残月剣 -秘抄- 水本爽涼
《騒ぎ》第四回
「先生にも呆れたもんだ。まだ、お飲みになる積もりかねえ。…とんだ呑み助を雇っちまったよ。堀川のお方だというんで、つい信じちまったのが、いけなかったのかねぇ…」
「腕前の方はどうなんです? 旦那様」
「だからさあ、今云ったように、信じたから雇ったんだよ。腕前なんざ知る訳がないだろ」
「店の者が皆、云ってますよ。あんなので大丈夫なのかって…」
二人は思わず天井を眺めた。
堀川道場では、今日も早朝から激しい猛稽古が始まっていた。
「おい、長谷川の姿が見えないようだが…」
「蟹谷さんの命で、千鳥屋へ探りに行ったそうだ…。一馬がそう云っていたぞ」
「山上の奴をか? …あ奴はもう、堀川とは縁切れの者だが…。いったい何の為だ?」
「そんなことを俺が知るか…」
正座の姿勢で両眼を閉ざし、ひたすら無となると、研ぎ澄まされたかのように遠くで汗を拭いながら語る井上と神代の小声が聞こえてくる。左馬介は、こうし続けていることも闊達(かったつ)さを養う稽古なのだ…と、思うようになっていた。だから、腹は立たないし、冷静に辺りの気配を感じ取れる。