靫蔓(うつぼかずら) 水本爽涼
第四十七回
「そんなことされる憶えもないしな。二度、三度と同(おんな)じことが起こると、これはもう幾らなんでも気色悪いがな…。ほんでもまあ、別に暮らし向きに困るようなことも起こらんよって、そのままにしといたんや。そのあとは、しばらく忘れとったんやけど、さいぜん話した幽霊らしいのが昨日の夜中にでたと…まあ、そうゆうこっちゃ」
「なるほどなあ~」
同じように得心した声が、異口同音に三人の口から洩れた。
「ちょっとは信じてもらえたかいな」
「んっ? ちょいとは、な…。そやけど、やっぱしなあ~…」
勢一つぁんは煙草を燻(くゆ)らす。鍵熊は煙草をやめたから食い気の方がもっぱらで、茶菓子の煎餅をバリバリと齧る。肉屋の河北は借り物の猫で、控えめに茶を啜るのみである。商店会長の小川文具店は、眠いのか大欠伸をしている。この瞬間は各自の性分が現出した。
突然、ガラッ! と表戸が開く音がした。
「珍しいなぁ、お客はんかいなあ」
敏江さんが暖簾を潜(くぐ)って店へ行こうとしたとき、反対に入ってきた男がいる。米屋の村川である。