水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

残月剣 -秘抄- 《師の影》第十七回

2009年05月12日 00時00分00秒 | #小説

        残月剣 -秘抄-   水本爽涼

          
《師の影》第十七回

「獅子童子は儂(わし)が飼っておる雄猫じゃが、飼い始めて十五、六年にもなろうかのう…。すっかり老いぼれおった。儂と同じ老人じゃわ…」と、幻妙斎は豪快に笑い飛ばした。そして、「じゃがのう…。あの猫の寝姿には、剣の極意と相通じるものがあるんじゃ。そなたにも、孰(いず)れ分かる時が来よう…」と云い置くと、蝋燭の炎が風で吹き消されるかのように、フッ! と姿を消した。幻妙斎のこうした神がかり的な消え様には左馬介も既に慣れつつあった。しかし、その出現と去り方は全く一方的で、変幻自在の幻妙斎へ近づける術(すべ)は、左馬介には未だ無かった。
 半月ばかりが瞬く間に流れた。だが、左馬介に命じられる稽古といえば、相も変らぬ蟹谷による歩き稽古のみであった。それも、必ずあるというものではない。左馬介は、いつになれば打込みや掛り稽古が出来るのだ…と、徐々に不安が募っていた。そして、この日の稽古も終ろうとしていた。待つ甲斐もなく蟹谷の声は掛からず、左馬介は座を暖めていた。それでも、十日程前に幻妙斎が放った謎の言葉を想い出しつつ、何処からともなく現れる猫の獅子童子から何かを得ようと、毛並みを上げ下げして寝入る蕪顔(かぶらがお)の猫を見続けていた。
「どうじゃな…何か、分かったかの? ああ…そうじゃった。そのように、いとも容易(たやす)く分かれば、稽古する必要などないのう…」


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