(第七話) 美味いもの
そういうことで、どうだったかを掲載させて戴く。えっ! 何のことだ? と、首を傾(かし)げる方々も多いと思うので少し詳述すると、前回、少し話させて貰った今年の春の連休の過ごし方と、その結末についてである。
「じゃあ、行ってきまぁ~す!」
夫婦、水入らずで一泊二日の観光旅行に出かける父さんは、出がけから偉くテンションを上げている。まるで小学生の僕のような、はしゃぎようで、とても見られたものではない。もう少し子供の前では大人であることを自覚して貰いたいぐらいのものだ。後ろには母さんが従うが、その、はしゃぎようには少し迷惑顔であった。
二人の姿が遠ざかり、家の中へ戻った僕とじいちゃんは、気楽になった反面、何故か空虚感に苛(さいな)まれ、静まり返った居間へ陰気に座った。暫くは話すこともないまま無言でいたが、突然、思い出したように立ったじいちゃんは剪定鋏を取り出すと盆栽を弄(いじ)りだした。僕はじいちゃん役になって、そのまま居間で新聞を読んでいた。じいちゃんの盆栽弄りは年相応だが、新聞を老人のように読む僕…これはもう、はっきり云って末恐ろしい未来を予感させる(というほどの頭のよさではないが、担任の丘本先生が褒めちぎるのだから、少しはいいのだろう)。
「正也! 今日は久しぶりに、美味いものでも食いに行くか?」
じいちゃんは時折り、僕に食事を奢(おご)ってくれる有難いスポンサーなのだ。最近は少し出歩く機会に恵まれていなかった。その矢先である。
「いいよっ!」
僕は勢いを倍増して、じいちゃんにそう云った。
「そうか…。じゃあ、戸締まりをするから、出られる格好をしてきなさい」
「じいちゃんは?」
「儂(わし)か? 儂はこの格好で充分じゃ」
それから二人してバスに乗り、隣の町まで出た。バスに乗れば、しめたもので、既に僕の頭の中には予定表が出来上がっている。事実、その通りのコースを辿って僕達は春の味覚を堪能した。何を食べたのか? までは書かないが、スポンサーが裕福なじいちゃんだから、結構、美味いものが食せた、とだけ云っておきたい。後は皆さんのご想像にお任せする。
この日は陽気も麗(うら)らかで、幸せな一日となった。これが事の顛末(てんまつ)なのだが、この前、お話したように、じいちゃんの機嫌を損なわないように単に発した僕の言葉から、この連休は両親の水入らずの旅行となり、更に僕には美味いものを食べられる結果となったのだ。だから、今思うのは、この世の中が、ひょんなことで良くも悪くもなる不安定なものだということだ。変わらず有り続けるのは、じいちゃんの光る頭だけだろうか…。これだけは某メーカーのワックスZで磨いた床(ゆか)のように光り続けてくれねば僕も困るのだ。美味いものを戴ける機会が無くなりはしないだろうが、確実に減って僕の景気が今の世界のように悪くなるであろうことは、紛れもない事実に思える。
第七話 了
春の風景 水本爽涼