残月剣 -秘抄- 水本爽涼
《師の影》第二十四回
微笑を湛(たた)え、井上が左手に持った竹刀を右手の平へ叩きながら、左馬介に放った。
左馬介は傍(かたわ)らの面防具をつけ、云われるままに竹刀を中段へと構えた。中段は、常の構え、或いは正眼の構えとも云われる構えである。
「初めての組稽古だから致仕方ないが、肩が上がっておるわ。…力を入れ過ぎじゃのう」
井上が、また小刻みに笑った。云われて左馬介は、ハッ! っと不自然に力を抜いた。それは、不自然というより不恰好と表現し得る姿である。無論、当の本人の左馬介は必死に構えているのだから、己が身の様は見える訳がなく、対する井上のみが、そう見えるのである。
「さあ、どこからでも掛かって参れいっ!」
中段に冴える構えを見せた井上の言葉を、左馬介は薄ぼんやりと受け止めた。そして、ええいっ! 成るが儘(まま)よ…と、声を上げながら突進し、上段から井上めがけて打ち下ろした。
「きぇぇ…い!!」
井上は少しも慌てることなく、上段から打ち下ろされる左馬介の竹刀を、いとも容易(たやす)く捌(さば)き、いなした。この“いなす”という行為は、捌いて左馬介の体勢を崩したことを意味する。