残月剣 -秘抄- 水本爽涼
《騒ぎ》第三回
「やかましいわっ! 黙って持ってくれば…」
呂律(ろれつ)も回らぬ言葉尻が途切れ、山上は瞼を一、二度、開け閉めした後、上半身をグラつかせると畳上へ崩れ落ち、そのまま大鼾(いびき)を掻き始めた。仲居の女は、そんな山上の一挙手一投足を見て、
「旦那も、こんなのでいいのかねえ…余り腕が立つようにも見えないが。五郎蔵一家は名うてのワルだよ…」
と、独り言を吐いて、階下へと足早に消えた。
階下では千鳥屋の主人、喜平が慌しく逗留客を捌(さば)いていた。葛西宿の物集(もずめ)街道沿いの旅籠は、この千鳥屋と、もう一軒、五郎蔵一家の息が掛かった三洲(さんしゅう)屋があるだけで、他には、これといった旅籠がなかった。
「旦那様! 入口で、また客を取られました…」
番頭の佐助が、口惜しそうに不平を云う。
「そうかい。ここん所(とこ)、毎日だねぇ。…どうせ、五郎蔵とこの若い者(もん)の仕業だろう。ここを賭場にしようって魂胆だ。私の目ん玉の黒いうちは、指一本触れさせやしない。そのうち、先生に片をつけて貰うから、放っておきなさい」
「左様で御座居ますか? …」
渋々、佐助は溜飲を下げた。