靫蔓(うつぼかずら) 水本爽涼
第六十四回
無音の店内だから、距離的には幾らか離れているが、充分、直助の声は響いて届く。
「…なんやいな。まあ、あとで言(ゆ)うてんか」
そっけない返答だが、これも毎度のことで、二人は気心が通じているから、何となく気持が分かる節もあってか、曖昧に流した。
互いの商売のことなどを適当に話して、照代さんが奥へ消えたあと、入れ替りに八田が天丼を運んで゜直助の対面椅子に座った。
「海老、ひとつ余計(よけ)のまえにサービスしといたで、まあ食べて…」
「そうか…、おおきに…」
「で、なんやいな。さっきの話っちゅうのは。…ああ悪い悪い、食べもって、食べもって…」
突然、切り出したことで、直助が天丼に箸をつけられないと分かり、八田は躊躇した。直助は少しずつ食べ始めた。言葉どおり、海老天が丼の頂点にデンと君臨している。それも大きいのが三尾だ。卵と葱の、とじられ方も半熟のほど良さで、直助の食欲をそそった。甘醤油味のいい香りが店内に漂う。
ふた口、み口、箸を進めて、直助は箸をひとまず置いた。