もう、いいっ! と言うときほど、少しもよくないのは皮肉な話だ。^^ 上面(うわずら)ではそう言って体裁(ていさい)を取り繕(つくろ)ったり見得(みえ)を切る訳だが、内心は、なんとかしないとっ! …と、ものすごく気になっているのである。これが、世間でそれでも生き続けなければならない私達の辛(つら)いところだ。^^
昼休みになった会社の課内である。昼の弁当を弁当屋に買いに行かせた先輩社員が後輩の帰りを今か今かと待っている。いつもより20分ばかり遅(おく)れ、ようやく後輩社員が戻(もど)ってきた。
「お待たせっ!」
「おう! 遅かったなっ!」
「そうなんですよっ! いつもより込んでましてねっ!」
「そうか…。まあ、そんな日もあるわな。それでも、買ってきたんだから、よし! としよう」
「それが…ちっとも、よかないんですよっ!」
「買ってきたんだろ? それでいいじゃないかっ!」
後輩社員が手に持つ袋を指差しながら言った。
「はあ、買ってきたことは買ってきたんですがね。言ってらした竹輪(ちくわ)弁当が売り切れてましてねっ!
「竹輪だぞっ! あんなもの、フツゥ~売り切れるかっ!?」
「ええ、私もそう言ったんですがね。それが生憎(あいにく)どういう訳か、品切れだったようで…」
「てやんでぇ! 竹輪なんぞ、どこの店でも買えるじゃねぇ~かっ!」
先輩社員は急に気風(きっぷ)のいい江戸っ子になった。
「はあ、それはそうなんですがね。ないものは仕方ないじゃないですか。今日は蒲鉾(かまぼこ)弁当で我慢して下さいよっ!」
両手を合わせて許しを請う後輩社員に、先輩として、それ以上は言えない。
「まあ、蒲鉾でもいいや…」
「どうも、すいません」
後輩社員は深々(ふかぶか)と頭を下げる。
「もう、いいっ! 君が悪い訳じゃないんだからっ!」
先輩社員は仕方なく溜飲(りゅういん)を下げた。
退社後、それでも竹輪が食べたかった先輩社員はスーパーで竹輪を10袋ほど買うと、ようやく気分を落ち着かせた。
このように、もう、いいっ! は、いいっ! という気分を求めさせるのである。^^
完