つばた徒然@つれづれ津幡

いつか、失われた風景の標となれば本望。
私的津幡町見聞録と旅の記録。
時々イラスト、度々ボート。

未来予想図。

2015年06月28日 05時21分05秒 | 賭けたり競ったり
日本から遥か遠く7,900キロ余り。
今(20150628 05:10)カナダ・エドモントンのピッチでは、
世界一連覇を目指す「なでしこジャパン」が、豪代表と戦っている。

勝敗の行方は神のみぞ知るだが、
おそらく、チームの誰も敗北など望んではいないはずだ。
観戦している僕もまた、日本の勝利しか願っていない。
つまり、当事者も傍観者も同じ未来を思い描いているのだが、
両者の間には、天と地ほどの隔たりがある。
頭と体をフル回転させ、汗を流し、痛みに耐えて奮闘している当事者。
声援を送る事しかしない、気楽な傍観者。
やると見るとでは大違いだ。

しかし、これが「ギャンブル」となると、少々趣が異なる。
当事者が、将来を賭けて戦うように、
傍観者もまた、汗水流して稼いだ幾ばくかの金を賭けるのだ。
勝敗の行方に、少なからない影響を受ける事になるのは必然。
無論、サッカーではなく、個人的にたしなんでいる「競艇」の話である。

 

レースの番組編成と、レーサーの力量。
並んだコースの得手不得手や前付の可能性。
エンジンとボートのポテンシャル。
天候。 風向き。 風速。 潮位。
新聞予想。 Web予想。 否が応でも耳に入るファンの見解。 
展示気配。 直感。 歓喜と落胆を味わった過去の残像。
あらゆる要素を考慮しつつ、
何度も反復して、スタートからの展開を妄想する。 
「自分が見たい未来」が決まったら、いよいよ舟券投票だ。
高額配当に越したことはないが、たとえ見返りが少なくとも、
「的中」の喜びと快感は格別である。

さぁ、日本-オーストラリア戦の結末は如何に?

1-0、あるいは2-1、または3-2、
一点差で日本の勝利と見た!(が見たい!)


<追記/同日6:52AM>

的中! 日本1-0豪! 次は準優だ!
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逢魔時の河北潟。

2015年06月27日 10時31分35秒 | 自然
先週の土曜日、記事を投稿した後に河北潟の水辺が見たくなり、
用事を終えてから「石川県津幡漕艇競技場」を訪れてみた。

 

時刻は午後6時半頃。
やや雲量は多かったものの、湖面に映える夕陽が鑑賞できた。
ここをホーム水面にしているという
金沢大学や津幡高校ボート部の姿は見えず人気はなし。
吹き抜ける風音と魚が跳ねる水音が際立っていた。

この漕艇場の近くには「アサザビオトープ」がある。
名前の由来になっている「アサザ(浅沙/阿佐佐)」とは、
直径5~10センチのハート型の葉を水面に浮かべる水生植物の一種。
環境省のレッドリストでは、準絶滅危惧に登録されていて、
河北潟での状況も御多分に漏れず厳しい。
干拓される以前と比べ、激減の一途を辿っているらしい。
そのアサザの管理・保全のための取り組みとして、ビオトープが造成された。

 

ちなみにビオトープとは、人工の自然環境。
人間が作った植物や魚、昆虫が共存する場所を指す。
ギリシャ語の「bio(生き物)」と「top(住空間)」を合わせた造語なのはご存知の通り。
かつて、河北潟に当たり前にあった環境を再現した「アサザビオトープ」にも、
多様な生き物が暮らしている。

しばらく辺りを眺めた僕は、陽が落ちる前に帰ろうと腰を上げ、
再び漕艇場の横を通り過ぎた。
…と、その時。
奇妙なモノに遭遇。

 

コケムシである。
体長1ミリ にも満たない小さな動物が作った「群体」は、
有に直径50~60センチはあるだろうか。
怪し気な姿にちょっと驚き、
こんなトワイライトタイムを「逢魔時(おうまがとき)」とも呼ぶ事を思い出した。
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遥か天竺より来る。

2015年06月21日 08時48分24秒 | 日記
2015年の梅雨入り宣言が出て間もないきのう、
「太白(おおしろ)祭」が催された。
その起源は、地区の鎮守「太白神社」の歩みに沿っていると考えられる。
(興味のある方は、拙ブログの2012年6月23日の投稿を参照下さい)

さて、祭りの当日、獅子舞がお宮に舞いを奉納した後に家々をまわる。

 

@複数人が、大きな胴幕(カヤ)の中で本体を支え、
 獅子頭が上下左右に大きく動く。
@棒や薙刀、刀などを使い、武道系の演目を舞いながらの獅子退治。
これが、いわゆる「加賀獅子」の特徴なのだが、
この大がかりなやり方は、全国的にも珍しい形態なのだそうだ。

日本の獅子舞のルーツは、古代のインド。
彼の地で、神秘の獣として偶像化された「ライオン」が、仮面舞踊となり、
ヒマラヤ山脈~ゴビ砂漠を経て中国~朝鮮半島へ渡り、日本へ。
仏教をはじめ多くの思想・文化が辿った道を通り、
7世紀頃伝来したと考えられる。

幸い、日本は「神様百貨店精神」の風土があった。
山の神、田んぼの神、トイレの神、台所の神、熊も兎も猪も、神の使い。
そこに、海外から「お獅子」が入ってきても、八百万の神々の範囲内。
容認する抵抗感は薄かったのではないだろうか。
やがて、郷土色豊かな独自のアレンジを加え、成熟~定着した。

津幡町のHPによれば、町内には24の獅子頭が伝えられている。
遥かなる時空を超えて。
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今も昔もボートの町。

2015年06月20日 10時39分27秒 | 賭けたり競ったり
前回、2年前に開設された「ミニボートピア津幡」について投稿したが、
津幡町は、元々ボートとの「縁が深い」ところだ。

津幡町には、金沢市、内灘町、かほく市にまたがる「河北潟」がある。
ここに、1973年(昭和48年)「石川県津幡漕艇競技場」が開設された。
漕艇競技…文字通り、艇・ボートを(人力で)漕いで着順やタイムを競う。
エンジン付きではないが「競艇」である。

町のHPによれば、1,500メートル×6レーンの競技水面を有し、
日本海側随一の規模なのだそうだ。
他の競技場との比較はできないが、確かになかなか広い。

 
 
ここでは、かつて全国規模の大会も行われた。
1976年(昭和51年)と1985年(昭和60年)には、インターハイの漕艇競技会場に。
1991年(平成3年)には、石川国体の漕艇競技会場になった。

この石川国体開催当時…町内で「ボートの町」というキャッチを散見した記憶がある。
残念ながら、今では殆ど見かけなくなってしまったが、
商店や民家などの軒先で、古びたステッカーが残っている。

 

櫓を握るのは、石川国体のキャラクター「げんき君」。
四半世紀余りの風雪に耐えてきた様子が伺える劣化具合だ。

正直、ボート競技への町民の関心は薄いのが現実ながら、行政は頑張っている。
平成26年スポーツ振興くじ助成金を活用し、ナックルフォア艇を7セットを購入。
(ナックル艇とは初心者向き・レジャー向きの舟)
津幡町民には1回400円、町外利用者には1回800円でレンタルしている。

 

また、石川国体を機に企画された「町民レガッタ」に端を発し、
毎年8月、町・県内外の競技者が集う「つばたレガッタ」を開催。
今年も8月23日(日)に行う予定だ。
更に、2015年は9月26日(土)27日(日)の2日間、
「全国市町村交流レガッタ大会」も開催が予定されている。

大会の成功にエールを送りたい。
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蓼食う虫も好き好き。

2015年06月14日 10時55分26秒 | 賭けたり競ったり
このブログの更新が止まっていた2年の間に、
津幡町にとっても、僕個人にとっても「共通」の変化が起こった。
それは「競艇」である。



2013年06月10日、石川県内初、日本海側初の場外舟券売り場
「ミニボートピア津幡」がオープン。
場所は、津幡町舟橋の国道8号津幡北バイパス沿い。
一般席154、座席に専用モニターを配した有料の特別観覧席は24。
全国24の競艇場で行われるレースの中から、
一日最大、4場のライブ観戦と投票が可能。

この施設ができて競艇の魅力に気付いた。
足しげく通うようになり、身を持ち崩さない程度に舟券を買っている。
また、車のハンドルを握り、各地の本場へも出かけるようになった。
旅先に「競艇場」という新しい選択肢が加わったわけだ。
…こうした状況は、一般的に「ハマっている」と表現するが、
何だか語感が後ろ暗いので「楽しんでいる」と解釈して欲しい。

さて、競艇の何がどう面白いのかは、追々書き綴る機会もあるだろう。
無論、興味を抱くかどうかはその人次第。
蓼食う虫も好き好きである。
誰かに無理強いをするつもりはない。
但し、おススメはするが…(笑)
だって、面白いから(笑)(笑)

誘致・建設にあたっては物議を醸し、町の議会でも論争となったようだが、
「ミニボートピア津幡」の集客・収益は、ともあれ順調らしい。
今節は記念レースの真っ最中。



さぁ、そろそろ発走だ!

では、また。
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