残月剣 -秘抄- 水本爽涼
《師の影》第十三回
「……、余りそのような場に出食わしたことが、私には有りません。蟹谷さんが時折り、相手になられている場に立ち会ったことはあるのですのですが…」
暫くの間合いを置き、一馬は軽く躱(かわ)した。
「そうですか…」
「先生は、神の如き存在ですから…」
と云って、一馬は、ハハハ…と、鷹揚に笑った。堀川幻妙斎とは、いったいどのような人物なのか…。入門の日、屋敷を取り巻く土塀瓦の上に忽然と立ち、左馬介に、━…孰(いず)れ、また会おうぞ━
という言葉を残し、疾風のように消え去った幻妙斎であった。あの日の光景が左馬介の脳裡を過ぎっていた。
未(ひつじ)の下刻までは半時ほどあった。左馬介は、もう暫く此処で、だらりとしていくと云う一馬と別れ、憩い部屋を後にして自分の小部屋へと戻った。だが、戻ってはみたものの、何をするという当てもなく、一馬がそうしていたように、畳上へ、だらりと身を投げ出し、大の字になった。そうして、様々な雑念、特に幻妙斎のことに想いを巡らした。すると、いつの間にか睡魔が襲い、瞼は重く、けだるさが身体全体を押し包んだ。、やがて、少しずつ、意識は引き潮の如く遠退いていった。