靫蔓(うつぼかずら) 水本爽涼
第四十三回
「いたんやな、それが…」
怪談を聞くような少し怖ろしげな声で勢一つぁんは小声を発した。あとの二人、熊田と河北は、無言である。
「そやねん…」とだけ直助が言うと、完全に麻雀は止まってしまった。各自が考え込む姿で数秒が過ぎていく。その冷めた雰囲気を拭い去らねばならない。
「ははは…まあ、そんな深刻な話でもないんやけどな。それにしても、筆が進まんのがキツイわ…」
直助は、場を和らげるひと言を投げ入れた。
「あっ、そやったな。直さんはモノ書きもしててんな」
勢一つぁんも元の表情に戻った。
「ただいま、あんた帰ったで」
そこへ畑仕事を終えた敏江さんが入口(店と部屋の境)の暖簾を潜って戻ってきた。急に勢一つぁんの顔色が曇ったように直助には思えた。
「あんた、店番頼んだのに、またこんなことしてんのかいな」
「そう言(ゆ)うな。商店会の付き合いやないか。皆(みな)で今後のことを話してんにゃがな」
勢一つぁんも負けてはいない、一応、反発して返す。