水本爽涼 歳時記

日本の四季を織り交ぜて描くエッセイ、詩、作詞、創作台本、シナリオ、小説などの小部屋です。

連載小説 靫蔓(うつぼかずら) (第六十四回)

2012年06月28日 00時00分00秒 | #小説

  靫蔓(うつぼかずら)       水本爽涼                                     
 
   第六十四回 
無音の店内だから、距離的には幾らか離れているが、充分、直助の声は響いて届く。
「…なんやいな。まあ、あとで言(ゆ)うてんか」
 そっけない返答だが、これも毎度のことで、二人は気心が通じているから、何となく気持が分かる節もあってか、曖昧に流した。
 互いの商売のことなどを適当に話して、照代さんが奥へ消えたあと、入れ替りに八田が天丼を運んで゜直助の対面椅子に座った。
「海老、ひとつ余計(よけ)のまえにサービスしといたで、まあ食べて…」
「そうか…、おおきに…」
「で、なんやいな。さっきの話っちゅうのは。…ああ悪い悪い、食べもって、食べもって…」
 突然、切り出したことで、直助が天丼に箸をつけられないと分かり、八田は躊躇した。直助は少しずつ食べ始めた。言葉どおり、海老天が丼の頂点にデンと君臨している。それも大きいのが三尾だ。卵と葱の、とじられ方も半熟のほど良さで、直助の食欲をそそった。甘醤油味のいい香りが店内に漂う。
 ふた口、み口、箸を進めて、直助は箸をひとまず置いた。


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