残月剣 -秘抄- 水本爽涼
《騒ぎ》第七回
その一部始終を、場内の片隅に座る左馬介だけが見続けていた。
「どうも、五郎蔵の奴、近々、動くようですよ…」
「そうか…。で、山上一人で、一家もろとも始末できそうか?」
「それなんですがね。山上さん、最近は酒浸(びた)りで、とぐろを巻いてるようなんです。腕は確かなんですが、ムササビも必死ですから」
「五郎蔵が、のさばりゃ、堀川の者達ゃ何してんだと世間が騒ぐだろうしな…。放っておいても、おかなくとも…」
「孰(いず)れにせよ、騒ぎになりますか?」
「ああ…。それに、放ってもおけんだろうぜ。無論、先生の胸三寸だが…」
蟹谷と長谷川の話は廊下越しに続いた。
「このことは、他の者には伏せておくのだ。当たり障りなきよう申せばよい」
「はい」
道場を出た後の話は、当然、左馬介が知る由もない。
物集(もずめ)街道沿いの旅籠、千鳥屋から二町も離れていない所に三洲屋があった。五郎蔵一家の息がかかっている旅籠だけあって、大層な羽振りのよさである。