靫蔓(うつぼかずら) 水本爽涼
第五十八回
恐らく、社員の人事簿か何かだろう…と、直助は山本のファイルの内容を推察した。
「…ああ、これですね。溝上早智子…確かに二十年少し前、この地へ異動してます。え~と…怪(おか)しいなあ…。そんな馬鹿なことはないだろ。…いや、確かに、怪しい」
山本は自問自答している。
「どうか、されましたか?」
「いえね…、この社員、まだここで働いてることになってるんですが…、この支社には今現在、こんな社員はいませんしねえ…」
妙な出来事の全貌が少しずつその姿を現そうとしていた。
「何かのお間違いじゃ?」
「ええ。とは、私も思うのですが…」
精悍な顔つきの山本は、鬘(かつら)のように脂ぎったポマードべったりの黒髪を軽く撫でつけながら、そう丁重に言った。
━ そんな馬鹿な話はないだろう… ━
直助は早智子と音信が途絶えた二十年以上前に想いを馳せた。