
「人生のバックグラウンドについて語ってください。」
先日は、仲間と「人生の棚卸し」をしていた。棚卸し・・・と言っても、終活ではない。これからの人生をよりよく生きていく上で必要な通過点、いわば「儀式」のようなモノだ。
バックグラウンド??一瞬、なんのコトかわからぬ私の横で、一人の仲間が人生の汚点?思い出したくない出来事について突然、語り始めた。
あ、なんだ、そういうコトか・・・うんうん、あるある。私にも、語りたくない人生の汚点が。人生のバックグラウンドならぬ地下13階のアンダーグラウンドが・・・
別にここでそれを明らかにするつもりは無いが、確かに言えるコトは、その経験があったからこそ、今の私がある・・・というコトである。いや、もっと端的に言うならば、その事件が今の私の土台となっている、今の私はその経験の上に成り立っている・・・というコトである。
その一件は、「他人と同じであってはいけない。」というコトをわが身を持って知らせてくれ、現在の私の個性の一つにもなっている「独自性」を強く打ち出す元となった。
過去の出来事は、パソコンのデータのように「消去」するコトは出来ない。けれど、改めてその「意味合い」を考えてみた時に、我々は、決して消し去るどころか、消すコトの出来ない「深い意味合い」を認知するのである。
今一度、あなたのバックグラウンドは何か?考えてみて欲しい。一瞬、不快で楽しくない作業かもしれない。けれど、その一件と今ある自分との間に何らかの「因果関係」「意味合い」を見出した時、初めて人は自分を許し、愛せるようになるだろう。
愛せる自分がいる、というコトは人生において最も大切なコトであると私は思っている。なぜなら、自分を愛せずして他人を愛せないから。我々はイエス・キリストやマザー・テレサではないのだから・・・
(写真と記事は関係ありません・・・)