靫蔓(うつぼかずら) 水本爽涼
第六十二回
飲食店といっても、この界隈では斜め向かいの丸八食堂しか存在しない。主人の八田繁蔵とは幼馴染みで気心が知れているから、隣りの勢一つぁん共々、知己の間柄だった。直助は、その丸八食堂で今日は食べようというのだ。店のシャッターを下ろし、こっそりと裏口から直助は出た。直助の心中には、実はもうひとつの思いがあり、ただ外食をしようという訳ではなかった。勢一つぁんに相談した幽霊話? を八田にも聞いてもらおうと思ったのだ。それにこのままでは、昨夜(ゆうべ)の出来事がまた起こりそうで、家にいるのが本当のところは辛かった。
丸八食堂は、ガラーンとしていて、人(ひと)気がまったくなかった。八田は客用椅子に座って新聞を、がさつに開け広げしていた。ドアを押して店に入ってきた客の雰囲気に、八田はその手を止め、直助を見遣った。
「やあ~、直さんやないか、何か用か?」
そう直(ストレート)に言われ、直助は一瞬、怯(ひる)んだ。
「…いやあ、用やないんやわ。腹が減ったもんで、何か食わしてもらおう思てな…」
「なんや、そうかいな。ほなら、何にしまひょ?」