川塵録

『インテグリティ ーコンプライアンスを超える組織論』重版出来!

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エリートとは

2024年12月14日 | 社会・時事など
『大衆の反逆』で、オルテガ・イ・ガセットは「エリート」を以下のように定義した。

エリートとは何かというと、「自らに困難と義務を負う者」です。

執行草舟さんからの又聞きです。ウラを取ろうと思って、ChatGPTでググると:

「エリートとは、特定の分野や活動において優れた能力や知識を持ち、集団の中でリーダーシップを発揮できる人々を指します。

 彼(オルテガ)は、エリートを単なる社会的地位や権力を持つ人々としてではなく、その知識や才能、創造性によって社会を前進させる力を持つ人々として定義しています。」

なので、だいぶ違いますね、、、(汗)

ただ、私の理解でも、執行草舟的に理解できる。義務もないのに、自ら進んで、義務を引き受ける者。やせ我慢をする者。それがエリート。

自ら義務を創り出し、その義務を嬉々として負う者。

これがオルテガ的、執行草舟的な、エリートの定義。今ひらめいた。

リクルート江副浩正さんの「自ら機会を創り出し、機会によって自らを変えよ」みたいだ。

ちなみに伊藤真弁護士(伊藤塾塾長)はエリートを「他者のために自分の力を出し尽くす人」と定義している。「出し尽くす」ってのが私は好きだ。

____________

痩せ我慢してますか。
自分で義務を勝手に拵えて、それを引き受けていますか。

エリートたらんと志す者は、この問いにYESと答えられなければならない。

私はYESと答えられます!

土日も朝5時とか6時に出勤するのも、私は「義務」と勝手に心得ています。
世のため人のために、自分というリソースを「出し尽くす」ためには、土日だからと言って、家でのんびりしているわけにはいきません。

ってか、私の人生で「のんびりする」ってことを、ほとんどしたことがない。

「勝手に義務を負う」ヘンな人は、現世での俗世間的幸せを放棄しているような人。

勇気を出すための条件が「現世での不幸を引き受けること」だから、エリートこそは勇気を持った人、ということになる。

 参考本:執行草舟『根源』とか『現代の考察』 過去拙稿(いい言葉の抜粋)


 
 
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