集めた
  超産業主義的ユートピア社会をつくり出すことができるだろう。
  少なくとも新しい価値観を創造できると思い込んでいた。
  正直なところその見通しは甘かったと言わざるを得ない」と、
  正直に語ってくれた。
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 さらに、言葉を重ね、
 「今から振り返ると、いくら当時ベストと言われていた頭脳を集めても
  所詮“寄せ集め”に過ぎなかった。
  他人の頭脳に頼るのではなく、
  自分が確信する独創性をもっと突き詰めて発展させていくべきだった
  という気がしてならない」と心情を吐露。
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 極めて謙遜したものの言い方であるが、
 決定を下してから実行に移す間に決定自体を
 無意味にしてしまうような社会的変化のスピードの速さに、

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 トフラー氏自身が謙虚に向き合っていたことがわかる。
 政治にとっても、経済にとっても、政策決定時に得ていた情報が
 実行時には現実とあまりにも違ってしまっているようなことが
 日常茶飯事になっているからだ。

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コメント
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